#12 冒険者活動(仮)
「それじゃ、また後でねシファ」
そう言いながら、笑顔のルエルは立ち上がり、自分の席へと向かっていった。
何が『後で』なのかは分からないが、意外にもあっさりと引き下がったな。
まぁ、俺の目の前で喧嘩されても困るし、この席が高飛車女の席なのは事実だ。
ルエルも、わざわざ喧嘩をしたいとは思っていないのだろう。
「ふんっ。アンタも、あまり良い気にならないでよね」
「はいはい」
朝からコイツも刺々しいことこの上ないな。
おっと、そうだ。
「おはよう」
朝の挨拶は、しておかないとな。
昨日は昨日。今日は今日だ。
昨日はいきなり喧嘩から始まってしまったが、それも済んだ話。
コイツと俺の席は前後同士だし、いわば隣人だ。
別に俺だって、隣人といつまでも険悪な関係でいたい訳じゃない。仮令相手にその気がなくとも、こっちは和解する意思があるのだと知っておいてもらいたい。そのための挨拶でもある。
すると――
「ッ……おはよ」
なんと挨拶が返ってきた。
少し驚いたような表情を見せた高飛車女だったが、小さな声で、だがちゃんと挨拶を返してくれた。
コイツが俺のことを嫌っているのは確かだろうが、悪い奴ではないのかも知れないな。
これから1年間、共に訓練に励む仲間(?)なのだから、出来れば仲良くしたいのだが……。
先の挨拶以降、ツーンと前を向いて頑なにこちらを見向きもしない。そんな高飛車女の後ろ姿を見て、それには少し時間がかかりそうだと思った。
~
「ってことがあったよ」
「まぁ、冒険者として相応しい人格も訓練所の入所試験で試されている以上、性格に大きな問題がある訓練生は存在しない筈よ。でなければ試験で落とされているのだから」
今日の教練も無事に終わり、教官の私室での夕食がてらに今日の高飛車女の意外な一面を報告しておいた。
教官が言うには、この冒険者訓練所へ入所するための試験では、冒険者としての将来性に必要な実力の他に、人間性についても厳しく審査されているらしい。
なので、無事に訓練所へ入所出来ている高飛車女の人間性に問題はないとのこと。
とは言え、初日の奴の俺への態度は少なからずの問題があったように思えるのだが……。
「ま……思春期の若者がそれだけ集まれば、揉めごとのひとつやふたつあるでしょ」
軽く肩を竦めながら、ユエル教官は笑っていた。
~
「今日は貴方達に実際に冒険者としての活動を行ってもらうわ」
訓練所での生活にも少しずつ慣れ、教官も俺の仮の保護者として板につきはじめた。そんなある日。
教室へやって来た教官の第一声がそれだった。
「っっしゃぁ!! 待ってました!」
相変わらずレーグは朝から元気がいい。
いや、どうやらレーグだけではない。
今の教官の一言で、明らかに教室の雰囲気が一変したのが分かる。
皆、これまでとは明らかに違う一日の始まりに、良くも悪くも騒ぎ始めていた。
「落ち着いて。冒険者活動と言っても、訓練生である貴方達に難易度の高い護衛任務や、危険指定種の魔物の相手をさせることは出来ないわ」
そう言いながら、教官はどこからともなく一枚の用紙を取り出した。
「『カルディアの西に広がる森に大量に生息している魔物の討伐』。これが今回貴方達にやってもらう仕事よ。ちなみにコレは『常時依頼』と言って、いつでも受けられる依頼だから」
『カルディア』とは、今現在俺達がいるこの街のことだ。最近知った。
俺が街の名も知らないと知った時のユエル教官の顔は、今でも忘れられないが、まぁどうでもいい。
「この森に生息している魔物の危険指定レベルは1と2。貴方達なら問題なく討伐できる筈よ」
危険指定レベルとは、そのまま魔物の危険度を示している。
『危険指定種』とは、危険指定レベル4以上の魔物を指す。レベル4以上の魔物は基本的に中級以上の冒険者が対応するのが普通。らしい。
「ちなみに既に依頼は受理されているわ。さっそく今から西の森に向かって出発よ」
ユエル教官に連れられるように、訓練生も教室を後にする。
~
カルディアの西側から街を出て、街道を進む。
時刻はまだ早朝と言うだけあり、街道を行き交う人の姿は少ない。
カルディアという街の近くの街道へわざわざやってくる狂暴な魔物もこの辺りにはいないらしく、目的の森へは概ね予定通りの時間に到着した。
「この森に生息している魔物を出来るだけ討伐すること。それが今回の依頼よ。数に決まりはなく、討伐した魔物の数に応じて報酬が支払われることになっているから」
ま、森に生息している魔物を狩り尽くすことなんて不可能だからな。
少しでも魔物の数を減らし、今よりも更に街道の安全を確保するためのものだろう。
更には、この森の安全もある程度確保することが出来たら、森の中に街道を通すことも可能になるかも知れないということだ。
……さて。俺も行くとしよう。
「ただし、森林深層への侵入は禁止よ」
そう言われると行ってみたくなるのだが、やめておこう。
「……後が怖いからな」
もしバレれば。だが。
「あら? 後が怖いって、教官のこと?」
「うおっ!?」
ビビった。
急に耳元で囁かれ、ゾワリと背筋を伸ばす。
声の主は、やはりルエルだ。
「ふふ。さ、行きましょシファ。私達二人なら、倒せない魔物はいない筈よ」
「ま、まぁ……今回のこの教練に限って言えば、そうだろうな」
実技の訓練などで、二人一組やチームを組む教練で特に制限が無い場合、ルエルはいつも俺の所へやってくる。
特に断る理由もなく、いつしかルエルと共に行動するのが普通になっていた。
となれば今回もルエルが俺の所へやって来るのは、考えてみれば当然だった。
~
「それ」
薄緑色の肌をした、人間の子供程度の背丈の魔物――ゴブリンだ。
そのゴブリンが今、ルエルの魔法によって一瞬にして氷塊と化した。
早くて的確なルエルの魔法。自己紹介の時にも得意と言っていた『氷』属性の魔法は、それはもう見事な物だった。
氷を出現させ、魔物を倒す。
時には氷の剣を造りだし、時には氷を飛ばして吹き飛ばし、魔物を次々と倒していく。
そしてその度に、俺の収納魔法の中にゴブリンの角や爪が納められていくのだ。
『討伐証明部位』と言って、これを持ち帰って初めて、魔物の討伐として認められる。
既に何体のゴブリンを討伐したのかは分からないが、森を歩けば歩くだけゴブリンに遭遇してしまう。本当に終わりは見えてこない。
周りを見てみると、他の訓練生達も順調にゴブリンの討伐を進めている様子だ。
そもそも、訓練生にとって危険指定レベル1や2の魔物は、脅威にすらならないのだろう。
「うおぉぉぉお!! 食らえや! メテオブレイクぅぅ!!」
そう何やら叫びながら、大剣をゴブリンに叩きつけているレーグの姿が目に入った。
ゴブリンが爆散している。あれでは証明部位を持ち帰ることが出来ないだろうに。アイツは知っててやっているのか?
「そろそろ戻りましょうか。あまり奥に行き過ぎるのも良くないしね」
「……あぁ」
これだけ倒せば十分だ。
森に入ってしばらく経つし、この辺が潮時かも知れない。
俺達は、来た道を引き返そうとした。その時だ――
「こ、コカトリスだぁ!! コカトリスが出たぞぉ! 誰かっ!」
響き渡ったのは、そんな叫び声。
その雰囲気からして、明らかに動揺し焦っているのが分かる。
俺とルエルは思わず顔を見合わせた。
「確か、コカトリスって……」
どこかで聞いた名だ。
「危険指定レベル4……。危険指定種よっ」
俺達は、すぐに声のした方へと走り出した。




