29日目。【創世録紀行】クーラと歩く
今日は、クーラとともに下界に降りた。
自立したアダマヒアを観光するためだった。――
アダマヒアは川の北に遷都して、まだそれほど経っていない。
建物はどれも新しく、街は活気に満ちていた。
それはまるで若き王……太陽王ドライのようだった。
俺とクーラはそんな街並みを見ながら歩く。
「カミサマさん、あれを見てください」
「ん?」
自然と笑みがこぼれる。
「アダマヒアの記念碑です。アダムとイブの墓、そしてカミサマさんを祭ったモニュメントがあります」
「ああ、移したんだ」
「少し立派になっています」
クーラは懐かしそうに目を細めた。
このモニュメントは、かつてクーラが命を落としながらもモンスターから守ったものである。
「私たちにとっては1ヶ月と1週間前の出来事ですが、地上界では、あれから何年経ったのでしょうね」
「うん」
「当たり前のことですが、もう知り合いは、ひとりもいません」
そのなかには、もちろん親も含まれている。
クーラは少し寂しそうな笑みをした。
俺は彼女の気持ちを察して、ただ思いやることしかできなかった。
「カミサマさん。アダマヒアは発展しました。とても大きくなって、王国にもなりました」
「ああ」
「まるで子供の成長を見ているようです――と言ったら、おこがましいでしょうか?」
「いや、そんなことは」
ないよ――と、言おうとしたら。
「まあ、偉そうに」
と言って、クーラはイタズラな笑みをした。
その、いつものクーラとはまるで違う、無邪気な仕草を見た俺は。
心が、ぐっと近づいたのを実感した。
俺たちは記念碑に黙礼をして、教会に向かった。――
王国の東に教会はある。
それは遷都した王国とは違って、なにもかもが古かった。
教会は建てられた年代が違うこともあって、ひと際、荘厳なデザインに見えた。
「カミサマさん、あの旗を見てください」
「ああ、あれは教会の紋章旗かな?」
「そのようですね」
俺たちは旗を見上げながら、扉をくぐる。
教会のなかにも紋章はいくつもあった。
それを見ながら、俺たちは拝廊と呼ばれる玄関のようなところを歩いた。
「私がいたときには、あのような紋章はありませんでした」
そう言って、クーラは足をとめた。
しばらく紋章を見ていると、老修道士がやってきた。
そしてニコヤカに言った。
「この紋章には、剣と農具が描かれています。どちらも、アダマヒアの発展に大きく貢献したものです」
「剣と農具ですか……」
「農具は聖ダマスカスが用いたもの、インディアナ・ウーツと呼ばれた名匠が作ったものです」
「ウーツの農具がシンボルに」
俺とクーラは思わず感嘆の声をあげた。
すると老修道士はニコヤカに、
「実物を見てみますか?」
と言って、俺たちを誘った。
彼に誘われるまま奥に進むと、そこには武具がずらりと並んでいた。
そのなかにウーツの農具はあった。
「これが聖ダマスカスの聖遺物です」
「この農具ですか」
「100年以上経っているのに、まったく錆びません」
「神の奇跡です」
「いやっ」
俺はなにもしていない――と言おうとしたら、クーラに小突かれた。
「聖ダマスカスの農具は今も輝き、アダマヒアの未来を照らしています。しかし我々教会は、聖ダマスカスが存命のころ、彼を理解することができませんでした」
「………………」
「そのことを我々は、いつまでも記憶しておかなければいけません」
「……ええ」
俺はウーツとダマスカスを思う。想いをはせる。
彼らの死後――。
インディアナ・ウーツのついたウソ……すなわち『聖魔の鉱石』は、鍛冶をこころざす者だけでなく騎士団、そして教会、王国に暮らす民、さらには穂村をも巻き込み、このアダマヒア全土を大きく動かした。
それは100年以上経った今も、大きな影響力をもっている。
『聖魔の鉱石』は、地上界すべての者の心に根ざし、原動力となっている。
俺は、この壮大なウソの軌跡を想い、やわらかく微笑んだ。
すると老修道士は言った。
「『ダマスカセズ・ウィル』――ダマスカスの遺志と名づけられたこの聖遺物――農具は、我々教会の誇りであり象徴でもあります」
「なるほど」
「これらの聖遺物もそうです」
老修道士は、ふた振りの剣を見て言った。
「ツヴァイ総長……今は逆賊ツヴァイですが、これはその騎士団総長のかつて愛用していた剣です」
それは無骨なふた振りの剣だった。
刃がにぶく黒ずんでいる。
血がこびりついたままになっているのだろうか。……。
「『ツヴァイズ・スチューデンツ』――ツヴァイの教え子たちと呼ばれるこのふた振りの剣は、我々を何度も救いました。ですが、ツヴァイは自殺をしてしまいました。だから彼はこの聖バイン教会の恥、逆賊なのです」
「………………」
「それでも。わたくしは彼の教え子だったことを誇りに思っています」
そう言って老修道士は、遠くを見るように目を細めた。
「あなたは、もしかして?」
「ええ。今は年老いて修道士になりましたが、かつては騎士でした」
「では、あの陰惨なレコンキスタ・スルにも?」
「ええ。逆賊ツヴァイとともに戦線を離脱し、ドラゴンを追いかけました」
そう言って老修道士は、わずかに微笑んだ。
老修道士は、ドラゴンの目を射たあの騎士だった。
「逆賊ツヴァイは死して、なおも我々を導くのです。この大剣とともに」
「この大剣はもしや」
「『アインハンダー』――偉大なる "愚王" アインの大剣です。太陽王ドライが教会に返却したのです」
「それは」
「ええ。王はイタズラな笑みで『目障りだ』と言いました」
逆賊ツヴァイの剣と一緒に、保管して欲しかったのですね――と、老修道士は言外ににおわせて、くすりと笑った。
俺とクーラは、その無邪気な笑みにつられて笑った。
老修道士は満ち足りた笑みでこう言った。
「この聖バイン教会の紋章には、農具と剣が描かれています。農具は先ほどお話しした聖ダマスカスのものです。そして、もうひとつ描かれた剣……蒼炎の剣ですが」
「もしかして、このっ」
「分かりません。この、逆賊ツヴァイがドラゴンを斬った剣……アインハンダーのことかもしれませんし、もしかしたら、情熱の炎を宿した蒼き瞳……太陽王ドライの持つ黄金剣のことかもしれません」
と、ここまで言って、老修道士は胸もとで十字を切った。
そして無言の時をしばらく楽しんだ後に、彼はニコヤカに言った。
「いずれにしても、未来を切りひらく剣に間違いありません」
老修道士はひざまづき、穏やかな顔をした。
頭を垂れ、祈りをささげはじめた。
俺とクーラは静かに頭をさげた。
彼に感謝し、そっと教会を後にした。――
その後。
俺はクーラを天空界に送り、ひとりで穂村に行った。
ふらりと現れた俺を、彼らは歓迎した。
俺は『花押印』を返却し、ミカンと暮らすことを報告した。
彼らは喜んでくれた。
そしてその日は、ミカンのこと、キヨマロのことを話しながら飲み明かした。
村の歓待は夜遅くまで続いた。
宴会の席では、ホムラミコが可憐に、そして無邪気に舞っていた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と29日目の創作活動■
アダマヒア王国と穂村を観光した。
……酔っ払って夜遅くに帰ったら、クーラにこっぴどく怒られた。




