10日目。食肉
明日、お花見をすることになった。
その準備として、今日は肉料理を作ることにした。
「ご主人さまッ☆ なんですかそれは……」
ワイズリエルが呆れて言った。
調理台にならんだ様々な肉を見て、ぎこちない笑みでかたまっている。
そのそでをつかみ、ヨウジョラエルが、じいっと見てる。
「今朝、アダムの集落から買ってきたんだよ」
「あの世界に降りたのですかッ☆」
「商人のフリをしてね」
「はあ、それで買ってきた肉を並べているのですかッ☆」
「さすがに処理は無理だから、切り身にしたのは魔法だよ」
「はあ……」
「なんだよ、テンション低いなあ」
冗談めいて眉を上げると、ワイズリエルは、くすりと笑った。
「なんだよお」
「きゃはッ☆ だって、ご主人さまは『お気楽にゆるゆる創世する』と言っておきながら、たまに凝ったことをするのでッ☆」
「オタク気質なんだよ」
それにどうせすぐに飽きる――と言ったら、思いっきり笑われた。
「まあいいや。それで中世ヨーロッパっぽい肉料理を作ろうとしたんだよ。でね、俺って魔法みたいなことできるじゃん? 短時間でいっぱい作れるから」
「だからといって、この量はッ☆」
「いやいや、どうせ塩漬けにするから。保存効くし手間は一緒だから量は問題ないんだよ」
「なにが問題なのですかッ☆」
「種類だよ」
「よく見ると、かたちが違いますねッ☆」
「そうそう、部位が違う。でも、全部豚肉なんだよ」
そう言って俺は、ため息をついた。
ワイズリエルとヨウジョラエルは、しかたがないわねえって感じで、ため息をついた。
「アダムの集落……今は、アダムの息子たちが暮らしているんだけどさ」
「ご主人さまが創った三人の子供ですねッ☆」
「そう。で、今はもう二〇歳越えてるんだけど、あいつら豚しか育てないんだよ」
「ほかの動物が近くにいないのでは?」
「家畜になるような動物はいない。でも、商人たちから牛・鶏・羊といった、さまざまな家畜を買えるようにしてる。あの集落は裕福だから、いくらでも買えるはずだよ」
「それなのに買わなかったのですかッ☆」
「『早送り』したから分からない。でも、村にはいないんだ」
「なるほどッ☆ でもそれは賢い選択かもしれませんッ☆」
ワイズリエルは、可愛らしくウインクをキメた。
「中世ヨーロッパでよく食べられたのは、豚と羊(山羊)ですッ☆ それについで鳥(鶏・キジ・ヤマバトなど)が食べられたのですが、鳥食はどちらかというと古代ローマの文化ですッ☆」
「気候の問題……いや、宗教か?」
「気候は特に問題ありませんッ☆ そして宗教なのですが――。アダムの集落は、神であるご主人さまを信仰しております。食のタブーは、今のところないみたいですッ☆」
「ああ、そうか。あいつらの宗教は……って、でも俺は最初に『中世ヨーロッパ的な一般常識と価値観』をアダムとイブに与えたぞ。キリスト教に近い価値観を持ってるんじゃないか?」
「キリスト教は食に寛大ですッ☆ ちなみに、肉食全般を禁じているのは仏教、牛はヒンズー教、豚はイスラム教、豚と馬などはユダヤ教ですッ☆ 例によって大ざっぱなまとめなので、例外は諸々ありますッ☆」
「じゃあ、宗教が理由じゃないのか」
「とても実利的な問題かと思われますッ☆」
そう言ってワイズリエルは、ぺとっと身を寄せた。
その大きなつり目を細めて言った。
「豚と羊が好まれたのは、コスト・パフォーマンスに優れていたからですッ☆ つまり飼育にかかる『費用と手間と時間』と、そこから得られる利益『肉の量・カロリー』の変換効率が、豚と羊はとても良いのですッ☆」
「楽して多くの肉が得られるのか」
「はいッ☆ 豚は一回の出産で十頭ほど生みます。そして一年で大人サイズになるのです。しかもそのエサは残飯・雑草・排泄物等、まったくお金がかかりませんッ☆」
「すげえな」
「ちなみに、牛は食べられるまで五・六年。しかも、『10kg大きくなるに100kgの草を食べる』といわれる草食動物のなかでも、牛は『飼料から肉への変換率』がとても低いのですッ☆」
「じゃあ羊は?」
「羊と山羊は、豚や牛に比べて肉は少ないのですが、乳が飲めますッ☆ それにエサ代がかかりません。道ばたに生えてる雑草を食べるだけで大丈夫なのですッ☆」
「それは楽だな」
「中世の旅人は、お供に山羊を一匹連れていったそうですよッ☆」
「ああ」
乳が出てエサ代のかからない、自走式非常食。
すごく実利的だ。
「それに羊と山羊は、キリスト教では特別な存在ですッ☆」
「神の子羊……だっけ?」
「『羊飼い』は、イエス・キリストやその代理人である牧師を連想させるそうですよッ☆」
「はァ」
俺がため息のような返事をすると、ワイズリエルがちょこんと舌を出した。
もう飽きたって感じ。
話題を振った俺もひどいが、しゃべりながら飽きてるワイズリエルもどうかと思う。
まあ、そんな飽きっぽさが似てるから、一緒にいて楽なんだけど。
「それじゃ結局のところ、『中世ヨーロッパ風ファンタジー世界』らしい食肉は、豚肉なんだな」
「はいッ☆ それの塩漬けが一般的ですッ☆」
「りょーかい」
俺は、豚肉の様々な部位に塩をすり込んだ。
下界に降りて、冷暗所にこっそり隠し、時間を早送りして熟成させた。
「本当は、豚バラを一ヶ月以上熟成させる『パンチェッタ』も作りたかったんだけど、さすがに冷蔵庫なしで一ヶ月以上は恐くてさ」
「きゃはッ☆」
食卓に並んだ様々な塩漬け豚を、俺たちは試食した。
「これが美味しいですねッ☆」
ワイズリエルは塩漬けの豚バラ(ベーコンに似ている)……それのポトフを気に入った。
「俺はこれが好き」
俺は塩漬け肩肉を茹でたもの……もやし山盛り系ラーメンにトッピングされていそうなチャーシューを気に入った。
そしてヨウジョラエルは、
「これマズイ~」
塩漬けスネ肉を口から出して、涙目になった。
俺とワイズリエルは顔を見合わせて、一緒に食べてみた。
「ほんとにマズイですねッ☆」
ガチガチで筋張って、とても食べられたものではなかった。
俺たちは懸命に噛みながら、いつまでも笑っていた。
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■神となって10日目の創作活動■
塩漬け豚のさまざまなレシピを試した。
ハムやベーコンをスープに入れるのが中世ヨーロッパらしい食べかたのようだ。
……スネ肉など筋肉質な部位は、圧力鍋を使うと美味しく食べられるらしい。もちろん、中世ヨーロッパやアダムの集落に圧力鍋はない。こっそり覗いてみたら、廃棄していた。




