#13 危険度上昇中
森の中を走る。
木を避け、草をかき分けてルエルと共に声のした方を目指す。
程なくすると、森の中で少し拓けた場所に出る。
風通しがよく、空もよく見える。
重苦しい森の中にこんな場所があったのかと思うが、今はそれどころではなさそうだ。
落ち着いて状況を確認してみた。
数人の訓練生達が一ヶ所に固まっている。
そのうちの一人は負傷しているらしく、他の者はその負傷者を庇うように立っている。
周りにはゴブリンの死骸。足回りの草はかなり荒れている。
……多分、この場所でゴブリンの討伐を行っているときに、予期せぬ襲撃者が現れたというところか。
その襲撃者とは――
訓練生が怯えながら視線を向けている相手。
人間よりも一回り程大きい体。
鋭いくちばしに、ギョロリとした瞳は一言で表すなら気色が悪い。
緑や紫といった、気味の悪い体毛に覆われた鳥形の魔物だ。
これが。
「……コカトリス」
隣のルエルがそう声を溢す。
危険指定レベル4。
今朝の教官の話では、この森に生息している魔物の危険レベルは1と2だという話だったが、どういうことだ?
「お、おい。こりゃどんな状況だよ? どうなってる?」
そこに、俺達より少し遅れてレーグがやって来る。
「ほ、ほんとにコカトリスじゃねーか……」
「レーグ。丁度良かった。すぐに教官を呼んできてくれ、今日の教練はここまでだ」
「は? いやでも、コカトリスは危険指定種だ。皆で協力しねーと倒せねーだろ……」
「言いたいことは分かるが、負傷者がいる。早く手当てした方が良さそうだ。手遅れになるかも知れない」
見たところ、あの負傷者の顔色がかなり悪い。
コカトリスの体の特徴からして、おそらく毒。
倒してから教官の所へ連れてっては、最悪間に合わない可能性がある。
「それに、見ろよ」
固まっている訓練生をコカトリスから護るように立つ、もう一人の訓練生。
細い剣を掲げ、コカトリスを牽制している彼女の姿をレーグに気付かせる。
「アンタ達はさっさと行きなさい! コイツは私ひとりで十分よ!」
それは他の訓練生全てに向けた言葉だろう。
強がりでもなんでもなく、高飛車女は本気でそう思っているように見える。
「た、確かにリーネが強いのは知ってるけど。だからって……」
「――――――――――!!」
尚もレーグが躊躇っている中、コカトリスがその口を大きく開け、耳障りな鳴き声を木霊させた。
「――ッ!? これは」
すると、コカトリスの鳴き声と共に充満していく紫色の粉塵。その粉塵の出所はコカトリスの口内と、激しくばたつかせる翼からだ。
間違いなく毒。
「おい! この空気を吸うな! 高飛車女!」
「ふんっ! 知ってるわよ! ってか、誰が高飛車女よっ!」
上体を下げ、足腰に力を込める高飛車女。
右手に持つ細剣に魔力が流れていくのが分かる。
「――やぁっ!」
そして、片足を軸として体を回転させながら剣を大きく振り抜いた。
「…………」
「うおっ」
突如として巻き起こった突風に、思わず顔をしかめる。
高飛車女の振り抜いた剣撃が突風を巻き起こし、この場に充満しようとしていた毒の霧を即座に霧散させてしまった。
なるほど。
自己紹介の時に言っていた、『コカトリスを追い詰めた』というのは間違いでは無さそうだ。
「アンタ達は足手まといなのよ! さっさと消えなさい」
ほんと、一言多いんだよな。
「レーグ。この場はアイツにあの魔物を追い払ってもらおう。負傷者を連れて、教官の所へ戻ってくれ」
この分なら、負傷者を連れて避難する余裕がありそうだ。
「分かった……て、お前達は?」
「俺達は一応残るよ。流石にひとりにする訳にはいかないしな」
周りにはゴブリンの気配もあるし、高飛車女ひとりを残して離れる訳にもいかないだろう。
高飛車女は嫌がるだろうが、別に従う義務が有るわけでもない。
「ふんっ! 言っとくけど、邪魔だけはしないでよね」
他の訓練生がこの場を離れ、俺とルエルと高飛車女の三人だけになった。
やはり高飛車女はひとりでコカトリスを倒すつもりらしい。
別にわざわざ倒す必要もないのだが、このコカトリスは逃げようとする者を追い掛けるのだろう。
であれば、出会ってしまったのなら倒すしかない。
「今日は逃がさないんだから」
剣を構え、コカトリスと対峙する高飛車女。
「はっ!」
持ち前の俊敏さで、瞬く間にコカトリスとの距離を詰め、斬撃を浴びせる。
それほどの威力は持っていないようだが速度があり、その剣筋を見切るのは難しい。
そして、高飛車女の攻撃は連撃性を持っていた。
上段から斬りつけ、返すようにしてすくい斬る。そして体を回転させて次の攻撃へと――。
なるほど。
コカトリスの毒の霧は厄介だが、それをさせる暇を与えない程の猛襲だ。
コカトリスは、問題なく討伐されそうに見える。
「強いな……」
高飛車女の実力はさておき、相手の技の特徴を理解し、厄介な技を使わせない。そんな戦い方。
相手の実力を抑え込み、自身は十分な実力を発揮する。
高飛車女の戦闘は、俺が姉から教わっていない事を教えてくれた。
「今さらね。彼女は強いわ。中級冒険者以上の実力は既に持っているんじゃない?」
珍しくルエルが高飛車女を誉めている。
なにかと険悪な雰囲気のふたりだが、案外、似た者同士だったりするのかもな。
似た者同士、惹かれ合うって言うし。……まぁ口が裂けても声に出すことは出来ないが。
「はあっ!!」
そんな時、高飛車女の攻撃がコカトリスの大きな翼を捉えた。
――しかし、浅い。
致命傷とまではいかないだろう。
だが、コカトリスに相応のダメージを与えることには成功したらしい。
コカトリスが高飛車女から大きく距離を取る。
そして――
「あっ! 逃がさないんだから!」
片翼に大きな傷を負い、動きの鈍くなったコカトリスが森の中へ逃げていく。
「おい高飛車! 深追いすんな!」
「うるさい! アンタ達はもう戻りなさいよ!」
そう言い残して、逃げたコカトリスを追撃に向かっていった。
厄介な。
目的はコカトリスの討伐ではない。
今頃はレーグ達も教官と合流出来ているだろうし、コカトリスが逃げた以上、もう戦闘を続ける意味もないというのに。
「……どうするの?」
「追うしかねーだろ」
ルエルの問いに、そう返した。
~
「おい! 教官が激怒しても知らねーぞ! 戻れ!」
「え!? ……は、はぁ!? 別に倒してしまえば良いだけの話よ! ふんっ!」
怪我をしているというのに、コカトリスは自在に森の中を飛び回る。
そのコカトリスを追う高飛車女には、思ったよりもあっさりと追い付くことが出来た。
そして、戻るように説得をしてみるも、頑なに戻ろうとはしない。
教官の名を出して多少は動揺したらしいが、高飛車女の足を止めさせるには至らない。
というか、俺達はどこまで来た?
かなり森を奥へ奥へと進んできた気がするが、もしかしてここは――
「っ、シファ! ここは森の深層よ!」
やはりか。
教官から立ち入りを禁止されている森林深層。知らずのうちにそんな所まで入って来てしまったらしい。
「チッ! おい! 止まらねーなら力ずくで連れて帰るぞ! いいのか!?」
「うるさいわね! ちょっと待ちなさいよ! もうすぐ追い付くんだから――」
そう高飛車女と言い合いながら森の中を駆けていると、またしても、やたらと拓けた場所に出た。
広大な森の中でポツリと広がる草原に、中央には美しい湖。小さな花が咲き、心地良い風が頬を撫でた。
「ッ!? ここなら、ここでコカトリスを討伐するわ! 見てなさいよ、すぐにでも――」
邪魔な障害物のない、拓けた空間。
コカトリスとの距離もほとんど詰まり、後はとどめを刺せば終わり。
その筈なのに、高飛車女は続きの言葉を詰まらせる。
コカトリスに向けていた目を見開き、顔を青ざめる。
――いったいどうした。
そう思い、俺は高飛車女と同じ方向、コカトリスへと視線を向けた。
翼に傷を負ったコカトリスが飛んでいる。
しかし、そのコカトリスの全身を包み込むようにして、この場には似つかわしくない物がソコにあった。
鋭い刃物のような牙を無数に並ばせた、ノコギリのような物が上下からコカトリスを襲う。
やがて理解した。そのノコギリは、今、まさにコカトリスを捕食しようとしているのだと。
そして理解した時には、コカトリスは狂暴な牙の餌食となり、巨大な口腔の中へと消えていった。
「な、なな……なん、なのよ。ひっ……」
高飛車女の震える声が聞こえる。
「し、シファ……。逃げなきゃ……、逃げなきゃ」
ルエルが俺の腕を掴み、震えているのが分かる。
俺達の目の前を飛んでいたコカトリスを喰らい、激しい地響きと共にその場に降り立ったのは――
「翼竜か……」
圧倒的な巨体を持つ竜種。翼竜。
「――――――――――ッッ!!!」
翼竜の咆哮が木霊した。




