080 魔族もどき
善人は魔族もどきにならない。
それは誰でも知っていることだ。
だからこそ同情はしないし、駆逐するのに手加減はない。
だが突然の出来事に、誰も動けなかった。
セシルを除いて。
『全員、防御魔法を展開、魔力感知で確認しましたが、爆発するには手を添える必要があります。つまり彼に魔物を触れさせなければ、能力は発動しません』
誰よりも冷静に、そして俺たちを安心させる百点満点の回答を瞬時に叩き出す。
魔族もどきについても、彼女は知識豊富なのだろう。
まったく、セシルには頭が上がらない。
彼女は能力の範囲を兵士にまで広げていた。
初めての脳内に驚いているみたいだが、腐っても兵士だ。すぐに気持ちを立て直し、魔族もどきから魔物を追い払うように動き出す。
魔族もどきはかなりの魔力を保有している。
それでも今の俺が殺すのは容易いだろう。
しかしある異変を感じていた。
アレンは瞬時に駆けて、もどきを殺そうとする――。
だが俺は、もどきを庇うかのようにアレンの剣を受け止めた。
「待て、アレン!」
「!? ヴァイス、なんで止め――」
「おかしいと思わないか? なんでこんな無防備に現れたのか」
奴は突然姿を現した。
そして分かりやすいように魔物を爆発させた。
弱点はこれだと、自ら教えるような行為だ。
確かに自我はないだろう。しかしそれにしては丁寧すぎる。
おそらく――。
「あいつを切れば、爆発する可能性がある」
「……そんな」
あくまでも憶測の域をすぎない。
だが最悪のパターンは想像すべきだ。
魔族は狡猾で、陰湿な心を持っている。
倒したと思わせて絶望に叩き落すなんて、ノブレスではよくあることだ。
「アガアガガ!」
魔族もどきは単体でも爆発魔法を使えるらしく、空中の魔力をかき集めて兵士を吹き飛ばす。
アレンは自分を抑えるので必死だが、強く制止する。
「ひとまず攻撃をさせないように動きを止める。アレン、絶対に殺すなよ」
「――わかった」
「シンティア、リリス! お前たちは魔物を近づけさせるな!」
「わかりましたわ!」
「はい!」
そして俺とアレンは駆ける。
魔族もどきはその動きに対応し、硬質化した手で剣を受け止める。
だがやはり変だ。切られないようにしているが、あえて隙を作っている。
こいつがただの爆発物なら、どうやって倒す――。
保有している魔力はかなりのものだ。
それをセシルに伝えてみたが、彼女ですらもすぐに手は浮かばなかった。
ひとまずは攻撃を封じ、思考の時間を稼ぐ。
ベリルのステータスの上昇値はすさまじく、魔族もどきで自我を失っている分、攻撃の威力も高い。
アレンは何度か攻撃を受けてしまい、ダメージを防ぎきれず、血を流していた。
「アガガガガ!」
「――少し下がれ、アレン!」
「……大丈夫。でも、どうするんだ!? こいつに足止めされていると、魔物が」
アレンの言う通り、俺たちがこいつに付きっ切りのせいで、巨大魔物の対処が遅れている。
みんな頑張っているが、さすがに数が多すぎる。
――いや、待てよ。
俺は、閃光で魔力をいつも以上に使って、奴の身体を視る。
爆破と思われる魔術で構築されている。どれほどの威力か知らないが、防御耐性が足りない奴は即死だろう。
しかし魔族もどきの術式も組み込まれている。それから導き出される答えは――。
「アレン、お前、閃光は使えるか?」
「――……ああ、でも、数秒だけだ」
「はっ、物真似野郎が」
だが朗報だ――。
『ファンセントくん、もしかしたら――』
『ああ――』
セシルと同じタイミングで気づく。
はっ、俺も成長してるんじゃねえか?
奴を倒すには、二通りの術式を破壊する必要がある。
それもクソ面倒だが、同時に。
「アレン、俺が奴の爆破術式を破壊する。お前は、魔族もどきの術式を切れ。少しでもタイミングがズレると爆発する。だがそれしかない」
簡単に言ったが、これは生死を賭けた話だ。
失敗すれば大勢が死ぬ。
「――わかった」
しかしアレンは怯えた様子を一切見せず、覚悟を決めた瞳で答える。
ああ、お前はやっぱり、主人公だな。
「セシル、みんなに伝えてくれ――」
そして俺はセシルに言伝を頼み、アレンと動き出す。
全員に作戦が行き渡ったところで開始だ。
驚いたのは、全員が命を失うかもしれないのにすぐに了承したことだ。
俺とアレンの今までの動きを見てくれていたからなのか、信頼してくれているらしい。
ならその期待、応えなきゃ男じゃねえよなァ?
「皆のもの、渾身の力を出せえ!」
ボルディックが、ふたたび兵士の士気をあげる。
はっ、さすがだ。
「――アガアガガ!」
しかし魔族もどきも、ここが正念場だと悟ったのだろう。
俺たち二人に狙いを定めて爆破魔法を放つ。
そんなの当たるわけがない。
だが奴も奥の手を隠していた。何でもないところに手をかざしたかとおもえば、魔物を――引き寄せた。
巨大な魔物手に吸い付くと、スイッチが入った。
赤く染まった魔物が、今にも爆発しそうなほど膨張する。
さらに魔物は、俺たちに向かって駆けてきやがった。
自力型の自爆特攻だ。こいつを倒すことはできるが、魔族もどきは死期を悟ったのか、自分を爆発させようと魔法を詠唱していた。
クソ、時間はかけられない――。
「魔法束縛」
「氷の束縛」
そのとき、シャリーとシンティアが同タイミングで爆発寸前の魔物を束縛し、全魔力を使い切る勢いで氷漬けにした。
直後に膨れ上がって四散するも、氷と束縛のおかげで被害がない。
だが二人とも無茶な即時詠唱でかなりの力を使ったらしくその場で項垂れる。
しかし――
「ようやった。後は、俺たちがやる。――アレン」
「――ああ、任せてくれ」
魔族もどきの詠唱しているのを止める為、両腕を俺とアレンが落とす。
だがそこで爆発魔法と魔族もどきの術式が発動し、身体が光り輝く。
「――今だ!」
その瞬間、アレンと俺の目が黒と光で輝く。
はっ、物真似野郎が――。
「「閃光」」
闇の剣と光の剣が、魔族もどきの身体に入っていくと術式を破壊していく。
肉がちぎれて骨に到達し、魔術が破壊される何とも言えぬ音が響く。
「――じゃあな」
そして魔族もどきは――爆発することなくそのまま四散し、地面に崩れ落ちた。
「――ふう」
「はぁあはあっ……」
俺たちは互いに顔を見合わせ――たが。
「グオオオオアン!」
「ったく、しつこい奴らだな」
魔物が消えたわけじゃない。
言葉をかけあうことなく、俺たちは魔物駆逐に急いだ――。
◇
「勝っ……勝ったああ……」
「し、しんどお……」
「や、やった……」
長い戦いが終わり、兵士たちがその場で倒れこむ。
地面には巨大な魔物が山積みのようになっていた。兵士、ノブレスの全員が返り血を浴びている。
項垂れている奴、勝利の雄たけびを叫んでいる奴、回復魔法に急いでる奴、色々だ。
だが――勝った。
魔力感知を広げてみたが、周囲に強い魔力はない。
本家の魔族はいないということだ。
上空からカルタが降りてくるが、随分と疲れているらしい。
だがノブレスの演習や、全員が強くなっていたことに俺は何とも言えぬ高揚感を味わっていた。
一日一日が無駄じゃない。それがわかったからだ。
厄災を乗り越えて、俺たちは強くなっている。
「シンティア、いつも悪いな」
「ふふふ、あなたと出会ってから退屈しませんわ」
そして俺は、返り血に染まってもなお美しいシンティアに声をかけた。
白い肌が見えなくても、彼女は誰よりも綺麗だ。
「ヴァイス様、シンティア様、お怪我はないですか?」
「大丈夫よ。いつもありがとうね、リリス」
駆けよってきたリリスの頭を、シンティアが撫でる。
リリスは危険を顧みず、どんな恐怖も感じさせない動きで先頭に立つ。
最高のメイドだ。
そして――。
「――デビ、来い」
「デ、デビ」
空中のデビを呼びつけると、俺は頭を撫でた。
「デビビッッ!?」
「なんで驚いてんだ……」
俺って普段、そんな冷たいか……?
「疲れたにゃあ」
ネルもその場で倒れこむ。
しかしすべてが終わったかに思えたそのとき、遠く後ろのブルーノ国から爆発音が響く。
驚きで全員が顔を見合わせる。
まさか残りが!?
「シンティア、ここにいろ!」
アレンは副作用か知らないが一歩も動けないようだった。
俺は、みんなを残して急いで向かう。
街の入口では、大型魔物の死体が山のように倒れていた。
俺たちが討伐したほどではないが、かなりの数だ。
閃光で視ると、隠蔽魔法の残り魔力が感じられる。。
俺たちに気づかれないように第二陣が……? 誰がこんなことを? いや、それよりも誰が倒した――。
その中心、何事もなかったかのようにテーブルに座ってティーカップを持ち上げていたのは”やり過ぎてしまった女神”だった。
「何してるんですか……。エヴァ先輩」
「私、この国の紅茶好きなのよ。――それで、この魔物は何かしら?」
公式バグチート……マジでノブレス開発陣、やりすぎだろうが。
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