5.ごめんなさいと謝るから、
夕凪は、目の前の来訪者に――じりじりと、静かに後退していました。
「ふああああああああああ!!!ほ、本物!?本物の勇者様だー!!すごいすごいっ、あの、えっと、ファンです!サインください!(`,,・ω・,,´)」
「………は?」
「え、あ、あの、あのぅ…サイン……(´;ω;`)」
「……は?―――う゛っ」
「恭ちゃーん!書いてくれるって、こいつの血でね!」
「別に血じゃなくても…――あ、あの、このペンで勇者物語の表紙に……(´,,・ω・,, `)」
「………っ」
「あ、夕凪、髪に汚れが付いていてよ」
とか言いつつ、陽乃は夕凪の髪の毛を数本抜いてしまうほどの力で髪を掴むと、耳元でぼそりと。
「……あんた、僕の可愛い恭ちゃんに少しでも反抗的・無反応的言動一つでもしてみな。男として役に立たない体にしてやるからなクソガキ」
「う、は、い…」
さっきから小突かれている夕凪の返事に急に笑顔になると、陽乃はドンッと夕凪を横に押して恭殿下に抱きつきました。
「恭ちゃん!お供も連れずに我が家に来るだなんていけない子だね!道中何もなかった?」
「うん、ちょっと道に迷っちゃったけど…何とか辿り着けたよ!」
「きゃあん恭ちゃんスゴーイ!ねえねえ、疲れたでしょ、お茶にしよう?」
「そうだね――あ、お土産に温泉饅頭買って来たの。……えっと、勇者様も…(´,,・ω・,, `)」
「………俺、甘いの……」
「あ゛?」
「是非ご一緒させてください」
「やったぁ!」
お願い隣の怖いのに気付いてと願えども、ぽややんとした殿下は嬉しそうに頬を染めて陽乃に「夢だったんだー!」と語り、陽乃は笑顔で「良かったね、恭ちゃん!」とか言っておきながらお茶をしに行く道中で夕凪を小突き回します。
「気に入られたらディアの前で恥ずかしい声上げて啼かせるからなこのヤンデレ犬っころが。恭ちゃんを泣かせたらあとでお前の人生台無しにしてやるから覚えてろよ犬畜生が」
ぽそりと呟くそれに、夕凪は生まれて初めてぎこちない笑顔を張り付けました。
「―――ねえねえ勇者様、勇者様のお好きな食べ物は何ですか!?」
「無………無し…」
「梨?俺も好きです!今度梨を使ったお菓子をいっぱい作るので、是非遊びに来てくださいね!ささ、饅頭で申し訳ありませんがたんと食べてください!(`,,・ω・,,´)ノ」
「……お腹いっぱ、」
「そういえば、女王陛下も会いたがってたのよねぇ……ディアに監督不行き届きの件とか、諸々聞きたがってたのを止めてたんだけど―――ねえ、夕凪?」
「こ、の、饅頭、おいしい、です」
「本当ですか…!」
「はい……ぅぇ、」
「恭ちゃーん、そいつばっかりじゃなくて僕のこともかまって!」
「ふふ、ごめんね甘えん坊さん」
「あーんして、あーん!」
「はい、あーん?」
一向に喉から下に下がらない饅頭に死にかけながら、夕凪の元々虚ろな目は更に淀んでいきました。
どうして自分は何も悪くないのに陽乃の八つ当たりの道具にならなければならないのでしょう。
「―――あ、そうだ勇者様!勇者様は世界を旅してたんですよね、当時のお話でも教えて頂けませんか!?」
「……っぷ、…はい…でも、俺は、あんまり、興味なくて」
「………」
「あ、で、でも、ワヴの国は凄かったです」
「凄い?」
「街中を歩いてるだけで三分間に五、六回はスられそうなって、まれに酒瓶で間違えて殴られそうになったりとか……」
「え……」
「娼婦が男と逃げようとして鎌とかで追いかけられたりして……。とってもスリリング」
ちゃんと長文喋れた!…と思えども、すぐに陽乃のハリセンで頭を殴られました。
「僕の麗しの恭ちゃんのお耳になんて小汚い話を聞かせるんだい愚図!!もっとマシな話あんだろうが!?」
「で、でも…俺、宿から基本的に出ない……」
「じゃあどこの国の宿が綺麗だったとか――」
「……ねえ、勇者様?」
お茶を点てていた殿下はふわりと微笑むと、この薔薇園に似合わない茶器を差し出しました。
「―――その逃げた恋人たちは、無事逃げられたのでしょうか」
え、そっちに食いつくの?…と夕凪も陽乃も動きを止め、やや間を開けてから夕凪は頷きました。
「逃げたよ。妹が『逃がしてあげよう』って言うから、手伝った」
彼の異父妹は「夢見がち」でいて「少女漫画的思考」の持ち主であったけれど、勇者として見れば夕凪よりも「勇者」らしいと、今更ながらに思います。
なので情に一切流されない夕凪よりも、殿下がサインを求めるべきは妹であるべきなのでしょう。
なんとなく気まずい気分になって、夕凪はお茶を傾けて遊んでいると、殿下はふにゃ、と笑って。
「だって――!よかったぁ」
「もー、恭ちゃんはいっつも人間のことなんか気にしてー!」
「だって、何事も、幸せに終われば嬉しいでしょう?」
「……変わってる、んです、ね」
「うん?…えへへ、よく言われるなぁ。でもひどく怒られることもなかったから、ずっとこの調子で生きてきたの」
「それでいいのよ恭ちゃん。他の奴らなんか気にしてたら、天気のお話だって出来ないじゃない」
―――そりゃ、お隣の怖いのが爪を研いでいたら、誰だって怒らないだろうよ。
思わずそう突っ込みたくなったのですが、夕凪は痛いのを喜ぶ趣味はないので沈黙しました。
ああ、苦い茶がここまで嬉しいのも人生初めてです……。
「あ、そうそう。見て見て!可愛いでしょう、お兎様饅頭!(`,,・ω・,,´)ノ」
「きゃーんカワイイー!」
「……」
「…あ……(´・ω・`)ノ」
「―――夕凪…?」
「か、わ、いいです…」
「(´・ω・`)!」
「……」
「い、一個ください…」
「た、たんと食べてくださいませ、勇者様!(`,,・ω・,,´)ノ」
黒い揚げ饅頭(ゴマなどを使って兎を表現しています)を渋々手に取るも、どうにも口まで持っていけません。
なので、夕凪は時間稼ぎと殿下に質問しました。
「あ、あの、"お兎様"って、なんですか?」
「ああん?ディアから教わってないの?」
「我らが主、【末娘様】を象徴する聖獣が"黒兎"でして、魔界始め人間界でも末娘様を祀る国では黒兎を大事に保護しているんです。それで、いつしか"お兎様"と呼ばれるようになったんです」
「なんでグッズ化?神様を象徴する聖獣なのに、いいの?」
「他の神様を祀る国はそうそうしないんですが、末娘様は俺たち魔族も人間も我が子のように愛しているので、そんな俺たちが自分の存在を使って賑わってくれるなら大歓迎、というスタンスをとっています」
「末娘様は元々『救済』を司る女神様だったから、懐広いというか愛情深い存在なの」
「ほー」
夕凪の脳裏に聖母マリア的な女性が浮かびます。
……でも、マリアが天使の代わりに黒兎を引き連れてる図はちょっと……。
「とても、可愛らしい人ですよ」
「?」
「恭ちゃんは末娘様の寵愛を得ている唯一の存在なの。――あっ、寵愛を得るなんてとってもすごいことなんだからね?だってどんな神様も、大抵は加護を与える程度にしか人間も私たちも可愛がらないんだから」
「………うん」
「そんなすごーい恭ちゃんは魔王陛下でも無いのに、ううん、魔王陛下でも滅多に見ることはできない末娘様を、見ることができるどころかお話でも何でも出来るんだから!」
「…びっくり」
「末娘様は勇者様のことも心配してました。…ただ、勇者様は運命の女神様の管理の下にあるので、末娘様は干渉できないのです…」
「そうなの?」
「はい、末娘様の御力が復活するか、何らかの方法でパイプを得ての少しの間の干渉なら……勇者の制度を作ったのは運命の女神様ですが、作らざるおえない原因を作ったのもご自分だからと、とても責めていて…」
「しょーがないと思うけどねえ。だってアレ、ほとんど邪神様と運命の女神のせいじゃん」
「……今度、ディアに聞いてみる」
新事実を聞いた後、夕凪は諦めて饅頭を割りました。
(俺とディアが会えたのも、そんな神様のおかげ、か……)
別に彼自身はまったく責めていないどころか感謝したいくらいです。
…―――ん?
「なんで、『救済』を司るような清い…【末娘様】が魔界で祀られてるの?」
「はあ?そんなことも知らないの?」
「勇者様、末娘様は邪神様のお嫁様なんですよ」
「お嫁さん……」
「つっても邪神様に無理やりだけどね」
「陽乃、そんな言い方したら怒られるよ。……た、多分、不器用過ぎたんだよ…」
「……あの、末娘と邪神って、どんな姿してるんですか」
「ん?んー…春の日差しみたいに可愛らしい美少女と、美青年!」
「ロリコンよロリコン。ヤンデレストーカーで古の法を素晴らしいくらい破りまくった鬼畜犯罪者じゃない」
「どっち…?」
もそもそと饅頭を口に詰めながら、夕凪は「やっぱりディアに聞こう」と思いました。
だって、彼の中で絶対真実なのは彼女だけなのですから―――
「あ、そうそう、お兎様饅頭の新商品も買って来たんですよ勇者様!(`,,・ω・,,´)ノ」
「もー!恭ちゃんってばこいつばっかり!」
「ふふふー、陽乃にはね、この!ドレスを贈呈します!」
「へ……?」
「ほら、今度舞踏会があるでしょ?王子様みたいな陽乃も好きだけど、今度はこれ着て欲しいなって」
「きょ…恭ちゃ―――ん!!」
「はーい」
「好き好き、恭ちゃんの為なら国なんて百でも万でも滅ぼしてみせるからね!」
「うーん、別に陽乃は無理しなくても、俺の隣にずっといてくれたら嬉しいなあ」
「もう!そういうところに惚れちゃうの!ずっとずっと、恭ちゃんだけのお嫁さんなんだから!」
「うん、俺もずっと陽乃だけの旦那様だよ」
「当り前よ!勇者だなんて庶民出の小汚い人間だなんて何ら脅威でもないわ!さっきだってそれでシュミレーションしてたの!」
「え、そうなの?…勇者様、陽乃に付き合っていただきありがとうございます」
「あ、いえ…」
「こいつなんて墓場に頭突っ込んだ爺よりも役に立たないのよ!これで駄目なら恭ちゃんの代の勇者も知れたものよね!」
「陽乃、油断はいけないよ。進化は勇者の強みなのだから。無理やりに攫われてきた彼らを、そう思うことも扱うことも良くない」
「恭ちゃんのそういう気高いところが好きよ……うわーん愛してるー!」
「俺も愛してるー!(`,,・ω・,,´)」
夕凪は二重の責めに、顔をテーブルに突っ伏して、やっと自分が悪いことをしたと理解しました。
*
「―――おかえりなさい、どうだったかしら、行儀見習いは?」
「………」
「陽乃の所の行儀見習いは苦行だって噂だったのだけど、如何だったかしら?」
「………うん。」
「少しは自分の罪に気付いた?」
「……俺、」
「?」
「好きだからって、周りが見れないのは悪いことだって、学んだ」
「!―――やっと分かってくれたのね夕凪!よかった……このままあなたが悪い子として突き進んだらどうなるかと心配していたのよ。よかった、矯正できて」
「………」
「陽乃の所は辛かったでしょう?あそこ行きが嫌だったらもう、悪いことをしては駄目よ?」
「はい」
「ふふ、三日も居たせいかしら、向こうでの感覚が抜けないのね。…もう此処では楽にしなさいな。お風呂も沸いてるし、食べたいならご飯も―――今日はあなたの好物のシチューを作ったのよ」
「……ディアが?」
「ええ。あなたの好きな物っていうと、シチューしか思いつかなくて……でもお腹いっぱいかしら。明日にする?」
「ううん。食べる、………一緒?」
「!――ふふ、もちろん!お仕事も全部始末したから、しばらくあなたと遊べるわ!どこか行きたいところでもある?」
「ディアと居られたら、それでいい……」
「まあ可愛らしい。良い子の夕凪にはこれをあげる」
「?」
「温泉饅頭よ。実は将軍から土産にってお兎様饅頭をたくさん貰ったの」
「」
「文献で読んだのだけど、東の食べ物はあなたの世界の物と近い文化なのでしょう?好きかしら」
「……ぅ、あ…………」
「夕凪?…もしかして、きらい…?」
「ぅ、ぅ…ううん。好き……」
「良かった!―――あ、そういえば二日目から殿下も一緒だったのでしょう?陽乃から聞いたのだけど……あの調子じゃあ大変だったでしょう」
「うん……あの、だから、俺、今は饅じゅ」
「もー、こっちは仕事が忙しいっていうのにやれ『恭ちゃんは世界一可憐』だの何だのと……夕凪の様子が分からないじゃない―――夕凪?」
「……あう…なんでも」
「陽乃は殿下に惚れてるから、夕凪も殿下の前では無愛想にしては駄目よ。あの子は未来の魔王なのだから」
「……世襲制なの?」
「いいえ?でも陛下に剣の手解きを受けている陽乃よ?あれが惚れてるときたら……あの子の昔の問題行動の数々を教えてあげたいくらいよ」
「…………」
「まず老若男女関係なく顔面に殴ることに躊躇いないし。お兎様でシチューにしようとして怒られるたし、たった一人で竜を嬲り倒して連れて来たときなんて『陛下の継承者』って囁かれてたわよ……まだ二十歳の小娘のくせにね」
「…………俺で特訓しなくてもよかったんじゃ……」
「―――ま、そういうわけだから。あの子メンタルは硝子以下だけど強いのは確かなの。間違っても喧嘩を売り買いしないように」
「うん」
「陽乃に比べたら殿下なんて天使よ天使。きちんとした子だからね。勇者に憧れてるから幻滅させる行動をとらないように」
「うん」
「……それじゃ、ご飯の前にお風呂にしましょ。今日だけは背中を流してあげる」
「!」
「きゃっ……きゅ、急に抱きつかないでよ、び、びっくりするでしょ…」
「…んー」
「もう……あ、そうそう。あなたが来る前に手紙が来てね、」
「ん?」
「殿下が、またお会いしたいというから四日後にお会いしに行くことになったの。『梨のお菓子をたくさん用意して待ってます』って。好かれたようで安心したわ」
「」
「あ、当然陽乃も同席よ。魔王城でのお茶会だから、陛下も来られたりしてね」
「」
「ま、アールの件も何とかなったから大丈夫かしら―――夕凪?…ど、どうしたの!?何で泣いてるの!?」
*
人のふり見て我がふり直せ効果。
補足(「君好きRPG」を読んでいない方に):
*恭ちゃん (妖精系男子)
・魔王の息子だけど平和主義者で、白に薄青とか薄緑のグラデーションかかった人魚の尾みたいな長い枝分かれのコート。その下にはフリルとか見えてたり。魔族だけど銀装飾は普通に付けてます。花飾りが多いです。
・あのナイスバディで夕凪くんをボロクソにした陛下が放浪中に茨の塔に閉じ込められた人間と妖精のハーフな王子を連れ出して結婚して生まれたのが恭ちゃん。
どっちかというと妖精の血が強い。キラキラした羽根さんがマジ綺麗。
・妖精なので幻覚などを得意としていて、弱そうに見えるけどちゃんと強いです。でもとある方の言葉を借りると「カリちゅま」なので大抵何かやらかします。
・レース編んだりお菓子作ったり綺麗な花を育てるのが好きなおっとりさんだけど将来の魔王様(※現在40歳くらい)です。




