ヒロイン9 進級後
ゲーム通り、三年にセトが編入してきた。
ゲーム通りに出会わないように逃げてたのに、何故か、本当に何故か、セトに気に入られてしまった。
多分、私が『豊穣』の魔法を使えるからだと思う。
セトの国は砂漠が多く、水不足だったり土壌が痩せていたりして、あまり作物が育たない。だから私が欲しいんだろう。
面倒だったから、「あの、私はそちらに行って農業を手伝うことはありませんから」と断ったら、……断られたのが新鮮とかで、さらにアプローチを受けた。
あなた、悪役令嬢に惚れてたんじゃないの?
惚れてたと言えば、ディモスもニケさんと仲良くしてるみたいだし、アレスも本来なら婚約者が出来るはずなのに出来てない。
変なの。
でもセトルートは嫌なんだよね。私、農家になりたいから。
ハデスさんに振られてから考えたけど、私に出来る最大のことって、この『豊穣』の魔法を使うことだと思うんだ。
私は貧乏貴族だし、周りの領民たちも貧しかった。でも貧しい中でも笑っていられたのは、食べ物があったからだと思う。
飢え死にすることはないから、貧乏だ貧乏だって笑いながら日々を楽しく過ごせていた。
じゃあ私はその食べ物を生産する人になりたい。勿論農業なんてやったことはないし出来ないだろうけど、『豊穣』の魔法を使って凶作を最小限に治めるとか、不毛な土地を豊かにするとか、そういうことをやっていきたい。
だからアメンティには行けない。私が笑顔にしたいのはこの土地だから。この国の人たちを飢えることがないようにしたいから。
まだまだこの『豊穣』の魔法を使いこなせてないと思う。日本の現代農業の技術だって知らない。
でも農業のことや土地のこと、『豊穣』の魔法のことを学んで、飢えることがなくなれば。
……きっと、ハデスさんも幸せになってくれる。いろいろ教えてくれた、きっぱりフッてくれた恩返しができる。
「おい、デメテル」
……なのに、なーんで邪魔してくるかなあ?
あんたはおよびじゃないってーの!
「……なんでしょうか、セト皇子」
「嫁に来い」
「謹んでお断り申し上げます」
「何故だ」
「身分が違いすぎますし、私はこの国を愛しているので」
「案ずるな、我が国も良いところだ」
「…………」
全然話聞いてくれない。どうしよう。
だーかーらー、こういうのいらないんだって!
ルートは回避、フラグは折れ!
あー! 悪役令嬢に懐いてればいいのに! あの人、すっごい鈍感だからこういうストレスなさそうだしさー! もー! うっざい!
「嫌ですってば!」
「何故だ?」
「何故じゃないです! なんででも、です!」
「なんででも、か。はははっ、じゃあ俺もなんででも、だ」
「うっざ! ……あ」
やばい、ついうざいとか言っちゃった。
青ざめて口を押えるけど、セトはそんな私に笑って、額を突いた。
「威勢がいいな。俺は正直者は好きだぞ」
「……無礼をお詫び申し上げます。貧乏貴族だから、育ちも悪いし口も悪いんです。王族に嫁ぐなんて無理です。諦めてください」
「ふむ、では友でどうだ? 俺はお前のことが好きだが、今のところは友で我慢してやろう」
「我慢ってなんですか! ……言っときますけど、私の理想は高いですよ」
「ほう?」
「格好良くて、男前で、優しくて、でも甘やかしたりしないで、厳しくて、……隣に立ちたいって、思える人です」
──ハデスさんみたいに。
セトは、私の高い理想を聞いて苦笑した。
「昔の恋人か?」
「いいえ、好きだった人です。いつか、フッたことを後悔させる人です」
「……なるほど、これは手ごわいな」
セトは笑って、「だが諦めんから、覚悟しろ」と言った。
「ミーア公爵令嬢がお好きなんでしょう?」と私が返すと、「ああ、好きだったな。だがきっぱりフラれている。同じ失恋仲間だ」と言うので思わず笑って、「負け犬同盟でも組みますか?」なんて言っちゃった。
今は、付き合うとか結婚とか、考えられない。
でも、同じ傷をなめ合う仲間なら、いてもいいかもしれない、なんて思った。
「いいな、では俺たちは負け犬同盟の仲間だ」と笑うセト皇子に、「ええ、仲間です」と笑顔を返した。




