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#10 姉の暴挙

 

 ――疲れた。


 訓練所に入所した初日だと言うのに、姉との特訓以上に疲れた気がしてならない。

 それもこれも……。


「高飛車女とルエルのせいだよな……」


 大きなため息ひとつ。


 結局、姉を侮辱したことを訂正させることも出来なかったが、俺が言いたかったことは全てルエルが言ってくれたし、思いの外気分はスッキリとしてしまった。

 その内にでも今回の件の礼でも言っておくことにしよう。


 そして俺は気持ちを切り替えて、目の前の扉をノックした。


「どうぞ」


 と、部屋の中からの返事を聞き、扉を開けて部屋の中へと踏みいる。


 部屋の奥には、広くて立派で事務仕事に向いていそうな机。そこに腰かける女性の瞳は俺に向けられている。

 銀髪ショートヘアの美人さん。ユエル教官だ。


 俺と高飛車女の模擬戦が引き分けに終わり、ルエルの爆弾発言でその場が最高潮に盛り上がったのは少し前の話。

 あまりにも盛り上がり過ぎたために、流石にこのユエル教官がその場を収めることになり、残りの訓練生達の模擬戦が順次進められた。

 で、全ての模擬戦が終了し、今日の訓練はそれで終わった訳なのだが、俺だけが『話があるから』と、この別室に呼ばれてしまった。


 あまり良い予感はしないな……。


「呼び出してごめんなさいね。まぁ座って」


 促されるまま、部屋の中央に置かれている椅子へと腰を下ろす。

 太ももから背中を包み込むようにして受け止める、素晴らしい椅子だった。


 ――コトリと。

 程なくして俺の目の前にある机にカップが置かれる。

 珈琲(こーひー)という飲み物だ。姉もよく飲んでいたな。


「模擬戦、どうだった?」


「え、模擬戦? いや、引き分けたのは少し残念でしたけど……」


 正直に言うと、あの高飛車女との模擬戦は勝てていた。と思う。

 それだけに『引き分け』という結果に終わってしまったのは本当に残念でならない。

 姉への侮辱も訂正されずじまいだしな。


 だが、ユエル教官の聞きたいことはそんな答ではないらしい。


「……じゃなくて。他の訓練生の模擬戦も、見ててどう思った? 正直に言ってみて」


 他の訓練生の模擬戦。

 俺達の後、残りの訓練生たちも模擬戦を行った。それを見学して、俺がどう思ったのか、それを聞きたいらしい。


「……えっと、弱かった……です」


 それが素直な俺の感想だ。

 しかし、高飛車女のように実力の全てを出し切っていない者もいたのでは? とも付け加えておいたが。


「確かに、本気をだしていない者もいたわね。でもリーネさんは本気を出していたと思うわよ?」


 そうなのか?


「お姉さんになんて言われて特訓してきたのかは知らないけど、貴方の実力、少し異常よ? 冒険者でもないと言うのに……」


 少し違和感はあった。

 高飛車女と模擬戦をしていた時の周りの反応や、ルエルの言っていた『超速収納』という技能(スキル)

 姉から聞かされていた冒険者の基準が、実際とは少しズレているような違和感が。


「聞かせてくれる? 貴方がお姉さんと行った特訓について。詳しくね」


 ~


「呆れたわ……」


 姉との永きに渡る特訓について、包み隠さず話した。

 話を聞いてるうちに、教官の顔色は少しずつ悪くなり、終いには項垂れてしまった。


 そんなに酷い内容の特訓でもないと思うのだが……。


 しかし、次の教官の言葉は、俺にとって衝撃の一言だった。


「まず、冒険者になるために4年強も特訓する者はいないわ」


「は? いやでも、姉はそれぐらい特訓して強くならないと冒険者になれないって……」


「貴方のことがよっぽど心配だったんじゃないの? 冒険者って、誰でもなれるのよ? 『とりあえず冒険者になりました』って人は、いくらでも存在するしね」


「…………………………」


 思わず言葉を失ってしまった。


「そして次に、貴方が特訓した『炎帝の谷』をはじめとする4つの区域は、危険指定区域よ。上級冒険者以上の者しか立ち入る事は許可されていないのよ?」


「…………………………」


「そうね、確か……『上級冒険者でも足を踏み入れてはいけない場所7選』? みたいな物にも選ばれていた筈よ」


「…………………………」


「本来なら、冒険者でもない貴方がそんな場所に足を踏み入れては駄目なのだけれど、お姉さんが同行していたのなら話は別ね」


 衝撃の事実の数々。

 俺はただ唖然とした表情で教官の話を聞くことしか出来ない。


「まぁ、つまり私が言いたいのは。貴方は自分の実力をちゃんと理解しておかなければ駄目ということよ。今日みたいに、たかが模擬戦で相手を殺してしまうような真似をされると……困るから」


「き、気をつけます」


 とりあえずそう答えておくことしか出来ない。

 まだ、頭の整理が追い付いていないのだ。

 早く帰って、姉にも話を聞いてみよう。


「そ、それじゃぁ自分はコレで」


 残っていた珈琲をグッと喉に押し込み、立ち上がる。


 帰って、姉に話を聞いてから、もう一度今の話を整理しよう。


 軽く頭を下げて、扉に向かう。


 すると――


「何処へ行くの?」


「は? いや、今日の訓練は終わりですよね? なので帰るんですけど……」


 教官に呼び止められ、振り返る。


「……本当に何も聞かされていないのね」


 大きなため息を吐く教官の姿に、またもや良からぬ予感が込み上げる。


「貴方は今日から1年間、私と訓練所(ここ)に住み込みよ? 貴方の面倒を見るように、お姉さんから頼まれているわ」


 姉よ! 何故そうなる!?

 家からこの訓練所まではそれなりに距離があるだろうが、別に帰れない距離じゃない筈だ。それなのに、何故!?


「いや、結構です。帰ります。姉にも話を聞いてみたいので」


「……貴方のお姉さんは、しばらく帰らないわよ? 今日から、危険指定レベル11の魔物の討伐任務に就いて、遠征しているから」


「…………………………」


「もしかして貴方、料理や家事も、姉との特訓で教わったりしたの? それなら安心だけど……」


 俺はゆっくりと、再びさっきまで座っていた椅子に腰を下ろす。

 そして、深く頭を下げ、口を開いたのだ。


「……お世話になります」


「ふふ。……よろしい」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 特訓というより拷問すら生ぬるい"何か"だったのね( ・∀・)
[良い点] 次が読みたくなる面白さを感じます。
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