027 休暇明け
ファンセント家、屋敷の襲撃事件から数日が経過した。
今は馬車の中、シンティアとリリスが髪形をセットし合っている。
謎の男たちの素性は、父上が暴いてくれた。
襲撃犯のリーダーは、ジェフ・ミアーノ、年齢は32だったか?
元々は東の少数国家、リンガ国の魔法使いだったらしいが、戦争に負けたことをきっかけに消息を絶っていた。
ここからは本人からの情報だが、その後、裏社会で傭兵になったらしい。まあ体のいい殺し屋みたいなものだろう。
聞けば家族がいるらしく、お涙頂戴の話もあったとか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
残りの奴らはジェフが雇った冒険者や兵士だった。
一応腕利きの連中だったとのことだ。
俺が首を切って殺した奴は、黒犬といって、そこそこ名も知れていたやつだったらしい。
歯ごたえが無かったのは笑えるが、俺の腕が外にも通用するとわかったのは嬉しい情報でもある。
ジェフは依頼を受けて貴族を狙っていたらしく、殺して首を渡すまでが仕事だった。
特に俺のような子供は高く売れるとか。
そして肝心の首謀者だが、これがかなり厄介だ。
何度も言うが、この世界はゲームだ。
人気があった理由の一つとして、本編とは関係のないサイドストーリーがいくつも存在している。所謂、ボリュームが多くていっぱい楽しめるってやつだ。
楽しみながら回り道をすることもできるし、完全に本編だけを追いかけててもいい。
それが面白いところなはずだが、今はおそらくそのせいで面倒なことになっている。
首謀者は個人ではなく組織、所属している奴らは全員が権力嫌いで、王族はもちろん、名のある貴族を殺して爵位を根絶しようとしている。
名前は【イコリティー】、平等って意味だ。
当然俺はサイドストーリーも多く制覇していたが、この組織のことは知らなかった。
おそらくだが、俺の何かしらの動きが、バタフライエフェクトのようにシナリオを改変したのだろう。
しかしこの短期間で全てを暴いた父上は流石だ。
拷問も、ある意味では凄かったが……。
これからは組織を壊滅に追い込むべく行動していくとのことだ。
俺もそれに混ざろうとしたが、父上が断固拒否した。
命を狙われたこともあって流石に傍観は出来ないと伝えたが――。
『ヴァイス、お前が強いのは認める。だが、私は怖いのだ。失うのが……』
父上の言葉が、俺の心に刺さった。
まあ、一応学生の身分でもある。
なのでひとまずは、動きがあるまで大人しくすることにした。
魔法が使えなくなった理由はいまだ不明だ。
その前に、ジェフは自殺したらしい。
だが魔術ってのは技術と同じだ。
どの国も出し抜こうと日々研鑽を重ねている。
とはいえ、自分の知らないストーリーが展開されていくのは楽しい。
退屈しないなあ、ヴァイス
そんなことを考えていると、馬車が止まった。
シンティア、リリスと外に出ると、ノブレス学園の厳つい門が俺たちを歓迎してくれた。
久しぶりというほどの休暇ではなかったが、なぜか懐かしい気分だ。
同時に、我が家のようにも感じる。
「ヴァイス、行きましょうか。今日は魔法薬学のテストがあるみたいですよ」
「あ……」
俺としたことが忘れていた。
……一番苦手な分野だ。
知らない土地のよくわからない山にある草なんて覚えたくもない。
まあでも、こういうのが学生だよなァ。
その時、リリスが気付く。
「ヴァイス様、縄を持ってきたんですか?」
「ああ、これから使えるだろうからな」
「ふふふ、なんだか懐かしいですね。――今度、使いましょ」
初めて会った時のことを思い出す――。
……ま、そういうのもたまにはありか?
▽
この学園にいると、面白い事ってのは否が応でも起きる。
苦手な魔法薬学のテストがなぜかスラスラ解けたり。
俺がいない間にアレンが対抗戦で上級生を倒してポイントを稼いでいたり。
カルタを馬鹿にしていた奴らが退学になっていたり。
……臨時教師が増えたり。
「ミルク・アビタスだ。今日から下級生の戦闘訓練を担当する。何か質問は?」
……いや、なんで!?
こんなの原作になかったぞ。
確かにミルク先生は教員資格を持っている。
だから俺も先生になってくださいと頼んだのだ。
とはいえ、とはいえだぞ!?
俺が授業中に手を挙げることなんて普段は絶対ないが、今だけは背筋を伸ばし、右手をピンと伸ばしたい。
なんでいるんですか? いや、なんで来たですか? と訊ねたい。
だができるわけがない、そんなこと、できるわけが――。
「質問があります」
筋肉で盛り上がった腕が、パンパンに伸びている。
筋肉が「どうして臨時で来ることになったんですか?」とグッドな質問をした。
筋肉、今日からお前のあだ名は、プロテインに格上げだ――。
「黙れ。どうでもいい質問はやめろ」
ざわつく生徒たち。
うん、いやわかるよ。
聞かれたから、聞いたんだもんね。おかしいよね。
デュークが唖然として肩を落として「え、俺なんか間違ってた?……」みたいな顔をしている。
お前は悪くない。
今日だけは、お前の味方だ。そんなことは言わないが。
その後、結局、クロエがやって来て説明してくれた。
この前のタッグトーナメントが終わったあと、上級生が授業外でも戦闘訓練したいと申し出が増えたらしい。
それで軒並み先生たちが忙しくなったとのことだ。
下級生に舐められてたまるかよ、と躍起になっているとか。
……誰のせいだ?
アレンか。もしかしたら、シンティアたちかもしれない。
まったく、威勢がいいのは歓迎だが、こんな改変は……。
その時、ミルク先生が俺を睨んだ。
「ヴァイス、余計な事を考えてるな」
「い、いえ。ただぼーっとしてました」
「そうか、なら腕立て伏せだ」
まったく答えになってないが、ミルク先生は嬉しそうだった(なお無表情なので、多分俺にしかわからない)
そういえば休暇で戻ってきた時も楽しそうだったもんなあ。もしかして俺のこと虐めるのが好きなのかな……。
「おいヴァイス、早くしろ」
「は、はい!」
そして俺は、条件反射で背筋をビクっとさせ、大勢の前で1.2.3と始めた。
けれども、同級生たちはそれが面白かったのか、いや驚いたのか、ヒソヒソと話し始める。
「お、おい、ヴァイスが大人しく言うこと聞いてるぜ!?」
「しかも敬語だったぞ……なんだよあの臨時先生!?」
「怒らせるとやばそうだな……。でもなんか、敬語のヴァイスも結構可愛いな」
みんな好き放題だ。
陰に隠れて、カルタは俺を見て笑っている。
……今度、あいつの靴にプチトマトいれてやる。
ただ面白い事ってのはこれだけでは終わらなかった。
「とりあえず挨拶だけだと思っていたが、休暇で鈍ってるやつもいるみたいだな。とりあえず日付変わるまで全員で山登りでもするか」
今はまだ朝の7時、日付が変わるまでとなると……17時間?
その時、生徒の一人が笑った。
冗談だと思ったんだろう。
知ってる? この前この人、無言で目玉抉り出してたからね? 君も目玉ぽーっん!されちゃうよ?
そしてようやく、ミルク先生の表情を見て全員が気づく。
本気なんだと。
「おいヴァイス、腕立てが遅いぞ」
「す、すみません!」
これからはミルク先生と会う機会が増えるのか。
俺、死なないかな……。
とはいえ、過ごせる時間が増えるのは、素直に嬉しいな。
「ヴァイス、腕立て伏せのまま山登りをしてみようか」
「無理です」
あ、やっぱり。
前言撤回で。
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