#35 家族なんだから迷惑をかけたって良いだろ。
「……本気? シファ、貴方いったい誰に向かってその剣を構えているのか、理解しているの?」
チラリとユエル教官が俺の手に握られた聖剣に視線を向けたかと思うと、すぐにその鋭い視線は俺に向けられる。
俺が聖剣を取り出したというのに、教官は武器を取り出す素振りを見せるどころか、構えようとすらしない。
「頼む教官、そこを通してくれ。俺だってこんなことしたくないんだよ」
「嫌よ。シファ、教室に戻りなさい」
クソ。駄目か。
出来れば力ずくで押し通るのは避けたい。
なんて、今さらだな。馬鹿か俺は。
日頃世話になってるユエル教官に対して剣を向けるなんて、まさに恩を仇で返しているに等しい行為を、既に俺は行っているというのに。
――最低だ。俺は。
でも、どうしても玉藻前を討伐させる訳にはいかない。
腰を落とし、聖剣を構える。
大丈夫。教官を傷付けることは絶対にしない。
剣を振るい、教官がなんらかの回避行動を取った際に生まれる隙を突いて、俺は走り去ればいい。
「シファ、よく聞いて」
相変わらず立ち位置も構えも変わっていない教官に、意識を向ける。
「貴方のしようとしていることは、なんとなく想像がつくわ」
そこで、教官が俺の背後に視線を一瞬向ける。
後ろから複数の足音と共に聞こえる声。
「お、おいシファの奴なにやってんだよ」
「シファ……」
「は、はわわわ」
いつまで経っても教室に現れない教官を不審に思ったのか、はたまた騒ぎを聞き付けたのかは分からないが、他の訓練生達が集まってきた。
何人かいるようだが、前を向いたままの俺には正確な人数までは分からない。
ただ、声から察するにロキとルエルとミレリナさんはいるようだ。
構わず、教官は話を続けた。
「玉藻前を護ろうなんて思ってるんでしょ? 随分と仲良くなったのね」
先日のカルディア高森林での出来事は、包み隠さず話してある。
別にそこまで玉藻前と仲良くなったつもりはしていない。
助けたいのはただ、そう、本当に、約束を守りたいだけ。というのもあるが、俺にはあの玉藻前が冒険者に討伐されなければいけない程、危険な存在だとはどうしても思えない。
玉藻前は、ただ自分の家に帰りたいだけなんだ。
「組合が、玉藻前の討伐を禁止するなんてことは有り得ない。それでも護りたいなら、貴方が実際に自分自身の力で、玉藻前を冒険者達から護らないといけないのよ?」
「……わかってる」
「いいえ。わかっていないわ」
――カツ、――カツ、と。教官が廊下を歩き、俺のすぐ目の前までやって来た。
「訓練生である貴方が、冒険者の邪魔をする。それがどんな結果を生むと思う?」
俺の頬に手を触れながら、教官がそう口にする。
大きな瞳が俺を捉えて離さない。
その厳しい視線の中には、愛情にも似た優しさを感じる。
そうか。玉藻前を護るということは、討伐にやって来た冒険者の邪魔をする。ということになるのか。
訓練生である俺が、冒険者の邪魔をすると――
どうなるんだろう。
……分からない。
そう視線だけで応えると、教官が教えてくれた。
「訓練所を退所させられることになるわ」
「……構わない」
別に訓練所を無事に出所出来なかったからって、冒険者になれなくなる訳でもないだろう。
それくらい、どうってことない。
「でもね、貴方の場合はそれだけで済まないのよ」
と、教官は更に言葉を続ける。
「昔教えたでしょ? 貴方はこの訓練所へ、姉の推薦で試験を全て免除されて入所したと。それは"絶"級冒険者である姉の持つ絶大な信頼によって叶えられたものよ」
「…………」
「良いの? 姉の築き上げた信頼が、崩れ去ることになるのかも知れないのよ?」
そこでも姉が出てくるのか。
俺が今この場にいるのは全て姉のおかげ。
その俺が問題を起こし退所することになれば、当然それは俺を推薦した姉にも飛び火してしまう。ということか。
「お願いシファ。教室に戻って」
愛おしそうな目で見つめられる。
もし、俺がここで姉に迷惑をかけたら、その姉はなんて思うのだろう。
幻滅するのだろうか。怒るだろうか。
訓練所を退所させられてしまった俺を見て、姉はどんな顔をするのか想像してみる――
――が、笑ってる姉の顔しか出てこなかった。
俺を訓練所に放り込んだ時、姉が言っていたことを思い出す。
『私のことは気にしないで、訓練に励むんだよっ』
そう。俺は自由にやっていい。
姉なら、謝ればきっと許してくれるだろ。だって家族なんだし。
「シファ……」
大きく一歩下がり、再び俺は聖剣を構えた。
「今、姉は関係ない。ロゼ姉はそんなこといちいち気にしない」
俺は本気だと。
ユエル教官の最初の問いに俺は態度で示しながら、そう口にする。
――すると。
「……知ってるわ。私はただ、貴方が――」
なにか教官が呟いた気がしたが、教官にしては珍しい程、聞き取りにくい声だったためになんて言ったのかは分からない。
俺は首を傾げながら眉を潜めるだけだ。
とにかく、俺は教室には戻らないし教官も道をあけるつもりはない。
ならば実力行使……なのだが――。
「――?」
いったいどうしたことか、ユエル教官が道をあけてくれた。
俺の進路を遮るようにして立っていたが、体の向きを変えて壁際へ寄る教官。
言葉を発した訳では無いが、間違いなく、俺がそこを通ることを許してくれているようだ。
まさか罠なんてことでもないだろうが、どういうことだ?
怪訝に思いつつユエル教官を見つめていると、「はぁ……」とあからさまにため息を吐いて見せた。
「ほんと、貴方はお姉さんにそっくりよ。どうせ何を言っても無駄なんでしょ? さっさと行きなさい」
「……教官」
「早く行かないと間に合わなくなるかもしれないわよ。今回高森林に向かった冒険者編成は"上"級冒険者中心に編成されているわ。昼間は妖術で姿を隠している玉藻前だけど、本調子じゃないだけに、必ず見つかってしまうでしょう」
そして、こう続ける。
「相手は"上"級冒険者達よ。貴方は強いけど、流石に冒険者パーティー相手には勝てない。冒険者達を説得するか、なんとかして諦めさせるのよ」
勝てない。か。
そう言われると試してみたくなるが、このユエル教官の言葉だ。素直に受け取っておこう。
俺だって、姉に迷惑がかかると分かっているのに、わざわざ冒険者達と戦いたくはない。
とは言え、必要ならば戦うが。
なんにしても、それを考えるのは玉藻前の所へ行ってからだ。
「ごめん! ありがとうっ! 教官!」
「夕飯までには帰ってくるのよ」
という教官の言葉は、既に走り出した俺の背中ごしに聞こえた。
俺はただ、走る。
前へ続く廊下を、訓練所の出口目指して。
「ほらっ! 貴方達はさっさと教室に戻りなさい――」
ユエル教官の叫ぶ声が、どんどん小さくなっていった。
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