攻略対象:天才魔術師 守るために
「教えていただいている立場ですので正直に言いますが、ミーア公爵令嬢たちのあの不思議な『魔法』は、イメージによるものなんですよ」
お互い魔法について意見交換し試行錯誤し、たまには実験し合う仲であるニケ様は、アルテミス様の魔法の謎をそう言った。
「魔法の呪文、その詠唱の文章──いえ、『文字』そのものに力を持たせているから、ああも不可解な『魔法』が出来るのでしょう。私たちは魔法を組み立て、その後呪文を唱えることで魔法を発動させていますが、ミーア公爵令嬢たちは魔法を組み立てることなく、ただ『文字』の力をイメージで増幅させて魔法を発現させているのだと思います。呪文が発動の補助でしかない私たちとは、根本的に魔法の使い方が違うんですよ」
呪文自体に力を持たせるということは、今俺たちが使っている『使い手が使いやすいようにある程度自由に改造して使う呪文』ではなく、『決まりきった文言』を呪文にしているのか。
「はい、そういうことです。ただしその文言が非常に短い上に用途が広く、他の文言を掛け合わせることでさらに多くの効果を持たせることが出来ます。例えるなら、『羽根』という魔法を構成する『羽』と『根』という文字にそれぞれ意味が込められ、『羽』単体でも呪文になる、という感じでしょうか」
それは随分と……反則的だ。
「はい。ですが文字に意味を見い出すことができ、さらにその意味を一瞬で当然のように想像できるのなら、それは確かに魔法として現実に効果を発揮し、──そのイメージ力だけで魔法を使うことが出来ます。アフロディーテ男爵令嬢よりミーア公爵令嬢のほうが威力が強いのは、ミーア公爵令嬢のほうが明確に文字の意味を理解しているからでしょう。私見ですが」
そういえばアルテミス様の魔法のほうがアフロディーテ男爵令嬢よりも優れていた。いつかの模擬戦では、アルテミス様がアフロディーテ男爵令嬢の魔法に打ち勝っていた。
しかしアフロディーテ男爵令嬢は無詠唱で魔法を使える。そのアルテミス様の魔法を打ち消せる威力で。
「文字の理解力ではミーア公爵令嬢に軍配が上がりますが、イメージ力ならアフロディーテ男爵令嬢が優る、ということでしょう。恐らく、あの方は無詠唱でも詠唱した時とほぼ変わらない威力で魔法が使えるのだと思います。存在するだけで『豊穣』の魔法を無意識のうちに使っているのですから、無詠唱と相性が良いのでしょう。……案外、詠唱なんてしないほうが威力が強いのかもしれませんね」
魔法を使わずとも、いるだけで土地に『豊饒』をもたらす、か。
ならば彼女こそが反則的なのか。
「反則反則と言っていたら、安っぽくなりますね」
反則とは言っていない。反則的だと言った。
反則でないのならば、理解も出来ない不思議な力で行われているのでなければ、俺にも出来る可能性はある。
アルテミス様の魔法はあの方の天性のものだと誤解していたが、そうでないのだろう?
「極めて限定的で、習得はとても難しいでしょうが、その通りです。やればできます」
ではやろう。
いや、超えよう。
俺はアルテミス様のあの詠唱速度を超えるため、無詠唱を考えていたのだが、どうしても威力が落ちる。実用に耐えうるようにするためにはどうすればいいだろうか。
「無詠唱。出来るのですか?」
やれば出来る類のものだった。
呪文を短くしようとするのではなく、詠唱せずに呪文を唱えればいいようだった。
呪文を短くして最終的に零にするとか、声に出さずに唱えるとかではなく、呪文を読まずに意味を把握する。それでできた。
「……速読する時に、『文字』を頭の中で音読しながら文に沿って文字を読むのではなく、ぱっと『文章』を視界に入れて、文字を『読む』のではなく『見る』ことで、大体の意味を把握するように?」
呪文を把握し、効果も全て頭にしみついてないと出来ないが。
「……なるほど。やはり、天才は違う。あな恐ろしい」
ニケ様に言われてもという気はするが、褒め言葉として受け取っておこう。
無詠唱が出来たとしても、威力が落ちているようではアルテミス様に追いつけすらしない。アルテミス様はあの速さで、威力も素晴らしいのだから。
「いえ、無詠唱が出来るなら、勝てる可能性はあると思いますが」
……具体的に。
「アフロディーテ男爵令嬢はともかく、ミーア公爵令嬢に無詠唱は出来ません。ミーア公爵令嬢は詠唱の呪文にのみ力があり、詠唱こそが魔法の源です。詠唱を破棄出来るなら、詠唱しなければならないミーア公爵令嬢は、その速さにはついてこられません」
しかし威力がなければ意味がない。
「底上げすればいいだけです。どの道、無詠唱で威力がほとんど落ちないアフロディーテ男爵令嬢に対抗するためにそれ以上が必要なんです。無詠唱で落ちたとしても、それでも彼女らを圧倒出来ればいいだけでしょう。天才の一瞬の閃きに対抗するには、凡才では生涯をかけた努力が必要なんて、才能のなさを知った時からわかってたことじゃないですか」
才能に胡坐をかいてる天才を、こそこそと這い蹲って追い抜くことが出来るというのは、凡人に与えられた唯一の才能ですよ。
『天才』と呼ばれている俺に、『天才』のニケ様は言った。
無表情で。
ニケ様は、努力の成果を見せた。
無詠唱で魔法を発動させ、後追いで詠唱することで威力を上乗せする。
それで、アフロディーテ男爵令嬢の魔法を後出しで防いだ。
ニケ様は無詠唱で発動させながらも詠唱することで速さと威力の両立を実現した。
俺は……。
「──っきゃああああああ!」
アルテミス様が悲鳴をあげる。
攻撃が飛んでくる。
普通にしていたら、詠唱していたら、間に合わない。
でも無詠唱で消せるほど弱い攻撃でもない。
だから俺は、詠唱を無詠唱で唱えた。
アルテミス様を氷の結界が包み込む。
俺は、あらかじめ詠唱しておくことを選んだ。
あらかじめ詠唱を済ませておいて、トリガーとなる詠唱を無詠唱で行う。
常に魔法を使い続けて、発動するときに無詠唱で指示する。
あらかじめ詠唱しなければならないので、いつでも使えるわけではない。だから話し合いの場ではニケ様の魔法を破ることが出来なかった。
でも戦場など、限られた場面では最大限に威力を発揮する。
ニケ様は、『あらかじめ水を汲んで持っておいて、使う時までずっと所持し続けるようなものですね』と言った。
『それを実現させられるだけの魔力をお持ちなのは、感嘆に値します』とも。
ニケ様の例えで言えば、水を事前に持ち歩いておいて、『いつ使うか』の指示を無詠唱でしている。これならすでに水は手元にある、つまり詠唱は済んでいるので、無詠唱だからと言って水が少なくなったりすることはない。
ただ常に水を持っているのだから、常に魔法を使い続け、魔力を消費し続けることになる。
さらに、水を持っているのに火を出せと言われても出来ない。だから使いたい魔法が複数あれば、事前に水の魔法、火の魔法などいくつも詠唱して、ずっと使い続けておかなければならない。
これは大きなデメリットだ。
しかし常在戦場を地で行くようなニケ様と違い、研究者としてアルテミス様を守りたいだけの俺は、こちらを選んだ。用意さえしていれば、こっちのほうが速く、初めから威力も強いからだ。ニケ様のやり方は臨機応変に対応できるが、詠唱が後からの上乗せなので、最初は威力があまり強くなく、万全となるときは普通に詠唱した後だからだ。
速度特化で無詠唱の後に詠唱することにしたニケ様と、限定的になるが速度も威力もある詠唱後に無詠唱することにした俺。
ニケ様は「たとえ無詠唱程度の威力だとしても、詠唱前に効果が表れるなら十分です。あとはそもそもの威力を上げればいいだけですから」と言っていた。
俺は、一場面だけでもアルテミス様を越えられるなら、守れるなら良い、と言った。
単なる目的の違いで、用途の違いだ。
あの話し合いの場ではニケ様にしてやられてしまったが、今この時、アルテミス様を守れたのだから、俺はこれでよかったのだと思う。
アルテミス様に駆け寄ると、傷一つないアルテミス様がいた。
その姿にほっとして、──その前に倒れている方を見て、心臓が凍り付いた。
信じられないように目を見開き、日ごろの気丈さが嘘のように「嘘よ……そんな……」と消えそうな声で呟いているアルテミス様の前に倒れているのは、血に染まっているお方は、──その、死体は。
タルタロス王家第二王子、アポロン殿下だった。
身を挺して、アルテミス様を守ろうとした、彼女の婚約者だった。




