30日目。月次報告
俺は家に帰った。そして絶句した。
ワイズリエルも、ぎこちない笑みで固まった。
「……なんだこれは」
俺の家は徹底的に掃除され、完璧に片付けられ、そして見事に整理整頓されていた。
その結果、生活感がまるでなくなっていた。
至るところが几帳面に整えられた俺の家は、まるでビジネスホテルのチェックイン直後のようで、一ヶ月生活していたとはとても思えなかった。
「もしかしたら、つまようじや綿棒の数まで数えてるかもしれないな……」
そういった偏執的な几帳面さが、家の至るところから感じられたのだ。
まあ、それは気のせいかもしれないが、少なくとも、箸やフォーク、ナイフなどは一度洗ってから、ぴしっとミリ単位で揃えられ、等間隔で並んでいた。
「これは手強いな……」
俺たちは、感服しているのか呆れているのか、よく分からないため息をついた。
すると、クーラとヨウジョラエルがやってきた。
クーラは、爽やかな笑顔をしていた。
ヨウジョラエルは、泣き出しそうな顔だった。
そんなふたりの表情からは、家が綺麗になっていく過程が容易に想像することができた。ただただ、ヨウジョラエルを気の毒に思うほかなかった。……。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
「もっとゆっくりしてくれば好かったのに」
「うーん、あんま旅慣れてないんだよ」
「そうだったのですね」
俺たちがソファーに座ると、クーラはひざを詰めた。
そして微笑みながら、しかし凛とした声で言った。
「あの、カミサマさん。さっそくで申し訳ないのですけれど、お願いしたいことがあるのです」
「なに?」
「昨日、アダマヒア繁栄のためになにが必要なのかを、調べてみたのです」
「はァ」
「木です。アダマヒアには木が不足しているのです」
そう言ってクーラは、微妙にドヤッ! って感じの顔をした。
俺とワイズリエルは笑いをこらえつつも、しかし前のめりになった。
興味深い指摘だと思ったからだ。
「カミサマさん。アダマヒアの近くには森が少ししかありません。ですから、気軽に家屋を建てることができませんし、それに木炭も作れないのです」
「なるほどッ☆」
ワイズリエルが、ぽんと手を叩いた。
クーラは、やわらかく頷いた。
「木炭が豊富にあれば、剣や農具がたくさん生産できます」
「ああ」
と、ここで俺はようやく理解した。
さっそくアダマヒアの南東に森を創った。
「ちょっ、ちょっとカミサマさん!」
「へっ?」
「そんな、いい加減に創らないでください!」
「あっ、ごめん。でも、もう創っちゃったよ」
「そんなポンポンと適当に創って……。すこしはアダマヒアの人たちの身にもなってください」
「はァ、はい」
「なんですかこれは。山が削れてるじゃないですか。不用意に創ったから山と重なってしまったではないですか」
「……すんません」
泣き笑いの顔でワイズリエルを見たら、くすりと笑われた。
「もう、しっかりしてください」
そう言ってクーラは、まるでお母さんのようなため息をついた。
「まったく。来月からはピシッとするのですよ?」
「……はい」
頭をかくと、みんなに笑われた。
しばらくすると、クーラは穏やかな笑みをして、そして言った。
「それと前々から気になっていたことがあるのですが――」
「ああ、言ってよ。そういうのどんどん言って」
「ありがとうございます。では、それを決めて来月から新たに創世をはじめませんか?」
「あー、好いねー」
と、俺がゆるーい感じで返事をすると、クーラは、たしなめるような目をした。
そして言った。
「この家のある場所とアダマヒアのある場所に、名前をつけてください」
「え? それはすでに」
「言うたびに名前が違ってますよ」
「はァ」
「私たちも混乱しますからね、ここでハッキリと決めてください」
「じゃあ……」
俺は泣き笑いの顔をした。
それを見て、クーラが微笑んだ。
ワイズリエルとヨウジョラエルは、ニヤニヤしながら見守った。
だから俺は、めんどくせえな――と思いつつ、投げやりな感じで言った。
「ここは『天空界』で、あっちは『地上界』ね」
するとクーラとヨウジョラエルが、ぱっと花の咲いたような笑みをした。
ワイズリエルは、ほっと安堵のため息をついた。
「いえ、ご主人さまにしては無難なネーミングだったのでッ☆」
俺が眉をひそめると、三人は大らかに笑った。
そして、この日は大宴会となったのである。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって30日目の創作活動■
森を増やした。
俺の家のあるところを『天空界』、アダマヒアのある惑星を『地上界』とした。
……クーラの神経の細やかさには先が思いやられる。




