ヒロイン7 夏季休暇と新学期
「デメテル、あんな悪い言葉、使うもんじゃないぜ」
ハデスさんの言葉に、「はい……」と素直に項垂れて返事をする。
夏季休暇中、以前言っていた通りハデスさんと実家に帰ったけど、そこで今まで言えなかったあの時のお叱りが待っていた。
両親もハデスさんに久しぶりに会って喜んでいたけど、私がニケさんにしたことを聞くと真っ青になっていた。ちゃんと謝罪して、報復はされないと思う、と言ったら若干直ったけど、ハデスさんによろしくと頭を下げ続けていた。不出来な娘でゴメンナサイ……。
そしてハデスさんの『貴族らしい振る舞い』レッスンが始まった。こういう時にしか出来ないから、今まとめてやってしまうそうで、かなり厳しいレッスンだったと言っておきます……。なんかもう、全部こなせてる悪役令嬢が、普通の貴族さんたちがすごすぎる。普通無理だから……。
ハデスさんにがっつり教えられて、家で両親に甘えながら畑作して、「学校辞めたいなー」ってことをさりげなく言ったけど無理だって言われた。やっぱりこの『豊穣』の魔法のせいで行かなきゃいけないらしい。憂鬱だー……。
地元でリフレッシュして、迎えた新学期。
「……クローデンス辺境伯令嬢、話しかけてもいいだろうか」
「父からあなたにと、伝言を預かっているのだが……」
「夏季休暇はいかがでした? ご実家に帰られていたんですよね?」
「お話したいのですが、いいですか? ああ、ニケ嬢とお呼びしても?」
なんでかニケさんが攻略対象たちに群がられてた。
何があったの?
悪役令嬢も唖然としている。
もしかして、私がヒロイン放棄したから、代わりにニケさんがヒロインポジションについたの? でも、あんなに悪役令嬢に陶酔してた攻略対象たちが、急に鞍替えしたりする? わけわかんない。
「ハーバー男爵、申し訳ありませんが、殿下にも呼ばれておりますので、また後程お願いします。ターンライト伯爵令息、わざわざご足労いただき申し訳ないのですが、今は用事がありますので、後程うかがわせていただきます。アクス侯爵令息、お気遣い有難く存じます。実家でゆっくりさせていただきました。殿下、身に余る光栄でございます。どうぞ、ご随意に」
ニケさんは順番に答えて、最後にアポロンに綺麗に礼をした。
『モテて嬉しい!』とか『格好良い男の子に囲まれて恥ずかしい!』とかじゃなくて、完全にビジネスライクな対応って感じ。無表情だから真面目に見えるのかな? 無表情で特に欠点らしい欠点がない、個性のない顔立ちだから、なんかびしっと見えるんだよね。いいなあ。
「ここでは同じ生徒なんだから、そうかしこまらないでください。どうぞ、楽に」
「寛大なお言葉、痛み入ります。では失礼させていただきます」
ニケさんが礼の姿勢をやめて、普通に立って、「それで、どのようなご用件でしょうか」って、ちっとも楽じゃない言葉で言った。
多分、慇懃無礼になるぐらい丁寧にするのが、身を守るためなんだろうなあ。ハデスさんにも散々言われちゃったし、私も気をつけなきゃ。でも、同じ男爵のディモスがあれで許されてて私が駄目なのは、やっぱり権力とかの差なのかな? ちょっと納得いかない。魔法が特殊なのは私も同じなのに。
「何というわけではないのですが、また北のほうで騒ぎがあった、と聞いたので」
アポロンは似非爽やかスマイルでニケさんに微笑んでる。ニケさん、また何かあったのかあ。どうせあの人なら大丈夫なんだろうけど。
「殿下にご心配をおかけしてしまいましたか。申し訳ございません。殿下のお心を痛めることのないよう、より一層精進いたします」
ニケさんは無表情で、考えが読めないし、やっぱり黒幕っぽい。あのルートがあるから、ちょっと怖いけど、……やっぱないね。この人だし。あれだし。
「やはり何かあったんですか?」
アポロンは微笑みながら、追及して、
「──何か、とは、何でしょうか」
ニケさんが、ちょっと目を眇めた。
今まで動かなかった表情が動いたから、そのちょっとの動きも目を引いた。
「我が領は北の防衛を任されし砦。たとえ領地への侵入を許そうとも、敵を王都へ逃すことはありません。建国より、北からの侵攻を全て我が領で食い止めていることこそ我が領の誇り。──何か、とは、何でしょうか。殿下が案じられるような事態が、我が領が落ちるようなことが、あったとおっしゃってるのですか」
脅すような口上に、アポロンも攻略対象も、悪役令嬢もちょっと呑まれてた。
いやいやいや、でも実体、アレだよ? 受けがー、攻めがーって言ってて、それしか頭にない見かけ詐欺だよ? 王子に噛みついちゃう脳筋だよ?
アポロンが「そういうわけでは…」とか言うと、ニケさんも「……左様ですか」と無表情に戻った。
「領主、父は敵の侵入を一歩も許しません。『何か』があるような、腑抜けではございません。どうぞ、ご心配なさらずに。『北』では何もありません。いつも通り、これまで通り、『何の憂いも』ございません」
よろしいでしょうか、と無表情のまま問う。
アポロンは大丈夫だと答えたようで、無礼を詫び、ニケさんの近くから逃げている。オルペウスと悪役令嬢が案じるようにアポロンのところに集まっていく。
ニケさんは残る二人を前にして、
「お待たせいたしました。それでハーバー男爵、私に話ということですが、どのようなものでしょうか」
迷わずディモスに話しかけた。
アレスは無視だ。
ニケさんは辺境伯令嬢で、伯爵と男爵より位は上だけど、だから伯爵無視していいのかな? 話しかけた順なのかな?
「いきなり話しかけた無礼を謝罪する。さらに無礼を重ねて頼みがある」
「いえ、構いません。頼みとは何でしょうか」
「来月、立食会がある」
立食会、というか、パーティーだ。乙女ゲームだからそういうイベントは盛りだくさんある。
プチ社交界っていうか、パーティーの練習、みたいな感じで開かれる。表向きは立食形式の食事マナーを学ぶためのものだけど、内実はパーティーだ。
だから男女でパートナーにならなきゃいけなくて、その相手を誰にするか、とかでルート分岐もあった。本番は二年生からだから、取り返しのつかない分岐じゃないけどね。
ノーマルエンド狙いの私は『相手がいないから出席しない』を選ぶ。頼める相手なんてハデスさんぐらいだし、ハデスさんも学園内だから話せないし従者だし、大人しく寮でのんびりしておくつもりだ。
「相手を頼めないだろうか」
ディモスは表情も動かさずにそう言った。
ゲームではヒロインに選ばれなくても、なんだかんだで取り巻きとかと出席してたけど、最初から悪役令嬢に惚れてる現状では無理だろうな、と思ってた。アレスとか、悪役令嬢以外と出る気はないだろうし、悪役令嬢は婚約者のアポロンと出るだろうから。
でも、人嫌いで興味がなさそうなディモスが出席したがるのかあ。それだけ悪役令嬢に惚れてるってことなんだろうなあ。すごい。
「構いません」
ニケさんも無表情で応じた。この人のことだから、また薄い本的なこと考えてるんだろうなあ。悪役令嬢は驚いてるけど、この人に驚くだけ無駄だと思う。発酵系の人は深く関わりさえしなければ良い人って、友達も言ってたし。
その後、例の立食会では少し騒ぎがあったようだけど、イベントの回収だろう。
ノーマルエンド狙いの私には関係ないし、どーでもいいけど。




