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#34 約束は守る。少なくとも姉はそうだった。

 

「おはよう。シファ」


「お、おう。おはよう」


 朝食を済ませ、1万セルズをユエル教官から受け取った俺がいつものように教室で一人待っていると、ソイツはやって来た。


 以前までは教練の始まる少し前に教室にやって来ていたコイツだが、調査任務が始まった日以降、あのルエルよりも早く教室にやって来るようになった――


「きょ、今日もまた、凄くお洒落な髪型だな、リーネ」


「そう? シファに喜んでもらえるなら、早起きする甲斐もあるというものだわ」


「…………」


 出会いは最悪だった筈。

 間違いなく、お互いがお互いのことを嫌いだった。

 だが、いったいどうしてか、コイツは――デレたのだ。


 翼竜の一件で、何故かコイツの中では俺がコイツにプロポーズしたことになっている。

 そして、そのプロポーズにコイツは応えてくれた……らしい。

 三日間という調査任務で少し忘れかけていたが、その問題は何一つ解決などしていなかった。

 あわよくば、コイツの勘違いに自ら気付いて欲しかったが、どうやらそんな望みは儚く消え去った。


「ねぇシファ。あんた、家は南の山にあるって言ってたわよね?」


 自分の席に腰を下ろしたかと思えば、すぐに体ごと俺の方へ向けてくる。


「南の山……今大変なことになってるのよ? 大丈夫?」


 俺の家のある山脈。その一帯が魔境と化した。

 それは今朝、ユエル教官から聞いた話だ。

『危険指定区域』より更に上の『"超"危険指定区域』となってしまったらしい。

 まさか、このリーネに心配されるなんてな。


「その……もし良かったら、私の家にくる? 今は姉も留守にしてるし、私一人だから……」


 行きません。


「おいリーネ。いくらなんでもそれは――」


「っおはよう!」


 ――ドサリと、俺とリーネが向かい合う机の上に鞄が置かれた。


 向き合っていた俺達の視線を遮るようにその鞄を置いたのは。


「お、おうルエル。おはよう」


「おはようシファ」


 ニコリと、美し過ぎる笑顔が向けられる。

 が、怖い。


「いつの間にか仲が良くなったのね。私も交ぜてもらって良い? リーネさん?」


「はっ! お断りよ、あんたの席はあっち! さっさと行けば?」


 まるで虫でも払うような素振りだな。


 せめて、この二人がもう少し仲良くなってくれれば、俺もまだ気が楽なんだが。


「あら残念だわ。でも、あまりそういう会話は控えた方が良いわよ? もう他の訓練生の顔もあるんだし」


「っ――」


 確かに、気が付けば他の訓練生達も教室にやって来ていた。


 先の俺達の会話が聞こえた奴もいるみたいだ。


「――っ! は、はわわわわわ! わ、私は何も聞いてませんよ?」


 いつからそこにいたのかは分からないが、教室の入り口に立っていたミレリナさんが、あたふたと両手を振りながら自分の席へと小走りで向かっていった。


 ――顔、真っ赤ですやん。


 自分の恥ずかしい言葉が聞かれた。それが分かって、リーネも少し顔を赤くしながら前を向いた。

 そんなリーネの様子を見て、ルエルも満足したかのように自分の席へと向かっていく。


 今日もこの訓練所は平和だな。


 と、思ったが――


「シファ、ちょっと良いか?」


 たった今教室に入ってきたロキが、朝の挨拶も無しにそう言ってきた。


 やけに真剣な面もちだ。

 どうやら込み入った内容の話らしく、俺を教室の隅へと誘導してきた。


「どうしたんだよ、まだ朝だぞ?」


「いや、どうしてもお前に話しておきたいことがあるんだ」


 そう前置きしてから、少し声量を抑えて話し出した。


「今朝、組合の前を通ったときに、冒険者が中規模の編成(パーティー)を組んで北に向かって行くのを見た」


「? あぁ、それが?」


 中規模の冒険者パーティー。

 おそらくは、それなりに強力な魔物の討伐に向かったとかだろう。

 何もおかしな点は無いが、何故それをわざわざ俺に?


 ロキの話には、まだ続きがあった。


「興味本位で組合で聞いてみたんだよ。あのパーティーは何のために北へ向かったのか、ってな」


 ロキの顔が一層厳しい物へと変わった。


「向かったのはカルディア北側。『カルディア高森林』だ。その中規模編成の目的は――危険指定レベル18、妖獣玉藻前の討伐なんだよっ!」


「――なっ!」


 何故だ?

 玉藻前の討伐? あり得ない。

 俺は確かにちゃんと報告した。

『妖獣――玉藻前は傷を治療しているだけで、人間を襲うことはない。なんの危険性もない。討伐する必要もない』と。


 俺は玉藻前になんて言った?

『安心してくれ』そう言ったと思う。

 その俺の言葉を聞いた時の玉藻前の顔は、今でも覚えている。

 美しく、無邪気な笑顔だった。とても危険レベル18の妖獣とは思えない。

 ただの少女にしか見えなかった。


「おいシファ! 玉藻前は聖火の傷でまともに戦えないんだろ? このままじゃ、確実に討伐される」


「――くそっが!」


「あ! おいシファ! 待てよっ!」


 足が勝手に動いていた。

 気が付けば、俺は教室を飛び出していた。


 いったい、どうして冒険者が玉藻前を討伐しようとするんだ?


 とにかく先にユエル教官だ。

 ユエル教官に話を聞こう。


 そう思い、教官室へ向かおうとしたが、どうやらその必要は無い。


「あら? どうしたのシファ? もう教練が始まるわよ?」


 教室を飛び出して割とすぐの所で教官と鉢合わせした。

 確かに、もうそんな時間だ。

 だが、今は教練よりも重要なことがある。


「教官、聞かせてくれ。どうして冒険者は玉藻前を討伐しようとするんだ?」


 そう言うと、教官の視線が厳しくなるのを、俺は見逃さなかった。

 今の一言で、教官は全てを察したらしい。


「……シファ。冒険者である以上、潜んでいる危険な魔物を討伐しようとするのは仕方のないことよ。ましてや危険レベル18。しかも今は傷つき、容易に討伐できるのなら……尚更でしょうね」


「俺はちゃんと報告したよな? 玉藻前に人間を襲う意思はない。討伐する必要もないって」


「えぇ。そう聞いたわ。私も、そのまま組合に報告したわ。でも――」


 更に、ユエル教官は言葉を続ける。


「冒険者が自分の判断で玉藻前を討伐しようとするのを、組合が止めることは無いわ。確かに、玉藻前を討伐する必要は無いけど、組合が玉藻前を庇う必要は、更に無いわ」


 そういうことか。


 つまり、組合は俺の報告通り、玉藻前を討伐する必要はないと判断したが、その情報自体は冒険者達に開示された。


 冒険者が自分の判断で、玉藻前が傷ついてる今、討伐に乗り出したということだ。

 討伐の必要は無いが、危険レベル18の妖獣である以上、その冒険者達が討伐に向かうのを止める理由も、組合には無いということか。


 クソ!

 俺の責任だ。そこまで考えが及ばなかった。


「どこへ行くの? これから教練よ?」


「今日は休みます。ちょっと調子が悪いんで」


「そんな殺気立った表情で言われてもね……戻りなさい」


 先へ進もうとする俺の前に、教官が立ち塞がる。


「教官、悪いっ!」


 そう謝ってから、俺は全力で地面を蹴る。

 教官の脇をすり抜けて、先へ急ごうとしたのだが――


「――ッ!?」


 通り抜ける寸前、腕を掴まれた。そして――


「ぐっ――」


 グイッと、腕を引っ張られてから、足が地面から離れ浮遊感に晒される。かと思えば、視界の上下がグルリと回転し、背中に強烈な衝撃を感じた。


「いって……」


 背後に、投げ飛ばされたのだ。


「認められない。シファ、もう一度言うわ――」


 ユエル教官の冷たい視線が、俺を射抜く。

 朝食の時の、優しい姉のようなユエル教官はそこにはいない。


「教室に戻りなさい」


 どうやら、意地でも通す気は無いらしい。


 だが、俺もどうしても行かなければならない。


『シファ君、冒険者なら約束は守らなきゃ駄目なんだよ?』


 姉も以前そう言っていたしな。

 玉藻前にも、『安心して傷を治せ。そして家に帰れ』って言ってしまったし。

 なんとしても玉藻前には自分の家に帰ってもらわないと駄目だ。




 俺は――



 収納から、聖剣――デュランダルを取り出した。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「くそっが!」 声に出してみると不自然に極まりないですね。
[一言] え、弱っw
[気になる点] 何故リーネへの誤解を解かないのかが全くわかりません
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