#39 荒れ狂う風
「ふーん。……なるほどね、ふむふむ」
そう何やら独り言を話しながら周囲を見回すのは――セイラ・フォレスだ。
"上"級冒険者サリアの突進をこのセイラが阻止してくれたおかげで、再びの膠着状態となった。
そのセイラの視線が俺からルエル。そして玉藻前へと移動する。
「うわっ、ひっど……。ボッロボロじゃん」
玉藻前の姿に、そんな反応を示す。
そしてその瞳は再び俺へ向いた。
「君……シファくん?」
その言葉に俺がコクリと頷くと、ニヤリと笑って見せる。
どうして俺の名を? ってかなにその顔、めっちゃ悪そう。
「きたっ! これでやっと姉さんに借りを返せる!」
グッと握り拳をつくり、やたら嬉しそうな表情だ。
俺とルエルは互いに見合わせながら首を傾げる。
うん。リーネに似て変な女だな。ちょっと関わり合いたくはない。
リーネにあんな意味不明な恋愛観を教える姉だ、きっと普通じゃない。
と言うより、味方なのか?
さっきは助けられたが、果たして――このセイラ・フォレスという冒険者は、どっちだ? 玉藻前を討伐する側なのか? それとも……。
なんて考えていたところに、しびれを切らしたのかサリアが再び口を開く。
「セイラ、まさか貴方まで私達の邪魔をするつもり? 私達は冒険者としてそこの妖獣を討伐するのよ?」
「そうみたいね。でも、彼等にそれを邪魔されたんだ? 上級冒険者も何人かいるみたいだけど……ねぇ?」
「…………」
リーネの姉のセイラの、その馬鹿にしたような言葉に、サリアを始めとする冒険者達の表情が険しくなった。
やっぱり似てる。間違いなくリーネの姉だ。
敢えて相手の気分を悪くするために、言葉を選んでいるような所が特に。
冒険者達があからさまに機嫌を悪くしたのを見て、リーネの姉はフフンと鼻を鳴らしながら笑う。
「あら、気を悪くしちゃった? ごめんね。私弱い奴って嫌いでさ、知ってるでしょ?」
最早相手を挑発しているような口ぶり。
そんなリーネの姉の挑発に、冒険者達は更に機嫌を悪くしていくが、サリアだけは落ち着いた表情を取り戻していた。
「何が狙い? 時間稼ぎのつもり? いったい何のための時間稼ぎなのかは分からないけど、それに私が付き合うとでも? そこを退いてくれる? 玉藻前を討伐するから」
再び剣を構え、腰を落とす。
「そこの彼が、玉藻前の討伐をやめて欲しいそうだけど、それでもアンタは玉藻前を討伐するの?」
驚いたな。
俺は一言もそんなことを言っていないというのに、セイラはこの状況を見ただけで理解しているらしい。
流石は有名人。ということか?
「当たり前でしょ? 依頼が発行されている訳ではないけど、魔物討伐にそんな物は必要ない。セイラ、いくら貴方でもそれを邪魔する権利は無い。もし邪魔をすれば――」
「組合から処罰されるでしょうね」
そう答えながら、セイラも両手の細剣を構える。
本当に、俺達の味方をしてくれるのか?
話から察するに、冒険者の邪魔をする事を、それが例え同じ冒険者であっても許される物ではないようだが、それでもセイラは――俺達を、玉藻前を助けてくれるのか?
「本気なの? 信じられないわね。貴方に何の得があるというの?」
確かに、俺達を助けることに何の得があるというのか。
助けられる身でありながら、セイラの行動は俺にも理解できない。
たった今知り合ったばかりで、まともに会話したことすらも無いのに。いったい何故?
「アンタこそ本気? いや、アンタ達こそ本気? 私は"音剣"のセイラよ。カルディアの"上"級冒険者では私より強い奴はいない。アンタ達、私に勝てるの?」
すげえ自信だ。まるでいつぞやのリーネを見ているようだ。
なんて感心している場合じゃない。
リーネの姉が加勢してくれるんだ、もしかしたら本当に玉藻前を護り切れるかも。
俺も収納から聖剣を取り出し、構える。
視界の端で、ルエルも構えを取っているのが見えた。いつでも魔法を行使できる状態だ。
そんな俺達を見て、サリアの表情もようやく真剣な物になった。
「どいつもこいつも、馬鹿ばっかり。魔物を庇う人間なんて見たことないわ」
スッと、サリアの表情が暗くなる。
――本気の顔。
一言で表すなら、そんな顔だ。
ゆっくりと、右手に構えた長剣に左手を翳す。
「精霊付与――風精霊」
――そうサリアが口にした瞬間、右手に持っていた剣が風を帯びる。
周囲の空気が、その剣に集まっているように見える。
なんだ? 何が起こった?
初めて見る光景に少しばかり混乱してしまう。
「"上"級冒険者、サリア・アーデル。彼女は魔法剣士よ」
ルエルがそう教えてくれた。
魔法剣士ね。ちょっと格好良いな。
それに、そのサリアの持つ剣の雰囲気が劇的に変わっているのが分かる。
魔法的な力が加わって、更に鋭利さが増したような。そんな感じだ。
とにかく、さっきまでの奴と同じに考えていたら痛い目に遭いそうだ。
しかし――
「あらサリア、魔法剣を使うなんて、随分と本気を出すんだ。私達3人相手に? 恥ずかしくないの?」
と、セイラが相変わらず自信たっぷりに挑発を続けている。
頼もしい限りである。
「黙りなさい。そこの妖獣を庇うのなら、お前達だって容赦はしない。私達全員で確実に討伐する」
「あっそ。じゃあさっさとかかってくれば? ほら、どうしたの? びびってるの?」
何を思ったのか、セイラがやれやれとばかりに構えを解いた。
はっきり言って隙だらけだ。
――い、意味が分からない。
セイラのその姿に、俺は呆気に取られてしまう。
そんな中、とうとうサリアが動いた。
「無事で済むと思わないでよ――」
サリアの握る剣にまとわりつく風が、その勢いを強くさせた――かと思うと、サリアが勢いよく踏み込む。
その踏み込みに合わせて、サリアの後方から勢い良く風が吹いた。――追い風だ。
剣に纏う風が、追い風となってサリアの踏み込む速度を更に速くさせている。
さっき見た"音剣"の速度にも迫る速さで、サリアは一直線に距離を詰める。
しかしその瞬間、俺は見逃さなかった――セイラの口角が再びつり上がったのを。不適に笑ったセイラの顔を。
その、セイラの笑いの意味は――
迫り来るサリアを横から叩きつけるようにして、森の奥から押し寄せた――暴風だった。
「――ぐっ!」
サリアが剣に纏わせていた風など、まるでゴミのようにその暴風が呑み込み、更にはサリア、そして冒険者達をも吹き飛ばす。
激しい風が、森の中を駆け巡る。
俺達も、思わず顔を両手で覆ってしまう程の暴風だ。
セイラが何かやった訳ではない。ただそこに立っていただけだ。
勿論俺も、そしてルエルだって何もやっていない。
今の暴風を、サリア達に浴びせたのは誰か?
俺には分かる。
今の暴風を俺は知っている。
――風神の怒れる暴風だ。
その暴風がやって来た森の奥へと、俺は視線を向ける。
奥の暗がりから、誰か歩いてくる気配。
しばらくして、その姿が次第に明らかになり、俺の頬は自然と緩む。
――やはりだ。
見慣れた金色の髪に、金色の瞳。
その手に握られているのは、薙刀――風神。
思った通りの人物が、森の奥から顔を覗かせた。
あなたのその評価が、必ずこの物語を盛り上げるのです。




