#41 『危険指定レベル18 妖獣 玉藻前』
「お、おいっ、ロゼ姉っ――」
いったい何のつもりだ? どうして玉藻前に刃を突きつける?
討伐……するつもりなのか?
「シファくん。お願い……何も言わないで」
手を伸ばそうとする俺に、そう視線だけを向ける姉。
姉の持つ刀は、依然として玉藻前に突き付けられている。
「仮に、シファくんが私にお願いすれば、私はシファくんの願いを全力で叶えるよ? でも、その前に……私にも確認させて欲しいの」
そして再び、姉の視線は目の前の玉藻前へと突き刺さる。
「彼女が、シファくんを不幸にさせない存在かどうかを――」
つまりは姉も、玉藻前のことを信用していない。ということか。
そりゃそうだよな。『危険指定レベル18』とは、それだけ危険な存在だという証明なんだから。
姉は今の状況を全て理解しているのだろう。
玉藻前を討伐しに来た冒険者達に対して、それを護ろうとする俺とルエル。
そしてもし俺が、『玉藻前を護ってくれ』と姉に頼めば――姉はそれを叶えてくれる。
姉はそうも言っている。
だがその前に、姉自身で玉藻前という妖獣を見極めたいのだ。
姉の視線と玉藻前の視線が交じり合う。
「まず、私はローゼ・アライオン。彼等と同じ冒険者よ」
「わ、我は玉藻前じゃ」
自己紹介から始まった。
片や、刀を相手に突き付け見下ろしながらという、異常な状態での自己紹介だ。
そして、姉は周囲を――と言うよりかは、サリア達冒険者の方を一瞥した。
「私は、ここにいる全員を相手にしても無傷で勝利することが出来る。玉藻前――あなたがたとえ万全の状態でも、私一人で討伐する事が出来るよ」
ゴクリと、近くのセイラが喉を鳴らしたのがわかった。
姉のその自信に溢れた言葉は虚勢でもなんでもない。
ひとつの事実。確定事項として、この場にいる全員に教えているようだが――どうやらそれはほぼ全ての者が知っていた事実らしい。
皆の表情は、驚いている――というよりかは、姉の迫力に気圧されているような。そんな表情。
そう前置きをしてから、姉の玉藻前への質問が始まった。
「まず、あなたはここで何をしているの?」
「……鳳凰の聖火による傷を、癒しておる。身を潜められる場所として、ここを選んだ」
「傷が癒えれば、あなたはどうするの?」
「イナリ山へと帰る。もう一度、あの忌まわしい鳳凰から我が地を取り戻す。そう思っておった」
「そう。人間を……殺したことはある?」
「…………」
沈黙。
人を殺したことはあるか? という姉の質問で、玉藻前が初めて沈黙した。
いや、その質問の答なんて、皆分かっている。
危険指定レベル18などという物を、組合から定められた妖獣。ということはつまり――そういうことだ。
「……ある」
しばらく沈黙した玉藻前だったが、そう答えた。
「どうして人を殺すの?」
「我は……護るために殺す。我は、我の――護りたい物のためなら、人を殺す。今までそうしてきた、そしてこれからも……そうするだろう」
姉の瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら言っている。
嘘偽りのない言葉のように思える。
果たして、この玉藻前の言葉を聞いて、姉はどう思うのか……。
「…………」
「…………」
黙って見つめ合う二人。
もう質問は終わりか? そう思ったが、姉の口から新たな質問が投げられた。
「あそこにいる男の子。シファくんをどう思う?」
「――え?」
俺を指し示しながらの、そんな意味の分からない質問だった。
玉藻前も、思わず俺の方に振り向いて呆けた表情をしている。
――え。何その質問。
その質問にいったいどんな意図が? その質問、今必要? 関係ある?
我が姉の頭の中を覗きたい。
なんて考えていたら、玉藻前と目が合った。
が、なにやら照れくさそうに目を逸らされた。
「わわ……我は護り神。あ、あの者はそんな我を護ってくれると言った。そんなことを言ってくれる者など……は、ははは初めてじゃった……つまり……その」
さっきまでとはうって変わって、玉藻前の目が泳いでいる。
――やめてくれ。
確かに、さっきはそんな恥ずかしいことを言ってしまったけど。改めて言われるとこっちまで恥ずかしくなるからっ。
「…………」
「きゅぅ……」
真っ直ぐ見つめる姉に対して、玉藻前の視線は落ち着きがない。
頬は少し赤く、まるで似つかわしくない可愛らしい鳴き声を上げている。いや、玉藻前の見た目から考えれば、その鳴き声ははっきり言ってよく似合っている。正直言って可愛い。
チラチラと、玉藻前が俺の方を盗み見ているが、丸分かりだ。
やがて、姉は「ふぅ」と小さくため息を吐いたかと思うと――
玉藻前の喉から、刀を遠ざけた。
とても長いように感じたこの緊張から、俺もようやく解放された気分だ。
刀を引いてくれた。ということは、俺も安心しても良いのか?
玉藻前の表情は――どうやらそれどころでは無いらしい。
自分の胸に手を当てて、惚けたよう表情だ。大きな瞳をパチパチさせている。
刀を喉元に突き付けられていたんだから、さぞかし緊張したことだろう。
玉藻前から踵を返して、姉が再び冒険者達の方へと歩いていく。
その表情は――少し機嫌が悪そうだ。
「"上"級冒険者、サリア・アーデル……だったよね?」
「は、はい!」
今度は冒険者達に向けて、姉が何かを話すようだ。
その内容は――
「危険指定レベル18、妖獣――玉藻前の討伐は……必要ありません」
「――なっ! 何故ですか!? レベル18の魔物を、みすみす見逃せと? そう言うのですかっ! 貴女は!?」
「……言い方を変えます。玉藻前の討伐は――私が許しません」
冒険者達が目を見開いた。
口をパクパクさせながら、唖然としている。
「そ、それが貴女の――"絶"級冒険者としての判断、という訳ですか」
「そうです。組合からの依頼書を持っているのなら話は別ですが。そうでない以上、私にはあなた達の行動を制限する権利があります」
「っ! 『絶級特権』ですか」
「…………」
手を震わせ、悔しそうな表情のサリアのその言葉に、姉は何も返さない。
ただ真っ直ぐと、相手を見つめるだけだ。
「……分かりました。貴女がそう言うのなら、従います」
やがて、諦めたようにサリアが手に持っていた剣を収納に戻すと、他の冒険者達もそれに続く。
助かった?
玉藻前は、討伐されずに済んだのか? 本当に?
少し状況について行けず、困惑しながら姉を見る。すると姉は、俺の視線に気付きニコリと笑ってくれた。
――良かった。
俺もようやく、ホッと胸を撫で下ろす。
「ところで……君はいったい何者? あの時の異常な力といい、ローゼ様との関係といい」
と、サリアが俺に質問をぶつけてきた。
「ああ、俺は――」
答えようとして、そう口を開いたのだが突如として腕を引っ張られてしまい、最後まで言うことが出来なかった。
腕を引っ張られ、俺は抱き寄せられる。
「彼はシファくん。私の大切な弟だよっ」
間違ってはいない。
間違ってはいないが、スキンシップが激しすぎる。
少しは人目を気にして欲しい。
「…………」
サリア達も言葉を失っている。
「もしあなた達がこのシファくんに傷の一つでも付けていたら――私多分、あなた達のこと殺してたかも知れないよー」
たはー。と、笑いながら言っている姉の言葉に、サリア達の顔はみるみる青くなっていった。
仮に冒険者達にそんなことをしてしまったら、流石の姉でもただでは済まないだろうが、それでも姉はやりそうだ。
それを分かっているのか、サリア達の顔にタラリと汗が流れてくる。
「と、とにかく! 私達は帰ります。この事は組合に報告させてもらいますので、良いですね? 戦乙女ローゼ?」
この事とはつまり、玉藻前の討伐を姉が禁止したことを。だろう。
何か不味いことでもあるのか? と思い、姉の顔を窺うが、姉の表情は相変わらずいつもの優しい物だった。
何はともあれ、こうして玉藻前を護ることが出来た。
玉藻前を無事に家に帰す。という俺の目的は、なんとか達成する事が出来た訳だ。とは言え、結局また姉の力を借りてしまった訳だけど。
なんて、姉に抱かれたまま、サリア達冒険者が帰っていく後ろ姿を見ながら思っていると――
「それじゃ、もう少しだけ玉藻前ちゃんから詳しく話を聞こっか! シファくんもっ!」
と、姉が言ったのだった。
あなたのその評価が、この物語の原動力。




