悪役令嬢15 嵐の予兆2
オルペウス様から話を聞いて、私がまず思ったのは、ニケ嬢が黒幕だったら怖いな、ということだ。
北で騒動が起きたことはわかっているが、それの詳細は知らない。ヘルヘイムは交戦中だから情報が来ないのは当然としても、対ヘルヘイムで戦っているクローデンス領も情報を漏らさないのだ。
ある種の治外法権で、『干渉しさえしなければ平和』だと言われているが、こんなときばかりは情報共有をして欲しい。
何しろ、話を聞く限り、東のことについてニケ嬢は情報を持っている可能性が高い。
今まで王都に暮らしていて、第二王子であるアポロン様などから情報を聞くことが出来る私よりも東の情勢について知っているのだから、北が関係しているか、間者がいるかだろう。
どのルートからの話なのか、もっと詳しく分からないのか、問い詰めたい思いでいっぱいだ。
この一年ほどニケ嬢のことを見て来たが、彼女は北のことが絡まない限り、大概は広く浅く、優秀ではあるがそれだけ、という感じの目立たない人間なのだ。
勿論異世界人で戦場育ちなこともあり、魔法の模擬戦などで負けたところは見たことがないが、かといって常勝を続けているわけでもなく、大抵はうまい具合に引き分けて終わらせている。
今まで治外法権な北にいたこともあり、ほとんど過去も、どんな人間なのかもわからない。
脳筋だとは思うが、それが演技でない保証がない。
そもそも、私が彼女をおかしいと思うのは、彼女が人脈づくりをする様子がないからだ。
ヒロインは貧乏貴族の娘で、まだこちらの世界に馴染めていないし、家ではなく本人が力を持っている。
下手に手を結んだら面倒なことになるし、自身で対処できないから孤立するほうが争いに巻き込まれずに済む。そういう意味では、あのニケ嬢への暴言も、いい具合に人避けとして作用してくれた。辺境伯令嬢にあそこまでの暴言を吐いて、いつ軍事力で報復されるかわからないような人に言い寄る馬鹿はいない。共倒れの未来しか見えないもの。
ハデスとのことも上手く振り切って結果を出してくれているし、セト皇子だって、友達か側室なら問題はない。仮に正妃になっても、それはもうアメンティの事情だ。もし何かあってアメンティから苦情が来ても、タルタロスとしては『権力もない男爵令嬢なんか正妃にしておいて期待するほうがお門違いだ』と責任逃れ出来る。そもそもこの留学自体、アメンティ側がかなり無理を言って実現している。それで間違いがあったって、『だから反対してたのに』で終わる。アメンティは友好国だし、うちにはヘルヘイムという外敵もいるから険悪な仲にはなりたくないけど、だからといって遜る必要はない。
なぜなら、うちにはクローデンス領がある。
建国以来、クローデンス領が落ちたことはない。ヘルヘイムへの抑止力というのなら、アメンティに頼らずとも、クローデンス領で十分押さえ込めている。だから、『こっちは北に対して何の憂いもありませんし、どうしても文句があるというのなら戦争しますか?』なんて強気な交渉も出来る。クローデンス領は完全に独立した戦力だから、あっちで戦ってる間にこっちで戦争しても、北からの奇襲はない。
と考えると、やっぱりニケ嬢が重要人物になってくるのよね。全てはヘルヘイムからの攻撃をクローデンス領が全て防いでくれるっていう前提の話だもの。
あまりの態度に誰も下手に触らないけど、貴族の女の仕事って、人脈づくりと情報収集でしょう? 戦地ならなおさらそういうのが必要になるはず。ヘルヘイムが本気で攻めて来た時のために迅速に兵を派遣してくれるよう密約を交わしたり、北から引っ張り出されないように交渉したり。それにあの領では政略結婚はしてないけど、あの『クローデンス家』の娘が選んだ相手って、結構なステータスよね? 全てと縁を切って嫁入り、と言っても血のつながった家族なわけだし、有事の際に実家に手助けできるように、いろいろ仕込むものでしょう?
ニケ嬢は結婚する気はないそうだし両親からも嫌われてるみたいけど、それならなおさら、自分で生きて行けるだけの人脈を作らないと不味いじゃない。
てっきりアレス様に取り入って国家騎士団に潜り込んだり、ディモス様と親交を深めて魔術師として職を得たりするものだと警戒していたけれど、この一年、そういうのが一切ないのよね。
ディモス様とは未だに親しいし、アレス様ともそれなりに話すこともあるようなのに、そういう動きが全くないのはどういうことなのかしら。
親しくなるための準備期間、としても、まるで関係を進める気はないしあれ以上の動きもない。
その中での、今回のオルペウス様を通じての牽制。
……まさかこの一連の騒動、ニケ嬢が主犯じゃないわよね?
クローデンス領は北にあるから、王都が攻められても戦場にはならない。ヘルヘイムのことがあるから参加しない、というのは今までの実績で認められている。何しろ不参加の前例しかないのだから断るのは容易だろう。
王都を東の勢力に攻め込ませておいて、そこで何かしようとしている?
あえて言うまでもない牽制をしたのは、父親に、クローデンス領現当主に出て来られると不味いから、そもそも応援要請が行かないようにしたかった?
人脈を作らないのは、たとえ作っても戦争でつぶれるとわかっているから?
肝心のニケ嬢の目的は読めないが、ニケ嬢が主犯でもおかしくない図式は出来ている。
情報を出す気がない様子、王都とつながりを欲しない態度、実家を出さないようにする牽制、ゲームになかった東の騒動、国家情勢ばかりヒロインに聞いた態度。彼女あh生まれたときから転生者の自覚があった。平和な日本人が戦場で育った結果は。脳筋のように見せかけているが馬鹿じゃない。問答無用で結婚を封じる、まるで事前に用意されていたかのような理由。攻略対象の中でも随一に攻撃力があるディモス様にすり寄っていた。ゲームを知らない転生者。ゲームにはなかった騎士団との演練。
──本当に彼女はゲームを知らないの?
ぽつん、と落ちたのはそんな疑問。
もし知っていて、男爵令嬢が第一王子と結婚するような事態を防ごうとしたのなら。
ゲームのシナリオなんて全部リセットしようとしたなら。
まるでクソゲーのディスクを叩き割るときのように、ハードごとひっくり返そうとしたのなら。
……まさか、そんなこと、ないわよね?
まさか、ね……?
そう思いつつも、完全に否定することは出来なかった。




