騎士団長 話し合いを終えて
初めて彼女を見たとき、なんと賢い子だろうかと思った。
私の三男、アレスに助けられたと礼を言う少女は、淑やかで、どこか怯えていて、何かに抗うために必死だった。
私はたまにしか少女に会うことはなかったが、その度に本音を隠して建前で話していることが窺えた。
まだ幼いのに、何かを成すために全身全霊で努力している。
その姿に胸打たれ、惹かれ、少女の周りには人が集まっていた。少女を慕う者、少女を守ろうとする者、少女を助ける者、様々だったが、皆少女に好意的だった。
私の息子、アレスもその一人で、少女を守るために強くなりたいと言った。
少女は強く賢い婚約者もいて、優しい相談相手もいて、大きな愛情を注ぐ家族がいて、ともに魔術を学ぶ仲間がいた。
自分がそこに入るには、少女を守る剣になるしかないと息子は考えているようだった。
勿論私はそれを奨励した。動機が何であれ、真摯に訓練に打ち込むのは良いことだ。いつか他の兄たちのように立派な男になってくれるだろうと思っていた。
アレスはその少女とのつながりで、第二王子や宰相の息子たちと知り合い、天才魔術師と切磋琢磨して、良い方向に向かっているようだった。
私は父として、その少女に感謝している。息子の淡い初恋は叶わぬだろうが、敗れたとしても得難いものを手に入れたのだ。
初めて彼女を見たとき、なんと強い子だろうかと思った。
その女性は演習相手で、始終無表情で白い服の兵たちを指揮していた。
そして専守防衛を謳いながら、守りなど放棄した戦い方をしていた。
守りながら城壁ごと前進させ、攻め込ませるなど、一点でも破られれば負けてしまう、保身を考えてない捨て身の作戦だ。自分を守る兵を最小限に、あるいは零にして、その分攻め込ませ、数の利を得るなど、まともな作戦ではない。あまりにも命知らずなそれは、戦術というよりただの博打だ。
しかし女性は表情を動かすことも声を震わせることもなく、指揮を緩めることもなかった。
それは兵たちを信じているからだろう。実際、女性のその態度に兵の士気はますます高くなっていたのだから、それが狙いだったのかもしれない。それでも、並みの胆力で出来ることではない。
後に北に探りを入れるため女性と話した時も、決してぶれることなく、脅しても懐柔しようとしても意に介せず、これは強いと思ったものだ。
私の判断では決められないと思い、女性の提案はすぐに陛下にお伝えしたが、陛下も答えかねている様子だった。優秀と名高い王太子殿下も頭を抱えられていた。
あちらの提案への返事が出来ない以上、もう北に探りを入れることもままならなくなってしまった。
私は改めて、強い、と思った。
初めて彼女を見たとき、なんと美しい子だろうかと思った。
「……ということで、私はデメテル・アフロディーテ嬢に囮を命じましたわ。本人の承諾も得ています」
ある少女、アルテミス・ミーア嬢がそう言って会議を説き伏せ、陛下が「本人を呼んで来い」と命じられ、そうして会議の間に入って来た娘は、とても綺麗だった。
怯えと覚悟、恐怖と戦意が入り混じった様子で、娘が怖がっているのは明らかだった。
しかし娘は毅然として立っていた。
発案者のアルテミス・ミーア嬢を恨むこともなく、「このような大業を任せていただけるなんて光栄です」と答えていた。
震えながら。
国のためとはいえ死にに行くとは、しかも自らの選択の結果で恐れるとは、なんと愚かな娘だろう、なんと弱い娘だろう。
しかしそれしか道はないと覚悟を決め、恐れも抑え込んでしまうとは、なんと賢い娘だろう、なんと強い娘だろう。
「……わかった。ではデメテル・アフロディーテを囮とした作戦を考えよ」
陛下が勅命を下す。
娘は「ありがとうございます」と頭を垂れた。
死を恐れながらも、死に自ら立ち向かうその姿。
ああ……。
──なんと美しい。




