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魔女様、勇者を拾う  作者: ものもらい
子犬編:
13/23

12.妹は見た、



―――彼女は、明るいように見えて、歪んだ少女でした。


母は外面が悪くならない程度には面倒を見てくれたけれど、父親は大層可愛がってくれたけど。……それでも、彼女の"兄"の存在で、家は微妙な空気が纏わりついていました。


物心ついた頃から常に異常状態の家庭で、一方的な愛しか受け取れない彼女は、我儘な方でした。

友人も多かったとは言えません。頭も良くなかったし、運動は平凡なものでした。誰よりも輝くものが、彼女には無かったのです。



「ねえ、夕香ゆうかちゃんのお兄さんって、格好良いよね!」

「そ、そう…?」

「うん、痩せ気味だけどさー、それも何て言うか、魅力的?無口なとこもクールだし!」

「いいなー、あたしのお兄ちゃんなんてさ、ゲームばっかだし…」

「でもあんたんとこのお兄ちゃん、人気者じゃん。良い人だよね」

「もーっ」



それは、女同士の、けれど小学生らしくまだ可愛らしい会話でした。


最終的にこの会話は彼女のお兄さんが一番、という事で纏まり、「いいなー」と羨ましがられました―――初めて。

彼女は、今まで居辛い空気の元だった兄を内心煙たがっていましたが、その日からはちょっと見方が変わったものです。


(無口、服だって、良い物じゃないし、地味だし。…でも、お父さんみたいな微妙な鼻でも、お母さんみたいに丸っとした顔とかじゃ、無いんだよね…)


痩せていたけれど、髪も無造作だったけど。それでも彼女の兄は整っていたのです。


彼女は羨ましいのと同時に、血が繋がってるんだから、多少は自分も美人になるはずだと子供らしく思いました。



―――少女漫画のように、髪がくるくるしてて、目もぱっちりしてて。きっとそうなる。



そう思うと、少しは兄の存在を好ましく思えました。

しかも兄は自分が喚いても我儘を言っても、とりあえず肯定するのです。本当ならば両親が正しく与える筈のそれを、彼女は兄に依存しました。


「ね、私って可愛い?」

「ん。」


いつでもどこでもべったりで、何度も鏡だって見てるのに、彼女の中の自分は兄に負けず劣らず輝いています。



(明るい方が皆に振り向いてもらえる。校則なんて気にしない着飾った方が、男子の目を引きつけられる。私、可愛いでしょ?あ、違うな……)



「ね、私って美人?」

「ん。」



―――言うなれば、彼女にとって、彼は白雪姫に出てくる魔法の鏡でした。


彼の言葉が彼女に暗示まほうをかけ、美しい幻想ウソを見せてくれる。嫌な事は言わない、自分が一番だと頷いてくれる………でも、それは幻想ですから、



「夕香さんってさ、まぁーたピアス開けて先生に怒られてたよー」

「痛そうだよね、ピアス開けるの」

「ちょっ、そうじゃなくてwwこの歳でさー、なに色気づいてんの?って感じー」

「巻き毛も合わないよね、折角ストレートだったのにさー、髪もクラス一痛んでんじゃん」

「あとスカート丈短すぎ!分かってないよね、短けりゃ良い訳じゃないんだよ。こう、階段で見上げたら『あと少しでパンツ見えるのにぃぃぃ!』っていう長さが最高なんだよ」

「変態か!」

「…でもさ、何かあれ水商売の人みたいだよね、ちょっと引く……」



―――その会話は、彼女の胸に大きな穴を開けました。

これでもまだ柔らかな陰口だったのですが、……彼女は、急いでトイレに駆け込むと、年季の入った鏡を恐る恐る見ます。



(肌、荒れてる…)


(髪、酷い……)


(ピアス……これ、可愛いでしょ?)


(スカート…でも、もう切っちゃったし)



呆然とする彼女は、どうやって帰ってきたのか、気付くとベッドの上で寝ていて。

何となく携帯を見ると、彼女はまたも嫌な物に気付いてしまいました。


(……メール、ほとんど、私からだ)


友人たちは、自分から連絡を取ろうとすることもなく。

そのまま震える指でメールの内容を見れば、一人はさっさと終わりたい雰囲気を文面に匂わせて、もう一人は遠回しに自分の痛い行動を忠告してくれて。あとの残りは中身のない空っぽな物。


彼女は茫然として、次に男子に頼んで撮ってもらった写メを見てしまいました。

自分が根暗と蔑んでいた女の子は、落ち着いた雰囲気でありながらも可愛い子で…、



(……あいつのせいだ)



さっさと怒りを無害な兄に向けると、彼女は携帯を床に投げつけました。


(―――適当に流して、私がこんな酷い事になるのを、内心笑ってたんだ)


ある意味、兄にとっても自分はどうでもいい存在だったと、認めたくない故だったかもしれません。



―――彼女は、復讐をしようと思いました。とても勝手な復讐を。


身近に良い人も居たのに、ある意味彼女にとって分岐点であったのに、彼女は気付かないフリをして、楽な方に逃げて――無害な兄に当たりました。


兄が自分の食費にと貯めていた金を強請って、自分の美容に当てたりとか、奴隷のようにあれこれ命じたりとか。

そのせいで流石の父も呆れ、逆に兄の評価は上がったり同情票も出て来て、むしろ彼女の立場は悪くなったのに、それでも八つ当たりをしました。


肉体的にも精神的にも殴りかかって、外でも彼女の奴隷。顔の整った兄を従えるという事実が、彼女を優越感に浸らせてくれました。

しかも自分と兄は似てなくて、兄も誰かに告白されて付き合っても相手を適当に扱っていたものですから、周囲にあれこれと誤解され、また彼女も誤解したのです。


(私に調教されて、他の女じゃ満足しないのよ)


いつしか、彼女の脳内では彼は自分にぞっこんで、最終的に、彼女はそんな彼を酷い捨て方でもって復讐する―――なんて、お花畑な妄想までしていたのですから。


……本当は、彼に恋していたのは自分だったろうに。




――――そんなある日、彼女は兄と一緒に異世界に飛ばされました。


何度も夢見たファンタジー世界。美の女神を崇拝すれば、多少は自分の願った姿に"修正"出来ました。

ですから、彼女は美の女神の加護ばかりを要請して、戦闘ではまったく使い物になりません。


「怖いの」

「了解」


わざとらしく抱きつくと、兄はすぐさま醜い魔物を斬り伏せてくれました。


パーティーメンバーは美形ばかりで、「勇者殿、」と自分の面倒を見てくれます。彼女は魔王なんか倒さないで、ずっとこの世界に居たいと思いました。

そして、この麗しい王子に嫁いで、憎き兄をそこらに捨ててやると。


きっと、その時彼は彼女の足下に縋りついて、「捨てないでくれ」と言うのです―――なのに。




「…どうする?夕凪殿が行方不明のまま、三日も経つ」

「亡くなられたのか…?だが、あれほどの才をお持ちの方だったのに」

「癒し担当の白魔法使いは、もう帰りたいと言っているが……」

「彼女が居なくなったら誰が回復役をやるのだ」

「……まあ、そこら辺は僕がカバーする」

「でもなあ、どうする?このまま先へ進むか?」



兄は、彼女を捨てたのです。


けれど、それは彼女の張りぼての矜持が許さなくて、目の前のコーヒーのようにどす黒い感情でいつもの通り事実を捻じ曲げようとしました。



(あいつ、駄目な奴だから。きっと、逃げたんだわ)


(それとも、大事な妹も斬ってしまったと錯覚して、混乱のままどこかに行ったのよ)


(そうだわ。そうしましょう)



そう勝手に決めると、彼女は「行きましょう」と、少女漫画のか弱いヒロインが悲壮な決意を抱いて言うかのように、脳内で色んなオプションも付けつつ、相談中の男性たちに言いました。





―――そして何とか一行は神殿を解放し、彼女も自分の"修正"が一段と上手になった頃。



持つだけで、その鏡に(中級程度の)魔物を映しただけで封じる事の出来るという、チートな神器を手に入れようとして、神器の眠る洞窟の手前の街で宿をとった日のことでした。


自分たちで何とかせねばならぬ、と彼女からしたら勝手に団結した男性陣に対し不貞腐れた彼女が不用心に街を出歩いていると、とても目立つ人間に出会いました。



一人は桃色の髪の、とても美人な女。まだ幼さが残っていて、瞳が赤茶なのが違和感を感じるけれど、それでもその美しさは損なわれていません。


(なによ。ババアじゃない)


その評価は、実は当たっていました―――桃色の女がからかっているのは、銀髪の長い髪をくるくると巻いた女です。男装の桃色の髪の女と違い、"お嬢さん"な厚手の服でした。


(巻き毛は嫌いよ。しかも私より貧相な胸だし)


気付けば女二人をギリギリと歯を食いしばりながら見つめていたことに気付いて、彼女は慌てて頬を擦って顔を整えました。


もう一度女たちを見ると、ハッと気付いた顔の銀髪の女は慌てて人ごみの方に戻って、何かを呼んで手を伸ばします。

すると細いその腕を掴んで、男が――――



「えっ」



『―――ごめんなさい、片目だものね…もう人ごみ地獄は終わったから大丈夫よ。しっかり掴まって』

『ん』

『新婚さーん、早くしないと宿に着けないわよー?くすくすっ』

『誰が新婚よ!』

『………』

『その顔やめなさい。…ああもう、どうしてこんな面倒な手順で来なくてはいけないの?さっさとバーっとやればいいじゃない』

『しょーがないじゃん。神様の力が強くなってるから、神器の周りは僕達でもキツイし。休み休み行かないと』

『だからって…何事も無く終わればいいのだけど』

『大丈夫、俺がディアを守る』

『ひゅーっ!』

『馬鹿言わないで。療養中の身で何を言ってるのよ……そう言う事は"王子様"が担当よ』

『残念、僕は恭ちゃんだけの"王子様"さ』

『どいつもこいつも……もういいわよ。さっさと休みましょ。ほら、行くわよ夕凪』

『分かった』

『足下に注意して。私にぴったりくっついて……髪の匂いを嗅がない!』

『………』

『その顔やめなさい』



銀の髪の女は、確かに"夕凪"と言いました。


そして、その名前に該当する男は、嬉しそうに彼女に付き従います。その口元に、笑みを乗せて―――笑みを?



(……偽物よ。きっと、よく似た誰かだわ)



だって、彼女の記憶の中で、彼が微笑んだ事なんて、皆無で。


だけど、あの無造作な髪も、横顔も、どう見ても……。



「……もっと、近くで見たら、分かるかも」



大丈夫、自分は女神に愛されている。何かあっても、すぐ逃げられる。


彼女は、フラフラと目立つ三人に付いて行きました。






勘違い女の子、実は書くのが楽しかったり。





・補足(キャラ紹介)


大殿おおとの 夕香ゆうか


→夕凪の父親違いの妹。母親に似ており、明るい性格(※夕凪曰く)。


父親の愛情はあったものの、母親からは微妙。偏った愛で父にも兄にも我儘を通しても怒られなかった為にそういう性格に。

家庭が歪んでいたのとイケメン過ぎる兄が居たせいで変な妄想マジックに染まりやすい少女。しかし友人には良い人が多かったので、選択を誤らなければ多分ここまで酷い結果になる事もなく、普通に彼氏も居て気の良い友人も居てのリア充生活が出来たかも。


体型はヘタするとぽちゃ。昔はストレートの髪が似合う少女だったものの、勘違いがフィーバーした。

悪い事が起きると自分で処理できずに他者のせいにする、もしくは変な妄想で逃げるという成長しない性格。人に嫌われやすい子になってしまった。

夕凪が流されやすい性格になった一因でもあり、夕凪が実の兄でないことをトリップ後も知らずに、無自覚に恋していた。


つまり現在は、「彼女の奴隷で魔法の鏡役まで勤めてくれた恋した人」が余所の女(自分よりも美しい)に盗られている事実に気付き、脳内でストップかけてるけどキレてるというか何と言うか。


夕凪はまともに幸せになれない、自分以下であり続ける筈、と思いこむ事で得ていた悲しい優位を失い、すっごく取り乱している。


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