攻略対象:宰相の息子 嵐の予兆
「アクス様、少しお時間よろしいでしょうか」
無表情で静かな声の女性に話しかけられたのは、丁度誰もいない庭園のところだった。
自分はその女性のことを知っていた。
「……いいですよ。何でしょうか、クローデンス様」
ニケ・クローデンス。
友であり主であるアポロンの婚約者のアルテミスが気にしていた女性であり、北の国防に携わる重要な領の娘であり、どこか得体の知れない人物だ。
またクローデンスは王さえも迂闊に手が出せない、不干渉地帯のような一族だ。干渉さえしなければ無害。だから触るなと言われている。
丁度昨年の夏に北が騒がれていたし、その前には国家騎士団をやり込めている。それでいて、器用に立ち回り、自分たち──アポロンやアルテミスから距離を取っていた。
それなのに、何故アポロンの友である自分に声を?
警戒しながらも、「あなたが話しかけてくださるのは珍しいですね」と笑みを向けた。侯爵家の人間である自分の方が身分は上だが、下手なことは出来ない。クローデンスは立場が特殊で、……ニケ嬢は何をしてくるのか分からない。
ニケ嬢は「急にお声をかけた無礼をお許しください」と、あくまで無表情で答えた。
ぴくりとも表情を動かさないので、何を考えているのか全く分からない。
「東のことはご存知でしょうか」
ニケ嬢はそう言った。
東。
今、何かが起こりそうである場所。
思わず緊張が走る。
「……ええ、噂程度には。あなたは何か知っているのですか?」
「はい、第二王子殿下のご友人である、アクス様にお声かけする程度には」
なんだ、何を知っているんだ。
不安が渦巻く。
北のいざこざは、まさか東がかかわっていたのか? それとも東に間者でもいたのか?
令嬢は「私はクローデンスの人間であるということを前提としてお聞きください」と前置きして、
「決して我らを動かそうとは思わないでください」
と言った。
何のことかわからなかった。
でも自分の理解を待つことなく、令嬢は無表情で、淡々と続ける。
「私は確かに今、王都にいます。けれど私は王都を守る任を負った騎士ではありませんし、我が身のために任務を放棄させるほどのものでもありません。我らの邪魔をしないでください。我らは北の守護をするのみです」
それだけ言って、「では、確かに伝えましたので」と挨拶をして去って行った。
何なのかまるで分らなかった。
しかし徐々に、国が東の戦争に巻き込まれるかもしれないこと、それに対してクローデンス領は援助をする気がないことを伝えたのだとわかった。
クローデンスの娘なんだから防衛戦に参加するだろう、とか、クローデンスの娘を救出するためにクローデンスも動くだろう、とかいう甘い考えは一切持つな、と言ったのだ。
自分は宰相の息子で、第二王子の友人。
恐らくニケ嬢が話しかけられる中で、最も上に話が通りやすい立場の人間だから自分を選んだのだろう。宰相である父に話すことや、第王子経由で王家に話が伝わることを期待して。
もし対策を練る話し合いが始まったら、牽制させるために。
引っ張り出そうとして無益な争いをさせないために。
なるほどこれがクローデンスか、と得心した。
こういう一族だから、ずっとぶれなかったのだろう。
しかしこうして一対一で話したのは初めてだったが、どうにも不思議な女性だった。
まるで伝言のためだけの間者のような、正体不明と言っていいような……。




