ヒロイン10 変化
二年生の間はイベントなんて総スルーでやってたけど、セト皇子との友情は続いていた。
たとえ私の魔法目当てでも、正直に言ってくれるから不思議と『利用されるなんて嫌だ』とは思わなかったし、つい暴言を吐いても窘めて許してくれるところはありがたかった。
今はまだハデスさん以外の人を好きになる気になれないし、身分が違うってことも、セト皇子を選んだら荊の道を進むことになるだろうということも想像がついていた。
でも彼は良き友人だった。
一緒にいると楽しくて、冗談のように求婚はされるけど、私が嫌がるようなことは決してしなかった。
権力をかさに着て圧力をかけてくることも、今までの不敬を盾に脅すことも、物を知らない私を騙して誑かすこともなかった。
ずっと誠意のある行動をしてくれていたし、魔法目当てなら定期的にセト皇子のところに行って利用されてもいいと思っていたぐらいだった。
「絶対、絶対に手紙書いてくださいね! 手紙くれなかったら、私が農業で成功してもアメンティに行きませんから!」
「すごい脅し文句だな。嫌がられても手紙を送る。俺のことを忘れていたら、無理やり婚姻してしまうぞ」
セト皇子とそんな風に話して、国に帰った後も友情を続けようと思っていたが、ふと、セト皇子が私の手を握ってきた。
なんだかんだ今まで、めったに私の許可を得ず触ったりしない人だったから、驚いた。じゃれ合いとかじゃなくて、なんか、真剣で。
あ、そういう話だってわかった。
「……お前に会えて、友になれて、本当によかった。離れてしまうのが、残念で仕方ない。──デメテル」
セト皇子は真剣に私を見ている。
まるで乙女ゲームのワンシーンみたい。それか少女漫画かな?
でも私はもう知ってる。
ゲームの中の『攻略対象』じゃなくて、ちゃんと生きた『セト』って人のことを、知ってる。
ゲームでは強引で俺様だったけど、実際は細やかな気遣いをしてくれる人だったし、私が失言しても怒ったりしなかったし、意外と思慮深いし、その割に正直で信頼できるし。
きっと、悪役令嬢もニケさんも、そうなんだ。
ゲームの中の、創作の中の世界じゃなくて、ここが現実で、ここが私の生きていく世界なんだ。
そうわかってるから、私みたいに前世に引きずられたりしなかった。戦地で育ったニケさんは価値観がひっくり返されただろうし、悪役令嬢は処刑される未来を知ってたのに、現実逃避しないで受け入れて、努力した。
私みたいに逃げなかった。
ハデスさんにフラれて、やっとここが現実なんだって実感して、セト皇子を通してゲームなんて関係ないって理解した。
ここは現実だ。
セト皇子は、ゲームとかシナリオとかルートとか関係なく、私を見て、好きになってくれたんだ。
「嫁に来てくれないか?」
私が失恋を乗り越えてる最中で、他を見る余裕がなかったから、冗談にしてくれてた言葉。
今は、冗談にしちゃいけない言葉。
創作の中みたいに格好良く、抱き着いたりキスしたり、あるいはきっぱり断ることは出来ない。
だってこれは現実だ。
真摯な言葉と、私とセト皇子の立場と、私の夢と、考えることはいくらでもある。
「……最後に、友情に裏切るようなことを言ってすまん。だがどうしても、伝えたかった」
セト皇子は返事をしない私に、痛々しい笑みで言ってくれる。
気遣ってくれてるその態度は、この一年間、私を包んでくれていた優しさで。
──そんなの、一瞬で決断出来るわけないじゃん。
「仮に私が了承したとして、私を正妻で迎えることって、出来ますか?」
好きな人の一番になりたい。
でも、それって出来るの? 二番でもいいよ、とは言えない。二番でもいいから愛されたいって言うほど愛してないし、一番になれなくていいと思えないぐらい好きだ。
「珍しい魔法が使えるだけの貧乏貴族の娘ですし、その魔法もまだまだ未熟で、何の成果も出してません。セト皇子のことは信じてますけど、セト皇子の国のこと、全然知りません」
「……そう、だな」
「だから」
セト皇子のことは嫌じゃない。
でも手放しで飛び込めるほど私は強くない。
信じて待てるほどの自信は、ない。
「ここでは、断らせてください。でもいつか、セト皇子が私を正妻に迎えることが出来るような地位になって、そのときにまだ私のこと妻にって思うなら、また求婚してくれたら嬉しいです。逆に私が乗り込んで大丈夫なぐらい強くなって、その時まだセト皇子が一人なら、求婚に行っても良いですか?」
それまでは友達でいたいです。
その間に他に好きな人が出来たら、祝福します。
私だって待ってませんから。素敵な人がいたらゲットしますよ、今度こそ。
図々しいけど、セト皇子のことは断るしかなくて、でもセト皇子が嫌なわけじゃなくて、そんな我儘を言い出してた。
余韻に浸って夢を見るぐらい、許されるでしょ?
ここは現実なんだから。
夢ぐらい、見させて。
「……後で後悔させてやる。あそこできっぱり振っておけばよかった、と」
セト皇子は、やっと表情を綻ばせて笑ってくれた。
私も「望むところです。甲斐性なしに嫁ぐ気はありませんから」といつものように笑って言った。
それから二人で少し話した。
セト皇子は「真剣に考えてくれて嬉しかった」「友情に背いたから、今まで裏切っていたと嫌われたくなかった」「たとえお前が『素敵な人』をゲットしても、俺はお前の友だ。何かあったら頼れ」と言ってくれた。
私も「セト皇子こそ、困ったことがあったら逃げてきても良いんですからね?」「私に価値があるなら、いくらでも利用してください。それがセト皇子の助けになるなら本望ですから」と言った。
じゃれ合いながら、セト皇子が帰るまでの残り短い期間を精一杯楽しんで過ごしていると、
「我々はタルタロスに宣戦布告する!」
嵐が、訪れた。




