25日目。アダマヒア王政の進化
歌劇から逃げ去ってから四日後の今日。
俺とクーラは、ようやく天空界に戻った。
なぜ今日戻ったのかというと、それは追っ手がしつこかったからだ。
俺が天空界に戻るには、一度、天高く飛ばなければならない。
それを見られないために、王国から脱出し橋を渡ったのだが、しかし、これが良くなかった。
アダマヒアの南は、広大な平野である。
森もあるが、そこに逃げこむと樹木が邪魔で飛び立てない。
だから俺たちは平原を逃げまわることになった。
そして追っ手から遠く離れても、望遠鏡のような物で、ずっと監視されることになった。
というわけで。
俺とクーラは、追ってきた騎士たちをまくために南下を続け、痩せた土地でモンスターを騎士たちにぶつけ、その隙に飛び立つしかなかった。
そのために四日かかってしまったのである。
「ただいまー」
俺とクーラが帰ると、いきなりワイズリエルが抱きついてきた。
というより、飛びこんできた。
「ご主人さまッ☆ ご主人さまッ☆ ご主人さまッ☆」
「おにいちゃんお~」
俺は、このワイズリエルとヨウジョラエルの熱烈な歓迎……サキュバスゴッコをひとしきり受けたのち、ソファーに座った。
すると。
「なんだよお」
ミカンが、ちょこんと横に座った。
恥ずかしそうにうつむいて、しかし、じりじりと身を寄せてくる。
ミカンは顔を赤らめて、目をそらし、そして無言で、もたれかかってきた。
俺とクーラは穏やかなため息をついた。
飲み物を創って、それを飲みながら現状を確認した。
「ええっと、先に謝っておくけれど……。太陽王のことは、ごめんなさい。で、その後、アダマヒアはどうなった?」
「ご主人さまッ☆ 歌劇でのハジケっぷりについては、クーラさまからお叱りを、たっぷり受けていることと思いますので、私からは何もありませんッ☆」
「すんません」
俺が苦笑いで頭をかくと、ワイズリエルはイタズラな笑みで、するっと太ももをなでた。
そして言った。
「その後の王国ですが――ッ☆ 結論から言いますと、とても好い状況になっていますッ☆」
「好ましい状況……それは王とフィーアの関係か?」
「それも含めて、なにもかもですッ☆」
そう言って、ワイズリエルはバチッとウインクをキメた。
その横で、ヨウジョラエルがマネをした。
ミカンが偉そうに、ふふんと鼻をこすった。
俺とクーラが首をかしげると、ワイズリエルは、あれからのアダマヒアを簡潔に説明した。
「ご主人さまとクーラさまが逃げたあの夜ッ☆ ドライは王の座から退きました。そして、すべてをかなぐり捨て、今までのことを謝り、フィーアさまに庇護を申し出ましたッ☆ ところが議会・王族・教会すべての者が、王に戻るよう運動をはじめたのですッ☆」
「それはっ、そうなるよな」
俺も関係者だったらそうする。
心ある者なら誰でもそうするだろう。
「この運動は、民衆にも拡大しましたッ☆ 中央広場にはアダマヒアの民が連日集まり、再び王になって欲しいと、大合唱をおこないましたッ☆」
「そしてドライは再び王となった」
「昨日のことですッ☆」
俺たちは、ホッと胸をなで下ろした。
「この事件をキッカケに、アダマヒアには大きな連帯感が生まれましたッ☆ そして王国は、あたたかでホッとするような空気となり、国民は今まで以上に笑顔になったのですッ☆」
「それって?」
「信賞必罰をスローガンに掲げる太陽王、厳正なドライ王を、アダマヒアの民は尊敬していましたが、しかし実のところ、息苦しくも感じていたのですねッ☆」
「ああ、それはよく分かる」
完全無欠で品行方正。
正義正論の優等生。
そんなヤツが上に立っていたら、俺のようにテキトーなヤツは息苦しくってしかたがない。
そう思って、ちらりとクーラを見た。
クーラは青髪を耳にかけながら、すっと俺に流し目を送った。
慌てて目をそらすと、みんなに笑われた。
「ご主人さまッ☆ 厳正なドライ王に隠し子がいたという――この驚くべき事実に、国民は彼を責めるよりも安心したのですッ☆」
「ああ、ドライも俺たちと同じ人間なのだ、と」
「その通りですッ☆ というわけで、アダマヒアには笑顔があふれましたッ☆ そして、この事件は政治にも好影響を及ぼしたのですッ☆」
「政治にも?」
「寛容の精神ッ☆ アインの時代には解決できなかった『心情と規則とのギャップ』を、ドライ政権はこの事件をキッカケに解決しようとしていますッ☆」
「それは?」
「それは情状酌量にも似た、処罰の軽減法ですッ☆ 彼らはこの近代的な概念を手に入れようとしていますッ☆」
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情状酌量
裁判官などが諸事情を考慮して、刑罰を軽くすること。
また、一般にも過失をとがめたり、懲罰したりするときに、同情すべき点など諸事情を考慮することをいう。
「情状」は、実際の事情や状態。
刑事手続きで訴追を行うかどうかや、量刑に影響を及ぼすべきすべての事情。
「酌量」は、くみはかる。
事情をくみ取って、同情のある扱いをすること。
《引用:新明解四字熟語辞典 三省堂》
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「情状酌量の余地……それはアダマヒアにとって良いことなのか?」
「太陽王ドライが主体である限りは、とても良いことですッ☆ というのも、このシステムは裁く人間の器量に大きく左右されるからですッ☆」
「悪用しようと思えば、いくらでもできる。絶対王政とは相性が最悪なシステムだな」
「その通りですッ☆」
ワイズリエルは頷いた。
しかし、彼女は満面の笑みだった。
「ご主人さまッ☆ アダマヒアは自立し、現在は優れた王と議会によって運営されていますッ☆」
「それは間違いない」
「彼らは一〇〇年先、一〇〇〇年先を見て政治をしていますッ☆ 今、私たちが話したような問題点は、当然、彼らにも分かっていますッ☆」
そう言ってワイズリエルは、深く頭を下げた。
そして、おそるおそる顔を上げた。
俺のことをうかがうような、そんな瞳で見た。
俺は大きく頷いて、そして言った。
「彼らに、まかせよう」
するとワイズリエルの瞳に嬉しさが満ちた。
クーラとミカンが、止めていた息を吐き出すように喜びをもらした。
そして、ヨウジョラエルがよく分からないがとりあえず――といった感じで。
「おにいちゃ~ん」
と抱きついてきた。
それを合図に、ミカンとクーラが俺をくすぐりはじめた。
ワイズリエルはスケベな笑みで俺のお尻を撫でていたが、やがて、満ち足りた笑みで言った。
「今回の事件をキッカケに、アダマヒア王政は大きく前進しましたッ☆ ですが、このことは私たちの意図した通りではありませんでしたッ☆ そうですッ☆ アダマヒアは、私たちのコントロールから離れたところで、実にきわどい綱渡りをして、これ以上ないところに着地したのですッ☆」
「そうだな」
「そして、今だから言えることなのですが――ッ☆ ドライ王とフィーアさまの問題は、ああするほかに民衆を納得させることはできませんでしたッ☆」
「ドライ王が激怒して暴れるという、あれ?」
「はいッ☆ 民衆は知識はありませんが、愚かではありませんッ☆ 巧みな演出や演技ではなく、彼の本心に触れたからこそ、民衆は納得したのですッ☆」
「その通りだな」
と、俺はワイズリエルの言葉をかみしめて言った。
ワイズリエルは微笑み頷いた。
そして言った。
「マリさまに助けられましたッ☆」
俺は、ゆっくり頷いてから上体を起こした。
俺もそう思う――と言って、大きく深呼吸をした。
そしてヨウジョラエルの頭をなでると、俺はこう言った。
「マリに会ってくるよ」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と25日目の創作活動■
アダマヒア王政が『情状酌量』の導入に着手した。
……ちなみにドライ王には、同情の声も多く寄せられているらしい。「歌劇の日のことは、死ぬまで奥さんにネチネチと言われ続けますよッ☆」というのが、その理由とのこと。




