#23 『カルディア高森林』
やはり調査するべき。
夜の深まった今この時のカルディア高森林は、どうなってる?
魔物も魔獣も存在していないのはやはり、より上位の魔物に淘汰されたと考えるべきだ。
そして、その上位の魔物は、夜に姿を現す死霊系統なんじゃないか?
勿論、確証はない。あくまでも可能性のひとつ。
ただ、調べてみれば分かる。
となれば、もう一度森に入る必要があるのだが……。
「ふごぉぉぉぉぉお」
「…………ん、んぅ」
「…………………………」
皆は熟睡中だな。
このまま今日が終われば、残りの調査期間は2日。
残り日数的に、明日や明後日の夜に再びこの森の調査をしている時間はないよな。
ならば、今だ。今、もう一度森に入るしかない。
――けど。
今3人を起こすのは少しかわいそうな気がするな。
それに明日は村まで行く予定だし、皆が寝不足になるのも不味い。
――俺ひとりでいくか?
いや、流石に見張りを放棄するのは不味いし。
「ふごぉぉぉぉぉお」
……しょうがない、グラムを起こそう。
グラムには悪いが、俺の代わりに見張りを頼むしかないな。
すまん!
寝ているツキミとミレリナさんを起こさないように、俺はソッと立ち上がる。
そして、相変わらずいびきのうるさいグラムに歩み寄る。
「(おい、グラム。起きろ。おい)」
耳に顔を近付けて、小声で呼び掛けた。
「ふごぉぉぉっ、ごっ! ……ふごぉぉぉぉぉお、っへへ」
何の夢みてんだ? 幸せそうに寝てやがるが、その夢はそこまでだ。
――ごめんよ。
そう心の中で謝りつつ、グラムの頬を平手打ちした。
「――ッ!? ぶっ!」
~
「……な、なるほど。夜の森か……その発想はなかったな」
慌てたように飛び起きたグラムをなだめてから、俺は事情を説明した。
「けど、流石にアライオンひとりで森に入るのは危険なんじゃないのか?」
「大丈夫だ、いざとなったら逃げる。それに、どんな状況でも収納魔法を扱える俺なら、身軽に動けるしな」
寧ろ、ひとりの方が素早く行動できる。
それでも不満そうなグラムに、「なら、夜明けまでに俺が戻らなければ、皆と一緒に俺を探しに来てくれ」と言ったことでようやく納得してくれた。
グラムには、寝ずの見張り番を任せてしまうことになるのが少し申し訳ないが、我慢してもらおう。
「じゃぁアライオン、気をつけてな。こっちのことは心配すんな」
「あぁ、頼む。……それと、俺のことはシファと呼んでくれ。今さらだが……」
「はっ。確かに今さらだが分かったよシファ。なら俺のこともロキって呼んでくれよ?」
なんだか変なタイミングでロキとの距離が少し縮まった気がした。
ツキミとミレリナさんのことはロキに任せて、俺はひとり、夜のカルディア高森林へと向かっていった。
~
月の明かりによって不気味な雰囲気を漂わせる高森林だ。
見上げてみても、夜闇のせいでこの木々がどこまで伸びているのかは分からない。
ただ、森に近付いてみると、夜の闇の中に巨大な壁が出現したような錯覚を覚える。
森に入れば見通しは昼間よりも悪いだろう。
ほんの僅かな月の明かりを頼りに、森の中を歩かなければならない訳だ。
そう思うとなかなか最初の一歩を踏み出せない。
しかし、あまり時間はない。
行くしかない。
そう思って、足を前に出した時だった。
「――ッ!?」
不意に肩を掴まれた。
慌てて振り向きながら、収納から剣を取り出した。
すると――
「っ! はわわわわわ! ごめんなさいごめんなさい!」
「えっ!? ミレリナさん?? どうしてっ」
急に肩を掴まれ、びびる俺にびびるミレリナさんが、転んだ。
「……あ、あの、さっきの話、聞こえちゃって……きっと私も役に立てる。私もいきます」
あちゃー、起こしてしまってたのか。悪いことしたな。
「いやでもミレリナさん、疲れてるだろ? 休んでおいた方がいいんじゃ……」
「大丈夫。グラム君にも言ってきたし……それにシファ君、魔物の名前……分からないでしょ? 私なら……分かるよ?」
…………………………。
確かに。
ロキにはああ言って出てきたけど、俺、魔物の名前全然知らねーじゃん。これじゃ調査になんねーじゃん。
「……よし。ミレリナさん、一緒に行こうか」
「っ! う、うん!」
すげー可愛い笑顔。
結局、俺はミレリナさんを連れて、夜のカルディア高森林に侵入することにした。
~
カルディア高森林に足を踏み入れた。
勿論見通しは悪いが、思っていた程でもなかった。意外にも月明かりが森の中に入り込み、全く見えないと言うような状態でもない。
――が。
明らかに異質。
昼間とは違って、空気は重く、体中にまとわりつくような嫌な雰囲気が森を支配している。
森に入ってから、急激に体感温度も下がっているし、時おり耳に届く不審な声。
森の中は、魔物の気配で満ち満ちている。
しかし、その姿は見えない。
「ミレリナさん、死霊系の魔物も知ってるのか?」
ミレリナさんの手を引き、周囲を警戒しながらゆっくりと進む。
「……う、うん。魔物と魔獣のことは全部……頭に入ってる」
それは頼りになることこの上ないな。
せめて、この夜の森に出現するようになった魔物くらいは、幾つか特定しておかないと調査としては不十分だろう。
とにかく、もう少し進んでみよう。
周囲を観察してみる。
魔物の気配はする。
しかし姿は見えない。
遠くから、僅かな物音も聞こえてくる。
何か、地面を蹴るような音が、あちこちから。
その内のひとつが、次第に大きくなっていく、ような気がする。
いや、間違いなく大きくなっている。
ってかこれ、こっちに近付いて来てるんじゃ……。
――間違いない! この音は、俺達を目指して進んでいる。
「ミレリナさんっ! こっち!」
「は、はうっ」
慌てて俺はミレリナさんを抱き寄せて、近くの木の陰に身を隠す。
次第に近くなる音に耳を傾けて、ソイツがすぐソコにやって来た事を確信してから、少しだけ、顔を覗かせた。
音の正体は――
――馬だ。
しかし、普通の馬じゃない。黒光りする鎧を着込む軍馬。
そして、その馬に跨がる者がいる。
軍馬と同じく、全身を鎧で包みこみ、片手に大剣を持つ兵士。なのだがコイツ、顔が無い。
本来顔がある筈のソコには、鎧の奥から溢れる青い炎のようなものが揺れている。
――兵士。というよりは、顔のない鎧。そう言った方が正しい気がする。
顔がないために、いったいどこを見ているのか分からないが、俺達を探しているようだ。
「(ッ! デュラハンですっ。危険指定レベル6、危険指定種ですっ)」
ミレリナさんが、小声でそう話す。
レベル6。
間違いなく、本来ならこの森に存在しない筈の魔物だ。
「(デュラハンは、生者の生命力を感じ取りますっ! このままじゃ……見つかりますっ)」
ゆっくりと、デュラハンの足音が近付いてくる。
ミレリナさんの言うとおり、コイツは俺達の何かを感じ取っているのだろう。
俺達が身を潜めた木の、すぐソコまでに迫ってきていた。
――やるしかない。
ミレリナさんを連れてこの森の中を逃げるのは正直厳しい。
戦闘は避けたかったが、いきなり魔物に遭遇してしまった。
俺は、収納魔法を発動させた。




