モブ子17 二年時立食会
「相談がある」
「なんでしょう」
ディモス様からそう言われたのは、いつも通り魔法のことに関して話し合ったり研究したりしているときだった。
ちなみに放課後で、テミスはどっかに情報収集に行ってて多分不在。いつも一緒に行動してるわけでもないから、そういうときもある。まあ私はテミスがいなくても別に困らないしね。
とはいえそれでも最初のうちは、ディモス様が何かしないか、私が何かやらかさないかと見張ってたのに、今ではすっかり放置だ。まあそれはそれでいいんだけど。テミスいなくても別に困らないし。でもテミス、お土産くれないからなあ。どっかに遊びに行ったならお土産くれればいいのに。
「そろそろ立食会があることは知っているだろう」
「ああ、去年もありましたからね」
ディモス様の言葉に頷いておく。
夏季休暇も終え、そろそろ立食会という時期だ。昨年はディモス様から誘われて出席したけど、今年はどうなるのかな。
「それに一緒に出て欲しい」
「わかりました。それで?」
パートナーの申し出だけなら相談とは言わずにお願いと言うだろう、と思って続きを促すと、案の定続きがあったようで、ディモス様は「それでだが」と続けた。
「そこでアルテミス様に思慕をお伝えしたい」
「聞かなかったことにしますね」
即座に逃げを打った。
婚約者がいる相手に思慕をとか、自殺行為じゃないか。
私を巻き込まないで欲しい。いくらディモス様の相談でもそれは嫌だ。
逃げ出そうと思っていたら手首を掴まれ、「それが相談なんだ」と言われた。
……渋々逃げ出すのをやめて手首を離してもらい、相談に乗る。
「つまり、婚約者のいる令嬢に思慕を伝える方法ですか?」
「ああ。伝えるだけでいい。叶うとは思っていない。諦めるために、お伝えしたいんだ」
「玉砕覚悟の記念告白ですか。それなら、まあ方法がなくはないですね」
告白されたほうはたいそう迷惑だろうけど、それは長年弄んできた公爵令嬢の咎だと思って受け入れてもらおう。男女の恋愛に興味のない私から見ても、ディモス様は公爵令嬢に惚れて、好かれるために努力して、尽くしている。そのお返しに吹っ切らせてあげてもいいだろう。
「ミーア公爵令嬢に思いが伝わる方がいいですか? つまり、言うだけでいいのか、理解させた方がいいのか、ということですが」
「……アルテミス様に理解させるのは難しそうだな。お伝えしたいとは言ったが、アルテミス様はこの頃お忙しい。言うだけで良い」
ああ、なんか最近焦ってるっぽいよね。焦燥してるっていうか、何か不味いんだけど何が不味いか分からなくて事態は進行してしまってる、みたいな。
公爵令嬢は責任感が強くて大変だよねえ。私なんか大体テミスに任せてるから、何が起こってるのかまるで分からないけど何も気にならないや。
「じゃあミーア公爵令嬢が気付かないように言って、『言いたかっただけ』と付け加えて逃げれば、不敬には問われないと思います。あと殿下にあらかじめ言っておけば完璧ですね。ディモス様は殿下とも親しくされてるようですし、殿下も、気づいていないわけではないんでしょうし」
「そうだな。じゃああらかじめアポロン殿下に話を通して二人きりにさせてもらおう。だが万が一、それでアルテミス様が噂でもされれば申し訳が立たないから、ニケ様、どこかから見ていた、ということにしておいてくれないか?」
「いいですよ。私の証言ならそうそう無下にされませんし、私を見た人がいないこともミーア公爵令嬢やその護衛の方々が気づかなかったことも、『クローデンスだから』で済みますからね」
「ああ。重ね重ねすまない」
「気にしないでください。日ごろお世話になってるお礼ですから」
ごく簡単に相談も終わり、じゃあとまた魔法談義に花を咲かせて、いよいよ立食会当日を迎えた。
「お嬢様、いつの間にハーバー男爵に誘われていたのですか?」
テミスは当日まで知らなかったと不機嫌になっていた。そういえば言ってなかった気がする。いつも気付いたら知ってるから言うの忘れてた。
「いつもの魔法研究の時に。言い忘れててごめんねー」
「全くですわ。前日に準備をと言われても困りますから」
それでもばっちりドレスから装飾品から準備してくれたテミスはさすがだ。優秀で、私には過ぎた良い侍女だ。
「それで、これは何のお遊びですか?」
ディモス様が公爵令嬢と遊びに行ったので、私は隣に現れたテミスとお話だ。そういや立食会のことだけじゃなくて、ディモス様の記念告白のことも言ってなかったや。
「ディモス様が記念告白して玉砕してくるってさ。それの支援頼まれてねー」
「はあ。そうですか」
「まー、日々のお礼だよ。ディモス様嫌いじゃないしー」
なんだかんだ、一貫してミーア公爵令嬢のことを案じてるところは嫌いじゃない。だからこんな、どうでもいいことにも協力してる。
テミスは呆れたように、「お嬢様はお気に入りの方には甘いですわね」と心にもないことを言った。
「テミスが一番のお気に入りだよ?」とふざけたら、「冗談でもやめてください」とマジなトーンで言われたから素直に「はーい」と返事をした。
少しして、戻って来たディモス様は痛々しい、晴れがましい表情をしていたから。
「お疲れ様です」と、長い思慕の終わりを労わった。




