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防衛特化無表情腐女子モブ子の楽しい青春  作者: 一九三
幕間 モブ子の楽しい日曜日
65/77

隣国の王子5 現状把握

 僕がタルタロスの学園の寮で暮らし始めて、早半年。

 夏だったはずなのに、北では見られない秋を経て、冬になった。

 ニケはこの冬季休暇中に北には帰らないそうだ。休暇中に騒動が起きたら、何のために僕を王都に置いているのか分からなくなるから、と。


 正直、僕はニケが僕を王都に置きたい理由が分からない。


 アメンティの介入を防ぐため、タルタロス王家に立ち入られたくないから、という理由はわかる。

 だから現場指揮官で、ニケと仲が良くて、王族である僕を選んだのも分かる。僕なら自衛は出来るし、クローデンスの内情もある程度わかってるし、現場指揮官だから捕虜になっててもおかしくないし、ニケからのお願いは断れないから。僕を選んだのに疑問はない。

 でも僕の知るニケは、そんなまっとうなことはしない人間だ。


 例えば今回の僕を捕虜にする件についても、『ヘルヘイムの介入も良いけど、本当はアメンティの皇子殺したかったんだよねえ。テミスに反対されたけど』と言っていたように、物事を複雑化することを好まない性格だ。

 アメンティを牽制するためにヘルヘイムを入れ、そのヘルヘイムの監視としてクローデンスが付くことでタルタロスとアメンティに威嚇し、さらにヘルヘイムに一枚噛ませる?

 そんな面倒なことをニケが考えるものか。

 それにこの僕招集案自体はアメンティの皇子が来る前、昨年の冬にはもう本国に提出していた案らしい。

 それも、ニケの独断で。

 新しい友達、タルタロスの王族のホーロマも疑問に思ってたけど、ニケのその提案の意図が読めない。

 今となっては、まるでアメンティの皇子が来ることを予期してあらかじめ手を打っていたようにも見えるが、ニケにそんな予知能力はない。

 ない、はずだけど……。


 ……ニケが、『アメンティが来るなら、ついでにヘルヘイムも呼んであげようかな』とか無駄で意味不明な親切心を出してヘルヘイムを呼ぶっていうのはかなり納得できるんだよなあ。

 そう、ニケに悪意は一切ない。

 多分、完全な親切心で僕を連れて来ると言ったんだろう。

 じゃあその親切心は、何に対する親切なんだろうか。


 ニケを誰よりも理解してるだろう侍女に聞いたら、『お嬢様に直接聞いてください。私の口から説明するのは嫌気がさすような理由ですので』と嫌悪で一杯になった目を向けられた。うん、文通してた時は丁寧ながらぶっ飛んでて、ニケの侍女っぽい人だと思ってたんだけど、実際に会うと印象がまるで違うな。始終この蔑みと嫌悪を向けられて平気なニケのメンタルを尊敬しそうになるぐらい、侍女らしくない侍女だ。


 侍女にそう言われてそれ以上聞く度胸は僕にはなかったから、素直にニケに聞いた。ニケは素直に聞けば素直に答えてくれるから、その方が良い。

 そして聞いてみた僕にニケは、


 『ああ、仲良くなれないだろうけど、仲良くなれれば楽しいかなって思って』


 と、意味不明で煙に巻くようなことを言った。

 三国集合したら仲良くなれるかもしれないって? そういうことかい?

 いっそ交戦してないヘルヘイムとアメンティの友好? それはタルタロス的に致命傷だろう。ない、と思いたい。

 じゃあ、……ヘルヘイムとタルタロスの友好?


 ……それは、まず、ないんだけど。


 クローデンスだけならともかく、タルタロスはヘルヘイムにとって狙っている土地だ。和平を結ぶことはない。

 タルタロスも、クローデンスのおかげでほぼ被害はないだろうけど、土地を狙い続けているヘルヘイムを嫌っているはずだ。そもそもタルタロスや今はなきゲヘナが建国されたのは、ヘルヘイムの脅威に備えるためだったはずだ。ゲヘナが併合されたのも、ヘルヘイムに対抗するために団結するっていう建前が、一応あったはずだ。

 でもタルタロスが建国されて、即クローデンスの猛攻撃に遭い、うちの初代の王が女に現を抜かしてる間に防衛体制を整えられ、いくら攻めても敵わず、たかが領に負けた国として国の権威は地に落ち、国内は荒れ、その八つ当たりでクローデンスに攻め、そして殺されてきたから、クローデンスはともかく、タルタロスに恨まれる覚えはないんだけど。クローデンスに関しても、あっちの損害以上にこっちが損害を出されてるしなあ。重ね重ね、クローデンスが強すぎる。


 その鬼のような強さを誇るクローデンスを唯一破れる隙があったとするなら、タルタロス建国直後、クローデンスが防衛体制を整える前だったと言われている。だから初代の王は愚王と罵られ、二度とその愚を犯さないようにヘルヘイムは女系国家になった。

 でもそれまで男系国家で、男のほうが子孫が残しやすいし、子供が死にやすい北では女系国家は無理なんじゃないかって躊躇してたら、……クローデンスにまんまと王家断絶させられた。

 結果的に女系国家になったけど、クローデンス強すぎるよ……。


 確か、初代の王から新たに王を立てて、官僚たちがクローデンスに大規模侵略をしようとしていたら、その王は実はクローデンスの女が産んだクローデンスの男との子供で、生粋のクローデンスである王に情報を全部クローデンスに流されて、愚策を強行されて兵を無駄死にさせられて、失敗の咎で優秀な官僚から処刑されて、残されたおべっか遣いの無能がのさばり、国内が腐敗し、財を湯水のように使われ、国民に重税をかけられ弱らされ、なんとか在野に隠れていた優秀な人間がクーデターを起こしたけど、王は『我らはクローデンスだ』って城に火をつけて、優秀な人間を巻き添えにして死んだんだよなあ。国民全員が一度は軍に所属するようにしたのも、それが原因だ。みすみす殺されないように訓練している。躊躇してた女系国家に踏み切ったのも、王家の乗っ取りなんていう離れ技をされないためだ。女王から生まれたのなら、まず間違いなく王家の血を引いているはずだから。

 それでも、もし油断して隙を見せたら、……クローデンスに王家を乗っ取られて有事の際に国家転覆させられるだろう。


 クローデンスは今では丸くなってるけど、昔は本当に、ほんっとうに、『反撃は先手必勝で十倍返し』って感じで恐ろしかったようだ。無理に大規模侵略を仕掛けないのも、そんなことをしたらどんな恐ろしい『反撃』が来るか分からないから、という理由もある。


 というわけで、そんな鬼神の如きクローデンスがすべての防波堤であり、ヘルヘイムとしても寝た子を起こしたくないし、クローデンスを倒せない以上、タルタロス本国に攻め入ったことはない。ただ狙ってるってだけで、タルタロスに恨まれるような行動はしていない。なのに恨まれるから、ヘルヘイムもタルタロスを嫌う。

 そして、しばらくタルタロス国内の事情を見ていてわかったことだけど、タルタロスはおそらく、クローデンスを恐れてる。


 クローデンスはタルタロスに所属はしているけど、タルタロスに貢献する気はないようだし、王家の要請を何度も断って、攻め込まれたら撃退して、『北の守り以外しない』と宣言しているらしい。

 王家に服従しない代わりに王家からの恩賞もいらないと断っているようだけど、だからこそ『反抗しない』という保証がなくて警戒されている。

 今はさすがに、『北を守っているから』ってことで防衛費をもらったり、土地があるから税金を納めたりしてるみたいだけど、まあなくなっても一向に困らないものだろう。

 ニケはたまに『何かあったらヘルヘイムに入れてねー』とか言っていたが、冗談ではなくその可能性もあるような対立構造だった。


 クローデンスは建国以来、ずっとヘルヘイムを防ぎ続けていて、タルタロスには一切の要求をしていない。『邪魔しなければ良い』という感じで、要求が読めない。タルタロスに所属していることのメリットがない。

 防衛で何度も国家を退けているほどで、ヘルヘイムを抑えている重要拠点で、そりゃあもう気になるだろう。

 不透明で非協力的なら、いっそ潰してしまいたくなるほど。


 でもクローデンスは書類上はタルタロスに所属していて、ヘルヘイムを食い止めるためになくてはならない存在だ。

 まずないとは思うけど、万が一クローデンスに勝てたとしても、そのぼろぼろの戦力をヘルヘイムが蹂躙してしまうから、単なる自滅でしかない。

 クローデンスは防戦一方で攻め込まないから考える猶予が出来て、考えたら動けなくて、結果的に現状維持というクローデンスの思惑通りになる。

 恨みは、クローデンスへの恐れは、障害となるヘルヘイムに向く。ヘルヘイムさえなければクローデンスを気兼ねなく潰せるのに、と。

 そのヘルヘイムを潰すための一番の障害もクローデンスで、タルタロスの軍事力はクローデンス抜きのものだから、クローデンスが協力したらヘルヘイムも倒せるかもしれないのに、クローデンスは絶対に協力しない。クローデンスが恨めしい、ヘルヘイムさえいなければ、クローデンスが協力しないから、ヘルヘイムのせいでクローデンスが強気になるんだ、ヘルヘイムのせいで……。

 恨みは溜まって、ヘルヘイムへと昇華される。

 で、八つ当たりも良いとこな敵意を向けられた僕らはタルタロスを憎む。クローデンスは怖いけど、防戦しかしないし、結構交流しててそれなりに仲もいいからね。敵視するより仲間に引き入れたいところだ。クローデンスが味方になればタルタロスもアメンティも敵じゃないし。タルタロスがクローデンスを手放せばいいのに、なんて思う。

 こうしてクローデンスはヘルヘイムからの悪意もタルタロスからの敵意も躱してる。上手い立ち回りだ。


 ……でもこれ、わからないんだけどなあ。

 相手はクローデンスだよ?

 僕らが何年かけても落とせない、あのクローデンスだよ?

 うち以下の軍事力のタルタロスが、あのクローデンスを倒せるなんて、よくそんな思いあがったことを夢想できるなあ。

 クローデンスなら、僕らの相手をしながらタルタロスを適当にあしらってアメンティ挑発しつつ東のやつらを爆撃するぐらい余裕でやりそうだ。

 絶対に敵にしたくない。いや、敵にしてるけど、なあなあで終わらせて、何とか味方に引き込みたい。

 勝てる気がしない。


 そう考えると、この東騒動に一枚噛ませてもらえるのは、ヘルヘイムとしてはありがたいな。クローデンスに反抗しないで、むしろクローデンス主導で、クローデンスを飛び越えて侵攻の手を伸ばせるチャンスだから。


 ホーロマには悪いけど、国家のことだし、僕だって王族だから、仕方ないよね。


 夏になら、北の端から東に回り込める。

 そしてそのまま南下することも、当然出来る。

 ニケのおかげであのあたりの村はほぼ無人になってるし、『あんなことがあったから避難してきた』っていえばよそ者でも怪しまれない。

 侍女に監視されて動きが取れなかったけど、今はニケのおかげで抜け出せてる。

 ニケは基本的に呑気で善良だから、人を厳しく見張りはしない。それでも意外と目ざといところもあるから、動くのは見えない場所だ。

 いくらニケでも、トイレまではついてこないからね。


 僕もニケと連れてるときは部下に女を入れてたし、王宮内では念を入れて複数人の女の部下、あるいは僕自身でニケを見張った。北東の拠点では一応現場を任されていた中尉をニケに着けた。僕がそのまま監視っていうのは、クローデンスを知らない北の考えからしたら、やりすぎに見えるからね。

 偵察のときはさすがにニケに断られたけど、あれは仕方ない。国外だし、偵察のために来てもらったんだから、それを邪魔するつもりはない。共闘出来たら楽しそうなのにな、とは思ったけど、戦いに来たわけじゃないしさ。

 でも結果的に、ごく短時間離れただけなのに証拠とか全部潰されて、魔法具に関しての情報も敵兵のことも消されて、おまけに大きな釘を刺されてしまった。


 だから、クローデンスにはちょっかいをかける気はない。

 僕は捕虜だから大人しくしておくつもりだし、精々トイレで手紙を頼んだりする程度だ。

 情報を流す間者の役目をするぐらいで、僕自身は大人しくしておく。

 それを咎められたら僕自身がニケに殺されるだけだ。下手に逃げたら国が危ないから、僕が勝手にしたことにして制裁は僕と、部下数人の命で済ませる。死にたくないし死なせたくないからばれないようにするけど。

 大人しくして、傍観して、タルタロスとアメンティに威嚇して、タルタロスが消耗したところで兵をけしかけて乗っ取る。

 そのために、北東の拠点に引退したトール元大将を置いてるんだ。実戦経験があって、クローデンスのこともわかってるから。


 この戦いでは、徹底的にクローデンスを避ける。


 クローデンスと敵対してたら絶対に勝てない。これは鉄板だ。

 でも、去年の夏の偵察の件で理由をつけて攻撃しないようにしようとしたら断られてしまった。タルタロスの内情を知ったら納得出来たけど、それならクローデンスには『相手にしない』ことしか出来ない。

 クローデンスは無視して、避けて、タルタロスを襲う。北以外ならクローデンスは出てこない。僕が間者してることが問題視されて処刑されるかもしれないけど、逆を言えばその程度で済む。

 王族一人と兵数人。その程度でクローデンスと敵対しないで済むなら安いものだ。


 だから、この戦いで確実に勝つためにも、ニケの意向は知りたい。

 なんで僕をタルタロスに連れて来たのか。

 僕たちが敵同士であることを忘れてる、なんてことは確実にない。

 タルタロスにすり寄ろうとした、ということもない。クローデンスにはすり寄る理由がないし、……ホーロマへの態度を見てると、むしろすり寄られないようにしてるように見える。

 勿論、ここでアメンティが出てくることもない。『面倒になるからさっさと退場させたい』というのはニケの偽らざる本音だ。


 前提として、ニケはこれを『仲良くさせるため』に親切心で提案している。

 それをどう利用するかはクローデンス領主が決めることだけど、ニケがその裏をかくこと、あるいはその小細工を超越することはある。


 ……親切で、仲良くさせるために……。

 僕とホーロマは友達だけど、それはニケもあの時初めて知ったはずだから違う……違う、のか?

 いや、待て。ニケがそんな、複雑なことをやりたがるわけがない。

 仮に侍女からホーロマのことを聞いていて、善意で近い歳で仲良くなれそうな僕を連れて来ようとしたなんて、いくらなんでもない。

 ニケは、クローデンスは王族との癒着を避けてるし、王族のホーロマのために動くわけがないし、初対面の時の態度は確実に何も知らなかった者の態度だ。

 ──ん……でも。

 ──え、この線、ありえるのか……?

 元々、僕は捕虜として、東のことについての情報提供者としてタルタロスに寄越される予定だった。ニケはそのつもりで提案した。

 東のことについてホーロマは関係している。関係者っていうか担当者って感じか?

 だから僕が東について情報提供するなら、ホーロマと会う可能性も高い。

 ニケは情報提供者を連れて来ただけで、僕については一切責任を持つ義務はない。身柄を引き渡すんだから、それ以後の管理は王家の責任だ。

 つまり、僕が暴れても良し、逃げても良し、懐柔しても良し、の状況を作り出せる。

 でもニケは多分、そんなことは考えてない。

 『会って話す機会があったら友達になれるよね』って、そんな的外れなことを考えてそうだ。

 確かにホーロマは楽しいやつだし、僕もすぐに仲良くなった。

 それに、……そういえばニケは、僕らが仲良くしているのを微笑ましそうに見ていた。

 男同士の熱い友情云々も、たまに冗談で言う程度で、平時ではそういう素振りを見せなかった。

 ……この的外れ感、ニケっぽい。

 男同士の熱い友情云々が動機ならもっとしっくり来るけど、会ってみたらホーロマが……ニケの言う受けとか攻めとかにそぐわないから萎えたとか──あ! これ一番ありそう! 多分これだ!

 ニケは前に、『受けしかいなくて萌えるけど燃えない』とか言ってたし、うちの女顔の部下については『可愛いとは思うけど趣味じゃない』って興味なさそうだったし、今回もそんな感じなんだ!

 そもそもニケの周りには軍人ばかりだし、僕は勿論、弟さんや領主、トール元大将とか、体格が良いのばかりだ。だから頭脳労働で細いホーロマは趣味じゃなくて、琴線に触れなかったんだ。筋肉が好きなんだきっと! 実際の男同士ってそういうの多いし!

 なんだ、警戒して損した。

 部屋の掃除でもしてよっと。


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