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魔女様、勇者を拾う  作者: ものもらい
ヤンデレ編
20/23

4.行儀見習いです。



「そこ!!」

「っ」



木で出来た練習用の剣が、陽乃の一撃で折られてしまいました。


夕凪はその速さを生かして攻撃しますが、同じく素早く、何より場数も年も違い――あの魔王陛下に師事入りしただけあって、陽乃との相性は最悪のようです。


何より夕凪は今、注意散漫としていますから――――…。



『…もう!どうして分かってくれないの夕凪!あなたがしたことはとても恐ろしく重罪であるというのに!!』

『だって、俺、悪くないもん…』

『悪いの!!……こうなったら…陽乃に"再教育"されてらっしゃい!』



そうして咳き込む彼女に屋敷から放り出されて二日目。

最初は一日耐えたらきっと…と我慢していたものの、もう無理です。彼は今すぐ彼女に抱きついて、「捨てないで」と乞いたいのでした。


ちなみに、陽乃に名目上は「行儀見習い」として連れられてきた彼は、クローディアが吟味し厳選した質のいい坊ちゃんのような服を没収され、小間使いのようにあっさりした格好で男装の麗人こと陽乃の剣の相手―――現在百回目の打ち合いをしております。



「この軟弱者が!!僕の爺やの方がまだマシな動きをするわ!」

「あうっ」



腹を蹴っ飛ばされ、夕凪は立ち上がれなくて蹲っています。

彼女の言う「爺や」は腰の曲がった、今にも葬儀屋のお世話になりそうなちんまりとしたお爺さんで、「じゃあ俺じゃなくても…」と思いつつ夕凪は食んでしまった土を吐き出します。


なお、陽乃としては友人の恋人を強く育ててやりたいだけなのですが、一応これは「躾」も入っているので―――陽乃は土を吐いた夕凪の腹を踏みました。

こうして腹を執拗に責めるのはアレな目に遭ったアールの気分を少しでも味わってもらおうという意図です。


「おら、なに人様の家の土を吐いてるんだい、有難く食して『勝手に食べて申し訳ありませんでした、卑しい僕をお許しください』って額を土に擦り付けるんだよ」


……吸血鬼は優雅であるのと同時に苛め抜くのが得意なせいか、よく貴族の子供を行儀見習いとして預かることが多いのです。

現在指導しているのは陽乃で、悪童に手を焼く貴族の親は陽乃に行儀見習いとして一週間ほど預けて、ガタガタ震えてぼこぼこの顔から涙を流す自分の子供を引き取りに来ます。


他にも陽乃の他に「行儀見習い」を受け入れている上位魔族―――十怪などに関しては、実は「人材探し」の意味もありまして、自分から進んで行く子供(一族の長の子以外の低位の子供が多いですね)も多いのです。一発逆転を狙うならば「行儀見習い」でもありました。


陽乃自身、次期王妃であるのと最強の魔王陛下に剣を教えて頂きたいのもあって、厳しい子供時代を過ごしたものです。



「……勝手に食べて、申し訳ありません…卑しい僕をお許しください…」

「よろしい。―――ほら、立ちなさい」


白い手を差し出す陽乃に恐る恐る触れると、夕凪は警戒気味に僅かに距離を取りました。

けれど陽乃は剣を置いて、


「休憩。タオルと水を持ってらっしゃい。あと湯の準備も」

「はい…」

「三分ね」

「はいっ…」


へとへとの夕凪は急いで駆け出すと、侍女を見つけて湯の準備を頼みます。

そしてまた駆け回ってタオルと水を貰うと、零さないように慎重に運んで陽乃に差し出しました。


「ぬるい!!」

「むっ…!」

「それに何だいこのタオル!糸が解れてる。こんなので顔を拭いたら肌が傷んでしまうでしょ!?この愚図!馬鹿!とっとと新鮮な水と清潔なタオルを取っておいで!」

「で、でも、端っこが一本解れてるだけ……」

「口答えしない!」

「あうっ」


水をかけられて、夕凪はついでと投げられたタオルで俯きながらも体を拭います。

対する陽乃は「はぁーっ」と大きくため息を吐きました。


「僕は常に"最高"を求められる。最高の美女として、恭ちゃんの傍に控え彼に栄光を授けることを―――なのにッ!!お前はまったく分かってないな低能!顔拭いてる暇があるなら走れ無能!!」

「は、い…!」


足が重い…と内心思いながら、夕凪はもう一度水を取りに走ります。

剣を投げ捨てベンチに座った陽乃は、今回二度目のため息を吐きました。


―――こうして夕凪を苛めていると、何だか昔の自分を思い出して、気が重くなってきます。

夕凪も、陽乃も。不自由と自分を認めてもらえなかったという点では、同じなのですから……。



(お母様、わたし、これ食べたい!)

(まあ、何を言っているの?そんなものを食したらそこらの子と同じく不細工になるわよ。あなたは最高の妻になるために、最高の食事とドレスを欲せばいいの)

(………)

(泣いては駄目よ。陽乃は魔王の妃になるのだから。どんなに辛くても表に出してはダメ。不敵に笑いなさい。傲慢でありなさい)

(……はい)

(弱い子なんて、求められていないんだから)

(…はい)

(ふふ、それでいいのよ陽乃。良い子だわ)




「―――…でもお母様、私はやっぱり、食べたかったな……」



手作りの、誕生日ケーキ。











―――同時刻、白馬がバロック建築風に造られた城、吸血鬼一族の長の住まいに向かっていました。


「お土産喜んでくれるかなぁ…(´,,・ω・,,`)」


魔界のアイド…いえいえ、魔王陛下の唯一のご子息、父君の妖精の血が濃く出た恭殿下が家族旅行の帰りに買った色んな種類の温泉饅頭を土産に不用心にもお一人で馬を走らせています。


いまだ魔王候補の争いは終わっていないのですが、のほほんとした殿下には特に気にすることでは無いようで、寂しそうに見送った陽乃の笑顔しか考えておりません。


「ミルキーはどう思う?」

「ぶおっ!(`・ω・´)」⇒(訳:喜ぶと思うよ!)

「えへへ、ありがとー」


ミルキー(♀)は真っ直ぐ前を向いて答えると、ふと耳を動かします。

「どうしたのー?」と首を傾げる殿下は、ハッと気づきました―――伴もつけずに遊びに向かう殿下に、三人の刺客がせまっているではありませんか!


それを20の誕生日にレーヴァン将軍から譲ってもらった、別名「血塗れ悪馬あくま」と名高いミルキー(命名:まさかの将軍)は主よりも先に察知し、スピードを上げようとしますが、それを殿下の優しい手がそっと宥めます。


パタパタと風に靡く白の袖から夏の葉のような透き通る色の鱗粉をさらりと零して、殿下はのんびりとした顔で後退もせずに真っ直ぐ愛する彼女の住まいに向かいます。


「うっ」

「ちょ…」

「げほっ」


木から落ちて、ごきん、と骨がおかしいところに歪む音を聞きながら、殿下はのんびりと声をかけました。



「今度追いかけるときは、地面を歩いた方が安全だと思うなあ」



そのいつもと変わらぬ笑みを、もしかすると「王者」と言わせるのかもしれません。







「……あれ?陽乃のお家が左にある……?」

「(`・ω・´;)!?」

「おかしいな、どうしてだろう……あれ、あれれ……」

「(;`・ω・´)…」

「どうしよう…幻覚の鱗粉のせいで迷子になっちゃった(´;ω;`)う、うぅ……陽乃―!お母様―!!助けてー!!(´;ω;`)」



困ってしまった主に、ミルキーは野生の勘を頼りに吸血鬼の城を目指しました。






カリスマタイムは長続きしない仕様です。


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