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防衛特化無表情腐女子モブ子の楽しい青春  作者: 一九三
承 変化!いつだって諸行無常!
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侍女7 嵐の始まり

 伯爵に動きはありませんね。

 お嬢様から命じられ、ターンライト伯爵の動きの監視をしていますが、未だに動きはありません。

 ぎりぎりまで動かないつもりなんでしょうね。

 多少周りに粉をかけて、ヘルヘイムにも現状を知らせる手紙を送ります。といってもクローデンス──旦那様を経由するルートですので、旦那様に手紙の内容を検閲してから渡してくださるように頼みました。お嬢様の傍を長々と離れるわけにはいきませんので文面でのお願いですが、お嬢様からの手紙を装ったので見てくださるでしょう。一介の侍女からの手紙ならば読まずに無視されてしまうかもしれませんから。


 お嬢様は自分用の手紙と印を使われているのに、全くの無関心です。咎めることも、問いただすこともありません。

 気付いてないわけではないようですが、好きにすればいいと放置しているようです。

 伯爵へ偵察に行ったり、他のご令息ご令嬢様方を調べたり、旦那様やヘルヘイムとやり取りをする都合上、どうしてもお嬢様を放置しがちになってしまいますが、うちの戦場育ちのお嬢様は、たいていなんでも一人でやってしまうので特に不満もないようです。

 ……思えば、クローデンス領にいるときもそうでしたね。

 一介の侍女に過ぎない私は、お嬢様が砦で指揮を執っているときなどは随行しませんから、その間はお嬢様は一人でなんでもしていました。副官も補佐もいませんから、本当におひとりで。

 それを知っているのに主人を放置して暗躍しているなど、侍女としては失格ですが、……主人が主人ですからね。

 しれっとディモス様と交流を深め、立食会にパートナーとして出席したばかりか、失恋する手伝いまでしてあげていたとは。勝手な一人行動が板につきすぎています。せめて決定した時に報告か連絡か相談してください。前日にいきなり準備をと言われたのは困りました。情報収集出来たので嫌味程度で許しますが。


 しかし、伯爵の動きのなさが不気味でもあります。

 ご令息、アレス様に政治的に有利になる婚約者をあてがっただけで、それ以外の動きが見えません。アレス様を通じてお嬢様に探りを入れているようではありますが、その程度ですし、お嬢様は探りを入れられてる自覚もないようですし。

 そもそもお嬢様はそれほど情報を持っていませんからね。

 現在、旦那様にも了承を得て、お嬢様がまた勝手なことをしないように情報を制限しています。だからお嬢様は、アレス様からの探り入れが、ただの情報提供に見えているでしょう。まあ状況を知っていても、ヘルヘイムとの交渉という裏方と、ターンライト伯爵の裏探りと行動待ちという、停滞した状況ですが。

 ヘルヘイムとの交渉、ひいては当事者のロキ少佐との交渉に関してなんて、冬の間に旦那様や弟君様がさりげなく探ろうとしてはロキ少佐の似非笑顔と口八丁で躱されていたそうですが、お嬢様が春季休暇で領に帰ったとき、真正面から『誘拐するから準備しといて』と、もろもろの思惑や貸し借りなど破壊して言って、それまで避け続けていたロキ少佐も『わかった。準備しとくよ』とあっさり了承して、もう私たちの苦労はなんだったんだという感じでした。

 この件に関して恨み言を言うと、ロキ少佐は『ニケには借りがあるし、タルタロス内部を見せてくれるなんて、ヘルヘイムにも都合がいいからさ』と、笑っていました。

 お嬢様にも何故真正面から言ったのかと問い詰めると、『誘拐されるんだから、身辺整理ぐらいしたいでしょ? あと、多少警戒されたって、捕まえるのに支障はないし』と言われました。

 あの二人は、良くも悪くも同類なのだと思いました。私は関わりたくない、とも。


 しかし、あの話し合いの時は、さすがに読めなかったようです。


 お嬢様が敵地に一人でいる同類を和ませるため、あんなジョークを言うとは、思いもしませんでした。

 しかも、それがジョークだと気付いているのが私一人しかいないなど、もう絶望でした。


 さすがに、戦地に出たことがないゆえに敵兵の前で動揺してしまっていた妹君様や、動揺こそ押さえ込みましたが内心では傷ついている弟君様を放置するわけにもいきませんでしたので、さしあたり妹君様に声をかけて、……事情説明と相成りました。

 旦那様と奥様も気付いていなかったようで、しかもお嬢様はジョークが通じてないと全く思ってもおらず、頭の一つも抱えたくなりました。

 敵兵であるロキ少佐の前でしたので、もう少しびしっとしていただきたくて厳しいことを言えば、お嬢様はますます腑抜けますし。侍女が怖い、という話をした後に、実際にその侍女に侮られていてどうするんですか。それが事実ではないと、侍女ぐらい従えていると見せつけてください。旦那様も見ているんですよ。

 そんな私の気遣いを、恐らくお嬢様は意図は分からずとも要求は察した上で、『テミス怒るの嫌だから嫌』と、子供のように拒否してきました。

 どころか、暴力を振るっても許し、避けることすらせず、いよいよ処罰を覚悟で従者としてあるまじき叱責をすれば、……在り得ない方法で逃げやがりました。

 『侍女じゃかくて情婦だから、お説教なしね』と来ましたか。

 同性とはいえ、キスなんかしやがりましたか。

 しかもただ唇を合わせるだけでなく、舌まで入れてきやがりましたか!


 一瞬、本気で殺してやろうかと思ってしまいましたが、それを察したのかお嬢様が、『動くな』と命じられました。

 ……主の命に、従わないわけには行きませんね。ええ、そういう意図で、お嬢様はきちんと私を従えていると、そう示すために始めたんですからね。

 これを狙って命じたんだとすれば、お嬢様を本気で殺すことも考えます。

 お嬢様のことでしょうから、十中八九、『一々魔法で行動封じるのが面倒だし、父上の前で無断で防衛以外の魔法なんか使いたくないから大人しくしてくれないかなあ』という気持ちで、もし私が抵抗を止めなければ魔法で封じるつもりだったんでしょう。命令形だったのも、その方が文字数が少なくてより端的にかつ素早く伝えられるからでしょう。


 ……殺してやりたいですねえ、このクソ主人。


 むかついたので、せめてその企みを壊してやろうと思えば、やはり意図せず命令形で命じてきて、さらに無自覚に脅しまでつけてきました。

 ええ、黙らないわけにはいきませんよ。私は『侍女』で、お嬢様の『従者』ですから。主人の命には従いますよ。

 それに、命令を無視していれば、……お嬢様がどれほど非情になっていたか、わかりませんから。

 私は暗殺や諜報に長けていますが、お嬢様は、その私でも敵わないぐらいの魔法の使い手ですから。

 殺そうと思っても殺せる相手ではありません。

 お嬢様は、『クローデンス領次期領主』ですから。

 きっと、私を結界の魔法ででも拘束して、無理やり黙らせたでしょう。あるいは『絶対に安全だから』と、窓から投げ棄てていたかもしれません。

 お嬢様は争いを嫌いだという自称平和主義者で腑抜けの昼行燈ですが、戦場の最前線に自ら立つような方ですから。

 許容範囲が広すぎるだけで、許されない行いは容赦なく処罰します。

 優しいだけのヘタレが、この領で認められるわけがありません。

 非情さも併せ持っているからこそ、次期領主です。


 しかしヘタレなのも事実なので、後で二人になってから、思いっきり睨みつけてやりました。お嬢様は謝っておやつをくれました。向こう十日分寄越すことで許してあげました。お嬢様はそんなことを言われてもへらへらと受けているから、舐められるんですわ。私は、間違ってもお嬢様を舐めたり、覚悟もせずお嬢様の許容範囲を超える行いをしようとは、思いませんが。

 私も、まだ死にたくありませんから。


 「クローデンス辺境伯令嬢」


 そう思っていたら、アレス様がお嬢様に声をかけていました。

 また探り入れか、と思いながら、その時は他に用事がなかったので、お嬢様たちの会話を聞いていると、


 「夏のことを聞きたい、と言うようにと書かれていた」


 アレス様がそう言いました。

 耳を疑いました。

 まさか。まだ、ターンライト伯爵に動きはなかったはず。

 驚愕のあまり情報を聞き落としそうになりましたが、お嬢様は淡々と礼を言って別れていました。

 驚いたぐらいで悟られるほど未熟ではないつもりでしたが、お嬢様は「テミス」 と、「聞いてたね?」と確認してきました。


 今までお二人の会話はほとんど聞いていなかったのに、どうして私が聞いているとわかったのでしょうか。最近は、お嬢様も指摘した通り、他のところに行っていることのほうが多いのに。それでなくても夏以降、お世話する方が増えて、一人でも問題ないお嬢様とはあまりいないのに。


 「仕度して。連れて行く。あとテミスは父上のところに連絡に行って」


 お嬢様は淡々と、私に命じてきました。

 どうしてターンライト伯爵が。何故情報のなかったはずのお嬢様は動じてないのか。情報がなかったから動じてないのか。他から聞いていたのか。何故私ですら知り得なかったターンライト伯爵の動向を、お嬢様が知っているのか。


 ──まさか、お嬢様が、事態が動くように仕掛けたのか。


 その考えに思い当たったとき、お嬢様は私に視線も向けず、いつもの底知れない、何を考えているのか分からない声で、


 ──こっちは何とかしておくから。


 と、言いました。


 お嬢様は侍女が、私がいなくても大丈夫なことは知っていました。

 黒幕に見える気質であることも、それが誤解でしかないことも、知っていました。

 しかしその時は、まさしく悪の親玉に、悪役側ですが否応なく従わざるを得ない、主に見えました。


 突然の戦にも動揺せず、淡々と進むお嬢様は、確かに全ての黒幕であり、全てはお嬢様の手の内であるように感じさせたのです。


 私は従者として、「かしこまりました」と答え、即座にその命令に従いました。

 逃げるように、お嬢様の命を一刻も早く果たせるように。


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