ヒロイン8 冬季休暇後
ハデスさんはいつも悪役令嬢といた。
攻略対象みたいに入れ込んでるんじゃなくて、面倒見のいいお兄ちゃんみたいに悪役令嬢に気を配ってた。
私にするみたいに、悪役令嬢に接していた。
わかってる。
ハデスさんは『近所のお兄ちゃん』で、私のことが好きなわけじゃないし、私だって、新生活に慣れなくて、優しくしてくれた人なら誰でもよかったんだろうって。
でも、今じゃハデスさん以外嫌だって思う。
特別になりたいし、いろいろ話したい。傍にいたい。
悪役令嬢は、ディモスとニケさんが仲良くなってフォローしていて、そのフォローのためにオルペウスとよく行動してアポロン様が嫉妬して周りの人は大変そうだった。
かと思えば私をいじめていた令嬢たちを断罪して大人しくさせたり、王様から呼び出されて何か話してたり、商品売ってるからっていろいろお金のこと話してたり、本当に忙しそうだった。
ハデスさんも付きっ切り。
忙しいもん、仕方ないよね。ハデスさんは悪役令嬢の従者なんだから、当然なんだよね。
諦めなきゃ、いけないんだよね。
……私は悪役令嬢に手紙を書いた。
冬季休業に入る前に、ハデスさんと話させてほしい、と。
悪役令嬢は、冬季休業はこっちで過ごす予定だから、冬季休業前なら構わない、と返事をくれた。
「ハデスさん、今日は我儘言ってごめんなさい!」
「いーっていーって、買い物だろ? 一人じゃ行きづらいもんな」
ハデスさんには『買い物に行きたいからついて来てほしい』と言った。
そこで、最近頑張ってるだとか、成績優秀ですごいとか、よく我慢してるとか、いろいろ褒められた。
ご褒美に、と、お菓子を買ってもらった。
甘くて、美味しくて、……子供っぽくて。
まるで私のお手軽な恋愛みたいだな、と思った。
「今日はありがとうございました」
買い物が終わって帰りに、学校に帰る前に呼び止めた。
時間にしたら、たった三時間。
でも楽しい時間だったし、この先一生、忘れない。
「私、ハデスさんのことが好きです」
昔の田舎娘じゃなくて、ちゃんと着飾って、貴族令嬢に見えるでしょ?
私、綺麗でしょ?
あなたに綺麗な私を覚えてもらいたい。綺麗な思い出になりたい。
こんなに頑張ったの。
あなたのおかげで、一年間、頑張れたの。
ハデスさんは、いつも通り男前に笑ってくれた。
「綺麗になったな、デメテル。もっと綺麗になって、もっといいやつ見つけて、幸せになるんだぜ。──ありがとう、ごめんな」
「……っ!」
もっといいやつ、なんていらない。
あなたが好きなの。あなたと幸せになりたいの。
残酷な断り文句は、私の思いを綺麗に断ち切って、傷を浅くするため。
そんなあなたが好きなのに。
涙をこらえて、笑顔を向ける。
「将来、断ったことを後悔させるぐらい、綺麗になってやるから。私に惚れられてたことを自慢出来るぐらい、綺麗になってやるから……!」
「ああ。デメテルに惚れられて、それを断ったことを自慢して言いふらしてやるさ。だから幸せになれよ。もう、暴言吐いたり逃げたりしちゃ駄目だぜ。そんな女じゃ、自慢になんねえからな」
わかってる、と答えたのは聞こえただろうか。
涙があふれ、堪えられなかった。
好きだった。
でも。
さようなら。




