悪役令嬢12 立食会
あのディモス様が、ニケ嬢に相手を申し込んだ。
ど、どどどどういうこと!?
ディモス様は、ゲームでは、ヒロインに選ばれなければずっと独り身で研究に打ち込んでいたはずなのに。ゲームの開始は二年生からで、そこまではルートに入るわけないのに。
そもそも、ニケ嬢とディモス様って、接点ないじゃない!
どういうことなの?
「アルテミス、気になるのか?」
狼狽していたら、アポロン様が微笑みながら声をかけてきた。
……アポロン様も、ニケ嬢に話しかけに言ってたわよね?
もしかして、何かあるのかしら?
「ええ、気になりますわ。アポロン様、クローデンス辺境伯令嬢がいかがしまして?」
「うん? ハーバー男爵が取られそうだから、気にしているのかい?」
アポロン様は、なんでか笑顔が怖い。そうやって罠に嵌めて追放しようたって、そうはいかないわよ。
「何のことかわかりませんわ。私は、私の愛しい婚約者様や、親しい友人たちが、いきなり大勢で女性に話しかけなどするから、気にしているのですわ」
ニケ嬢はしっかり対応していたからいいけど、あれはやられたら迷惑でしかない。私も、最初の頃はああやっていきなり複数人から話しかけられて、誰からどうやって対応していいのか迷い、混乱した覚えがある。
ほとんど知らない、クラスメイトでしかない男性から、しかも王族とか侯爵とか高い身分の男性たちから話しかけられて、迷わず対応するのは難しい。彼らは呑まれそうになるほどイケメンだし、ニケ嬢は今まで戦地にいてまともに社交もしていないし、考えるだけで恐ろしい嫌がらせだ。なんて陰湿なんだろう。そんな人たちじゃないと思ってたのに。
アポロン様は、「アルテミスは、相変わらず変わってるなあ」と苦笑して、「ちょっと夏季休暇前に、手合せをしてもらったんだ。その時に、ハーバー男爵も負けてたから、気になったんじゃないかな」と言った。
ちょっと待て。
手合せ?
一人の女性に寄ってたかって、手合せ?
王族のアポロン様が、侯爵令息のオルペウス様が、辺境令嬢の彼女に?
騎士を志していて、大会などでの実績もあるアレス様が、天才魔術師としてすでに働いている、本職の魔術師であるディモス様が、戦地にいたとはいえ貴族のご令嬢に?
チートなんて使わず、まっとうにまっとうな努力で魔法を扱うニケ嬢に、剣なんて持たせたら持った腕の方が折れそうなほどのか弱い女性に、手合せ?
以前、私とヒロインとニケ嬢を巻き込んで戦わせたときも思ったけど、さすがにもうこれは見過ごせない。
何を考えてるの?
相手は女性なのよ?
いくら戦地の生まれでも、指揮官として優秀でも、常に無表情で冷静そうに見えても、変わった趣味や性癖があっても、か弱い貴族令嬢なのよ?
信じられない。
アポロン様に「ちょっとお話、よろしくて?」と笑顔で脅してよくよく話を聞いたら、もうニケ嬢に土下座したくなった。
王族から手合せ申し込まれたら、それは辞退するわよ。それと引き換えに代わりの者と、とか言われたら、一度断った手前、受けるしかないわよ。ただの強迫じゃない!
それで男と三連続やり合って、こうやって新学期そうそう絡まれて、災難すぎる!
ディモス様はもう男爵位を賜ってるし、ニケ嬢は跡を継がないし、ディモス様に申し出られたら受けるしかない。
もう本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんって謝りたい……。なんで攻略対象ってこんなに平和な頭してるのよ! 年頃の子供ってそんなものなの!? それすらも罠なの!? やだ怖い!
とにかく、もう女性に手合せとか申し込まないように、ときつく言いつけて、その場は収めた。
そして立食会の日、私はアポロン様と参加していた。
ヒロインは不参加で、ニケ嬢はディモス様と参加している。アレス様、オルペウス様は不参加だ。相手がいない、とか言ってたけど、二人ならいくらでもいると思うのにねえ…。
アポロン様と話しながら、こそり、と二人の傍に行く。アポロン様はもう、『君は俺たちよりクローデンス辺境伯令嬢のことが気になるみたいだ』と呆れて笑ってしまっていたけど、誰のせいで気にかけてると思ってるのよ。アポロン様の婚約者だからこそ、こうやって各所に気を張ってるのに。
そう言えば、何故かアポロン様は感激して、何かしようとしたみたいだけど、タイミングよくハデスが来たからしぶしぶ離れて行った。ハデスに後から、『お嬢さん、魅力的なのは結構だが、もうちょっと警戒してくれや』と注意されてしまった。よくわからないけど、罠は常に警戒してるわよ?と言えば、『駄目だこりゃ』とばかりに大きなため息をつかれた。ほ、本当に昔からお世話になってます…。
ともあれ、ディモス様とニケ嬢の会話は、お互い無表情で交わされていた。
「あの結界魔法はすごいな。結界魔法しか使わないところも」
「後方支援しかできないので。ハーバー男爵も、詠唱が短くて追いつきませんでした」
「いや、俺よりアルテミス様のほうが短くて威力も大きい」
「さすがミーア公爵令嬢ですね。しかし詠唱の長さや威力に差があると言いながら、ミーア公爵令嬢すら下すと聞いていますが……」
魔法の話しかしてなかった。
しかもこの後、そのままほとんど私の話と、たまにヒロインの話と、アポロン様とかの話をしていた。
……そっと離れる。
「……アポロン様、あれ、どう思われます? なんというか…こう、もうちょっとこう…」
「うん、わかるよ……。ニケ嬢は徹底して建前を崩さないし、ハーバー男爵は話し運びが不得手のようだし……」
「お二人とも、興味の対象が魔法にしかありませんものね…」
「大丈夫かなあ……」
周りの方々から『仲がよろしいのねえ』と微笑ましく見守られていたがその時は気付かず、アポロン様とニケ嬢たちを見ていた。
ていうか、本当に二人ともそういう感じがないのよね。
ニケ嬢は無表情で素を見せず、しかししれっとそつなく対応してるところが怪しく見えるだけだし、ディモス様もディモス様で言葉少なで流されるままのようでいてニケ嬢を観察しているようにも見えて、恋愛っていうより裏取引って感じだ。
ニケ嬢が素で黒幕っぽく見える雰囲気黒幕なのはこの前わかったし、ディモス様も元孤児で魔術の天才で常識から違うし、無口な方だから何を考えているか分からないところはある。
だからなおさら、『組織の裏幹部(No.2あたり)が密会している』という風にしか見えない。ちょっとした動作、料理を取ったときの視線とか何でもない指の動きとかが、意味深に見えて仕方がない。
「……そういえば」
こそこそと見ていたら、ニケ嬢がふと、そう言い出した。
今までは話題を遠ざけたり、自分の発言しやすい話題を膨らませているだけだったのに、話を断ち切って、切り出した。
思わず身構えた。アポロン様も一緒に事態を見守っているようだった。
ニケ嬢は意味ありげにグラスの中でジュースを回し、ちらりとディモス様に視線を向けた。
「ハーバー男爵は、その魔術の才で男爵位を賜り、魔術の研究員として研究所に勤め、さらに新たな地位に馴染みやすいようとのご配慮で、ミーア公爵令嬢を紹介いただいたと伺っていたのですが」
「……ああ、元孤児だったが、何か?」
ディモス様も目を細め、かちゃりとフォークを皿に置いた。
緊張感が漂う。
それは私たちだけではなかったようで、給仕の者や近くの生徒たちもその冷たい空気を感じ取り、推移を見守っていた。
ニケ嬢が無表情でディモス様が置いたフォークに視線をやり、そのままたどるようにディモス様を見つめた。
「…………」
「……何か?」
無言で見つめるニケ嬢に、ディモス様はますます目を細め、視線を受け止め見つめ返した。
ニケ嬢はそれでもじっと見つめて、ふっと、少しだけ、本当にほんの少しだけ、口角を上げた。
「良いご縁に恵まれたのですね。それほどの魔術の才をお持ちで、本当に、よろしかったですね」
「…………」
ぴくり、と、ディモス様が片眉をやや上げた。
ニケ嬢はその反応を待たず、また無表情で自分の飲み物に視線を向けている。
しかしディモス様はニケ嬢から視線を外さない。
「……それが、何か?」
「…………」
ニケ嬢はディモス様からの言葉に、ゆっくり、ゆっくりディモス様に視線を移して、ことさらゆっくり、うっすらと微笑んだ。
「……いいえ? ただ、孤児は辛い生活も多いでしょうから、才能があって、良い巡り合わせに恵まれて、よろしいことですね、と、感想を口にしただけですが……?」
まるで挑発するような言葉に、私のみならず、アポロン様も息をのんだ。
ディモス様は、さっと表情を消した。
あれは知ってる。まだ貴族の生活に慣れていなかったころ、よく見た顔だ。孤児だと馬鹿にする人に対するときの、感情をシャットアウトしたときの顔だ。
「……ああ、幸運だったと思っている。その時に、孤児だと嘲る輩ばかりでなく、自身を見てくれる人がいたことは、本当に幸運だった」
「……ああ、わかってらっしゃるんですね」
ニケ嬢はなるほど、とばかりにまた微笑んだ。
それは、ちょっと嫌な、嘲笑するような色が見えた。
「よろしかったですね、良い方に囲まれて。環境次第では、どれほど魔術の才があろうとも、貴族的でないというだけで、潰されてしまうこともありますから」
その言葉に、はっとした。
ヒロインだ。
孤児なのに、魔術の才で貴族となったディモス様
貧乏貴族の娘なのに、特殊な魔法を使えるがために、国のために分不相応なほど役立つことを期待されているヒロイン。
ディモス様は、私やアポロン様、オルペウス様のサポートで馴染むことが出来た。その時幼かったことも良い方に働き、教育することが出来た。
でも、ヒロインは紛いなりにも貴族で、もう結婚も出来る年齢で、だから生活環境の違いなんて無視され、ただふさわしくない振る舞いを咎められるだけ。
ハデスに習ったり、本人なりに馴染む努力はしていたし、あのニケ嬢に暴言を吐いた一件以外は、目立って批判されるような振る舞いはしていない。
努力してないわけじゃないし、結果が出てないわけでもない。
けれど今、遠巻きにされ、迫害されている。
そのことを揶揄しているのかもしれない。
彼女は浅はかだしニケ嬢への暴言は庇いようもないけど、同情出来るところがないわけでもない。彼女は、ただ不運だっただけだ。『豊穣』なんて魔法が使えなければ、そんな才能なんてなければ今までのままでも十分だったのに、才能があったばかりに未知の世界に飛び込むことを余儀なくされた。
さらに彼女は異世界人で、まだ子供で、最近自覚したばかり。
……手を差し伸べる気はないけど、同情や、罪悪感は、感じる。
その考えを後押しするように、ニケ嬢は「才能ばかりでは何にもなりません」と、またグラスに視線を移して、グラスの中で飲み物をくるくると回す。
「いつぞや、アフロディーテ男爵令嬢と話したことがあるのですが、その時に痛感しました。才能だけでは駄目だ、と。──しかし才能は凡夫には強大なものだ、と」
くるくる、くるくる。
無表情のディモス様と、くつりと喉の奥で低く笑うニケ嬢。
才能のせいでそれまでの生活を取り上げられ、無理やり新たな環境に連れられ、なじむよう強要された二人のことを言っているのか。
周りの、隣のアポロン様の反応を見る余裕もなかった。
彼女の言葉を待っていた。
「あのとき、アフロディーテ男爵令嬢に、ミーア公爵令嬢は勝利なさいましたね。魔術の才で取り上げられたハーバー男爵に勝利したアフロディーテ男爵令嬢を、特別功績を誇るわけでもないミーア公爵令嬢が下しましたね」
「……元孤児や男爵令嬢では公爵令嬢には勝てない、とでも言うおつもりか?」
ディモス様の冷ややかな声が振ってきて、それに凍てつく間もなく、ニケ嬢が「身分で戦が決まるものなら、我らはとうに落ちているでしょう」と、おかしそうに小さく目を細めた。
ディモス様は身分差別のことを言っているように感じてるみたいだけど、彼女は異世界人で、そのあたりは非常に寛容だ。そうでなければ、ヒロインのあの暴言を許しはしなかっただろう。
ニケ嬢はグラスを置き、ディモス様にきちんと向き直り、真正面から見つめた。
何かが起こる予感に、ディモス様もぴくりと表情を動かした。
ニケ嬢は、すっと表情を消した。
「才能のない私でも、鍛錬を重ねれば才能のある方に近づけるかもしれないと、思うのです。才能が全てというわけではありませんが、非才の我が身にはその差は遠すぎます。ですので、ハーバー男爵に教えをいただければと、思っております」
…………うん?
えーと、簡単に言うと、『魔法教えて』ってことよね?
あ、あれ?
そんな話の流れだったかしら?
「…………」
ディモス様も、さすがに驚いて目を丸くしてる。
でもやや目を伏せて、またニケ嬢をみつめて、ゆるりと首を横に振った。
その表情は、先ほどまでの拒絶の無表情ではなく、柔らかなものになっていた。
「光栄だが、過分な評価だ。あなたに教えを請われる立場ではない。あなたにこそ、教えを請いたい、弱い人間だ」
「ご謙遜を。国家に認められた才人が、何をおっしゃいます。爵位を賜るほどの成果を上げられた魔術師が、──立ち止まることも逃げ出すことも選ばず、共にあろうとここにある貴殿が、何を」
「あなたのように、高尚なものではない。願いを口にすることもままならぬ、幼い感傷を引きずっているだけの、……親のない子だ」
ディモス様が自嘲気味に笑った。
ニケ嬢はいつもの無表情で、笑わない。
「ならば我らは敵を打ち砕く気概も持たぬ腑抜けであろうか。守るものも分からぬ愚かな兵であろうか。……これは、あくまで私個人の考えですので、ご不快に感じられたら謝罪いたしますが」
ニケ嬢は前置きをして、やはり無表情で、
「願望があるなら愚痴や弱音を零す前に行動しろ。成した結果にのみ評価を下す。願いを叶えたければ自分で無理やり叶えさせろ。この地を守護する者ならば、全ては結果で語れ。代わり映えのない日々と民の営みが我らの成果であり報酬だ」
と、兵に言いますね、と、しれっと言った。
張りのある声で、無表情が厳つい表情に見えるような迫力で、言い切った。
せ、戦場育ちは違う……。考え方、本当に脳筋だし……。
ディモス様も、ぽかん、と完全に虚を突かれていた。ディモス様は頭脳労働を主にしているから、こういう、生粋の脳筋の意見は聞きなれないんだろう。アレス様は騎士だけど、無口な方だからこんなこと言わないものね。
「千の言葉を尽くすことで手に入るなら良いですが、どちらのほうが有効かというだけの話でしょう。ハーバー男爵は言葉を尽くすことより、黙って努力することを選ばれた。その結果、今も隣とは言わずとも傍にいらっしゃる。成果が全てであると思えば、ハーバー男爵は十分に成果を出されていると思うのですが。だからこそ、努力を怠らずその成果を出したハーバー男爵に、教えを請いたいと思います」
ニケ嬢は淡々と話している。
ディモス様は少し目線を下げ、ちらりとニケ嬢に視線をやる。
「あなたに教えを請われるような人間ではないと自負しているが、あなたがそうおっしゃるなら、価値があるのかもしれない。あなたにも教えを説いていただけるなら、自分でわかることならば答えたいと思う」
「私に返せるものがあるとは思えませんが、貴殿からの評価に能うように精進いたしましょう。不躾な申し出を受けていただいたこと、感謝申し上げます」
「ありがたい。これから、よろしく頼む」
ニケ嬢は無表情で、ディモス様は柔らかな表情で、握手を交わしている。
……そっと、隣のアポロン様に囁く。
「これって、なんの話でしたっけ」
「不思議だね、俺も分からなくなってきた」
一応年頃の男女で、出会いの場ともいえる学校生活の中の、告白イベント的なパーティだったんだけど、何なのコレ?
これから二人で修行パートにでも入るの? 山ごもりでもして必殺技でも覚えるの?
それより国内情勢考えて欲しいんだけど。
ディモス様は元孤児で、後ろ盾って言ったら陛下ぐらいしかない。
魔術に傾倒してるから、ぎりぎりでヒロイン、ヒロインまでなら収拾がつく。
でもニケ嬢は、『北の要』『国内の治外法権』と呼ばれるクローデンスの娘であるニケ・クローデンス辺境伯令嬢は、不味い。
天才魔術師で魔術研究の最前線を行っているディモス様と、国家と対抗しうる領の娘のニケ嬢なんて、国内のパワーバランスが崩れるどころじゃない。
ディモス様が複数の後ろ盾を持っていたり、交渉に優れているのなら別だけど、ディモス様は元孤児でそういうものは好まない方だし、ニケ嬢は雰囲気黒幕の脳筋だ。
ディモス様が権力に集るハイエナに目をつけられて、あるいは何も考えてないのに雰囲気だけは黒幕のニケ嬢を忌避して、馬鹿な輩が二人に何かしたら。
……焼野原しか想像できない。
天才魔術師と呼ばれているディモス様は勿論、ニケ嬢も戦場育ちで兵の指揮に優れている。国家と喧嘩することすら恐れない実家から兵を呼び寄せて、ディモス様と報復して、有力貴族が倒されて国政が荒れて民が反乱を起こしてその間に攻め込まれて……、……嫌な想像しか出来ない。
『研究者』と『指揮官』っていう立場なのに、二人とも武力を持ちすぎてて、武力行使を恐れないから嫌なのよ。後始末が全部私たちに回ってくるじゃないの!
これならまだヒロインとディモス様がくっついてくれたほうがマシだわ。ヒロインは貧乏貴族だから、後ろ盾は陛下、つまり王家のみだから囲うことも容易だし、子供ってだけで案外まともな人間だ。こっちの世界に馴染んで経験を重ねれば、ちゃんとしたストッパーになってくれるだろう。
生まれた時から戦場で、平和な日本人だったのに否応なしに戦争に巻き込まれて、結果的に脳筋に染まったニケ嬢よりは更生の見込みがある。戦争って恐ろしい……!
そういう意味では、ニケ嬢が同性愛者で結婚の予定がないことは朗報だ。
下手なところに嫁がれたら勢力がひっくり返るし、有力貴族に行けば口先ばかりの家が武力をもってしまうってことで王家への反逆を疑わないと行けなくなるし、逆に王家に嫁がれたら、あの王家にも媚びぬ北の要が王家に着いたことになり、危険視した他国に戦争を仕掛けられる。あそこは独立して、王家にすらつかないから放置出来ているのだ。あそこから動かず、攻め込まず、どこにも阿らないから無害認定されているだけであって、国家にも対抗できるって、本来なら討伐対象だもの。
そんな領の娘が嫁いで実家の権力を振りかざして来たら、もうたまらない。
今までは、近隣の領に嫁いだり、領民から婿を取ったり、いっそヘルヘイムからの捕虜を嫁にしたり、そちらがわの実家と完全に縁切りさせた上で婿に取ったり、逆に完全に縁切りをして嫁に行ったり、本当に隅々まで気を付けてくれていた。
唯一まともに親交があるのは近隣の領だけど、近隣の領は小さいし野心もない。あんな領が隣にあるから、下手に野心を出したら即潰されるとわかっているのだろう。
だからニケ嬢もそうしてくれたらありがたいけど、……転生者であの脳筋具合なら、どう転ぶかわからない。
ああ、どうか二人が意気投合して結婚、とかになりませんように!
こんな公の場で弟子入りとかし始める脳筋と場の空気も読んでくれない魔術馬鹿に、必死に願った。




