#28 《戦乙女の"絶"級任務》
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依頼失敗までの期間が短すぎるとの指摘を受け、その期間を『7日』→『14日』に修正しております。
「お、おい……あそこに座ってるのって――」
「っ! 馬鹿野郎! 見るんじゃねぇよ! 視線を向けるな!」
大陸中枢に位置する王都。そこの冒険者組合には、今日も多くの冒険者達が足を運ぶ。
発行された依頼書の中から、自分達に見合った物を探し、受付に運び、手続きを済ませる。
そうして依頼に向かう者から、様々な情報交換にやってくる者まで、非常に多くの冒険者達が、この組合に集まってきている。
そんな彼等の中で、今一番話題に挙がる物と言えばやはり
――イナリ山に出現した幻獣、鳳凰についての話だ。
危険指定レベル20。
もし討伐すれば、いったいどれ程の金と名誉が手に入るのか。
少なくとも、冒険者としての等級は一気に上がるだろう。
王都の冒険者組合は、そんな話に持ちきりになっていた。
鳳凰の影響で周辺地域の魔物や魔獣の生息分布が乱れ、予期せぬ強敵と出会してしまい、多くの若い冒険者が命を落とした。というのは、冒険者の中では周知の事実。
多くの冒険者が、パーティーを組み鳳凰の討伐に向かうと組合に掛け合ったが、組合側はその全てを拒否。
冒険者組合は、鳳凰の討伐をたったひとりの冒険者に――
――丸投げした。
「アイツ等、召集されたんだよ。カルディアから、わざわざこの王都によ」
「え? マジかよ……やっぱりあの二人、あの有名な?」
組合内に設けられた飲食用の机に腰かける冒険者達が、声を低くしながらそう話す。
彼等の意識する先、組合内の一角に、同じく腰かける二人の女性冒険者の姿があった。
「おっそ。ロゼ姉さん遅すぎっ! 人を呼び出しといて、本人は遅刻ってどういうこと?」
ツツツーと、果実水で満たされたコップの縁に人差し指を這わせながら文句を口にする女性。
茶色い髪を肩まで伸ばし、ぱっちりとした瞳を細めながら唇を尖らせている。
そんな彼女の右手首にはめられた腕輪には、"上"級冒険者であることを証明する三角形の紋章が刻まれている。
彼女の姿を遠目に観察していた冒険者達が、珍しい物を見たとでも言うようにまた、小さな声で話し出す。
「――セイラ・フォレスだ。"音剣のセイラ"って、聞いたことくらいはあるだろ? 奴がそうだ」
「おぉ……。あれが、その? 初めて見たぜ」
「あぁ。あんな可愛い見た目だが、性格はドギツイらしい。なんでも、自分より弱い男は男じゃない……とかなんとか」
「なんだそれ……意味不明だ」
「けど、実力は"超"級なみ。どうしてか、組合からの"超"級昇格通達を蹴ったらしい」
そこで、男はゴクリと喉を鳴らす。
「で、その対面に座ってるのが――」
もう一度、男達は二人の座る席に意識を向けた。
「まぁ、良いんじゃない? ロゼも色々と忙しいんでしょうよ。なんたって"絶"級なんだから」
「って言ってもねぇ、ロゼ姉さんったら……いつも弟のことしか頭に無いじゃん。鳳凰のことだって、ほんとはどうでも良いのよ。きっと、早く弟に会いたいとかそんな理由でしょ? 私達を呼んだのって」
「それは、まぁその通りかも知れないわね」
セイラの言葉に、そう苦い笑いを見せる女性。
紫色の髪が独特な雰囲気を演出し、周囲に色香を振り撒く、圧倒的美女。
彼女の白い二の腕には、四角形の紋章が刻まれた腕輪が巻かれている。
「――"超"級冒険者、シェイミ・イニアベルだ……」
「あ、あれが……"破滅詠唱のシェイミ"か」
「あぁ。『破滅詠唱のシェイミ』この名は、王都に届く程に有名だよな。カルディアでは『一閃のユエル』の方が有名らしいが……」
とんだ大物だ。そう言わんばかりの物知り風に話す。
そして、男はニヤリと笑う。
「で、そんな実力者達を今日、カルディアからこの王都にまで呼びつけた、とんでもない奴……誰だと思う?」
「だ、誰だよっ。教えてくれ! いったい誰なんだ!? あの二人を呼びつけられる程の奴!」
男が、更に笑みを深くする。
「ふっふっふっ」
「(ゴクリ)」
不適に笑う男と、緊張と興奮から喉の渇きを覚え、唾を飲み込む男。
そしてゆっくりと男は口を開く。
「その者の名は――」
そこで、組合内の喧騒が突然止んだ。
各々の話で盛り上がっていた冒険者達が、話すことをやめたのだ。
そんな彼等の視線は、この冒険者組合の出入口へと向けられている。いや、出入口と言うよりは、ソコに立つひとりの、若く美しい女性冒険者だ。
「……おぉ」
どこからともかく、そんな感動の声が漏れる。
多くの冒険者達の視線の先に立つ女性。
金色の美しい髪に、眩しく光る金色の瞳。
彼女のつける首輪には、およそ生きている内に目にする事すらも叶わない冒険者も存在するであろう――五角形の紋章。
「ろ、ろろろ……ロー」
"絶"級冒険者。"戦乙女"ローゼ・アライオン。
その名を呼ぶことすらも、はばかられる。
"絶"級とは、それほどの存在だった。
「あっ! やっと来た。もうっ、おっそーい! ロゼ姉さん!」
組合の入り口に立つローゼを見つけて、セイラが手を大きく振って見せる。
「あ……」
目的の人物の姿を見つけたローゼが、二人の元まで歩み寄った。
組合内を歩くローゼの姿に、ほぼ全ての冒険者達の視線はくぎ付けとなるが、本人はそんなこと全く意に介さない。
そんな態度もまた、ローゼが崇められる程の人気を有する理由のひとつになっている。
「ごめんねー。ちょっと遅れちゃった」
「いや、ちょっとどころじゃないですよ! いったい何してたんですっ?」
「いやー、それがさ? ソコの軽装店にね、可愛い軽装備見つけたんだけど、それ着て帰ったら……シファ君喜ぶかなーって思って眺めてたら、こんな時間になっちゃったよ」
あちゃー。と、頭をかきながら話すローゼ。
「…………」
「…………」
そんなローゼの姿に、セイラは『ほらね?』といって表情をシェイミに見せた。
~
「よ、よ、よ……よようこそ冒険者組合、王都支部へっ! ほ、ほほ本日はどのようなご用向きでしょうかぁっ」
冒険者が受付にやって来た際に口にするお決まりの台詞だが、やって来た冒険者達があまりにも大物過ぎるため、上擦った声になってしまう受付担当者。
そんな受付担当の態度にも慣れっこなローゼは、特に気にすることもなく、"絶"級冒険者として相応しい態度で冒険者組合に接する。
「冒険者組合から指名依頼された難易度"絶"級任務。危険指定レベル20、幻獣――鳳凰の討伐又は撃退。そのための指名パーティーが集結しました」
「は、はい」
「ただいまより、その"絶"級任務を開始することを、組合に報告します」
冒険者組合から発行された指名依頼書を差し出しながら話すローゼのその言葉に、受付担当者は生唾を飲み込んだ。
今、行われているやり取りは、難易度"超"級以上の一部の任務を冒険者達が開始する際に行われる、いわば儀式みたいなものだ。
滅多に行われないこのやり取りを、組合内に存在する全ての冒険者達が見守っている。
「は、はい。では、コレより14日以内に依頼の結果報告が無い場合は、当依頼は失敗扱いとなりますっ」
必死に言葉を紡ぐ受付担当者に、ローゼ達三人は黙って耳を傾ける。
「そして、その更に3日以内に……皆様が冒険者組合に結果報告に訪れない場合は……」
静まりかえる組合内に、受付担当者の声だけが響きわたる。
「皆様は……死亡扱いとして、処理されます」
当然のことだが、依頼を達成することが出来ない場合はある。
高難易度の依頼の場合なら尚更であり、更には、命を落とす冒険者もこれまでに数多く存在していた。
そうなれば当然、依頼の結果報告が行われないことがある。
そのため、こうして期日を定め、定められた期間以内に冒険者本人からの報告が行われない場合は、依頼を失敗、未達成扱いとし、更に、組合への顔出しが行われない時は――
「死亡扱いとなり、冒険者としての等級を剥奪されますので、たとえ失敗に終わっても……組合への報告は忘れないで下さい」
それが、冒険者に定められた決まりのひとつでもある。
そんなことは重々承知だと、ローゼ達三人は頷き応えた。
こうして受理された指名依頼は、この瞬間をもって開始された。




