26日目。女地獄
以下、昨日のことである――。
謎の液体を浴びた俺は、上着を脱ぎ捨てた。
岸辺に飛び出し、周囲を見まわす。
誰もいない。モンスターや動物もいない。
山は静寂につつまれ、俺のほかは、コゴロウの死体のみだった。
「しかし……」
俺は念のため、川を伝って歩いた。
滝を見つけると、そこに向かって飛びこんだ。
どぼんっ――と、大きく水柱がたつ。
そのどさくさに紛れて、俺は天空界に帰った。
俺は、玄関からすこし離れたところに降り立った。
するとワイズリエルが家から飛びだした。
「ご主人さまッ☆」
そう言って鋭く飛びこんできた。
あっという間に抱きついて、俺を押し倒し胸に顔をうずめた。
「いけません、ご主人さまッ☆ 家に入ってはいけませんッ☆」
「はァ」
「ご主人さまが浴びた液体が、どのように作用するか分かりませんッ☆ 最悪、全員死んでしまいますッ☆」
「まさかっ!?」
慌てて起き上がろうとすると、ワイズリエルはぎゅっと抱きついた。
ぽうっと顔をあからめて、震える声で言った。
「待ってください、ご主人さまッ☆ どのように作用するか分かりましたッ☆ これは、発情薬ですッ☆ ご主人さまにさわった者、おそらく視た者、そして女だけだと思いますが、とにかく近づく者が強烈な性的興奮をおぼえますッ☆」
「はァ!?」
「欲情してしまうのですッ☆」
と言って、ワイズリエルは抱きつき、何度も何度も噛みつくようにキスをした。
が。
それ、いつものキミと変わらないよね――と、俺は泣き笑いの顔をした。
すると、ワイズリエルはそのネコのように大きなつり目をうるませた。
そして言った。
「ご主人さま、このクスリは強烈ですッ☆ もうすぐ私は理性を吹き飛ばし、ご主人さまをひたすら求めるようになるでしょうッ☆ だから、そうなる前に言っておきますッ☆」
「……ああ」
「コゴロウは人間ですッ☆ 彼のあやしげな行動や言動は、謎めいて思わせぶりですが、しかし、惑わされてはいけませんッ☆ ただの人間が、ただの技術を使っているだけなのですッ☆ ご主人さまの『神の力』はオンリーワン、そしてッ☆」
コゴロウは人間です――と、ワイズリエルは断定した。
そして俺の首に腕をからませた。
「しかし、まいったな」
俺は、とりあえず寝かせるかと寝室に行った。
誰も居ない。
今の時間は、もう、みんな起きている。
ドアを閉めて、中に戻る。
すると――。
「おにいちゃんお」
ヨウジョラエルが足に、がしっとしがみついた。
「あっ? いつの間に!?」
ヨウジョラエルは、ほっぺたを可愛らしくふくらませて顔をあげた。
「って、キミたち!?」
「ちょっと待って、落ち着こう!」
と慌てたら。
「最低ですっ」
と、耳もとでクーラのくやしそうな声がした。
「あ"!?」
クーラはいつのまにか横にいた。
「ご主人さまッ☆」
ワイズリエルが叫んだ。
「後で! いろいろとやり残してるから!!」
俺は懸命に寝室を出た。
「急いでやらないといけないことがある!」
そう言って飛び立とうとすると、ワイズリエルは、すうっと真顔になった。
すこしだけ理性を取り戻したようだった。
「モンスターポッドを停止しろ! 念のため、すべてのモンスターを消去して!!」
俺はそう彼女に命じた。
嫌な予感がした。コゴロウのあの不気味な笑顔のせいだった。
するとワイズリエルは、真剣な瞳で頷いた。
そして、すぐに淫らな女の顔に戻った。
「じゃあ、まかせたよ!!」
慌てて俺は地上に飛んだ。
どぼんと、山から降りたところ、森のそばの川に落ちた。
全裸である。
ワイズリエルたちを振りほどくので精一杯だった。
服を着る余裕も、服を創るゆとりも、まったくなかった。
俺は潜水したまま、飛びこんだ勢いで一気に岸辺まで行った。
「ぷはっ!」
顔を出し、立ち上がる。
地上界は夜だった。
星空を見ながら、俺は水面がひざの高さになるところまで歩いた。
すると――。
「ああン?」
川辺には、セミロングの美女。
ひと目でキヨマロの娘だとわかる、ネコとキツネを足してエロくした感じの女。
濃赤のストレートヘアを後ろに流した美しい女が、俺の眼前で立ちつくしていた。
美女は、しばらく俺を視ていたが、やがて大きく瞳を見開いて、
「ああ――! 男がッ! 男が空からッ!!」
と叫び、ちらっと視線を下に落としてから、また俺の顔を視て、
「男の子がッ! 男の子が空から降ってきたッ――!!」
と大声で言った。
今、かるく傷付くことを言われたような気がしたけれど。
そんな俺の気持ちを察することはまるでなく、美女は俺の顔を無遠慮にじろじろ視た。
ぱっとまるで花が咲いたような笑みをした。
そして、カラッとした声で大らかに言った。
「あたしはミカン! あんた、すごい昔、村に来たことあるだろ?」
俺がぎこちなく笑うと、ミカンは首をかしげ、臭いをかいだ。
そして優越感に満ちた笑みで言った。
「あんた、淫蕩薬くらっただろ。あはは」
――以上、今日の夜までの出来事である。
二日も経っていたことに、俺は愕然とした。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と26日目(と25日目)の創作活動■
女地獄を味わった。
……そしてキヨマロの娘ミカンに出逢った。この後、俺は彼女の強引さに負けて、しばらく行動をともにすることになる。




