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魔女様、勇者を拾う  作者: ものもらい
子犬編:
12/23

11.老いた愛



何度目かのじゃれ合うような戦闘が終わると、魔王は服はボロボロ剣はガタガタで、けれど何とか顔を床から上げようとする夕凪の頭を、思いっきり踏みつけました。


ちろり、と赤い舌が舐めた手の甲にしか傷は出来ておらず―――それでも、魔王は感心しておりました。



「なかなかやるではないか。単騎で妾に傷を付けたのはそなたと陽乃だけだ。……これで、そなたの仲間もいれば、妾は負けていたかもしれぬ」



称賛に対し、夕凪は虚ろな目で何かを呟くだけです。

肋骨が折れて内臓に刺さっているせいで、その口からは多少の血が溢れていました。



「しかしヒトは脆い。勇者であれどもそれは変わらぬ。……ふむ、ここで休憩を入れてやろう」

「………」

「次に戦う時、そなたが勝てば自由を与えてくれる。―――負けた時は」

「……」

「顔も良いし、魔族専用の男娼にでもなるか?それとも先客がたくさんいる牢屋の中で、死んでも魂ごと縛られ凍え続けるか?ん?」

「……――――い、」

「どうした、聞こえぬぞ?」

「…負、け…ない」

「!――――あーっはっはっは!!いいぞ、それこそ人間共の"勇者"だ!気が変わった。休憩は無しだ、今から、」



魔王が、戦いの始まりを告げようと、した時でした。



「――――陛下!!」



優雅さも何もかも殴り捨てて、魔女見習いのクローディアは二人に駆け寄ります。


謁見の間はあっちこっちに罅が入ったり焦げた跡があったり、……彼の血と思われる赤黒いものが飛び散っているところに、彼女は急いで平伏しました。



「へ、陛下、私はレティーシアとクラウンの子、クローディアと申します。前触れの無い登城をしてしまい申し訳ありません。ですが、どうしても、話を聞いて頂きたいのです!」

「……そなたのことは知っておる。いやはや、レティとよく似た顔よ―――さて、そなたの言い分とは何か?」



懐かしいものを見る顔で、魔王はクローディアに向き直ると先を促しました。



「そ、そこの子を、……こ、殺さないで頂きたいのです」

「殺すなと?」

「は、はい、……勇者の片割れを人質として捕えれば、もう片方の勇者にも揺さぶりをかけられましょう。それに現在、次期魔王候補の争いが――ええ、上手くまとまりそうですが…引き継ぎを考えると、勇者を生かすことで魔界に平和な期間を設けるのも……」

「………」

「に、人間側にとっても、勇者が魔の手に堕ちるという事実は、その、とても―――」



頭が真っ白なクローディアを、魔王はじっと見つめていました。

その傍らで倒れていた夕凪は、夢か現実か見極めようとして、そっと手を伸ばそうと、


「ぐっ」

「夕凪!!」


その手をヒールで思いっきり踏みつけられて、彼の手から血が吹き出るのを見て、クローディアは悲鳴交じりに彼を呼ぶのです。



「いいか魔女殿。妾は退屈を愛さぬ。誤魔化し取って付けたような言葉なんぞ要らぬ。『殺すな』?はんっ、つまらん言葉だ。

わざわざこんな血生臭い所にやって来る意味くらい、無作法者の妾とて分かるのだぞ魔女殿?そしてそなたもそれを分かっている筈だ―――なのに、何故に"よこせ"と言えぬのか。こんな時まで貴様は淑女ぶるのか?その程度の女か!?」

「へ、陛下……わ、私は……」

「……」

「か、彼を、……魔族でありながら、愛しています。愛しているのです。…だから、もう彼を傷つけないで下さい。彼は、今までずっと、誰かに傷つけられてばかりで―――お願いです、私が代わりに何でもします。だから陛下、その広い御心で彼を許してあげて下さい…!!」



血の海に叩頭すると、彼女は確かに聞きました。

微かに、だけど、泣き疲れた迷子の子が母親を呼ぶような、そんな声色で。彼は彼女を呼んだのです。



(可哀想に。こんなに、なるほど――ずっとずっと、帰りたくて戦ったのに、嬲られて…)


(私はもういい。するべき事も果たした。…だけど、この子はまだ、何も叶ってない)


(老いたものは、若いものの先のためなら、死ぬべきだわ。だから、だから……!)



「―――残念だ」

「……!」

「陽乃であれば堂々と、『僕の物だ』とか何とか言って斬りかかってきただろうに。魔女殿はどう足掻いてもそういうさっぱりした言い分は出来ぬらしい」

「へ、陛下……」

「何でもする?…そうではないだろう。妾が欲するのは!恋に落ちた女の情熱の叫びよ!自らと恋人の邪魔をする障害全てを焼き殺さんほどの!ぞくぞくするほどの獣の咆哮を!!なのに貴様はなんだ、閉経した老婆みたいに腐った悟りを開きおって!貴様は本当に魔族か!?」



顔を上げたクローディアの頭上に、鋭く赤く濡れた剣が向けられます。

つまらないあまりに苛々する魔王は、それでも最後の余裕で彼女の言い分を聞きました。



「……陛下、確かに恋とは燃え上がるもの。けれど、私のこの老いぼれた愛とてそれに等しいものです」

「…………なに?」

「激しい炎は恋敵を燃やし尽くすと同時に、温まろうとする恋人の手さえ焼きかねません。私は、例え誰かに砂や水をかけられようと、それでも冷えた彼を温めることが出来る女でいたいのです」

「軟弱者め。ならばそなたの恋人が奪われたらどうする?貴様は指をくわえて見てるだけか」

「私は、彼を信じています。その信頼は障害から守る盾になり、剣にもなりましょう。例え裏切られても、それもまた我が人生……」

「どこまでも受け身の女だ。―――それでいて、我が夫に似た目というのが憎い。……夫に感謝せよ、妾はあれには特段に甘いからな」



剣は退かされ、彼女は内心ホッと息を吐きました。

クローディアは泣きそうになりながら、夕凪に手を、


「しかし、それとこれとは別だ」

「――――っ」



魔王の、紅に染められた爪が。


鋭い爪が、夕凪の目を、刺して。



「ゆ……夕凪いいいいいいいいいい!!!」



泣き叫んで、彼女は目玉を抜き取る魔王から、急いで彼を引き離しました。

彼は腹と目の痛みで反応が鈍っていて、彼女の胸に抱かれているのに何の反応も出来ません。



「片目になれば、多少の枷となろう。これが対価だ。そなたは己の館で、これをしっかりと管理せよ。逃がせば両者ともに処刑する」



いつもの発作が起きそうなクローディアと動けない夕凪を置いて、魔王はさっさとヒールを鳴らして謁見の間を出ようとします。


最後に、「叙勲式を楽しみにしている」とだけ残して―――…。




「…ゆ、なぎ……っ……ごめ、ん…なさい……夕凪、ちゃんと守ってあげられなくて―――大丈夫よ、私が治すから。まずは痛みを忘れて眠りましょう?目は……どうしようもないけれど、でも、でもぉ…っ」

「でぃあ、なかないで……」

「ごめんね、こんな、あなたみたいに、良い子を、私は、私の勝手で、こんな……!」

「ちがうよ、おれのかってだよ…」

「いいえ、私のせいだわ。ごめんなさい、でも、本当に、あなたを苦しめたくなかっ」

「―――気にしないで」



なけなしの魔力で、彼女は彼から痛みを奪いました。

じわじわと迫る眠りの中、彼は自分のせいで汚れている彼女の、まだ綺麗な白い頬に手を伸ばして。


それで更に汚れるのが、快感でした。



「ディアが、俺を愛してると言ってくれた。それだけで、十分、これも価値があった。から」

「そんな……っ、どうして、こんなことしてまで得る事もないでしょう?どうしてあなたは、簡単に…得ようと、しないの?」

「だって、ディア、おれはなにも知らないんだ」

「っ」

「おれに、教えようとしてくれたのは、ディアしかいなかった。……だから、ディアがおれに教えて」

「……っ」

「だめ……?」

「……いいえ、教えるわ。たっぷり教えてあげる。紳士的な行動も、ちゃんとした言葉も。……無償の、愛があることも。だから、もう寝ましょうね。疲れたでしょう?」

「うん、つかれた……」



ぱたり。



―――そうして、彼の存在は、神殿が保持する勇者の記録帳から消されました。












「―――さあ、薬を塗る時間よ。こちらにいらっしゃい」

「分かった」

「ちょっ……だから!室内で勇者の力を使うなって教えたでしょう!」

「………」

「その顔やめなさい」

「……薬…」

「え、…あああああ!大変、十秒も過ぎてしまったわ!さあ早くここに座って!」

「ん、」



そ、と白い指先が包帯を解きます。

すると中身のない眼孔が現れて、彼女は「沁みるからね」と声をかけると慣れた手つきで傷口に薬を塗っていきました。


「痛かったら言いなさい」


彼は無事な方の目で淡々とガーゼが捨てられるのを見ています。……沁みると言っても、彼女の手は職人のように上手に塗ってくれるので、対して辛くないのです。


「うん、上手に出来たわ」


「寝る前だから、緩くしとくわよ」と新しい包帯を取り出す彼女は、ふと「じーっ」と自分を見上げる目に気付いて、溜息を吐くと、少し腫れた瞼にキスをしました。


犬であればパタパタと尻尾を振ってそうな彼に優しく包帯を巻いていくと、最後に結んでしまおうという所で、


「きゃあっ」

「むぅ、」


ぎゅーっと抱きつく彼の背中を、彼女は「ぱふんっ」と叩きました。

甘えん坊に拍車がかかった彼は、「痛かったから」と平然と嘘をついて、すりすりと甘えてきます……。



「いやだわ、悪い子に育っちゃって。そんな子には眠る前の本は無しよ」

「……俺、良い子」

「良い子は嘘つかないのっ」



やはり目の違和感と熱で、なかなか寝付けない彼が彼女に強請ったのが"読み聞かせ"でした。


まるで子供のよう?…ええ、彼はこんななりでもまだまだ子供です。

……だって、母親に寝る前に絵本を読んでもらった事も無いんですもの。



「じゃあ、今日はこれを読んであげる」



―――彼女は乞われるまま、何でも読んであげました。

童話から神話、ちょっとした政治的な話。片手間に髪を撫でつけると、とても嬉しそうな彼は、最近何てことのない時でも、笑みを浮かべることが増えて。



「……ねえ、明日、付き合って欲しいのだけど」

「嬉しい」

「う、ん…それは返答としてどうなのかしら―――いえね、ちょっと、困った物があってね。ある神器を、壊して欲しいの」

「分かった」

「即答して欲しくなかったわ…それが出来たら、手続きが必要だけど、少しの自由が貰えるわ。ちょっと壊したら帰るだけだから、身体にも障らないと思うの。陽乃も居るし」

「あの人も?」

「ええ、まあ、少しは協調性を学べという事かしらね。一生無理だろうけど」



彼の頭に自分の胸が乗ってるような気がしたけれど、頼み事をした身分で突き離すのも忍びなくて、彼女は眉根を揉んで誤魔化しました。


…最近、ストレスやら重圧から解放されて、身体も一部分成長再開した―――のは、本人も内心嬉しいのだけど、陽乃が下衆な顔で弄くるせいで素直に喜べないのです。


いっそ開き直るか、と舌打ちを噛み殺した彼女は、微妙に伸びた彼の髪に気付いて、「後で切らないと」と思考を変えてしまいました。


ただ、彼女は不器用であるから、執事に任せた方がいいでしょう。やっと主の帰って来た彼らはこうした下らない命令を嬉しそうに―――いや、



「下らないからこそ、か…」



きっと、この子が居なかったら、復讐を終えた自分は燃え尽きて何もする気が起きなかっただろう。


―――そう気付くと、彼女は余計に彼に申し訳なくて、でも愛しくて。


無事に、最初の難関を突破出来た事を、邪神様に感謝しました。






実はまだ終わらないという……。





*補足(キャラ紹介)



・魔王陛下


魔界一美しい女王様。派手で華麗な噂の多い方で、服装も豪快。

色恋沙汰は派手にドバッと!な方で、服従させた竜に乗ってあっちへこっちへと殴り込みをしたり美しいお姫様ときゃっきゃうふふしてたが、ある日妖精と人間のハーフである王子(今の旦那様)に出会う。

幽閉されていた王子をお持ち帰りしたら戦争になったものの、彼との結婚式前日に王子を幽閉してた王様(父親)を一人でぶっ殺して戦争終結⇒翌日に式を挙げるという破天荒ぶり。

大和撫子な旦那がいじらしくて気付くと旦那一筋に。なので少しでも旦那に似た要素を見つけると、無礼をしようが反逆しようが許してくれるという寛大で夫馬鹿な人。


母親らしく恭ちゃんの今後を心配するも、陽乃ちゃんが嫌な方向にしっかりした嫁なのでいいかなって思ってる。ビシバシ鍛えた陽乃ちゃんが主に恭ちゃん関係で色々やらかしても「はっはっは、こやつめ」で許してしまうので、陽乃ちゃんが傲慢なのもここら辺が関係。


クローディアの母、レティーシアとはそんなに交流も無いんだけど、旦那のクラウンが「俺の嫁が世界一!!(`・ω・´)」とかもう煩いので旦那の方と交流がある。

ヴァンダイン一族に潰された時には何もしなかったけど(強さが一番、という考えを持っているので)、クローディアの実家の面倒やら何やらをヴァンダインに渡さずに陽乃に預けた所に、割と彼女の想いがあるのかも。


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