その間にあるものは
実際のところ、ヘルヘイムに敵対の意思はなかった。
『平和な』北の考えで、魔法具というお伽話の中の存在を持ちだされて、混乱して、助力を求めただけだった。
ヘルヘイムは防衛戦の経験がほとんどない上、相手の行動理念も理解できず、やむなく、駄目元でクローデンス領に助けを求めた。
その結果が、あの超大規模魔法だ。
偵察からとどめまで、一個人に、クローデンス領次期領主、ニケ・クローデンスに頼ってしまう羽目になった。
『たかが王族程度の身柄で、我が領民を差し出せとは図々しい』と、次期領主直々に、巨大すぎる牽制をされた。
彼女が次期領主であることを明確に知っているのは女王とロキだけだが、逆に言えば、女王はそれを公式に『知って』しまっているのだ。
このままクローデンス領を攻めていていいのか、攻めるのを止めるとすると、どうしたらいいのか。
ロキも女王も、ニケから口止めをされている。彼女が『ニケ・クローデンス』であることを明かし、話し合うことも出来ない。
しかもあちらの望みは『現状維持』だ。
女王は悩みながら、現状維持を命じた。
こっそり、息子に多めの小遣いを渡して、これで何かプレゼントでも買ってやりなさい、と言って。
「やあニケロン、久しぶり」
「よ、ロッキュン。久しぶりだねえ」
「ニケロンが領を離れてるから、冬になっても会えなくて寂しかったよ」
「私の指揮なら、手厚い治療がついてくるからね。私がいない間は、父上の監督下でティタンが指揮してるんだよ。どうだった?」
「ああ、だからなんか、指揮系統が微妙に混乱してたのか。妙に素人臭いと思ったら熟練の罠があって、すごくやりづらかったよ」
「あはは。ティタンもやるねえ。それ、わざとやってると思うよ。ティタンはあれで案外強かだから」
「さすがニケロンの弟だね、一筋縄じゃ行かない。……ところで、今は冬季休業?」
「そう。しばらくいるよ。冬が終わる前にまた向こうに行くけど」
「じゃあ早めに渡そうかな。これ、うちの母がよろしくって。結果的に僕をそっちに奴隷として行かせずに済んだからね」
「ああ、じゃあ『個人的に』受け取っておくよ。ロッキュンのお母さんってだけだもんね」
「うん、それでいいから受け取っといて。じゃないと、母さん五月蠅いから」
「どこでも母親は五月蠅いものだよ。それが愛情だよ」
「親から嫌われてるニケロンが言うと重みが違うね。……で、こっちが僕から」
「うん? ロッキュンから?」
「『個人的に』ニケロンに助けてもらったから、そのお礼。ちゃんと僕の給料から支払ってるから、特に裏とかはないよ。本当に助かったからね」
「結果から見れば、ただ私に恩を売っちゃったってだけだけどね。まあじゃあ貰っとくね。そっちの特産だったっけ? 水晶って」
「うん、結構とれる。魔法伝導率もいいから杖とかにつけて補助に使われたりもするし、魔術師のニケロンならこういうのがいいかなって」
「さっすがロッキュンだねえ。嬉しいよ、ありがとう」
「どういたしまして」
のんびり話す二人は、戦時中の敵将同士とはとても思えない。
仲の良い友人のようにしか見えない。
「──ヘルヘイムでは、水晶のネックレスを送るのは求愛行為になるそうだけど、私はタルタロスの人間だから関係ないしねえ」
「そうだね、僕はヘルヘイムの人間だから求愛行動はそう表現するけど、ニケロンはタルタロスだから、気付いてくれないかもしれないね」
のんびりと、見えないように水面下でやりあいながら、二人は仲の良い友人同士のように話す。
これが、クローデンス領次期領主ニケ・クローデンスと、クローデンス領侵攻現場指揮官ロキ・ヘルヘイム少佐の関係性だった。




