067 最終日
「ヴァイス、似合ってますわよ」
「……そうか?」
「お帽子、凄い素敵です! 買いましょう! これはもう買いです!」
姿見に映った俺の頭には、何とも形容詞しがたいちんちくりんな帽子があった。
いや、自ら被ったのだが……。
カラフルな色と装飾、民族感が溢れる感じだ。
これはチュコでの人気の土産らしく、俺たち下級生は最終日ということもあって買い物に来ていた。
オリンのおかげで退学者ゼロ、死者なし、負傷者は多数だが、回復魔法で問題なし。
さすが厄災を乗り越えたノブレス学園の学生たちだ。
それで俺の横にふわふわ浮遊していたデーモンだが、今はいない。
オリン曰く、従者の魔力が強く、さらに思想が一致している場合に限り、魔力の中に隠れることができるらしい。
正直よくわからないが、常に耳元で『デビビ?』は聞きたくなかったのでちょうどいい。
ちなみに名前は『デビ』に決定した。名付け親はリリス、といっても本人はデビちゃんと呼んでいる。
使役した魔物は固有能力を保持しているらしいので、おそらく何かしらの能力が使えるはずだ。
原作でアレンはテイマーの素質はなかったので、詳しいことはオリンに聞かないとわからない。
どれだけの魔力量を使うのか、命令は聞くのか、そのあたりは後々調べていくしかない。
もしかすると戦い方が180度変わる可能性もあるが、嬉しい誤算だ。
神経も魔力も使うだろうが、強くなったことには違いない。
一応ミルク先生には伝えたが、『使役は専門外だ。オリンに聞け』と言われた。
知らないことには興味がない性格だとわかっていたが、何ともまあハッキリとしている。
ちなみに悪魔と戦ったのかどうかは教えてもらえなかった。
それと――。
「ええ、いいのぉ?」
「当たり前だ、ほらこれも」
「おい、抜け駆けするなよ!」
「オリン、これもあげるぞ」
リングのできごとのおかげもあって、オリンはみんなから認められていた。
ちょっとだけ男たちの鼻の下が伸びているのは気のせいだろうか。
まあでも、いいことだろう。
少なくとも、俺はオリンのことが嫌いじゃない。戦力としても優秀だ。
あいつにはこのまま頑張ってほしい。
――ジジ――
その時、奇妙な視線を感じた。
厄災だと思い振り返ると、シンティアが俺を視ていた。
「ど、どうした?」
「いえ、オリンさんのことをいつも気にしているなと思いまして」
「そ、そんなことないぞ」
「そうですか、でもいいんですよ。ヴァイスが食べたいのであれば、最大限尊重しますが」
シンティアは寛大だが、色々間違っている。
しかし俺もなぜかオリンに視線を向けてしまい、気づいたオリンが微笑む。
それに気づいたシンティア、そしてリリスが、俺を細目でにらんだ。
「ヴァイス様は、オールラウンダーだったんですね」
「リリス、そんな単語、ノブレスにあったか?」
「いいですのよ、正直に言ってくだされば」
……あァ、ヴァイス助けてくれないか。
「よおヴァイス、帽子似合ってんじゃねえか!」
するとナイスタイミングで、デュークがやってきた。
俺はすかさずかぶっていた帽子を手渡すと、お前に似合うぞと言った。
何とか話を切り替えないといけない。
「まじ!? 買おうかな……」
「いいと思うぞ」
「ヴァイスがそんな褒めるなんて……買うしかねえな!?」
デカい声はいい。シンティアとリリスも、まったく、と呆れ顔で話を終わらせてくれた。
シシツからミネラルに昇格してやる。
潤え。
「アレン、ヴァイスがこれいいってよ! 買わねえか?」
「へえ、恰好いいね。ちょうど帽子がなかったんだ」
「だったら私も買おうかな。せっかくの記念だしね」
思いのほか盛り上がってしまい、アレンとシャリーが合流する。
何だか俺が楽しみすぎてるみたいじゃないか。
クッ……まさかの誤算だ。
「でもどうせだったら、みんなでお揃いにしない?」
続くシャリーの一言で、リリスが右手を上げて声をあげる。
「シャリーさん、それ、賛成です! ねえ、シンティア様、ヴァイス様!」
「ふふふ、いいわよ。ヴァイスはやっぱり黒っぽいのがいいんじゃないかしら」
「え、あ、まあ。いいが……」
俺からデュークに言った手前、ここで断るのは何だか違う気がした。
……なぜだろうか。
「セシルさーん! カルタさーん!」
そしてリリスは、少し離れた場所にいた二人にも声をかけた。
リリスは分け隔てなく誰とでも話す上に、人当たりがいい。
メイドという仕事で培った言葉遣いや明るさも丁寧だ。
それだけに昨晩の殺気と狂気は気になっているので、いつか尋ねてみるか。
結局、それぞれが似合うであろう色の帽子を買うことになった。
シャリーが最後に俺を見てニタニタしていたが、おそらく俺が恥ずかしがっているのをわかってたのだろう。
あいつめ、わざとだな……。
それから先生たち引率の下、海の幸をふんだんに使ったペアリアという昼食を頂いた。
野菜、魚介類、肉といった具材をたっぷりと入れて炒め、そこに米を混ぜた料理だ。
ミルク先生とダリウスが何度もおかわりしていたが、その掛け合いが兄弟みたいで笑ってしまった。
一番驚いたのはクロエだった。
ポイントシステムのときと違って、生徒たちに「楽しかったですか?」と声をかけたり、バテている人には水分を取ってくださいねと注意していた。
油断すると忘れてしまうが、俺は学生だ。
この修学旅行は、自身が学生だということを教えてくれた大切なイベントにもなった。
破滅回避が一番だが、俺はこの世界を生きている。
元の世界では味わえなかった日々だからこそ、俺は強く心に刻んでおこうと思った。
最後にまた海の時間が設けられていた。
俺はいろんな意味でお腹いっぱいだったので泳ぐ気にはならなかったが、日陰の下で、原作で見知った連中が遊んでいるのを見るのは、正直楽しかった。
日に日に思い出が濃くなっていく。
だが原作を考えると、これから先の物語はさらに過酷になっていくだろう。
もし誰かが死んでしまった場合、俺はどう感じるのか。
不安と焦燥、焦り、魔族についてもよく考えている。
……だが不思議と弱気にはならない。
どちらかというとやる気に満ち溢れている。
完全制覇、それが、俺の目標だ。
「ヴァイス君っ」
海岸沿いで座っていると、オリンが声をかけてきた。
頭の上のリスは……なんだか少し大きくなってる?
「成長してないか?」
「えへへ、実は魔力量があがったみたいで」
「そういうのも関係すんのか」
「そうだね、といっても個体にもよるけど。――それより、ありがとうね」
「何がだ?」
「助けにきてくれたこと。ヴァイス君がいなかったら、きっと……死んでた」
俺は打算的だ。もしオリンじゃなければ見捨てていただろう。
すべては将来の為、だから感謝される必要はない。
「自分の為だ。お前は役に立つ、いずれこの借りは返してもらう」
「ふふふ、いつでも何でも、ボクが必要なら頼ってね」
海風が吹いて、オリンが少し髪をかき分ける。
ったく、こいつマジで竜とか使役できるのかよ?
「そういえばデーモンはどう?」
「さあ? ――『デビ』」
次の瞬間、俺の顔の横に黒い穴が出現する。
そこから現れたのは、やはり随分とデフォルメされたデーモンだ。
「デビビビ?」
「らしいぜ。何言ってるのかはわからんが」
「きっと仲良くなるにつれてわかるよ。ボクとピピンもそうだった。またわからないことがあったら聞いてね。テイマー仲間が増えたのが嬉しくって!」
「ああ、じゃあ帰ったらデビがどこまで俺の命令を聞くのか手伝ってくれ。不死身の能力を受け継いでるかどうか調べたいから、何度か殺してみたい」
「デビビビビ!?」
俺の言葉だけは通じているのか、デビが怯えた声を出す。
「ヴァ、ヴァイス君、容赦ないね……」
「俺は甘やかすのが嫌いだ」
それからボーっと海を眺めていた。
船の時間が近づいて、集合時間が来る。
「あ、行かなきゃ」
「――オリン」
そして俺は、立ち上がるついでにオリンに被せた。
「ふえ? え、ぼ、帽子?」
「テイムの礼だ。ついでだったからな」
「えへへ、ありがとう。でも、どうして……ピンク?」
「ああ、男の娘っぽいだろ」
「そ、そうかな? えへへぇ」
もうすぐ夏が終わる。
ノブレス・オブリージュには四季がある。
秋、冬、そして春になると中級生だ。
それまでに会っておきたい上級生もいるが、とりあえずはまた帰ったら特訓だな。
「デビビビ?」
「とりあえず俺の攻撃にどれだけ耐えられるかやってみるかァ?」
「デ、デビーーー!?」
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