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防衛特化無表情腐女子モブ子の楽しい青春  作者: 一九三
承 変化!いつだって諸行無常!
62/77

攻略対象:騎士団長の息子 王子の登場

 「どうも、タルタロスの皆さん、初めまして。ヘルヘイムの第二王子、ロキ・ヘルヘイムです」


 ヘルヘイム。

 その国名を聞いた瞬間、その男に向かって剣を抜きかけた。

 ずっと国土を狙っている、敵。

 不倶戴天の敵。

 殺すべき、敵。

 男に突進しようとして、しかし、


 「っ……!」


 出来なかった。

 男の、殺気を向けられてもなお微笑んでいる底知れなさが、その自信が、自分では敵わぬ相手だと教え込んで来た。

 自分では、この男を殺すことはできない。

 返り討ちに遭うだけだ。

 王族だと言うのに、男の目は幾人もの死を映してきたようで、自身も何回も死線を潜り抜けて来たようで。

 ──格が、役者が違う。

 剣を打ち合うまでもなく、それを思い知らされた。

 他の者もそれは同じようで、騒がしくはなったが、全員、その場を離れることすらできなかった。

 その奇妙な騒がしさの中で、もう一人、男が出て来た。


 「ああ、彼は、……いや、彼らは私の客人だ。決して傷つけぬように」


 微笑むそのお姿は。

 そのお方は。

 王位継承権第一位、第一王子であり王太子の、ホロメス殿下だった。

 何故、殿下が敵国の王族を、客人などと。


 呆然とし、戦意も喪失したところで、二人に埋もれていた三人目、クローデンスの娘が出て来た。


 「……宣戦布告を受けている以上、今は戦時下であり、ある程度の無作法は許される、という認識でよろしいでしょうか。高位の方々や──殿下に対して、無礼を働いても良い、と」


 淡々と、まるでこれから攻撃でもするかのように殿下に言う様子に、今度は殿下をお守りするために剣を抜きかけたが、しかし殿下は怯えや警戒を見せることはなく、むしろ完璧な微笑みを──作り笑いを止めて、素の表情で彼女に応じた。


 「私に許可を取る必要があるのか? クローデンスが?」

 「我らはこれでもタルタロスに属していますので。北の防衛の邪魔と判断すれば、当然、戦時下で非常事態であるため身分や地位など無視しますが、現在タルタロスが受けている宣戦布告は我らには関係ありませんから。許可を願い出る程度には、お気楽ですね」

 「では許さん」

 「クローデンスは常時戦時下であるため、戦時特例として行動します。殿下の命令を聞く義務はありません」

 「これだからな、お前は」


 彼女の横暴としか言えない物言いに、殿下は呆れたように答えたが、それは少しも嫌そうではなかった。

 そしてその殿下の肩に、敵国の男が腕を回した。


 「そう言わないでやってくれよ。客人扱いを否定しなかっただけ抑えてるし、君の客人として恥にならない対応を気を付けてるんだと思うからさ」

 「じゃあお前も気を付けろ」


 笑顔の男の腕を殿下が呆れた表情のままで払い、クローデンスの娘が無表情で間に入る。


 「失礼ながら、ロキ・ヘルヘイムは敵国の人間です。いかに殿下の客人であろうとも、タルタロスの人間に敬意を払う必要はないと思われますが」

 「さすがに僕もそこまで失礼なことは思ってないからね? 僕のイメージを落とさないでくれ」


 敵国の男がうんざりしたようにびしりと言う。

 確かに、彼女の発言は……ひどかったが。


 と思っていたら、敵国の男は「ていうかさ」と、ますます顔をしかめた。


 「君のそういうかしこまった口調って、慣れないから気持ち悪い。普段の、表情とまるであわない口調はどうしたんだい?」

 「お黙りなさい」

 「それじゃない!」

 「……ああ、まだ言ってなかったですね。慣れない環境に調子を崩すような軟弱者は、だから負け続きなんですか。納得の弱さです」

 「確かに挑発は言われてなかった気がするけどそうじゃないし、環境も変化も感じ取れないような鈍感な愚図は早く死ねばいいと思うよ!」

 「どのように環境が変化したんですか? いつも通り戦争があって、いつも通りヘルヘイムを撃退して、いつも通り何もない日常ですが」

 「君の国の王太子をすぐ殺せる位置に敵兵がいることかな。守ることすらできなくなったら、君たちに何が残るんだろうね」

 「私がいつでも殿下を守れる位置にいることをお忘れなく。それに殿下が殺されたとしてもまだ王族の血は残っていますし、仮に王家が断絶したところで、北の守りには何の影響もありませんから」

 「ねえ聞いた? 今の非情な言葉、聞いた?」

 「殿下、聞こえましたか? 私に護衛など、期待しないでくださいね。我らは北の守護以外何もする気はありませんし、興味もありませんから」

 「お前らが仲が良いのはわかったから、私を巻き込むな。それから、ニケ・クローデンス。お前らに制限など、する気はない。口調でも態度でも、好きにしろ。北を守っているならば、それでいい」


 殿下はやれやれ、とため息をつき、クローデンスの娘と敵国の男は口喧嘩を終えた。

 どういうことなのか、ついていけない。事情を知っている者を探して視線を彷徨わせたが、アルテミス様やアポロン様も驚いていた。誰も詳しいことを知らないようだ。

 その中で動いたのは、……『友好国として協力』という形で話し合いに参加していたアメンティの皇太子、セト皇子だ。


 「……何故、タルタロス国内にあのヘルヘイムの人間がいる。クローデンスの人間が手引きしたようだが、ついに落ちたのか?」


 『結界』


 セト皇子が言い終わるや否や、クローデンスの娘が魔法を使った。

 まるでアルテミス様のように、一言で。しかしアルテミス様のように、どこからかいきなり出現したような奇妙さはなく、普通の、まっとうな詠唱でまっとうな魔法だった。

 実力と努力を感じさせる魔法だ。


 クローデンスの娘の魔法は、俺たちを結界で閉じ込めていた。一人一人、体に密着するような小さな結界に閉じ込め、動きを封じていた。

 その中で彼女の結界を逃れている、彼女が結界で拘束しなかった人間が、四人。

 自身と、殿下と、敵国の男と、……セト皇子。


 「っ!?」


 そしてそのセト皇子のところには、いつの間にか近づき胸倉を掴み、眼球に万年筆を突き付けている敵国の男がいた。

 男はその姿勢のまま二人を振り返り、──へらりと笑った。


 「ねえ、殺しちゃってもいいかい?」


 ぞっとするほど、本気で、何の気負いもない声だった。

 それに応じたクローデンスの娘も、淡々とした、何も揺さぶられていない声だった。


 「私は構いません。国に帰れば替えはいくらでもいるでしょうし、私はタルタロスに属する人間ですから。他国の人間が他国の人間を殺すことを、止める理由などありません」


 今は戦争をしているんです、これから一人や二人程度、気にならないぐらい死にますから。


 常時戦時下の領の娘はさらりと言った。


 「やめろ、二人とも」


 そこで出て来てくださったのは、殿下だ。


 「なんで?」

 「何故でしょうか」


 それに言葉を返すのは、二人。


 「クローデンスが手引きなんて、するわけないだろう? あそこは『防御以外何もしない領』で、それを徹底している。だから誰もクローデンスの在り方に干渉できない。この肌、こいつがアメンティの皇太子だろう? アメンティなんて弱小国家の人間が、クローデンスを分かったように語るな。クローデンスが落ちた時が、この国の落ちる時で、アメンティの死ぬ時だ」

 「我らはタルタロス所属、クローデンス領だ。敵国の捕虜が自国の者を傷つけないよう、配慮した。しかし敵国の捕虜が、味方ではない国の人間を殺すことを、止める義務はない。──我らが落ちたと言うならば、精々、ヘルヘイムに怯えると良い。我らが守るのは北の地だけだ」


 にこにこと笑いながら言う男と、淡々と無表情で言う娘。

 殿下がさらに止める前に、

 ──パキン

 と音がして、ある女の結界が壊れた。

 結界の中は声が通らないようで、魔法を使うことは、通常ならば出来ない。

 しかしその女は、その田舎娘は、出来た。

 無詠唱で魔法を使うことが出来た。


 「や、やっと無効化出来た……。強力過ぎるでしょ……」


 かなり疲労していたが、なんとか無効化して結界を壊していた。

 田舎娘はそのまま、よろよろと結界の場所から出て、セト皇子と敵国の男のところに向かった。


 「い、今の敵はインフェルノとかいうやつらでしょ! セト皇子を殺す必要はないじゃない!」


 勇気を振り絞ったように、足や手を震わせながら、田舎娘は敵国の男に言った、が、


 「──違うよ。君たちの敵は、ヘルヘイムだ」


 敵国の男は田舎娘の首に万年筆で線を引き、素早くまたセト皇子の眼球に添えた。

 田舎娘は反応も出来なかったようで、声もなく、自分の喉に触れて、震えている。


 敵国の男は、にこりと微笑む。


 「忘れたのかい? クローデンスが食い止めてはいるが、僕たちはいつも君たちと戦争をしているんだ。忘れてもらっちゃ困るよ。僕は、君たちの、敵だ」


 田舎娘は「あ……ああ……」と地面にへたり込んでしまった。

 敵国の男は「それにしてもさあ」と、クローデンスの娘のほうを見る。


 「無詠唱で破られるなんて、君らしくないけど、ついに衰えたのかい? それとも無詠唱で君の結界を破る、この女がすごいのかい?」

 「そちらの、アフロディーテ男爵令嬢が規格外なんですよ。それに、この結界は内部を守るためのものですから。外部を遮断することが目的ではないので、拘束したとは言えない程度に脆いですよ。比較的」

 「相変わらず食えないなあ」


 男はため息をつきながらも、田舎娘を案じるセト皇子をぎりぎりと締め上げ、逃がさない。


 『っ、拘束!』


 しかしそこで、田舎娘が敵国の男に魔法を使った。

 敵国の男はさすがにやや驚いて、


 『防護』


 クローデンスの娘の魔法で、田舎娘の魔法がはじかれるのを見ていた。


 「確かにすごいね。君には劣るが、速い」

 「アフロディーテ様、うちの捕虜に手出ししないでください」


 楽しげに言う敵国の男と、淡々と言うクローデンスの娘。

 しかもよく見れば、敵国の男はセト皇子を盾に出来るように構えていたことが分かり、……北は化け物ぞろいだと嫌になった。


 「ロイキー、ニシーケ」


 そこで、殿下が呆れたように二人に声をかけた。

 名前は、……違うようだが。


 「そのあたりにしておいてくれ。戦争をしに来たわけではないんだろう」

 「僕は戦争する準備はあるけど、どうする、ニシーケ?」

 「私は戦争するつもりはありません。ここは北ではありませんから。あなたがタルタロスの人間を害することがなく、かつ殿下がうちの捕虜を害させないと言うのならば、魔法も解きます」

 「……その口調やめてってば。ねえホーロマ、ニシーケが強情なんだけどー」

 「表情と合わせているんだろう。ロイキー、戻れ。ニシーケ、お前たちの捕虜に害する者はいないだろうから解け」

 「ニシーケが戻れって言うなら戻るよ」

 「ニシーケ、戻らせろ」

 「殿下がお望みでしたら。ロキ・ヘルヘイム、戻りなさい」

 「だから気持ち悪いってー」


 三人でわいわいと話し、敵国の男が文句を言いながら二人の元に戻った。

 戻って来たときに、クローデンスの娘の魔法も解けた。


 自由になった手を動かしながら、……今、あの男は、殿下を『ホーロマ』とかわけのわからない呼び名で呼んでいなかったか?と三人を見る。


 「もうニシーケはニシーケの自由にさせればいいだろう。言うだけ無駄だ」

 「ホーロマは黙っててくれるかな? ニシーケは普段、もっとフレンドリーに殺伐としているんだ。ただ殺伐とされるだけなら、冗談が言いにくいじゃないか」

 「私は冗談など言いません」

 「ほら、こうやってふざけるんだから」

 「これはふざけているのか? 真顔なんだが」

 「ニシーケは真顔でふざけるんだって! わかりづらいから声か雰囲気だけでも感情だしてくれよ」

 「声と雰囲気と表情がばらばらになっているほうがわかりづらいと思うんだが」

 「だからさ、君が『今は宣戦布告され、非常事態だ。インフェルノとの戦いが終わるまで、不敬は問わないことにする。皆、いいな?』って言えば、ニシーケも普段の口調になるんだよ。ホーロマはわかってないね。だから北に敵わなかった雑魚に舐められて宣戦布告なんてされるんだよ」

 「今は宣戦布告され、非常事態だ。インフェルノとの戦争が終わるまで、不敬は問わないことにする。皆、いいな? ところで話は変わるが捕虜の敵兵、尋問というもをやりたいから付き合え」

 「二人っきりの尋問で、突き合え、か……。ホーロマもわかってるねえ」

 「ニシーケ、お願いだからやめて」

 「なんのことだ?」

 「ホーロマは知らないほうがいいよ……。知らないままでいてくれ……」


 三人はまたわいわいと話している。

 そろり、とアルテミス様が手を挙げた。


 「発言することをお許しください。あの、……ヘルヘイムの王子と、クローデンス辺境伯令嬢と、ホロメス殿下は、お知り合いなのでしょうか」


 アルテミス様の質問に、殿下は「好きに発言してもらって構わない。先ほども言ったが、今は緊急事態だからな」と言って、


 「友達だ」

 「ホーロマとは友達だけど、ニシーケとは敵だからね」

 「ホーロマは暫定味方、ロイキーはただの敵だけど」


 殿下の言葉に、敵国の男とクローデンスの娘が言った。

 殿下がじとりと二人を見る。


 「友達、だ」

 「だから僕は友達って」

 「ホーロマは知人で、ロイキーは同類かな」

 「…………」

 「ちょっとニシーケー、ホーロマ泣いちゃうじゃないかー」

 「ロイキーのせいでしょー。ロイキーが敵とか言い出したからー」

 「君は敵じゃないか。北に帰ればいつもぶっ殺したりぶっ殺されたりする敵じゃないか」

 「んん? ロイキー、嘘は吐くもんじゃないよ。殺されたり死なされたり、でしょ? うちはロイキーみたいなへなちょこに殺されるような兵はいないんだからさ」

 「ニシーケこそ、嘘ばっかりだね。領主一族が直々に前線に出てくるほど、追い詰められてるじゃないか。それで殺される兵はいないとか、無理があるよ」

 「ロイキーってば、まさか現実逃避で現状把握能力がなくなってるの? うちの兵は全て、領を守るための領の兵なんだから、その総指揮官が領主なのは当然でしょ? 領主一族が前線に出てくるのも、脆弱なヘルヘイム兵ごとき怖くもないからだよ?」

 「仲良しだな、お前ら。だから友達だ」

 「ホーロマ、強引だねえ。ごめんね、ロイキーが話の腰折っちゃって。ほら、ロイキー謝ってあげて。可哀想でしょ」

 「ごめんねホーロマ。僕が悪かったみたいだよ。ごめんね、泣かないでね」

 「私を馬鹿にしているのか」

 「「うん」」

 「お前ら嫌いだ……」


 殿下が大きくため息をついた。

 その様子に、アルテミス様はさらにおずおずと、


 「差し支えなければ、……その、宣戦布告は先ほど受けたばかりのはずですが、どうして北から遠く離れた王都にすでにヘルヘイムの王子がいるのか、ホロメス殿下と知り合っているのか、……交戦しているはずのクローデンス領の人間と親しくしているのか、教えていただけませんか?」


 と聞いた。

 それについて、まず三人は一度顔を合わせて。


 「クローデンスは専守防衛を旨としています。攻撃されなければ、敵対行動をとられなければ、敵であろうともこちらから攻撃することはありません」


 まずクローデンスの娘が。


 「僕が王都にいるのは、捕虜になって、ニケ・クローデンスの『所有物』として一緒にいたからだね。──夏季休暇で交渉してから、彼女の監視下で、ずっと王都にいたよ」


 次に敵国の男が。


 「私が街で強盗に捕まり、二人に助けてもらった後、ノリがあったからこうなった」


 最後に殿下が言った。


 ちょっと待て。


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