25日目。忍者
深夜。月明かりが巨木の隙間から差す山奥で。
突然、そのボルトは放たれた。
「遅い」
俺は飛んできたボルトをつかみ、振り向いた。
発射した者……クロスボウを持つ者を探す。
人影はどこにもない。気配もない。物音さえしない。
しかし視線だけは確かに感じる。
村を出てからずっと感じていた視線は、未だに強く俺に向けられている。
「………………」
めんどくせえな。
早く帰りたいな、襲ってこないかな――と思いつつ、俺は尾根を越えた。
ここはもとは秘密基地のあったところで、今はちょっとした湖になっている。
俺は、日記の紙片を探しながら湖を大きくまわった。
その気になれば『神の力』で突っ切ることはできたけど、目撃されると面倒だと思ったし、目撃された後のことをあれこれ考えるのがまず面倒だった。
岸辺を歩くと、斜面と斜面の隙間にぶつかった。
その隙間から湖に水が流れている。
隙間の先が水源……すなわち山頂付近である。
ようするに、もうすぐ山脈の半分を超えて、アダマヒア側に出るわけだが、ここで俺は不安に眉を曇らせた。
明らかに人が通った跡がある。
しかも一度や二度ではない。
それも、穂村から来たような跡である。……。
しばらく歩くと、モンスターの死がいがあった。
明らかに人の手で殺されている。
クロスボウのボルトを撃ち込まれ、斬られている。
思わず顔を背ける。
月でも見るかと顔をあげる。
すると――。
木の枝に、獣がだらりとぶら下がっていた。
獣の死がいがいくつも、木の枝に刺さっていた。
そして、そのなかには巨大なヒグマがあった。
ヒグマのその大きな頭が斬りとられ、枝に刺さっていたのである。
「うわっ」
ぞっとして思わず後ずさりした。
するとそこに、ボルトが飛んできた。
「いい加減にしろ!」
俺はボルトを避け、飛んできた方向を睨んだ。
誰も居なかったが向かっていった。
森に入った途端、くつくつと男の笑い声がした。
そこにボルトを投げつけると、今度は別のところから同じ男の笑い声がした。
そして男は言った。
「やはり強いなァ」
低い、しかしよく響く壮年男性の声だった。
「貴様、アダマヒアの商人だと言ったがァ」
「………………」
俺は声のする先を睨んだ。
すると背後の木から、同じ男の声がした。
「貴様、20年ほど前に、村に来たことがあるなァ」
「………………」
俺はしばし呆然とし立ちつくした。
「貴様、頭脳がマヌケか? あのときと同じ顔だぞォ」
「………………」
「貴様、なぜ歳をとらぬ?」
「………………」
無言で睨むと、別のところから声がした。
「それにあのような技、とても人とは思えぬ」
もちろん同じ男の声である。
「そして貴様はなぜ、クスリの効果が現れぬ」
「………………」
「貴様が昨晩飲んだ酒に、俺は密かにクスリを入れておいた。しばらくすると、また欲しくなり、そのうち言いなりになるクスリだ」
「………………」
「飲んで半日もすれば、胸をかきむしり、のたうちまわるはずだが、しかし、貴様にはその兆候がまったく現れぬ」
「………………」
「ちなみに飲み続けると――。がさがさした老人のようになる。白い髪がぐちゃぐちゃで顔がシワシワの、老人のような姿になる。ヒビみたいなものができて、茶色に、まだらに変色していって、まるで生き物じゃないような姿にィ――変わり果てる」
「まさかっ」
「ほう。アダマヒア議会の長老を知っているのか。ふふっ、実に興味深いなァ」
「おまえ!?」
「ああ、そうだ。王族たちにクスリをあたえ、操っていたのは俺だ。アインとツヴァイが恐ろしくてな。まあ、それは王族たちも同意見だったから、操っていたというよりは、手助けをしてやった――そう言ったほうが正確かもしれないなァ」
「貴様!」
「俺はコゴロウ。穂村が退屈でなァ、方々に探りを入れては暗躍していたのよ」
「………………」
俺は、この気持ちよくしゃべっている男に、呆れつつも、もっとしゃべらせようと思った。だから極力しゃべらないようにした。
すると、コゴロウは沈黙に堪えかねてしゃべりはじめた。
「ふふっ、『ケガレ』はよく効いたぜェ」
「………………」
「効きすぎて遷都したのには、さすがに驚いたが、アインが早死にしたのにはもっと驚いた。まあ、嬉しいほうの驚き、だったがなァ」
「………………」
「しかも、次の王がそのアインに『愚王』と名付けるほどのバカ息子。俺は笑いが止まらないィィ」
どうやらコゴロウは、太陽王ドライについてよく知らないようだ。
俺は密かに安堵し、何食わぬ顔で話を誘導した。
「全部、おまえのせいだったのか!」
「ふふっ」
「なんだ、その返事は。ああそうか、おまえは下っ端か。どうせ、さっき言ったことは全部受け売りなのだろう? 半分も理解できてないのだろう?」
「なにをッ!」
「話の分かるヤツのところまで連れていけ。俺に用があって尾行していたのだろう?」
「くッ!」
「おまえの話はよく分からん。もっと説明の上手いヤツから話を聞きたい」
「ふっ、ふざけるなッ!」
巨木の裏から声がした。
俺は釣れたと思いつつも、念を押すように挑発した。
「早く飼い主のところに連れていけ」
すると、巨木の裏から悲鳴のような叫び声がした。
「全部ッ! 俺が計画し、実行したことだッ!!」
「なるほど分かった」
俺はするどく飛びこみ、巨木の裏に手を突っ込んだ。
コゴロウの首をつかみ、引っぱり出した。
睨みつけて言った。
「よくしゃべる忍者だ」
そう言ってため息をつくと、コゴロウは不敵な笑みをした。
俺につり上げられ、月明かりに照らされたコゴロウは、まるで明治期の書生のような青白い顔をしていた。
黒髪で、女のようにスルっとした端整な顔だった。
コゴロウはその美しい顔を卑屈に歪ませて、根性の悪い笑みをうっすら浮かべていた。
「くくく、俺はコゴロウ。今日、俺は貴様のことをたくさん知ることができたぞォ」
「………………」
「くくく、間合いを詰めて首を掴んだということは、貴様の人間離れしたあの力は、遠くには及ばないのだろう?」
「………………」
「それとも、見えない相手に発揮できないのか?」
「……おまえ、この状況が分かっているのか?」
俺が絞り上げると、コゴロウは苦痛に眉を歪めた。
しかし、不気味な笑みでこう言った。
「くくく、暴いてやるぞ。どんどん暴いてやる。どんどん貴様を追い詰めてやるゥ」
「………………」
「ボルトを避けたな。当たるとどうなるか、実に気になるなァ」
「………………」
「くくく、まあ、それもすぐ分かるゥ。全部暴いてやるゥ。つきまとってやるぞォ」
そう言ってコゴロウは、にいっと歯を見せた。
そして、
「女に興味がないと言ってたな。地獄を味わえィ」
と言って、奥歯をきつく噛みしめた。
その瞬間、コゴロウは爆死した。
俺はすぐさま飛び退いた。
怪我ひとつなかったが、しかし、謎の液体を全身に浴びてしまった。
「女に興味がないと言ってたな。地獄を味わえィ」
誇らしげにコゴロウが放ったこの言葉が、もう一度聞こえたような――気がした。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と25日目の創作活動■
穂村の忍者に遭った。
……勝手にしゃべり、勝手に自爆してしまった。不気味さだけが残ったが、あらためて穂村を調べる必要がでてきた。




