モブ子15 進級後
何もないまま、二年生に進級した。
特に何も変わったことはなかったし、しいて挙げるなら、春季休暇中に領に帰ってロキに『そういえば、そのうち誘拐するかもしれないから身辺整理しといてね』と言って、ロキから『じゃあ準備しておくよ。出来れば三日前には教えてくれるとありがたいな』との返事をもらったぐらいだ。
なお勝手に発案したロキ誘拐&騎士団にプレゼント計画については、父上から『もう好きにしろ』と呆れられただけで終わった。父上はある意味、私に何も期待してないから楽でいい。私が駄目ならティタンに行けばいいだけだし、親子の情もないし、望まれてるのは精々領に害がくることがないようにしろってぐらいだろう。とても楽ちん。
で、のんびり学園生活に戻ったわけだが。
「テミス! あの目の保養になるイケメンは誰!?」
「気持ち悪いですお嬢様」
新たなイケメンが三年生に編入して来てた。
そのイケメンはタルタロスの南にあるアメンティという国から来た皇太子、セト皇子だ。
タルタロスは友好国だしもっとタルタロスのこと知りたいな、という名目で一年間だけ留学してきたらしい。そこで皇太子を寄こすあたり思い切りが良いとは思うけど、まあアメンティは他に皇子も姫もいるし、セト皇子が駄目になったら他のを担ぎ上げればいいだけだからかな。
セト皇子は褐色キャラで、褐色の肌に金髪緑目の青年だ。白くて熱くて臭い液体が映える褐色の肌とか素敵すぎる。しかも傲慢そうな割にヘタレ。これは美味しい。個人的には兄貴キャラがよかったけど、それはもうハデスがいるからなあ。傲慢ヘタレも美味しいから良し。
傲慢ヘタレの褐色キャラは受け様だが、お相手がいない。ヒュプノス先生とか良いと思うけど、……あ、すごくいい。激シコですわ。
でも最近はアレス様が父親の伯爵から言われたのか、なんか私に接触しようとしてくるから適度にかわさないといけないし、仮にも他国の皇太子がいるから学校も緊張してるし、妄想するのも楽じゃないね。
オルペウス様はミーア公爵令嬢じゃない本命がいるみたいだし、アレス様も婚約者と仲良くやってるみたいだから妄想の種が減ったけど、それはそれで滾るのが腐海に住むものの業ってやつよ。ふへへ、嫉妬からのお仕置きマジ滾る。
セト皇子もミーア公爵令嬢に振られてデメテルさんにちょっかい出してるけど、まあ好きにすれば?って感じ。デメテルさんが男になってから出直してきな。セト皇子は褐色キャラの宿命で受け様になるんだよ。白くて熱くて臭い液体をどぴゅどぴゅ浴びる定めなのだよ。
「お嬢様、気持ち悪いです」
とか考えていたらテミスに兄弟が自慰してるのを見てしまったときのような目で見られたけど、テミスとは長い付き合いだし、あながち間違いでもなかったから甘んじて受けた。エロゲとギャルゲとAVは違うのに。用途とか違うのに。萌えとエロは似て非なるものなのに。同じように子宮がきゅんとするけど、違うのに!
使うあてもない子宮の話は置いておいて、テミスに周りに誰もいないことを確認させる。
テミスが大丈夫と合図をくれたので、さっそく話す。
「どうやったら上手く皇太子を殺れると思う?」
「お嬢様、血気盛んすぎですわよ」
「んー、普段はそんなこと言わないけどねー、東との問題でタルタロスが攻められて、弱ったタルタロスにアメンティが攻めてくる未来しか見えなくてねー。そうなったら北に避難して来るだろうし、攻撃されずに助けを求められるだけってのが一番面倒だからねー」
同じ国であるという手前、攻撃されて撃退するのはともかく、守ってくれと移民を申し出られたら弱い。そのままクローデンスに住みつかれても困るし、滞在されるだけでも内部に警戒しないといけないから面倒くさい。ゲヘナのときに受け入れたのは、ゲヘナが滅亡確実で他に行く当てがなく、平時から友好的だったからだ。そうでないと受け入れない。
アメンティの皇太子でも人質に取ればいいか、あるいは東と戦争になる前にアメンティとタルタロスを戦争状態にさせて、さっさと東が仕掛けて来る前にアメンティを片付けるかって感じだ。もしアメンティを片付ける前に東が仕掛けてきたら色々大変なことになっちゃうけど。
これでアメンティから留学生が来ていなければ、アメンティは無関係だから首を突っ込まれることもなかったのになあ。留学生なんか来るから、下手すれば戦争に介入する口実を与えてしまうことになった。アメンティの参謀がそれを考えた上で皇太子を送り込んできたとしたら、相当非情で優秀だな。どうあがいても主戦場はタルタロスだし、アメンティは漁夫の利を得られるポジションだし。
「しかし、お嬢様のお遊びでヘルヘイムを抱き込んだのが生きましたね」
「全く意図してなかったんだけどねー」
しかし私がヘルヘイムを対東諸国戦に一枚かませたことで、状況が変わった。
ヘルヘイムと交渉する用意があることをアメンティは知らない。タルタロスでも上層部と、クローデンスしか知らない。
アメンティは、ゲヘナがない今、東諸国を除けば西方では最弱国家だ。位置が良いから生き残れているだけで、もしヘルヘイム問題が解決したらタルタロスがじわじわと攻めるだろうし、タルタロスと位置が逆なら、とっくにヘルヘイムに征服されているだろう。だからタルタロスもアメンティとは『友好国』というだけで同盟は結んでいないのだ。ヘルヘイムが解決すれば、もししなくても切羽詰まれば、アメンティを侵略するつもりがあるから。ヘルヘイムはクローデンスに任せておけばいい、ということは歴史で証明されてしまっている以上、飢饉でもあれば、タルタロスは遠慮なくアメンティを攻めるだろう。北からの攻撃はないから、遠慮なく。
そういう勢力だから、常時西方一の軍事国家と戦争しているタルタロスが、この上さらに東諸国と戦争でも始めれば、アメンティは嬉々として利益をむさぼろうとしてくるだろう。弱っているところで宣戦布告してくるのか、こっそり東の連中に武器でも売るのか、東にもタルタロスにも援助して戦争を泥沼的に長引かせるのか、どんな手を使ってくるかはわからないが、その時に血を残すため、タルタロスの王族などが鉄壁の防御を当てにしてクローデンスに疎開して来られると困る。
そこで、ヘルヘイムだ。
泣く子も黙る西方一の軍事国家であり、常に領土を狙っている飢えた野獣。そんな危険な国家なのに、どことも外交しないでやって行けるだけの土地と、どこも潰すことが出来ないだけの強さを持っている北の大国。
それを唯一防ぐことが出来るクローデンス領が、首輪をもってヘルヘイムを招き入れたら、どうなるか。
ヘルヘイムの被害を受けないため、クローデンス主導、ひいてはタルタロス主導で話は進むだろう。ヘルヘイムはそれだけ恐れられている国だ。ヘルヘイムを憎んでいるタルタロスが、未だにヘルヘイムの現場指揮官を拷問死させる選択が出来ないほどに。
それはそれで、タルタロスにはアメンティへの抑止力として貸しを作れ、ヘルヘイムも事態に一枚噛めるので、まあ借りは作らないぐらいだが、まあそれはそれだ。
そんな喧嘩しなくても、留学して来ている皇太子を殺せば全部丸く収まる。
アメンティのことがあるなら、ヘルヘイムとタルタロスで仲良くするのは難しい。ロキの楽しい話術があっても、政治的なものを持ち出されれば面倒になる。
だったらヘルヘイムとタルタロスの仲良し計画は放棄して、アメンティを介入させないように、タルタロス内部だけで済ませられるように誘導したほうがいい。
幸い一人殺せばいいだけの簡単なお仕事だし、こっちにはテミスという暗殺のプロもいる。万が一バレても、私たちがクローデンスである以上強いことは言えない。クローデンス領は『北の守り』以外しない領で、今回のことも『北を守るため』のことだ。なら、何の問題もない。なに、最終的にはテミスの主の私が処刑されれば済む話だ。クローデンスが困ることは何一つない。
「ってわけで、上手く殺りたいんだけどさ」
「お嬢様、ですから血の気が多すぎます」
「んー、じゃあ事故を装って私が自分で殺っちゃう? でもそれなら確実に恨みがクローデンスに向くよねぇ」
「お嬢様」
「まあロッキュンが遊びに来たいって言ってるし、気が向くまで保留にしとくよ。でもテミス、チャンスがあったら殺っちゃっていいからね。見つかったら私が責任取るから」
「そのようなヘマはしませんわ。それから、いい加減ロッキュンはやめてください」
「じゃあロキソニン?」
「どこから来たんですかそれ」
「お薬の名前。私はバファリンがいいなあ、半分は優しさで出来てるから」
「お嬢様の優しさは相手には攻撃として伝わる優しさなので、発揮しないほうがいいですわよ」
「あはは、ひどいなあ。いつだって誰にだって優しくしてるのになあ」
「その優しさがない方が良いと言っているんですわ」
テミスに「世の中、ラブ&ピースなんだよ」と答えて教室に向かう。そろそろ昼休みが終わる。
クローデンスは安泰だ。じゃあ、私はのんびりしていていい。
「あ、そうそうテミス」
「はい、なんでしょうか」
「多分ね、そろそろお子様たちが遊びだすと思うから、釘刺しとこうと思うんだよね。アクス侯爵令息と会うタイミング、作ってくれる?」
「──はい、お嬢様」
大丈夫大丈夫、私は平和主義だし、半分といわず、大体優しさで出来てるから。
いじめたりしないよ。
ね、テミス?




