#26 混乱と敵意と誤解
何が起こった?
魔法陣が消えたのか? 何故?
この少女が何かしたのか?
魔法か?
――わからない。いったいどういうことなのか。
いや、もう一度だ、もう一度収納から聖剣を取り出すっ。
もう既に少女の間近にまで迫ってしまった。
今更引き返すことなんて、出来る訳がないんだ。
とにかく、収納魔法を……。
…………。
「っくそ!」
駄目だ。考えがまとまらない。
こんなことは初めてだ。
集中できない……。
魔法陣が消される以前に、収納魔法を行使することができない。
集中力と想像力、それに精神力が万全でないと、収納魔法は扱えない。
どれだけ激しい戦闘中でも、収納魔法が扱えないなんてことは無かったのに、いざ初めての体験をすると、このザマか。
これでは、いつまで経っても姉を超えることは出来ないな。
俺はその場で停止し、少女との距離を取った。
――やられた。
そう心の中で悪態をつく。
結局、俺はむざむざと少女の前に姿を表してしまった訳だ。
武器も持たずに、手ぶらで。
しかし、収納魔法陣を消滅させるなんて、そんな事が可能なのか?
いや、実際にやられたのだから、少なくともこの少女には可能なのだろう。
逃げるか?
収納魔法を扱えないんじゃ、勝ち目はほぼ無くなったと言える。
しかし、逃げ切れるのか?
目の前のこの少女から。
今もソコで、月の光を全身に浴びる美しい少女。
危険指定レベル18、妖獣――玉藻前から、武器も無しに。
一か八か、素手で戦ってみるか?
そう、考えていた時だった――
「シファくんっ!」
隠れていた木の陰から姿を表し、ミレリナさんが俺の名を呼んだ。
いったい何を考えているんだ? そう思ったが。
「妖術ですっ! 収納魔法陣は消えたんじゃないですっ! そう見せられただけですっ」
「ッ!」
ハッとした。
なるほど、妖術か。厄介な。
魔法陣は消されてなんかいなかった。
そう見せられていただけだ。おそらくは幻の類いだろう。
ソレを見せられて、俺が勝手に混乱して、収納魔法が扱えなくなっていただけだ。
情けないったらない。
ミレリナさんには感謝だな。
もう一度、ソコに座る少女に視線を移す。
笑っていた。
下品な笑いではなく、可憐で、美しい、上品な笑みを浮かべている。
強者の余裕というやつか?
ま、別に構わないが。
「ふぅ」
軽く息を吐いて、集中する。
やはり、ミレリナさんの言っていた通りだ。
収納魔法陣はいつもの様に出現し、今度は消滅する気配はない。
魔法陣から伸びてくるように出現した聖剣を、俺はしっかりと握り締めた。
少女との距離は、遠くはない。
ここからなら、一瞬で間合いに入り込めるだろう。
腰を落とし、踏ん張る。
少女が何かを仕掛ける気配はない。
周りにも、他の魔物の気配はない。
レベル18、玉藻前。ここで討伐してやる。
歯を食いしばり、足に力を込めて、全力で地面を蹴った。
全力だった。
俺が蹴ったことにより、地面が抉れたことが感触で分かる。
そして、一瞬で少女の懐にまで飛び込んだ俺は、首に狙いを定めて聖剣を振り抜いた。
――入る。
そう直感した。
だが、何故この少女は何もしてこない?
気になって、少女の顔を窺ってみると――
――目を閉じていた。
まるで眠るような、安らかな表情だった。
ソコには、戦意とか、殺意とか悪意といった物がなにひとつ感じ取れない。
「――ッ!」
なんなんだいったい!? 何を考えてる? コイツは。
「……どうした? 斬らぬのか?」
――ハラリと、絹糸のような白銀の髪が数本、月明かりの中、空中を漂い地に落ちる。
俺の振るった聖剣は、少女の首、その寸でのところで止まっている。
「悪かった。危害を加えられた訳でもなく、ましてや敵意すらも向けられていないのに、一方的に攻撃した……」
そう言いながら、聖剣を収納に戻す。
考えてみれば、初めからコイツは俺達を攻撃しようともしていない。
『姿を見せてくれ』
そう言っていただけだ。
だと言うのに、危険レベルが高いからと、俺は一方的に攻撃してしまった。
しかし、ここは夜の森の中だ。
この少女がどういうつもりなのかは置いといても、遠くには魔物の気配はある。
注意は怠らないようにしよう。
「どういうつもりだ? どうして攻撃してこない? 妖獣……なんだろ?」
「ふむ。その前に、もうひとりもこっちに呼んでおくれ。周りの魔物達には手出しさせぬでな」
ミレリナさんのことか。
魔物達に手出しはさせない。か。
いったいどういうことか気になるが、少なくともコイツが俺達に敵意を向けていないのは事実。
ひとまずは、信用してもいいだろう。
ミレリナさんを呼んだ。
「はわわ……妖獣、玉藻前だ、近くで見ると……か、かわいい」
まぁ、同感だが、さっきまではアレだけビビってたのにな。
ミレリナさんも案外大物だな。
「で? その妖獣、玉藻前がいったいここで何してる? 人間を攻撃しない理由は?」
危険指定レベルなんて物の18を付けられているんだ。
さぞかし強いんだろう。なのに、俺達を攻撃するどころか、敵意すらもない。
もしあのまま、俺が剣を止めなかったらコイツの首は今頃そこら辺に転がっているのに。
何か、理由がある筈なんだろうが……。
「理由はコレじゃ……」
そう言いながら、身に付けていた着物をはだけさせる。
露になる白い肌に一瞬ドキリとするが、すぐに異常に気がついた。
「……なんだ……これ」
「ひ、酷い」
透き通るような白い肌は、とても魅力的に写る。
しかし、その白い肌の至るところに、激しくただれた跡があった。
痛々しく、目を背けたくなるほどの傷。いや、火傷か。
「これは……鳳凰の聖なる炎、聖火によって負わされた傷じゃ」




