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魔女様、勇者を拾う  作者: ものもらい
子犬編:
14/23

13.外道ですね



「自由行動してもいい?」

「却下」



遅めの昼食を夕凪に食べさせながら、クローディアは顰め面で陽乃に言い捨てるのです。


だって今回の仕事をさっさと済ませる為にも、面倒な騒ぎを起こしてもらっては困りますし。

どうせ処女の血が飲みたいから自由行動を望んだのでしょうしね。



「血なら瓶ごと持って来ていたでしょう?鮮度が落ちているのくらい我慢なさい」

「ざーんねんっ!恭ちゃんのお土産が買いたいだけですぅー」

「……余計却下よ。あなたはただでさえ印象に残りやすいのよ?分かる人に見られたらお終いだわ」

「恭ちゃんに存在感を薄める魔法をかけてもらったから大丈夫だって。じゃ、ちょっと出てくるー」

「あ、こらっ」


さっさと飛び出してしまった親友に頭を抱えていると、夕凪はパンを手にしたままオロオロしてしまいます。

それに気付いたクローディアが「気にしないで」と言えば、彼はやや間を開けてからパンを齧りました。



「はあ……夕凪、悪いのだけど夕飯時になったら起こしてくれる?魔力を温存しときたいの」

「分かった」

「誰か来たら適当に流しておいて。勝手に宿から出たら駄目よ。あと食べたら歯磨きも忘れずにね。あと……」

「大丈夫」

「……そうね、あなたも子供じゃないのだし」

「ううん」

「ちょ、そこで否定しないの!」



叱ると、クローディアは宣言通りに寝る準備に入ります。

ブーツを脱いで―――皺にならないようにと、スカートに触れた時、あまりにも静かにしている夕凪の存在を思い出して、顔を赤くして言いつけました。



「しゅ、淑女が着替えようとしていたら部屋を出るかそっぽ向いてなさい!」

「………」

「その顔やめなさい。…駄目よ、そんな顔しても折れないからね!」

「……じゃあ、俺も脱ぐから、」

「それでおあいこって?馬鹿言わないの。あなたも人前で簡単に脱がないのっ」

「……」

「不貞腐れないの―――ああもう、いくら自由を得るためとはいえ、どうして手間のかかるメンバーで……こんなことなら一人で、」

「捨てないで…」

「そうは言ってないでしょ!……―――ごめん、ちょっと気が立ってたわ」

「気にしてない」

「…はあ、駄目ね、こういう任務、苦手だわ……まず土地が最悪よ」

「土地?」

「そ。神の気配―――もっと言うと、魔族に反する力ね、それが濃いのよ。だてに貧弱じゃあないのよこっちは」

「……今も辛い?」

「まあ…でもしょうがないわ。"下積み時代"って誰にでもあるでしょ」



しょうがなく衝立に隠れて着替えるクローディアの言葉に、夕凪は何やら思案顔です。

クローディアはその様子に気付かずに、「お皿ちゃんと片付けるのよ」とだけ言ってベッドに潜り込みました―――それだけ、"外"というものは彼女には堪えるのです。



「…おやすみなさい、ディア」

「うん、おやすみ……変なとこ行っちゃ駄目よ……」



くぅ、ともう寝息が聞こえて、彼は静かに手際よく皿を片づけると、恐る恐るクローディアに近寄ります。

そろり、と指先を白い頬に押し当てると、彼女は「むぅ、」と唸り―――残念、と彼は静かに離れました。


(帰って来る頃には、バレないかな)


そうだといいな、と。

夕凪は皿を片づけに、静かに扉を開けて(実は良いとこの宿は全部埋まっていて、微妙な宿しかとれなかったのです)少し汚れの目立つ絨毯を歩きます。


とてとてと階段を降りて―――ふと、視界の端に映った人影に、足を止めたら。



「……お兄ちゃん、」

「!」



久し振りに、異父妹と出会ったのです。


記憶の中とは変わってしまったような気がしますが、彼は"特に気にも留めませんでした"。



「生きてたんだ?」

「……」

「その包帯、どうしたの?」

「………」

「なぁに、黙りこんで。今更寡黙ぶったって遅いのよ」

「……どうして此処に?」

「はっ、妹に再会して一言目がそれ?普通は!『大丈夫だったか?』とかでしょう!?何であんた、そういう気の利いた事も言えないのよ!この鈍亀が!!」

「……言いたい事を言えって、教えてもらったから」

「ああ、あのババア?どっちよ?ピンク髪の方?それとも白髪の方?」

「…………」

「まあいいわよ。…ほら、さっさと戻りましょ?あんたのせいで旅だって手間かかってんのよ。みんなに迷惑かけてるって事、分かりなさいよね」



……どうしてここまで彼女が不機嫌な上に焦っていて、連れ出そうと躍起になっているのか、彼には分かりません。


彼女は正直、メンバーの足を引っ張って旅の進行を遅らせていたし、彼なんていらないとよく呟いていたし―――彼は、ふむ、と思案します。



【どうする?】


ゆうなぎ「………」


*付いていく

 *沈黙

⇒*反抗

  ・暴行

 →・反論



「………」

「……?」

「……俺は、もう勇者を辞める。自分の好きに生きるから、放っておいて」

「なっ……!」



行動選択の仕方が変わらないものの、新たに増えた「反抗」の手札を、彼は自分の意思で取りました。


その発言は彼の妹が脳内で兄を捨てる際に言い放つつもりの言葉で、逆に言われてしまった彼女は慌てて―――兄の持つ皿を叩き落とし、服を掴んで怒鳴りました。



「ば、馬鹿言わないでよ!勇者辞める?…この世界の人に申し訳ないと思わないの!?あんたっていっつもそうよ、あんたのせいで家の空気も悪いのに、気にもしないで出て行きもしないでさ!」

「…だって、関係ない。それに、ディアも、俺は幸せになるべきだって、その為なら全力を注ぐって言ってくれたし、一緒に居ていいって言ってくれた。同じ勇者でも、俺はディアの勇者でありたい」

「答えになってないわよ!!誰、ディア?なにそれ、女に誑かされてんの?…やっぱりね!でも考えてみなさいよ、どうせあんな売女、すぐ捨てられるのがオチだわ。同じ女でも、この異世界で同郷の、唯一の血の繋がった妹の方が大切でしょ?寄り所でしょ?」

「ううん?それに、血の繋がりと言ったって、夕香は半分血が繋がってないし」

「えっ」



大した事も無さそうに告げる夕凪に、夕香は全てが止まりました。


その隙に割ってしまった皿を拾い上げ、切ってしまった手を舐めようとして―――「駄目でしょ!」と怒る彼女を予想して、彼は唇を綻ばせました。


夕香はその顔を、真っ青な顔で、唇を噛みしめながら、見つめていて。



「……嘘だ」

「本当だよ。俺は母さんの連れ子で、今のあの人との間に出来たのが夕香。知らなかったのか?」

「聞いてないッ何それ、嘘つき!わた、私はお兄ちゃんの妹だもん!半分だけなんかじゃ……何で、言ってくれなかったの!?」

「…?どうでもよかったから」

「ど……!?」




ここまではっきりと冷たい言葉を発するのにも訳があります。



『―――夕凪。…夕凪は、素直な良い子ね。ゆっくりでいいから、自分の気持ちを言葉にして頂戴。……私はそれを、楽しみにしてる』



…と、療養中、クローディアは彼の髪を指で梳きながら、温かい言葉を彼に与えたことから始まりました。

「楽しみにしてる」そんな聞き手がいると知れば、彼もオドオドと話す必要も無いだろうという配慮と、彼女の本音です。


だって彼は捨てられた子犬のような顔だとか、目で訴えて来るんですもの。下手すると言葉にするよりもキツイです。

それに相手に合わせて頷くのも大切だけれど、黙りやすい彼の事をもっと知りたくなるのは、やはり恋した人なら当然ですよね。


―――ですが、クローディアは彼の一面しか、ある意味知らないのです。


彼女は彼にとって、「変わりのきく/どうでもいい」人間になった事がありません。

親を慕う雛か、捨てられたばかりの甘えてみたい盛りの子犬のような彼としか接した事が無いのです。


そしてそれは変わらず、彼女は一生、彼のそんな面を知ること無く生きるでしょう。……話が長くなりましたが、つまり、彼女の指導は、そういう面を知らない故に悪い方にも伸びているのです。


誰に対しても無口で、天然な子。ちょっとスト…ぐふんぐふん、が彼女の中の彼です。人間関係がこうも杜撰過ぎるだなんて思いもしないでしょう。



「じゃあ、さよなら」

「待っ……待ちなさい!」



夕凪は淡々と、告げて皿の破片を拾い集めると、ゆっくりと歩きだしました。


(手を切ったから、彼女を起こしても怒られない)


―――ああ、楽しみ。

そう思う彼の心の中には、目の前の妹は居ません。

早く片付けて、寝惚けたクローディアに手当てをしてもらい、心配されてあれこれ世話を焼かれるだろう未来だけがあるのです。


一方、縋る側になったということにやっと気付いた妹は、久し振りに彼女の勇者専用武器えもの―――輝かしい弓矢を取り出すと、兄の首めがけて矢を振り下ろしました。


その、何も装うことのできない顔は、彼女が何度も演じた――本当の「悲劇のヒロイン」であったと知らずに。



(なんで、誰も教えてくれないの)


(どうして、私は、誰かに縋ってもらえないの)


(こんなに可愛い私を、どうして、選んでくれない)



涙が滲む視界で、真っ赤な血が噴き出しました。











「――――勇者殿、どこに行かれたのか」

「ああ、まったくだ。少し目を離していれば……ん?」

「どうしたんです?」

「今、物音が扉の向こうからしなかったか?」

「ええ?…ちょ、ちょっと、誰か見て来て下さいよ」

「えーっ」

「ふん、軟弱者め。俺が開けるから、皆構えていろ」

「分かった」



「……?…何だ、木箱?」

「なんか…鉄臭いですよ、どうするんです?」

「開ける」

「ちょっ」

「どれど……うわああああああああああああ!?」

「ひっ!何!?」

「ゆ、ゆゆゆゆゆ…!」

「ゆ?」

「勇者殿だ……!」











「あーあ、せっかくドブ鼠を泳がしといたのに。子犬君、勝手に殺してもらっちゃあ困るよ」

「……ごめん?」

「手土産に連れてこうと思ったのにぃー。ていうか鏡盗りに行き損じゃん」

「…どうやって…?」

「魔族が駄目なら人間使えばいいんだよ。金なり血ィ吸うなりしてね。今回は巫女さんの血を吸って来ましたー」

「すごい」

「でしょう?ちょっと障害があったけど、慣れたもんだしね。恭ちゃんにも手伝ってもらったし……まあ、この鏡どうしようか。とりあえず持ってく…うーん、ディアと相談で」

「………『これ』、どうしよう?」

「木箱に詰めちゃえば?私の使い魔は探知が得意だから、仲間のとこまで案内させたげる」

「分かった」



「よいしょっと」

「………」

「?」

「…子犬君ってさー、片割れ殺しても顔色変えないんだね。何で?」

「どうでもいいから」

「きっぱり言うねぇ」

「……それに、」

「それに?」


「…ディアのこと、悪く言ったから。当然」


「」

「殺したら、ディアはのんびり出来る。魔王様に褒められる。そしたら喜ぶし、そんなディアが俺は好き」

「……そ。」

「でも、ディアは優しいから、きっと"これ"を知ったら苦しむ。だから、上手いこと誤魔化して欲しい」

「これって……べっつにいいけどー」

「じゃあ、俺、片づけてくる。そしたらディアにかまってもらう。楽しみ」

「あ、じゃあ僕は遅くまで恭ちゃんのお土産探してくるから。誤魔化す代わりにこっちもフォローしといて」

「分かった」




「―――ふう。」


「………なんつーか、面倒なのに好かれたぞ、あいつ……」











「ディア、ディア……」

「んぅ…?」

「手、切れた」

「えっ」

「…痛い」

「ど、どうしたのこれ!?お皿でやったの?他には?」

「木の屑刺さった」

「木ぃ!?何で木……と、とにかく、一回洗いましょう。こっちにいらっしゃい」

「うん」

「…お皿、割った後どうしたの?宿の人呼んだ?」

「ううん」

「そういう時は呼びなさいね……はあ、馬鹿だったわ。どうして目が不自由なあなたにこんな……ごめんなさいね、気をつけるから」

「気にしないで。嬉しい」

「うれ……え、嬉しいの?―――あら?」

「?」

「服、よれよれじゃない。どうしたの?喧嘩にでも巻き込まれた?」

「うん…?」

「駄目よ、危ない所になんか…あ、沁みるわよ」

「痛い」

「……まだ、傷口に当ててないのだけど」

「……」

「……」

「……ばれた」

「もうっ」




―――そして、陽乃に上手い事騙された彼女は、魔界に帰還後、下僕から勇者が殺された事を知りました。


全てを知っているのは、魔王と陽乃と夕凪、そして殺された彼女だけ―――…。



人類最後の希望となった夕凪は、茨の屋敷……いいえ、銀髪の魔女の傍から離れない為に、世界は魔物が跋扈する暗黒期へと落ちるのです。


やがて白い魔王が玉座に座り、楽園を目指すまで。新しい勇者が喚ばれるまで。たくさんのひとが燃え尽き途切れて逝きました……。




―――けれど、これは"彼と彼女の"お話。


彼女が彼に微笑めば、彼が彼女の影のように寄り添える限り、この物語はハッピーエンドなのです。



「夕凪、お菓子作ったからお茶会をしましょ―――」

「分かった」

「……だからッこの屋敷で"それ"を使うなと言ってるでしょ!歩いて来なさい!」

「………」

「その顔やめなさい」

「……分かった、善処する…」

「そうなさい。…ほら、お茶が冷めるわよ。いらっしゃい」

「うん」

「……ドレスを握らないの。ほら、手を掴みなさいな」



―――ああ、今日も茨の屋敷は幸せに満ちています。






恋とは勝手なものなのです。





追記:


次話からはストーカー臭を悪化させ……れたらいいな!


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