隣国の王子7 檻の外
戦況は、想像以上だった。
僕らが知る以上の威力を出す大砲に、強力な魔法。それに対抗するタルタロス騎士団の騎兵と歩兵。
想像以上に、泥沼化しそうな拮抗具合だった。
これはやっぱり、囮の令嬢が正常に機能しなかったことが痛いなあ。拠点からどれだけ情報を搾り取れるかで、今後はまるで変わるだろう。
あの令嬢の行動で戦況がひっくり返る。
もし味方を引き入れるなら、その時だ。
最大の混乱に陥っているときに、一気に、その場を制圧する。
味方の軍は近くで身を潜めているはずだ。クローデンスまではどれだけ急いでも四日程度かかるそうだから、王都の状況がクローデンスに届くまでの、今日明日の間でケリをつけたい。それが難しくても五日以内には動き始めたい。
一度動き始めれば、もう止められない。僕にだって止められないし、いくらニケでも、一人で止められる数じゃない。いや、敵味方の被害度外視で殲滅するならできるかもしれないけど、基本お人好しなニケはそれをしない。
それに、ここはクローデンスじゃない。
ニケの弱点は、クローデンスがタルタロスで特殊な位置にあることでも、腹心が侍女しかいないこともでなく、『クローデンス的』でありすぎることだ。
防御に特化しすぎている。
そして攻撃が、取り返しがつかないほど強力すぎる。
ニケの防御は、それは鉄壁だろう。あの魔法を封じられると思えないし、封じたって勝てる気がしない。
でもニケに負ける気もしない。
ニケに一撃でも入れられるイメージが湧かない。
戦略兵器だからこそ個人の武器としては使えないのだろう。あのすさまじい攻撃を間近で見ていた僕でさえ、それを使ってニケに殺されるとは思えない。ニケがヘルヘイム全土を焼く光景はありありと想像出来るのに、僕や部下を殺す姿は想像できない。
ニケは防御は出来るが、防御しか出来ない。
唯一ニケのまともな攻撃手段のあの侍女も、今はいない。
確かにニケは強い。勝てるとは思わない。
でも、ニケに僕らは止められない。防御と、出来もしない脅ししか出来ないニケに、武力はない。
クローデンスの援軍が来る前にこの場を制圧してしまえば、『個人』レベルではない軍事行動にしてしまえば、『北の防衛』しかしないクローデンスは手出しできない。巻き込まれた、唯一『個人的に』止めることが出来るニケを退けられれば、僕らの勝ちだ。
「えー。私、昨日のでもう飽きちゃったんだけど。夜に出たくないし、今日はそのままお家でボードゲームでもしてようよー」
だから戦場を観たいのに、ニケは思惑を知ってか知らずか、嫌がる。
時間がないんだから、来てってば!
押し問答して、夜の戦いも見たかったけど今日は無理かなー、と思っていたらホロメスの従姉妹とかいう人が来て、しかもあの囮の令嬢の救出に行きたいとか言い出した。
これに乗らない手はない。
ホロメスの従姉妹は王族で、ニケと折り合いが悪そうだったから僕が代わりに交渉したら、ニケはぶーぶー文句言いながら了承してくれた。
ニケが折角了承してくれたのに、ホロメスの従姉妹がニケに探り入れようとしたから慌てて止めていたら、
「気にしてくれてるのはわかるけど、私そこまで頭でっかちじゃないよー?」
ニケがそんなこと言い出した。
……別にタルタロス王家を嫌ってない、牽制したのは相手が調子に乗らないようにという親切だ、牽制しなくていいならしない、個人的な行動なら協力するのだって別に構わない、と。
至って普通に、ぺらぺら話した。
あー、ニケらしい。すっごくニケらしい。
そもそも、タルタロス王家に対して怒ってることからニケらしくなかったんだよね。普段僕にどんな挑発されても気にしないんだから。
舐められたり馬鹿にされたりするぐらいで、どうにかなるような可愛い精神じゃないしね。
そのぐらいで揺らぐクローデンスじゃない。
なーんだ、ニケらしいなあ。作戦にあくまで干渉しないっていう、意外なとこきっちりするのもニケらしいし、でも非公式に、個人的に付き合ってくれる善良さもニケらしい。
なんて呑気に傍観していたら、
「私の捕虜が何やら取引したようですが、それは私の行動を制限するものではありません。現状、私は捕虜の行動を制限できる立場ではないため、捕虜の取引を禁じることも捕虜の視察活動を禁じることもできませんが、必要と判断した場合はその限りではありません。そしてその時にあなた方がどうなろうとも、我々は一切責任を負いません」
どうにも、雲行きが怪しくなってきた。
これは……僕の責任問題?
僕がしたことの責任がクローデンスにあるかどうかってこと?
ヘルヘイムとクローデンスの取引は、『ロキ・ヘルヘイムが東の連中とタルタロスの戦争を見届ける』ための、ヘルヘイムが一枚噛むためのものだから、僕が積極的に情報収集するのをニケは止めない。そのためのものなんだから、そもそも止められる立場にない。条約を交わしたのはヘルヘイム上層部と、クローデンスの領主だから、次期領主でしかないニケが口をはさむことは出来ない。
ニケは僕の監視役で、問題行動を起こしていたときに罰を与える役だから、僕の行動を制限することはない。間違ったことは言ってない。
「あなたは捕虜に対して命令出来ないのか?」
でも、それはあくまで建前でしかない。
ホロメスの従姉妹が疑うように、ニケは『僕の行動を制限する命令』を出すことが出来る。僕が逃げ出さないように監視したりする役割もあるんだから、それは当然だ。いくらこれが僕が戦争を見届けるためのものだとしても、僕の行動を制限してはいけない、なんて絶対に言われていないはずだ。
だから、僕たちヘルヘイムから見ればニケの行動は甘すぎるし、タルタロスから見ればそれこそ『責任逃れの詭弁』にしか聞こえないだろう。
ニケにはそれだけの権限が与えられてる。
「私が命じられた任務は捕虜の監視と確保です。捕虜の行動を監督するようには命じられていません」
「しかし捕虜はあなたの所有物扱いなのだろう? あなたの所有物が行ったことならば、あなたにも責任があるのではないか?」
ニケの甘っちょろい建前に、ホロメスの従姉妹が追及する。
そう、僕は自由すぎる。自由に動けすぎている。それはニケがそういう人間だから、自称平和主義のあくまで善良な人間だから敵兵への扱いも甘くて……。
「捕虜は私の所有物だと宣言しています。どうして所有者に伺いも立てず、勝手に他人の所有物を使用した者に対して、責任を負わなければならないのでしょうか。最初にそのような交渉には応じられないと断ったことで、説明責任は果たしていると思いますが」
そう思っていたら、ニケがニケらしくないことを言った。
これは、……どういう意図なんだろう?
ホロメスの従姉妹を言いくるめようとしているように聞こえるけど、ニケの性格からしたらありえない。
ニケは自称平和主義者の癖に好戦的な脳筋で、話し合いで何かを解決しようとするより、力と脅しでなんとかしようとするタイプだ。僕の行動の責任を負いたくないなら、『私が責任取らなきゃいけないなら、面倒臭いからさっきの取引なしね。じゃ、お部屋でボードゲームしよっか』とさっさと取引自体をなかったことにするだろうし、それで文句をつけられたら『ボードゲームが嫌なら、うちに遊びに来る? それで何人死んでも国が滅びても、責任は一切取らないけど』と脅し付きの笑えないジョークを投げつけてくるだろう。
あの囮の令嬢を救出しなきゃいけないとか、東の拠点を割り出さなきゃいけない事情があるとするなら、こうやって責任の所在なんて明らかにしないで、なあなあで終わらせる。ニケはそういう、結論を出さずになんとなく話を終わらせることが結構得意だ。
そもそも責任を取るのが面倒なら、ニケが魔法でホロメスの従姉妹を守れば、責任を取らなきゃいけないような事態にはならないだろう。ニケの防御にはニケ自身も絶対の自信を持ってるんだから。
王家との確執で突かれる隙をなくしたいんだとしても、なんでこんな……攻撃的な言い方をするんだろう。
それはとても、ニケらしくない。
ニケを見てみたが、ニケはいつもの無表情で、声にも雰囲気にも感情が見えなくて、何を考えているのかわからなかった。
「ではあなたには、自分のものが勝手に使われていると知っているのなら、それを止める義務があるのではないか? 知らなかったわけではないのだろう? 自分の物がどこでどうしているのか、監視することが仕事なのだから」
「はい、私の仕事は監視です。教育ではありません。牙を抜かれて首輪をつけられた負け犬が、わんわん吠えて芸をしておひねりをもらっていようとも、私が制限すべきことではありません。あなた方に噛みつこうとしたのならば罰しますし、殴られそうになっていたのならば守りますが、それだけです。私は調教師ではありません。リードは任されましたが、躾けは管轄外です」
え、ええ? 本当にニケの意図がわかんないんだけど?
僕が不用意な取引をしたせいでニケに責任が被さってくることの当てこすり、に聞こえるけど、ニケがそんなこと言うわけがない。ニケはジョークや軽口は言っても、皮肉や嫌味は言わないような性格だ。たとえ皮肉に聞こえても、それは誰かのための余計なお節介で、相手にも伝わらない親切心だ。まさか当てこすりなんて言うわけがない。
とりあえず犬扱いされて黙ってるわけにはいかないから、ニケの肩を掴んで「さすがにそれは……」って抗議したけど、ニケの無表情は変わらない。
「命令をきかないのはロイキーでしょ? 言葉が通じないなら、人間扱いできないよねえ。──それとも、言葉が通じてるのに、命令に逆らったの?」
いつもの口調だけど、冷ややかなそれは、やっぱり意図を見抜かせなかった。
ニケは温厚で、やる時はやるけど争いを避けたがるし結構お人好しで、勘違いされがちだけど甘くて親切で……。
「命令することは出来るし、場合によっては罰を与えることも認められてるけど、ロイキーを従えることは求められてないんだよねえ。ロイキーが、私に従うことを、求められてるんだよー? 私に従うことが、ロイキーの義務だよねえ」
まさか。
まさか、本当に僕に怒ってたり、とか、しない、よね……?
ニケは珍しく無表情を崩し、凍り付くような微笑みを浮かべたが、やっぱり何を考えているのかは伝わらなかった。
あるいはいつもの無表情よりも、もっと。
「義務を、条件を放棄するなら、ロイキーは私の所有物じゃないし、クローデンスが身柄を保証する捕虜でもなくなるよねえ。単なる、約束を破った、敵国の兵だよねえ。北の地を守護することに関係はないから、私はロイキーをどうする気はないし、個人的にロイキーは知らないでもないから目の前にいれば人として守るけど、守る義務はないし、邪魔になれば、違うよ? うちは専守防衛だけど、先に約束破ったのは、そっちだから。約束破った悪い子には、罰を与えないと、ねえ」
「に、ニシーケ、落ち着いて、落ち着こう」
「落ち着いてるよー? 私は、必要があれば罰を与えることを認められてるだけで、罰を与えなければいけないってわけじゃないし、争いとか痛いのとか、嫌いだからねえ。躾ける必要もないしねえ。悪いことしてきゃんきゃん吠えて、そんなことしてたら殺処分しかないけど、親身になって直してあげる気なんてないからねえ。私たちは、戦争してるんだからさ。威嚇射撃なんてしてる暇があったら、頭を撃ちにいくよ」
自然と、ニケから離れていた。武器も何もないときに山で猛獣と遭遇してしまったように、心臓が縮み上がる。
ニケは怒っていない。
でも、ニケはどこまでも『クローデンス』だ。
ニケが脅すのは親切心。でも僕らは脅さない。脅して争いを避ける意味がないから。もう、僕らは戦争をしているから。
夏に攻めようとした指揮官は即殺された。
ニケは意外と道義を重んじる。
ニケの与えられた任務は僕の監視。もしもの時、僕を罰する権限を与えられた唯一の人物。
僕は、ヘルヘイムと内通して、条件を破ってしまっている。
ニケに殺されるだけの理由が、ある。
ゆっくり、刺激しないように距離を取ろうとしていたが、ニケの一歩であっけなくその距離は埋められた。
ニケがすぐ前に来る。
『死』を表す、凍えるほど冷ややかな笑みが目前にいる。
「私に指示を仰ぐように命令してなかったのに、私の意向に従おうとしたのは、怖かったからだよね? 条件では、ロイキーが行く場所に私がついて行くって感じで、主導はロイキーにあるのに、私の顔色を窺うのは、怖いからだよねえ。私は必要と認めれば、警告なしでロイキーに攻撃出来るからねえ。ねえ、ロイキー」
ぽん、と肩に手を置かれた。
表情は見えない。
感情は、考えは読めない。
「私、『いい子にしててね』って、命令したよね?」
──守ってる?
柔らかく、囁くように、温度の感じられない音を差し込まれた。
息を吸い込んだ。
もし、ニケが証拠をつかんでいて、僕を罰しようとしているのなら、終わりだ。どうやってもここから挽回できる気がしない。逃げられる気もしないし、逃げようとしたら、ニケは容赦なくヘルヘイムを焼くだろう。これはクローデンスとヘルヘイムの取引なんだから、咎は国に向く。僕が理不尽だと思っても、ニケにはそう出来る理由がある。
なにせ僕らは、戦争をしているんだから。
宣戦布告なんて、腹の探り合いと交渉なんて、そんな時期はとっくに過ぎている。
僕に出来るのは、出来る限り被害を少なくすること。
ここでは、ニケがカマをかけているだけっていうことに賭けて、しらを切ること。
口下手ではないつもりだけど、ニケ相手には通じる気がしない。それでもそれしか出来ないんだから、足掻くことを止めるつもりはない。
「な、なに言ってるんだい、ニシーケ。当たり前だろ?」
引きつったまま、せめてもの笑みで、言った。
「……」
ニケは無言で、ゆっくり僕から離れた。
顔が見えた。
何の感情も窺えない、無表情だ。
そしてニケは、
「だよねえ」
いつもの、のんびりした声で、呑気な雰囲気で言った。
一瞬、あっけにとられた。
まさかニケがあんなもので騙されるはずがない。
でもニケの雰囲気は、声は、ニケが微塵も怒ってないことを、疑ったり咎めたりする気持ちが一切ないことを伝えている。
どういうことだろう。
このぐらいで騙されるなら、騙されてくれるなら、一体何が目的で問い詰めたのか。
……なんて、僕は必死に足掻いて腹の探り合いをしていたけど、ニケはそもそもそんな次元にいなかった。
ニケは、一切の憤怒も猜疑もなく、穏やかに朗らかに、平和の象徴であるかのような雰囲気で言った。
「まあ問題起こしたら問答無用で殺すだけだから、どうでもいいんだけど」
ニケは基本的に温厚で、自称平和主義者で、案外好戦的で、ジョークが害悪で、規則には従順で、よく黒幕に勘違いされて、その実結構何も考えてない、クローデンスだ。
クローデンスの基本理念は専守防衛。
動きがないうちは静観するが、行動に移したら過剰防衛ともとれる反撃をする、絶対に落ちない土地。
ニケの意図してることはわからないけど、たぶん、怒っているわけじゃないんだろう。強引なホロメスの従姉妹にも、僕が勝手な行動をしたことにも、怒ってはいないんだろう。案外、純粋に親切心で危ないよと注意していたつもりだったのかもしれないし、いつものように僕と軽口を叩いて遊びたかったのかもしれない。いつものはた迷惑なニケジョークだ。
だから、怒ったから脅したとか、責任を擦り付けられそうだから逃げたとかいうわけじゃなくて、最初からそういう考えでいるんだろう。
あの話し合いのときも言っていた。
『問題があったなら殺す』と。
怒りとか敵対心とかそういうのじゃなくて、役目として殺す。
恨みはないしむしろ好感を持ってるけど、任務だから殺す。
当たり前のような顔をして、ぶれない。
少しホロメスと交流して絆されそうになっている僕や、疑いも持たず敵国の王族を心配するホロメスとは違う。
これまでそれなりに交流して、この半年一緒に生活して、気が合う同類として案じたりじゃれたりして、それでも、どこまでも『クローデンス』であり続ける。
決してぶれない。
「……気を付けるよ」
「うん、出来れば平和がいいし、気を付けて。そんで、遊びに行くんだっけ? これからすぐ行くの?」
夜のお散歩楽しいよねえ、と呑気に言うニケ。
相変わらずな様子に、安堵するような恐れるような気持が湧きあがる。
同類とは言っているけど、同類と言ってくれているけど、やっぱり自分とは違うと思い知らされる。
自分より年下の少女なのに、もっと年上の人間のように感じる。
戦歴も僕より長いし、もしかしたらどこかで、一度死にかけるようなへまをしているのかもしれない。ニケからは、死に直面した人間特有の投げやりな、どうなってもいいと自分を顧みない、なりふり構わない必死さがにじみ出ている。
……いや冷静に考えれば、自分より年下の、まだ十六、七の女の子に振り回されてるんだよね、僕たち。
いくらニケが特殊な環境で育ったからって、なんだかなあって気持ちになる。
「行くならすぐ行きたいのだが。遅くなればなるほど、令嬢の身が危ない」
「それならすぐ行きましょうか」
「ああ。それと、私に対しても好きな口調で構わない。権限などないからな」
「ありがとうございます」
「……噂に違わず、食えない人間のようだな、貴女は」
「食われてはたまりませんから。腹を下すのは辛いものです」
「ははは、腹を下す程度で済むのか? 毒を吐いているようだが」
「私は毒など持ち得ていませんが、吐いていたのなら、誰かに盛られたのでしょう。腹に入る前に吐き出せて何よりです」
「敵が多いと大変だな」
「ええ、本当に」
考えていたら、ニケとホロメスの従姉妹が談笑していた。
内容は、……胃が痛い。
なんでニケはこんなに好戦的なんだろう。多分本人は『楽しいジョークを交えた会話』をしてるつもりなんだろうけど、それ、喧嘩売ってるんだって。君のジョークは伝わらないし、誤解されて周りに被害が出るんだって。
ホロメスの従姉妹も、何故かニケに喧嘩売りに行ってるしニケ相手に引かないし、お願いだから止めてくれないかな? ニケ怒らせたら、僕ら一蓮托生で困るんだよ? わかってるのかい?
ていうか、ニケといい侍女といいホロメスの従姉妹といい、タルタロスの女性って怖い。関わりたくない。
「……ホーロマ、代わってくれる気ない?」
「ない。安請け合いしたお前が悪い。死なないように精々頑張って来い」
ホロメスが肩を叩いて激励の言葉をくれる。
優しさがつらい。
とはいえ、別にニケと行動するのが嫌なわけでもない。
言動は黒幕っぽいけど、基本的に人は良いし、ぶれないからこそ思考も読みやすいし、ノリもいいし気も合う。なにより相性が良い。
以前、クローデンス近くの村で火事が起こった時、その場の流れで一緒に火災現場に取り残された子供を救出に行ったけど、本当にやりやすかった。
絶対の防御と、意図をくみ取って出現する足場。救出に取り組んでる間も、他に燃え移らないように燃えてる家を隔離して鎮火したり、後方支援が担当だと言うだけある活躍だった。
魔法が使えず、生身で突っ込んでいくしかない僕にとって、自分の身を守る防御はそれだけでありがたいし、ニケの魔法なら何があっても絶対に大丈夫だと信じて捨て身で動くことができる。
さらに足場がない場所でも、丁度良いところに結界で足場を作ってくれるから、移動も攻撃も非常に楽になる。これは僕とニケの気が合うから出来ることだとは思う。
そうしてサポートしていても、ニケはぶれない。
どこまでも呑気で、焦らずじっくり周りを見て動き、目的を見失わない。
確かにニケは優秀な指揮官なのだと納得した。
昨日の戦場見物でも、あの異常な威力の大砲や魔法が飛び交う最中でも、最前線でじっくり観察できたぐらい余裕だった。
魔法が使えず物理に特化してる僕と、攻撃が出来ず防御に特化してるニケは、本当に良いツーマンセルなのだろう。ニケとあの侍女がいいコンビであるように。
だから非戦闘員を一人抱えて、地の利のない夜の戦場を進んでいても、全く問題はなかった。
「……北は随分、過酷なのだな」
ホロメスの従姉妹は、もういっそ呆れているような口調で言った。
僕もニケも、本当に夜の散歩でもしているように、何でもなく歩んでいた。
「ニシーケの防御特化が良いように作用してるからね」
「だからって徒手空拳で魔法を弾くロイキーはおかしいと思うけどねえ」
君に言われたくない、とニケを軽く睨んで抗議しつつ、飛んできた砲弾を投げ飛ばした。普通の数倍以上の威力がある、恐ろしいものだ。魔法具は強い。
そしてそんな恐ろしい威力の砲弾を投げ飛ばしても無傷で済むニケの魔法も、十分おかしい。いくら僕でも生身で砲弾投げたりはしない。
「この調子なら、夜の間にたどり着けそうだね」
なんにせよ、この『散歩』は、予想以上に順調だった。
道中もトラブルは発生せず、ホロメスの従姉妹もお姫様の割に速く歩けるようで、休憩もそこそこに進むことが出来た。
「だねえ」
ニケも僕も軍人だから、非戦闘員に劣るような体力はしていない。
のんびり、それこそお散歩気分で順調に歩んだ。
そして、たどり着いた。




