◆僕らの主は可憐というよりワイルドだった
※後書きが長いです。
昔々、魔族は色々な神様の手で造られ、「末娘」様によって人間には出来ないことを叶え、導くための役割を頂いた存在でした。
ですが、主神であらせられる「末娘」様が争いに敗れると、主を追って魔界に棲みつき、――親しき友であった人間と争い始めたのですが、その最初の理由が、「食糧難」ゆえにでした。
というのも、魔界の始まりの頃はまだ、「倒すべきは運命の女神」という考えの元、何とか「人間とは話し合いで」と穏便な考えの者が多かったのですが、肉も果実も無い魔界ではどんどんとその考えが潰されていったのです。
豊穣の女神に祈ろうにも、その願いはまったく届かず、略奪した食料も満足に行き渡りません。
魔族は人間の国を襲いながら、何度も何度も必死に彼らの主に祈りました。
―――でも、その願いは叶わなかったのです。
「陛下、何故我らが主は我らを救って下さらないのでしょうか……我らが人間を助けるという役目から背いたからなのでしょうか……」
臣下たちの嘆きに、初代魔王は黒く染まった羽根を散らしながら返答に困りました。
初代魔王は、元は人間に知恵を与えていた者であり、とても優しい青年でした。だからこそ魔王として選ばれたのですが、今回ばかりは彼の知恵が役に立ちません。
―――そんな、絶望と嘆きの満ちた、ある日のことでした。
「みなさん!もうお腹を空かさなくてもいいのです!(`・ω・´)」
もこもこもこもこ。真っ黒もふもふの兎さんたちが、栄養不足で貧血気味の初代魔王とその仲間の前で言いました。
当然固まる彼らをそのままに、黒兎たちはお皿を出すと各々その上に乗ってお腹を見せます。
「さあ!どうぞ!!」
「い……いやいやいや!!我らが主の聖獣をそんな……!」
「お気になさらず!これは僕たちの意志ですから――さあ、どばっと!!(`・ω・´)」
そう元気よく言うわりには、黒兎――末娘様の聖獣、「お兎様」たちはふるふると震えています。
悲壮な決意の滲むその顔とカタカタ揺れる皿の上、…その光景を見て、初代魔王は「私が何をしたっていうんだ」と胃が痛くなりました。
すると、腹を擦る初代魔王の姿を誤解した臣下その1が震えながら口を開きます。
「ほ……本当に、いいんだな?」
「はい!(`・ω・´)」
「ま――待て!いくらなんでも、お兎様を食べれば主に罰せられる!」
「それでもいいッス!しーちゃん先輩の、仲間たちのっ、皆の腹を満たせるってんなら俺……末娘様の罰を受けてもいいッス!」
「いやでもッ」
「大丈夫です!僕たちのおかーさまは皆さんを罰しません!さあ!(`・ω・´)」
「しーちゃん先輩」こと初代魔王は思わず血を吐きそうになりました。
本当は、彼とて目の前の兎たちを捌いて皆に食べさせてあげたいのです。そしたらきっと、久しぶりに誰かの笑顔が見れるでしょう。その為ならば――しかし。
(我らは……末娘様の下僕なのだ……ッ)
色んな神様に造られて、だけど飽きられたり様々な理由から生まれて早々に放置された者も多い魔族ですが、末娘様だけはそんな彼らを救い導いてくれたのです。
役目を与えられ、幸せを与えてくれた――その恩に背くようなことは出来ません。
―――皆がそう思って動けずにいる中、刃を振り上げた臣下は汗を垂らしながら兎を見つめます。
刃を待つ兎はそれをじっと見つめたまま、最後の祈りを叫ぶのでした。
「おかーさま!元は生き物を襲う災害であった僕たちを、生き物を救う存在にしてくれてありがとうございます!(`・ω・´)」
「「「ありがとうございます!(`・ω・´)」」」
「眠りに落ちたおかーさまの代わりに、僕たちは皆を救います!この身を差し出します!
おかーさまの愛する子らを救うことで、僕たちはあなたへの御恩を僅かながらお返しします!(`・ω・´)」
「「「お返しします!(`・ω・´)」」」
「おか…おかあさま……僕たちをたくさん可愛がってくれたおかあさま……もう会えないと思うと……ひっく、(´;ω; `)」
「な、泣いちゃ駄目です隊長!(´;ω; `)」
「う、うぅ……隊長、みんな一緒です!(´;ω; `)」
「ぼ、僕たちは永遠なのです!きっとおかあさまも…褒めてくれるのです…(´;ω; `)」
「そ、そうだよね、みんな……おかあさまー!僕たちが万人の糧になれるこの日を!どうか忘れないでください!僕たちのことをっ忘れないで!(´;ω; `)」
「「「おかーさまー!(´;ω; `)」」」
「ああああああああ!!お前ら本当はこっちのメンタルを殺しに来たんだろうッ!?」
頭を抱えて叫ぶ臣下に、初代魔王はかけてやる言葉が見つかりませんでした。
臣下は手にした刃を床に叩きつけ、見目麗しい姿なのに床をゴロゴロして身悶えています。……すると、兎たちはぷるぷる震えながら更に言うのです。
「どうか、僕たちをお食べ下さい。さあ、さあ!」
「やめろおおおお……そ、そんな……腹ァぷるぷるしながら……言わないでくれ…」
「あなたに罪はありません。あなたは誰かの為に汚れ役を引き受ける、お優しい方。僕らも……っく、……そ、そんな御方に捌いてもらえれば…こ、怖くないのです…(´;ω; `)」
「もうやめてくれよおおおおおおおおお!!!」
―――そんな繰り返しを十ほどした後、やっと初代魔王がお皿の上の兎に問いかけました。
「お兎様、あなたたちの気持ちに感謝を。…しかしやはり、我らはあなた方を食すことが出来ません」
「そう……ですか……僕らはやっぱり、役に立たないのですね…(´;ω; `)」
「いいえ。お兎様、あなた方の力も借りたいのです――どうかこの危機を脱するための知恵をお貸しください」
「(´;ω; `)?」
初代魔王は頭を垂れます。神に見放された我らに救いを、聖獣であるお兎様から我が主に頼めぬものか、と。
するとお兎様は「一緒に怒られてくれますか」と聞き返します。
「ええ、ええ。それで同胞が少しでも生き延びることが出来るのなら」
その言葉を聞いたお兎様は、「では僕たちが去ったらすぐ、末娘様の像を土でいいから作ってください」と言いました。
了承した初代魔王たちはすぐさま像を丁寧に丁寧に、祈りの声と共に作って――三日後、あのお兎様たちが戻って来て、
「みなさん、この種を植えるのです!!(`・ω・´)」
誰かに鷲掴みにされたようなもさもさ具合のお兎様はそう言って背負っていた包みを初代魔王たちに渡すと、土で出来た末娘様の像を丸く囲みます。
「そしておかーさまの祝詞を唱えるのです!(`・ω・´)」
言うやいなや、兎たちはぴょっこんぴょっこんと跳ねながら末娘様の像を回ります。
何度も何度も、その小さな足から血が出ても。ずっとずっと跳ねて回りました。
すると、
「ああっ、あの鐘の音は――!」
末娘様の降臨を知らせる鐘の後、土の像と兎たちは「ぱあんっ」と吹っ飛んで――その下から、大樹が出て来ました。
そこを中心に初代魔王たちが植えた種の芽も出てきて、ついには大樹から果実がどんどんと振ってきました。………大きな兎と一緒に。
天辺の枝やら何やらを折って果実を下に落としたその大きな兎――恐らく末娘様の化身は、よたり、よたりと胸から血を流しながら初代魔王に近づいてきます。
その血の痕からは薬草が産まれて、魔王の目の前に末娘様がたどり着くと、魔族はみな、平伏してその降臨に感謝の声を上げました。
それにだいぶ遅れて初代魔王が礼の形を取ると、運命の女神に討たれた際の傷が癒えぬのに降臨した末娘が口を開く―――のと同時に、重苦しい「何か」が降臨しました。
「貴様あああああ!!よくもこの私を不浄の地に……!離せええええ!!」
「くっそ、手間取った……」
最初に現れたのは麦の穂のような髪色の、美しい女性……は、棍棒を手にした黒装束の男に散々暴行された姿で魔界に引きずり降ろされたのです。
初代魔王はすぐさま二人の正体を知りました――あの二人は、豊穣の女神と使えるべき主の夫である邪神なのです。
絵姿はとても美しい二人ですが、女神は鼻から血を出しているわ頬に痣が出来ているわと痛々しい姿で、その犯人である邪神はあちこちに小動物に噛まれたり引っ掻かれた痕が残っていました。整っていたのだろう髪までぐしゃぐしゃです。
「おらブスぅ!なぁに仕事サボってくれてんだオラァ!」
「くっ……きっさまァ……!」
「これ以上抵抗するようならドブに顔突っ込ませたままボコるぞ、あァン!?」
女神相手に容赦ない責めに、そこにいた魔族は皆、目を逸らしました。
「貴様のようなクズを称えるゴミどもがいくら死んでもどうでもいいわ!!」
綺麗な鍬にあれこれと飾りを付けたそれを振り回して抵抗する女神に、痺れを切らした邪神が棍棒を振り上げた時です。
のっそ、のっそと末娘様が二人の前にやって来て、まず棍棒を振り上げたままの邪神の腹にとすんと鼻を押し付けて一歩引かせると、怯える豊穣の女神(末娘様の姉にあたります)の―――「髪」を咥えました。
「え?え……や、やだ、離しなさいよ末っ子ちゃん……ね?ちょっと本当に……」
ぐいっと末娘様が天を仰ぐと、女神の足は地から離れました。
【 わたしの こどもたちを いじめましたね 】
豊穣の女神が言い訳を始める前に、末娘様は動きます。ぐるんぐるんぐるんと、女神をまるで、車輪のようにして。
「末――め、おのれええええ!よくも、よく…ぎゃあッ!!」
髪を軸に振り回された豊穣の女神は、実は最近、職務をサボっていた豊穣の女神は、ぶつぶつと髪が抜けた後、大樹の方へと放り投げられたのです。
大樹は豊穣の女神を閉じ込めると、どんどんと魔界に緑を、清らかな水を満たしていきます――女神は発狂していましたが。
「ああっ、みんな!アレを見ろ!」
女神の発狂に皆がドン引きしていると、兎を食べようとしてメンタルをやられた臣下その1が、風に飛ばされる女神の髪が流れた先を指差します。
その指の先―――髪の一本が麦の畑に変わって、穂は重そうに金色に垂れているではありませんか!
「お……俺たち、見捨てられて無かったんだ……!末娘様!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
「おい、俺には何もないのか」
「邪神様っ、万歳!!」
「我らが主にッ万歳!!」
―――こうして、末娘様はそれ以後降臨されることは無くなりましたが、魔界は救われたのです。
*
「………以上、『良い子の為の兎神話』でした。何か質問はある?夕凪」
「ん……その後、豊穣の女神は…どうなったの?」
「魔界が安定するまで捕えて、その後はお兎様の群れに運ばれて神殿に帰されたそうよ」
「そう……あっ」
「ん?」
「真っ黒…」
「え?真っ黒…?……って我が家の庭にお兎様が!?大変っ急いで神殿にお連れしないと!」
「…………。」
「…どうしたの、夕凪?」
「いや……今日、…のシチュー食べたいな、って」
「は?シチュ――馬鹿!!お兎様の前で何て不敬をするの!!お兎様は繊細なのよ!?」
「でも……雑草食べてるよ、あの黒いの……」
「たっ食べてないわよ!お兎様がそんなの食べる訳ないでしょ!」
「あっ、今度は鳥に突っつかれてる」
「何ですって!?お、お兎様ぁ――!」
*
肝っ玉母ちゃんみたいなことしでかしてますが、我が家の主神ちゃんは「可憐な」「春の陽気の如く温厚な」「美少女」です。
補足+ss(なので長いです)注意:
・ちなみに魔界の食糧難の時の末娘ちゃんと邪神くんですが、
末娘ちゃん:運命の女神にやられた傷が癒えてない+邪神くんのせいで心労が…
邪神くん:末娘ちゃんに付きっきりでそれどころじゃない
ということになっており、監禁中の主に変わってもふもふ…お兎様たちが出動したというお話。
*なお、お兎様たちが初代魔王たちのメンタル削った後、二人の神様が住んでいるところに戻った時のこと↓
「……ふう、俺の嫁の寝顔は今日も可愛……うわっ、何だお前ら!?」
「失礼します邪神様!(`・ω・´)僕たちのおかーさまに会わせてください!」
「「「会わせて!会わせて!(`・ω・´)」」」
「ならん!小夜は俺以外の誰とも会わせないと決めている!」
「「「「……………(`・ω・´)」」」」
「なんだ……反抗的な目をしやがって……お前ら全員丸焼きにされたいか!」
「………のです」
「あァン?」
「兎だからって甘く見てると……地獄を見るのです…!(`・ω・´)」
「隊長!やりましょう!僕たちはみんな…最後まで!一緒です!!(`・ω・´)」
「永遠に!永遠に――!(`・ω・´)」
「お、おい……何だよ、ちょ、お前ら――いだだだだだっ」
「みんな!とことん噛むのです!引っ掻くのです!数さえあれば僕らだって!(`・ω・´)」
「この聖戦に……勝つんだ!!(`・ω・´)」
「痛がりません、勝つまでは!!(`・ω・´)」
「くっそ、貴様らぁぁぁ……くぅっ、さ、小夜に似た瞳をしてなければ……お前らなんぞ…!」
「………なに……してるんです……?」
「さ、小夜!?い、いや、これは……その……」
「おかーさまあああ!僕たちの御言葉をどうか!どうかお聞きください!(`・ω・´)」
「てめっ」
「錯さん……?」
「いやっ、これは何でも……あるんだが、」
「どうしたのです?」
「おかーさま!魔界は今、食べ物が無くて困っているのです!食べ物を求めて人間と争って、それでも足りない程なのです!どうか、どうか【救済】を!」
「え!?さ、錯さん……『外のことは俺に任せろ』と言ってたじゃありませんか!!」
「小夜っ、その、あんまり怒ると、お、おおお前の美しい顔が……」
「はい!?」
「いや……うん……だ、だがな小夜!俺とて豊穣のババアに何度か頼んでいたのだ!(←嘘)しかし追われる身である俺たちに援助はしたくないと言ってな……そ、れに。…そう、あのババア、己の職務をサボって人間にも迷惑をかけているらしいッまったく困った女なのだ!」
「……では錯さん。今すぐ豊穣の姉様の所へ行って、すぐに魔界に連れて来てくれますか?行動の速さによっては、今回の事は何も咎めませんから……」
「あ、うん……」
「…………」
「…………」
「……錯さんがもっと…あの子たちを大事にしてくれたなら、私は安心して錯さんの籠の中に居ますのに」
「本当か!?」
「ええ。……さあ、お仕事に行ってらっしゃいなのです、錯さん?」
「ああ!俺、頑張る!」
―――その後、彼は棍棒片手に逃げる豊穣の女神を探し、何人かの神をボコり、神殿を滅茶苦茶にして女神を殴り蹴飛ばし暴言を吐き、運命の女神をビビらせた後、やっと魔界に豊穣の女神を拉致したのでした。
結果、邪神くんは「お礼参り野郎」「ヤンキー」「男女平等クズ野郎」などの呼び名を頂きました。
末娘ちゃんの期待とはまったく別の方向に行っちゃったんですが、彼は上手い具合に言い逃れしたり。
基本的に末娘ちゃんはなかなか怒りませんが怒ると般若です。普段は邪神くんが主導権を握ってヤンデレってますが、末娘ちゃんが珍しくブチ切れると正座して俯いてます。
ちなみに今回のお兎様の群れですが、末娘ちゃんの親衛隊的な存在の子たちです。
傷が癒える百数年の間は、末娘ちゃんの周りはお兎様たちがくっついて見守っておりました。
なお、「君好きRPG」で書いた神話の「運命の女神がお父さんに怒られて渋々魔界に」の前の話で、末娘ちゃんが傷を癒したり安静にしていたりする間に温厚な魔族はどんどんと過激派に変わってしまった、という感じ。




