◆黒い剣を手に、青年は楽園を取り戻す
※短いです
※ラストに作者絵あり。
魔界において、末娘様と邪神様を祀る神殿は、実は一つしかありません。
【櫻咲宮】という名の神殿――というよりも少し東の国に近い造りのそれは、初代魔王の御世に顕れた奇跡、「大樹」を中心に造られています。
立派な大樹はいつの頃からか果実を与える姿から桜に変わり、注連縄が巻かれていました。
そんな【櫻咲宮】のほとんどは桜ばかりだけれど、恭殿下の向かう先には重々しい御扉を隠すように橘が植えられていたり、離れたところにある東屋には屋根の代わりに藤の花が垂れています。
「ねえ恭ちゃん、変じゃない?」
「ううん。とっても綺麗だ」
「本当?」
「本当だよ。……だって陽乃は俺の一番の女性だもの!」
「やだっ恭ちゃんったらー!」
末娘様を祀るだけあって、とても陽気な雰囲気の宮に相応しく殿下と陽乃の二人は抱きつき合ってイチャイチャとしていました。
二人の服装は、殿下は白くあっちへひらひらこっちへひらひらとした礼装。陽乃は巫女のような形に似たドレスです。
陽乃は大好きな殿下に抱きついて匂いを堪能すると、幸せそうに言うのでした。
「―――ふふ、やっとこの日が来たのねえ……」
「そうだね。やっと正式な婚約だ」
長かったねえ、と殿下は桜を見上げて微笑みます。
陽乃はその黒髪に花弁が乗るのを、愛しげに見つめていました。
「絶対、幸せにするからね、陽乃」
「本当?」
「勿論。俺たちの主に誓って」
言い終わると、殿下はそっと、黒い魔剣を撫でました。
僅かに眉を寄せた二秒ほどの後、照れ照れして両頬を擦る陽乃にもう一度微笑んで、その手を引いて奥へと歩き出します。
「陽乃にね、結婚記念のプレゼントを準備しているんだ」
「えっ?――ぷ、プレゼントって、何を?」
「ないしょー!」
「むぅっ」
「でも婚約記念のプレゼントはもう決まってるよ」
「えーっ、なあに?」
「ふふ、この後のお楽しみー!」
「結局教えてくれないじゃないー…」
仲良く先を進んで行くと、もそもそと薬草を齧っていたり、五匹ほどのお兎様たちがくっつきあって眠っていたり、てこてこと二人の後を付いて来たり。
邪神様の聖獣である狼がお兎様を咥えて道を横切ったりする道の先――二柱の神が住まう場所へ繋がるという御扉に辿り着くと、二人は静かに膝を着きました。
殿下にだけ見える、透けた――可憐な少女を見上げて、
「我らが主よ。あなたの御名を背負い、あなたの、先祖の悲願を叶えると誓います…」
宣誓の後、末娘様はそっと、殿下の頬に触れて――微笑みました。
その瞬間から、彼は魔王になったのです。
*
【???】
「……国光くん。何処にいるの?」
「おう、ここだぞー!」
「ふふ、国光くんは縁側が好きだねえ」
「だってさ、ここって昼寝すると最高なんだ」
「まったく、まだ肌寒いのだからね?…ほら、風邪を引いてしまうよ。これを、」
「ああ、ありがとう、文」
―――御巫 文。
両親弟共に他界。現在祖父母宅で暮らしている。*****である。
―――流鏑馬 国光。
両親は健在。文の幼馴染。**であるが、本人に自覚なし。
以上の者が、恭に相対する―――簒奪の女神の、勇者となる。
*
「ああっ、大変、もう二分も過ぎてしまった…!夕凪!急いでっ」
「う、ん……?」
「って、帽子がおかしいじゃない!ちょっと屈んで……うん、これで良し、と」
「ありがと」
「どういたしまして。――さあ、行くわよ!」
「……………。」
「ちょっ、ドレスを引っ張らないの!」
「………俺、行きたくない……」
「……。どうして?」
「……胃が…痛くなるから」
「…いつもなら聞いてあげたいのだけど、今日という日は駄目よ。殿下の…あ、陛下の、めでたい日なんだから」
「…………」
「あなたももう……大人なんだから、我慢を覚えてね?」
「でも……まだ、十九……」
「外見は、ね!八十歳にもなって我儘言わないの!ほら、いらっしゃい!」
「ふふっ、――夕凪は私の恋人なのだから、きちんとエスコートするのよ?」
「うん。任せて………あのね、ディア。」
「ん――?」
あの日、拾ってくれてありがとう。
俺、今とても、幸せだよ。
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