悪役令嬢17 王子の登場
ヘルヘイムの王子が来た。
現れたのは学園の有志の話し合いの場で、そこには公爵令嬢であり第二王子の婚約者でもある私も参加していた。ディモス様やヒロインも参加していたから、この場は教育のため、というよりはいざとなったら次世代の有望株をまとめて避難させるためのものだったのだろう。
ニケ嬢はいなかった。
彼女も確かに次世代の有望株の一人で、今は王都にいるけれど、……彼女は避難なんてさせてもらわなくても問題ないような、戦時下で最も頼りになる領の人間だから。
一人安全地帯で悠々と高みの見物を決め込んでいるのかもしれない。
──もし、彼女がこの戦争の黒幕だったのなら。
──全て見通した上で、欺いていたのだとしたら。
不安だけが駆け巡った。
知らず知らずのうちに手を強く握りしめる。と、その手にそっとアポロン様が手を添えてくれて、アポロン様の大きな手の温かさに、少しほっとした。
まるで守られているかのような感覚に、落ち着くことができた。
そう、不安になるだけなら誰でも出来る。
私たちは、それからどうしればいいのかを考えないといけない。
ただの国民ではなく、貴族であり、戦うすべも発言する権利も得ているのだから。
今回宣戦布告してきた彼らは、自らを『インフェルノ』と名乗っている。
東の諸国の代表と名乗り、魔術に重点を置いた兵を持っている。また彼らのトップは魔術に優れているらしく、配下の兵も一人一人がこの国の宮廷魔術師並みの魔法を使えるそうだ。
さらに、すでに廃れた魔法具というものを使っているらしい。
魔法具の詳細はよくわからなかったが、オーパーツみたいなものだと思う。東のどこかに遺跡でもあったのかしら。
そして、ヒロインとも確認したが、『インフェルノ』という国も、魔法具なんていうオーパーツも、ゲームには出ていなかった。
ゲームにはなかった展開にヒロインが怯えるかと思ったが、彼女は『この世界はゲームじゃないですから、ありえない話じゃないです』と、私よりよほど冷静に受け止めていた。
本当に、何があったのだろう。
あのゲームを、セト皇子のルートを知っているヒロインが、それでもセト皇子と親しくしていたのも、ここをゲームとは違うと割り切ったからなのだろうか。
未だにゲームに──処刑や裏切りに怯える私と違って。
『まだまだ未熟で物知らずですが、私も加勢させてください。貧乏で吹けば飛ぶようなものでも、私だってこの国の貴族で、この国で生まれ育った国民です』
そう戦力として志願してきたヒロインは、確かにヒロインと言えるほど、目が離せないほど綺麗だった。
異世界人だからとか、そんなこと微塵も思わせない態度で。
本当に、綺麗だった。
いつか皆から裏切られ、見捨てられると怖がって、殻に閉じこもって出てこない私なんか、相手にならないほど綺麗で。
なのに私は、未だに一歩踏み出すことが出来ない臆病者で、醜い人間だった。
失うのが怖くて、今目の前にあるものを見ようとしていなかった。
目を瞑って、与えられるものを見ないふりしていた。
自分に付加価値をつけようとして、必死に飾り立てて、自分も、周りのみんなも、見てなかった。
『……アルテミス?』
しかしそんな私に、そっと、アポロン様が心配げに声をかけてくれた。
ずっと待っててくれて、ずっと与え続けてくれた、優しい人。私の、かけがえのない人。大好きな人。
『アポロン様……』
自然に笑みがこぼれた。
そんな状況じゃないけど、あなたがいてくれるなら、大丈夫だと思う。
父も、ハデスも、攻略対象と思っていた彼らだって、私に手を伸ばしてくれていた。
それを見ないふりし続けていたのは、私だ。
ここはゲームじゃないんだもの。これからどうなるかなんて、分からない。
いつかなくなるのかもしれないけど、今、あなたといたい。
この先もあなたと一緒にいられるように、頑張ればいいだけだわ。
──とか決意してたのに、改めて考えればニケ嬢の手の内で絶望してしまっていたところで、
「失礼します」
ニケ嬢が会議室に入って来て、ニケ嬢が連れて来ていた男性が、
「どうも、タルタロスの皆さん、初めまして。ヘルヘイムの第二王子、ロキ・ヘルヘイムです。我が国とて他人事ではないので、偵察に参りました」
と、にこやかに言った。
それから会議室は喧々囂々の騒ぎになりかけたが、
「ああ、彼は、…いや、彼らは私の客人だ。決して傷つけぬように」
二人の後に入って来た第一王子──ホロメス様の姿に、もう一同声も失った。
改めて状況整理して考え直して脳内で何度もリピートしているぐらい、私も混乱している。
お願い誰か説明して。
どういうことなの。




