ヒロイン13 新たな転生者
「ぅ……?」
目が覚めると、見知らぬ部屋の中にいた。
どうしてこんなところに、と考えて、自分が誘拐されたことを思い出した。
そうだ、私はエンマっていう転生者っぽい人に誘拐されちゃったんだ。
明かりがなくて暗いけど、隙間から光が漏れてるから、薄っすら部屋や自分の様子が探ることが出来た。
手足は自由に動き、拘束されていなかった。服も、ポケットに入れていた所持品も、誘拐された時のままだ。
私がいる部屋は小さくて物もなく、私が寝ていた粗末な寝具と、部屋の隅に水の入った水がめと、いくつかパンが入った袋があるだけだった。
ドアは一つだけあり、そこから光が漏れている。
外に繋がっているのかとドアを開けたら、その先にあったのは、いわゆるトイレだった。
なんでトイレにだけ明かりを設置してるのかはよくわからないけど、明るいおかげで隈なくトイレの中を探すことはできた。
うん、普通のトイレだった。他に繋がる隠し扉とか、天井裏への道とかもない、普通のトイレだった。
トイレの扉をあけっぱなしにして、さっきまで寝てた部屋も探してみたら、そっちの部屋にも照明器具を見つけた。トイレだけ明るい謎のインテリアコーディネートじゃなかったんだ。ちょっとほっとする。
明るくなった部屋をまたじっくり探してみたけど、特にめぼしいものはなかった。あるのは寝具と水がめとパンの入った袋、それにトイレに繋がるドアだけ。
窓も一切ない。
すなわち、出入り口がない。
一体私はどうやってこの部屋に入れられたんだろう?
うんうん考えて、秘密の抜け穴を探ったりしたけど、まるで進捗はない。
まさかトイレの穴から入れられたってわけでもないだろうし、そんなところから出られるわけがない。
もう嫌になって、魔法で出たくなってくる。
でもそれは出来ない。
何故か目が覚めた時から、魔法が一切使えなくなっていたからだ。
いや、何故かっていうか、絶対あのエンマって人のせいだと思うけど。
あの人は何なんだろう? 魔法が一切効かない系のチートの人なの? その割には、あの人自身は普通に魔法使ってたみたいだけど。ああいう無効化チートの人って自分も魔法が使えないっていうのがお約束なんじゃないの?
とにかく、魔法が使えない今は脱出できない。
大人しく誰かが来るのを待つしかないのかなあ。エンマって人の様子だと、こうやって閉じ込めて窒息死させたり餓死させたりするつもりはなさそうだったし。ちゃんと水も食べ物もトイレまで用意してくれてるし。
私は諦めて、体力を温存するために寝ることにした。もしかしたら時間が経ったら魔法が使えるようになるかもしれない。あと部屋中を念入りに探したり、壁を壊せないかって無駄に壁を蹴ったりしたせいで、ちょっと疲れてた。
念のため用意されてたパンや水には手を付けず、またすぐに魔法が使えるようになったらいいなと淡い期待をして、眠りに落ちた。
「……ん」
ふと、ぱらぱらと何かが落ちてきて目を覚ました。
なんだろう。
上から、……雪が降ってきてる?
寝ぼけた頭でぼんやり上を見て、──絶句した。
「……なにこれ」
上には、綺麗な夜空と、風に揺れる大樹の葉が覗いていた。
ぱらぱらと、天井の残骸が降り注ぐ。
大樹を視線でたどると、私が寝ていた場所の傍に行きついた。
大樹が床を突き抜け、天井を突き破り、夜空を背景にそびえている。
いわずもがな、寝る前にはこんなものはなかった。
どういうことだろう。
一睡の間に生えたとでもいうのだろうか。
……一睡の間に生えたっていうのかもしれない。
植物の急成長。それに覚えがある。それは、私の力だ。
所持品を確かめると、持たされていた種の数が減っていた。最初に目覚めた時に数を確認してたから間違いない。あの時は八つあったはずなのに、今は七つしか残ってない。
試しにもう一つ、どんぐりに『豊穣』の魔法を使う。
どんぐりはすぐに急成長し、床を貫き地面に根を張り、生えていた大樹に寄りかかるように生えた。
でも普通の魔法で水を出そうとしたら、出てこなかった。やっぱり魔法は使えない。
ニケさんも私の『豊穣』の魔法は異常だって言ってたけど、やっぱりこの力は何か違うのかもしれない。
普通の魔法じゃなくて、何か別の、魔法とは全然違う力なのかもしれない。
生まれ持った自分の力の異常性に思わず呆然としたけど、そういえば今なら脱出できることに気づいた。
この力に関して知りたいなら、帰ってから悪役令嬢やディモスや、あとニケさんに聞けば良い。今は逃げ出さないと。
慌てて木に登り、なんとか部屋から抜け出す。日本では、女の子だし木登りなんてしたことなかったけど、こっちでは貧乏男爵の娘だったから木に登って果物を取ったこともある。このぐらいなら難なく登れる。
一階分登ると、もう屋根の上に出た。一階建ての家に監禁されてたみたい。
よっと木から屋根に飛び移り、周りを見渡す。
満点の夜空の下、誰も、何もなかった。
見渡す限り何もない地平線。
真っ暗で、建物も、森も、動物も、人間も、誰もいない。
遠くにかすかに光が見えたけど、とても徒歩で行ける距離には思えない。
「ここ、どこ」
零れ落ちた言葉は、たださわさわと隣で揺れる木だけが聞いていた。
──その、はずだった。
「タルタロスの東側の空白地帯、どこの国でもない、誰のものでもない場所だ」
真後ろから、声が聞こえた。
「っ!」
反射的に振り返ると、想像通りの人間がいた。
黒髪黒目の青年、私を『メインヒロイン』と呼び誘拐した男、エンマがいた。
「おっと、そう睨むなよ。別に取って食おうってわけじゃないんだからさ」
「……いきなり誘拐して、監禁した人を睨むのっておかしいことですか?」
エンマはへらりと笑っているが、どこか胡散臭い。
いや、胡散臭いっていうか、馬鹿にされてるような気持ちになる。
ニケさんが意味不明にふざけ倒してるのとはまた違って、なんていうか、──相手にされてない感じがする。
どうせ攻略キャラだって、この世界をゲームだと思ってた、一年前の私みたいな感じだ。
「私に何の用ですか。もう私はヒロインとして用済みでしょう」
私はもうゲームから外れてる。
まだゲームのレール上にいるとしても、セト皇子のルートで確定してる。
あのゲームは、別に世界を救ったりするようなストーリーじゃない。『豊穣』の魔法をどの勢力が手に入れるかっていうにらみ合いはあっても、もうセト皇子かタルタロス国内で確保されている。東の勢力には関係ない。
関係ないはずなのだ。
「何言ってんだ? まだ、これからだろ?」
でもそうはいかない。
ニケさんが示したように、私の利用価値は高い。土地の痩せている東の国こそが一番私を欲しているだろう。
道具として。
ゲームの便利アイテムとして。
意思のないNPCとして。
──そんなの、絶対に嫌。
「私には私の人生がある。そう言って私の意思を尊重してくれた人がいる。ここはゲームじゃないって窘めてくれた人がいる。『私自身』の心配をしてくれてる人がいる。──だから死んでもあなたの言いなりにはならない」
私は『私』でいる。そういて良いって、言ってくれたから。
だから私は死んでしまったって、それを貫く。
私はタルタロスの貴族令嬢、デメテル・アフロディーテだ。タルタロスやうちの男爵領の領民たち、それに私に囮役を任せてくれたアルテミスのためにも、絶対にこんなやつらに協力はしない。
あの人たちの思いを踏みにじらないように。死んでも、守らなきゃいけない意地がある。
きっとこの人相手じゃどうあっても勝てないし、逃げられない。
だから最後に『豊穣』の力を全力で、使ってタルタロスにいる皆にも見えるぐらいの大樹を育てて、ここの場所ぐらい伝えよう。
その結果、私がどうなったって構わない。こいつらに利用されるより、ずっと良い。
「──っ!」
覚悟を決め、息を吸って、
「……ゲーム? お前、何言って……」
「……え?」
目を丸くして驚くエンマのつぶやきに、間抜けな声が零れ落ちた。
え、待って?
まさか、ニケさんと同じく乙女ゲーム知らない人? 男の人だし知らない、のかな?
でもヒロインとか言ってたよね? どういうこと?
「……何もしないから、ちょっと話し合わないか?」
「……うん、しよっか」
同じように混乱するエンマと、ひとまず、一旦、この場限りだけど、休戦することになった。
これで書いてあった分がなくなったので、しばらく更新ないです




