046 他校生
夏休みが終わり、俺たちはノブレス学園に戻ってきていた。
何度か剣術の試合もしているが、閃光の効果は非常に高く、俺は以前よりも遥かに強くなっている。
だが俺と関わりの深い連中も、軒並み腕を上げていた。
特にアレンは、明らかに動きが違う。
原作を知っている俺からすれば有り得ない成長速度だ。
悔しいが面白くもある。
それとは別に、放課後、セシルと図書室で厄災について話すようになった。
『それで、魔族の能力は?』
『ああ――』
彼女は、俺がなぜ知っているのかという部分には触れず、真剣に聞いてくれる。
原作ではプライトが高く、他人に一切興味がなかった。
だからこそ驚いているし、だからこそ嬉しかった。
確かに俺たちは、バトル・ユニバースを通じて心を通わせたかもしれない。
それでも、そこまで? と。
あまりにも気になってしまって、気づけば疑問を投げかけていた。
俺は秘密にしていることばかりだというのに。
『はっきりと言えば、初めは好奇心だったかも。でも勘違いしないでほしいのは、ウソだとは思ってないし、思ってもなかった。なぜかわからないけど、ファンセントくんが言うなら本当かなって。でも今は、君の言葉を受け取ってみんなを守れたらいいなって思ってるよ』
……嬉しかった。ただ素直に。
原作を知っているからこそ、そこまで信用してくれたことが。
『……これは大きな借りだな』
『じゃあ、またユニバースの相手をしてもらおうかしら。それはそうとして、私の言葉なんてみんな聞くのかな? 先生もいるかもしれないし、もっと強い人だっているのに』
『それは大丈夫だ。セシルの事は俺が信用している。少なくとも、俺と関わりのある奴らは信じてくれる。と、思う……。悪いな、肝心な所は頼りなくて』
『構わないよ。それよりシンティアさんは大丈夫なの?』
セシルは良いやつだ。シンティアの事も気にしてくれているが、彼女にも座学のことで相談していると話している。
厄災について話すかどうかまだ悩んでいる。言えば未来が変わるだろう。そうなると、何もわからない本筋になるかもしれない。
それはそれで危険なことは間違いない。
「――ヴァイス、聞いてるのか? それでいいな?」
「え? あ、はい」
と、そんなこと考えていたら、朝のHR、ミルク先生に声を掛けられていた。
何を言われたのかもわからないが、とりあえず返事をしておく。
担任のクロエは朝から慌ただしくていない。ダリウスも同じで、代わりにミルク先生が来ていた。
「なら、満場一致だな」
よくわからないが、とにかく怒られずに済んだことにホッと胸をなでおろす。
「じゃあ行くぞ。――お前たち、絶対に負けるなよ」
「「「「はい!!!」」」」
それにしても、ミルク先生が声をかけたときだけ、男子生徒たちの掛け声が凄まじい。
一糸乱れぬ中に、デュークの姿があるのは笑えるが。
席を立ち、教室から移動する。全員が気合を入れていた。
かくいう俺も興奮している。
通りすがり、アレンが声を掛けてきた。
「ヴァイス、今日は仲間だ。頑張ろう」
「勘違いするなよ。やるべき事をやるだけで、そんな意識はない」
「ったくよぉ、素直じゃねえよなぁ!?」
「黙れビタミン、俺の肩に触れるな」
複雑な気分だ。まあでもこのイベントばかりは仕方がない。
井の中の蛙大海を知らずという言葉もある。
自分の実力をしっかりと確かめるいい機会だ。
「ヴァイス、よろしくね」
「アレンの心配をしておけよ。エスタームボケがあるかもしれないからな」
「もう、素直じゃないんだから」
シャリーの言葉を軽くあしらって校庭に出る。
いつもは使用しない遥か奥に、大きな闘技場、スタジアムのようなものが見えていた。
近寄ると早くに歓声が聞こえてくる。思っていたより一般人も多いみたいだが、これも改変か?
というか――。
「シンティア……近いぞ」
「ふふふ、見せつけですわ」
「そうですね、威嚇も大事です!」
シンティアが俺の腕を掴んでいる。たゆんと当たるのが気になるが、まあいいか。
リリスも気合が入っているみたいだ。
闘技場の入り口付近、そこには見慣れた連中が立っていた。
といっても、この世界で会うのは初めてだ。
どいつもこいつも偉そうな顔をしていて、人を見下している。
ったく、相変わらずだな。
その内の一人、デュークよりも随分と背が高く、ゴリラではない程度の体格の男が俺に視線を向けてきた。
着ている制服は、デュラン剣術高等学校の紋章、騎士の誓を縫い付けている漆黒だ。
ああ、このイベントって俺になるのか?
ったく、めんどくせえな。
「試合前からいいご身分だな。ノブレス下級生」
鼻につくような気障な物言い、溢れる魔力が、その自信を支えている。
身長は高く、上から俺を見下していた。
周りの連中も似たような感じだ。女もいるが、どいつもこいつも他人が自分より下だと思ってやがる。
まあ、実際ほとんどがそうなんだろうが。
「王者の余裕って奴だ。てめえらにはわかんねえかァ?」
「はっ、優秀だったのは君たちの先輩であるエヴァ・エイブリーだ。他人のマントで試合を取るとは、流石コネで入った奴は違うな。怠惰の屑、ヴァイス・ファンセント」
ほぉ、俺の名を知ってやがるか。
これは本来、主人公であるアレンのイベントだ。
シンティアといちゃついているところが目につき、ミハエルに喧嘩を売られる。だが今回は俺が目立っていたのだろう。
しかし、相変わらずムカつく顔してやがんなァ? 原作よりムカつき具合が上がってんじゃねえか?
「悪口で攻撃するのがデュラン剣術だとは驚いたな。ほんの少しだが俺の心に刺さったぜ?」
「ちょっと! ミハエルを侮辱したら私が許さないよ!」
このピーチクうるせえのは、こいつの彼女、ミリカ・エンブレス。
気が強いところはうざいが嫌いじゃない。
髪はショート、ワインレッド色は似合ってるが、俺のタイプではない。
「私のヴァイスに少しでも手を触れたら、その腕を氷漬けにしますわよ」
「シンティア、あなたよくもこんな男と婚約したわね」
「あなたのお目にはわからないと思います。おそらく、一生」
ミリカとシンティアは所謂ライバルのような関係だ。
これは原作でも同じで、幼い頃にちょっとしたいざこざがあった。
ミハエルはミリカを制止し、また俺を上から見下す。
「今年の優勝は俺たちの物だ。今だけ優越感に浸ってろ」
最後に捨て台詞を残し、奴らは去っていく。
リリスはじっと我慢していたらしく、ようやく口を開いた。
「ムカつきますね! あれが名誉ある大会でやることですか!」
「まあいい、奴らも腹が立ってるんだろう。去年はエヴァ・エイブリーが出場していたんだ。デュランはノブレスと違って四年生。先輩たちの情けない姿を間近で見せられたんだろう」
俺は、再び闘技場に顔を向けた。
そこには大きな垂れ幕がかかっている。
『学園対抗、第十二回、ノブレス剣魔杯』
これは俺の大好きなイベントだ。
もうそろそろだと思っていたが、実際に来ると武者震いが止まらない。
この世界にはノブレスのような学園がいくつも存在する。
もちろん横の繋がりもあって、年に一度、今まで研鑽を重ねてきた学生たちが優勝杯を目指す。
ノブレスのように三年制だと下級生から出場だが、デュランや他校生は四年制なので二年生からだ。
当然、一年間ミッチリと努力している分、戦闘力も傲慢さも上がっている。
俺に喧嘩を吹っかけてきたのは、ノブレスについで強いとされているデュランだ。
去年はエヴァ・エイブリーが圧倒的だったことは原作で描かれている。
誰一人彼女の身体に傷をつけられず、触れられず、そして圧倒的に負けた。
ミハエルも戦わずとも勝てないと悟ったのだろう。
憧れの先輩たちが、たった一人の女性になすすべもなく倒される。
心が苦しくて、そして悔しかった。
だからこそ燃えている。
俺たちに対しては八つ当たりだとは思うが、まあ気持ちはわかる。
ちなみに明日は中級生、明後日は上級生と三日続けての大会だ。
外野には学園以外の保護者、有料観覧席、権力者たちが座っている。
父上は仕事で来られないといっていたが、まあそれはいい。
この大会は、はっきりと言えばそこまで未来に影響はないだろう。
だが絶対に勝つ。
その為にここにいる。
俺は全てをかっさらうつもりだ。
それに――俺を馬鹿にしてるような奴らを合法的に叩き潰すことができる。
こんなの我慢できるわけないよなァ。
「行きましょう、ヴァイス」
「ああ」
闘技場、学生専用の通路から入場する。
一階の選手席に辿り着き前を見上げると、凄まじい光景が目に飛び込んできた。
正直、心が震えた。
実際に見るこんなにも……凄いのか。
観客席は埋め尽くされ、歓声が飛び交っている。
熱気が凄まじく、身体が痺れるようだ。
「デュラン、勝てよー!」
「フュリーが一番だ!」
「ノブレスー!」
ノブレス魔法学園の代表とは思ってなかった。
ヴァイス・ファンセントとして、俺自身の実力を確かめるためにここへ来た。
だがこの光景を見た瞬間、ノブレスの代表として立っていると気づいた。
思えばミルク先生も臨時教師とはいえ教員だ。
師匠に泥を塗るわけにはいかない。
ダリウスにもクロエにも、その他の教師にも世話になっている。
なにより――。
「ファンセントくん、頑張って」
「ヴァイス様ー! ファイトですー!」
「ヴァイスくん、絶対勝ってねー!」
見上げると、セシル、リリス、カルタが下級生の席から応援してくれていた。
はっ、試合前から声を張ってたら疲れるぞ。
この試合は他校生と五人1チームで戦うトーナメント制だ。
成績が優秀な奴から選ばれるのと、教師陣からの推薦で面子が決定する。
リリスやカルタがチームにいないのは惜しいが、文句を言っても始まらない。
それに本来は俺もここにいないはずだったが。
「ヴァイス、試合はすぐに始まる。大将として全員に一言を言え」
「……はい?」
コロセウム、チームごとに分けられた区画で、ミルク先生が俺に言った。
全員に一言? 何どういうことだ?
『ヴァイス、聞いてるのか? それでいいな? なら満場一致だ』
……え、そういうこと?
つうか、満場一致って……はっ、馬鹿な奴らだ。
ま、いいか。
「何か問題か?」
「いや……問題ありません」
だが今の心は悔しいがこいつらと一緒だろう。
去年はエヴァ・エイブリーが伝説を残した。
俺は竜討伐でエヴァに助けられた。
ノブレスの学生として、名誉を傷つけるわけにはいかない。
俺は、一人一人の顔を見た。
どいつもこいつも相手が可哀そうになるくらいの面子だ。
このイベントの難易度は言わずもがなで、相当高い。
優勝しなくてもシナリオは続くが、誰もが一位を取りたいのは当然だ。
だが原作で誰も優勝できなかった。そもそも負けイベントなんじゃないか、という声もあった。
しかしたった一人、それを制覇したやつがいると話題になった。
そいつはSSをネットに上げ、それをみた奴らは本当に勝てるんだと喜び何度も挑んだが、続く奴は一人もいなかった。
それもあって、勝つためにチートを使った、そもそも捏造された写真と話題になった。
真相は結局わからなかった。俺も気になっていたが、情報は一切なし。
だが違う。
勝てば真実がわかる。この大会が負けイベントかどうかが。
最後の優勝賞品、それがSSに貼られていたからだ。
それが一致すればおのずと答えがわかる。
だったら、俺が見てやろうじゃねえか。
そして俺は、チームメンバーに顔を向けた。
「シンティア、お前の氷魔法は誰にも負けないはずだ、信じてるぞ」
「うふふ、当然ですわ」
「デューク、冷静さを失わなければお前が負けるわけがない、落ち着いてやれ」
「はっ、任せとけ」
「シャリー、リリスと訓練していたのは知ってる。その成果を見せろ」
「もちろんだわ。絶対に負けない」
そして――。
「アレン、お前に言うことはない。俺は負けない、だからお前も絶対に負けるな」
「――任せてくれ。ヴァイス」
五人一組といっても同時に戦うわけじゃない、タッグ戦もあるが、基本は一人一人だ。
だがこの面子なら負けるはずがない。
俺――ヴァイス・ファンセントが、圧倒的な力で全員倒してやるよ。
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