#99 イナリへの道
姉からの俺達への指名依頼は、危険指定レベル18の妖獣――玉藻前を山岳都市イナリへと連れ帰ること。
現状この高森林は――姉の特権で、許可されていない冒険者の立ち入りが制限されている。そのため、ここにとどまり続けていれば玉藻前の安全は保証されているような物だが、見たところ……彼女が鳳凰の聖火によって負った傷は完全に癒えている。
『治療』という理由の失くなった妖獣を絶級特権で護り続けるのは流石の姉でも難しい……というよりかは、玉藻前本人がイナリへ帰ることを望んでいるのだろう。
玉藻前が自分から人間を襲う意思が無いことを俺達は分かってはいるが、他の冒険者はその限りではない。
危険指定レベル18の妖獣だ。出会して、逃げてくれれば良いものの……討伐しようと立ち向かう冒険者達に対しては、玉藻前は自衛行動を取るだろう。
そういった事態を防ぐための護衛として、共にイナリへと向かえと――姉はそう言っているのだ。
ま、正直に言ってしまえば、玉藻前が『イナリに帰る』と言い出せば、依頼とか関係無しに俺はついて行っただろう。以前に冒険者達に囲まれ、討伐されそうになっていた玉藻前の姿を目にしているだけに……流石に心配だからな。
そしてこうして、姉から冒険者組合を通して指名依頼が発行されている以上、俺は堂々と玉藻前と共にイナリへと向かうことが出来る訳で、『"絶"級冒険者――戦乙女からの指名依頼書』を持っている俺達が護衛する玉藻前を襲う冒険者は、流石に現れない。とは思うが、一応油断はしないでおく。
「それでえっと……玉藻前、ですよね? 顔をあげてもらえます?」
いつまで経っても頭を上げない彼女に、たまらずそう声をかけた。
ゆっくりと、そして堂々とした態度で頭を上げると、ようやくその顔をよく確認することが出来た。
「はい。我は玉藻前であります。今の姿こそ、本来の我の姿なのです。だからどうか……これまでのように柔らかい態度で接して下さい」
なんと言うか、礼儀正しいお嬢様みたいな話し方だが、玉藻前で間違いない。
「そう言う玉藻前こそ、口調変わってない?」
「はい。以前に命を助けてもらい、更にイナリへと帰る助けになってもらう以上……上下関係はハッキリさせておくべきだと考えます」
こ、困ったな。
そんな態度で来られるとは思っていなかっただけに、反応に困る。
たまらず、俺はルエルへと視線で助けを求めた。
「コホン。玉藻前? 私達も以前に、貴女に編成戦闘の実力を高めるための練習相手になってもらったことがあるし、お互い上下関係とかは無しにしましょう? これまで通り、ね? シファ?」
そう言えばそんなこともあったな。
生誕祭の模擬戦に向けての特訓な。その節は本当にお世話になったものだ。
「あぁ。俺達だって玉藻前に助けてもらったことがあるし。それに――」
俺は、ミレリナさんの詠唱魔法が暴走したあの時……玉藻前の青い炎に助けられた経験もある。
その事を言おうとしたが、コレは俺だけが知っていることだ。口に出すことはやめておこう。
しかし玉藻前は、俺が言いたかったことを理解してくれたのか……小さく微笑み、頷いて見せた。
「感謝する。二人とも」
ようやく、玉藻前が立ち上がる。
「それで? この依頼書の通り、玉藻前はイナリへと帰る。それに俺達が同行する形で護衛を行う。ということで間違いないか?」
姉の作った依頼書。万が一にも間違いなどある筈もないが、一応確認しておく。
「うむ。そして可能ならば……山岳都市イナリの立ち入り制限が解除されたと同時に、我はイナリ入りを果たしたい」
「ふむ……」
「山岳都市イナリ……鳳凰の聖火に襲われて都市は完全に封鎖され、危険指定区域になっていたわね。ロゼさん達が鳳凰を討伐した後は、組合と王国騎士団が主体となって都市の復興にあたっていた筈だけど……その復興作業もほぼ完了している。という話だったわ」
うん。支部長コノエ様からそう聞かされている。
「イナリへの立ち入り制限が解除されるのは20日後だけど……」
チラリと、ルエルは玉藻前へと視線を流す。疑問に感じていることがある、と言った表情で。
「なにか急いでいる理由でもあるのか?」
その疑問は俺がぶつけることにした。
立ち入り制限が解除されると同時に、イナリへと帰りたいと言う玉藻前。
もちろん、早く帰りたいだけ。という意味もあるだろうが、それだけでも無さそうだ。
玉藻前は、小さく頷いてから口を開いた。
「我がこの森で傷を癒していることを、多くの人間が知っておる」
「お、おう」
申し訳ない話ではあるが、玉藻前がこの高森林で体を休めている、と教官に報告したのは他でもない、この俺だ。
どうやら、各地の冒険者組合にその情報は伝わっていたようだ。
「我が護っておったのはイナリ山ではなく、山の奥地にある社……あまり他の人間達に無遠慮に立ち入って欲しくはないのじゃ」
なんとなく言いたいことは分かった。
立ち入り制限が解除されれば、避難していた多くの人達がイナリへと戻ることになる。当然、冒険者達も戻ってくることだろう。強力な妖獣である玉藻前が存在しないイナリ山は、冒険者にとっては探索し甲斐のある場所という訳だ。
玉藻前の留守を狙ってやって来る冒険者達を警戒しているということだろうか。
「更に詳しく話すには、少し時間がかかる。済まぬ」
最後にそう言って、玉藻前は礼儀正しく腰を折った。
「まぁ構わないさ。俺達はただ、この指名依頼を完遂するだけだ」
そう。
冒険者の俺達は依頼をこなすだけ。
玉藻前を無事に、立ち入り制限が解除される前にイナリへと送り届ける。
それが依頼なら、こなすだけだ。そしてその依頼は、既に受理されているのだ。
詳しい事情の理由も気にはなるが、今全てを知る必要もないだろう。
目的地へと向かいながら、話してもらえばいいか。
俺とルエルは互いに顔を見合せながら、大きく頷くのだった。
~
その場に広げた大きな地図を囲むようにして、玉藻前を加えて俺達3人は座り込む。
大陸地図だ。冒険者組合で購入することが出来る。
「山岳都市イナリか……カルディアからだと、それなりに距離があるな」
「ええ。私達はまだ組合から飛竜を借りることは出来ないし、いくつかの街や村を経由して徒歩で向かう必要がありそうだけど」
イナリへと向かう道順をどうするか。それを簡単に打ち合わせているところだ。
ただ向かうだけならこんな打ち合わせは必要ないが、玉藻前の希望を叶えるためにも、確実な道順を決めておく必要があると判断した。
「イナリへ向かうための道順は、大まかに3つあるわ」
そう言いながら、ルエルは地図の上に指を置いて説明してくれる。
「ひとつは、まず北に向かって進み、王都へも続いている『グランゼ大街道』を利用して北東のイナリを目指す。少し遠回りではあるけど、途中に街へと立ち寄りやすく、比較的安全で確実よ」
徒歩で向かうのならこの方法が一番なのだと、ルエルは付け加えた。
そしてこの道順でも、あまり余裕は無いが、なんとか20日後にはイナリへと到着することが出来るだろう。ということらしい。
「そしてもうひとつは、『グランゼ大街道』を利用せずに、東から少し迂回してイナリを目指す。途中に存在している街は少なく、野盗や危険指定種の魔獣が出現する街道を通る必要はあるけど、かなり早くに到着出来る筈よ。なにも無ければね」
悩ましいな。
道中に何かあれば、それだけ遅れてしまうことになる訳か。
「そして最後が……」
そう言って、ルエルは地図のカルディア――つまりは今俺達がいるこの場所にあたる場所に指を置いて、一直線にイナリへと走らせた。
「真っ直ぐにイナリへと向かう方法だけど、これは……」
俺達は飛竜を利用することが出来ない。
だから、徒歩で真っ直ぐイナリへと向かう方法として、ルエルは説明しているのだが……。
「途中に存在している危険指定区域――『炎帝の渓谷』を越える道。勿論、私達は危険指定区域に足を踏み入れることは出来ないから、この道順を取ることは出来ないわ」
そういう道順もあると、一応説明してくれたということらしい。
炎帝の渓谷か……少し懐かしくもある。
そう言えば、その渓谷の奥には『祠』があると姉が昔に言っていたな。
イナリ山には『社』があるらしいが、何か意味があるのか……。
「どの道順で行くの?」
と少し考えが逸れてしまったところに、ルエルが訊ねてきた。
その祠も今更ながらに少し気にはなるが、俺達だけで危険指定区域に立ち入ることは不可能。当然、最後の道順を選択することは出来ない。
そして、玉藻前の見た目はかなり目立つ。
出来るだけ人目につく道順を取ることは避けた方が良いように思える。
となると――
「東から迂回して、イナリを目指そう」
2つめの道順。
『グランゼ大街道』を利用せず、イナリを目指す。
「ま、今回に限って言えば、その選択しか無いでしょうね」
「それじゃ早速向かうとしよう」
この高森林にやって来る前に、既にカルディアで準備は整えてある。
勢いよく俺が立ち上がると、ルエルもそれに続く。
訓練所の教練では無かった、本格的な長期任務であり、カルディアから離れることに、無意識に胸が高鳴る。
「これからイナリまでの20日間、よろしくな! 玉藻前!」
出来るだけ興奮を抑えながら、玉藻前に手を差し出した。
「うむっ! よろしくお願いする――っ!」
俺の伸ばした手を取って、玉藻前も立ち上がるが――
「そそ、それまで我は……ず、ずっとお主と生活を共にするのかっ!?」
――ボッ! と顔を赤くした。
「ま、まぁ、そりゃぁな。言い方はちょっとアレだが、俺達は玉藻前を護衛する立場だからな、出来る限り離れないようにしないとな」
「よよよ、よろしくお願いしますっ!」
その場で再び、玉藻前が深く、深く腰を折った。
見た目は大人びた姿になってしまったが、中身はやっぱり俺の知っている玉藻前だった。
「あの、私もいるから。忘れないでよね」
とにもかくにも、こうして俺達の指名依頼は始まったのだ。
お久しぶりです。
まず、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
そして。
活動報告にも書かせてもらいましたが、本作品ですが……ESN大賞にて、佳作として入賞いたしました。
書籍化することになりました!
本当に、ここまで読んくれている皆様、応援してくれている皆様のおかげです。
ありがとうございます!
これからの物語も1章同様に長くなりそうなのですが、変わらない応援を続けてくれると嬉しいです。
あなたのその評価で、ここまで来ることが出来ました!




