攻略対象:隣国の皇子 変化
俺はセト、アメンティの皇太子だ。
昔訪問したタルタロスで出会った、ある女の子のことが、ずっと好きだった。
女の子は自由奔放で、平気で木に登ったり川に飛び込んだり、やりたい放題だった。
皇太子としてそんなこと出来ないと思っていた俺は驚くと同時に嫌悪した。なんと無責任で無知な、と。
しかし女の子は不思議そうに、『でもこれは、私の人生なのよ?』と言った。
『誰かのために譲って、それで死んじゃっていいの? だって私が木登りしても川を泳いでも、ばれなきゃ誰にも迷惑は掛からないじゃない』
『なんでそんなに自分を縛るの?』
『私の人生は私のものなのに、楽しんじゃいけないの?』
その女の子は後日、とある令嬢だと紹介された。
俺のことは地元の子供だと思ったのか覚えていないようで、実に恙なく令嬢らしく挨拶をしてくれた。
彼女はああやって息抜きをして人生を楽しんでいるんだな、と思った。
つい求婚などしてしまったが、自由でありながら生まれた立場の責任も果たしている彼女に憧れ、好きになっていた。
その彼女がずっと心に残っていたので、俺が『皇太子』という立場に縛られる前の、自由に活動できる最後の年に、彼女に会いに行った。
東が荒れ、北でもきな臭いようだったので止められたが、最後だから、一年だけでもと無理を言って彼女の国に留学した。
「ごめんなさい」
そして彼女に断られた。
彼女には立派な婚約者がいて、国を愛していて、だから俺の申し出は受けられないのだという。
薄々、そうなるだろうとは思っていた。俺が出会った時にはすでに彼女には婚約者がいたし、あの自由な彼女が自分のものになるとは、思えなかったから。
断られて、痛みと共にどこか胸のつかえがとれたような、すっきりした気持ちになれた。
これで憧れを諦めて、前に進める。
しかしそうなると、我儘を言ったことが気がかりになってくる。我儘を言って留学させてもらったのに、何の成果もなく帰るのは憚られた。どうしようかと考え、じゃあと目を付けたのが『豊穣』の魔法を使える少女だった。
少女の『豊穣』の魔法は我が国でも重宝されるだろう。未だ特定の相手もいないようだ。少女の身分も高くないので、身分ゆえに国から離れられないということもない。打ってつけだった──彼女と違って。
少女を連れ帰れば我儘を言っただけの成果は持ち帰れると、笑顔で話しかけては口説いた。年頃らしく惚れてくれでもしたら話が早い。あれやこれやと粉をかけた。
「あの、私はそちらに行って農業を手伝うことはありませんから」
しかし少女はおずおずと断って来た。
狙いがわかっていたのか。
見抜かれたことが面白くて付きまとうと、少女は根が単純なのか、ぽろぽろと口を零した。
吐かれる暴言が面白かった。
少女は正直で、迂闊で、そのことを自覚していた。
自分には身分がないから無理です、能力がないから無理です、他国で生きていけないから無理です、などと馬鹿が着くほど正直に断って来た。
ああきっとこいつも、人生損してるんだろうな、と思った。
あの女の子のように適度に人生を楽しむことも出来ず、俺のように雁字搦めに縛られて、その中で伸びようと必死に光を目指しているんだな、と思った。
だから友達になった。
俺も正直に「手土産になるから側室になれ」と言った。
少女は「私が成功して暇が出来たら、友達ってことで救いに行ってあげてもいいですよ」と笑った。
不器用な者同士で、距離を上手に取ることも、格好良く抱きしめることも出来ず、へたくそに殴り合って、お互いの傷を笑った。
嫁に来いと求婚したのを、またいつものかと笑い飛ばす少女を見ながら、本当に連れ去ってしまいたいと思ってるなんて言ったら、どんな顔をするんだろうかと考えて、胸が痛んだ。




