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防衛特化無表情腐女子モブ子の楽しい青春  作者: 一九三
幕間 モブ子の楽しい夏休み
33/77

隣国の王子 遊びに来た!

 「本当に、いつでも無表情だね」


 呆れながら、彼女に言う。

 「寒いから、表情だって凍るよ」と、温かな太陽の下で昼寝をしているような和やかな声と雰囲気でありながら、凍り付いているような無表情で彼女は答える。

 張り付いたように無表情であり、たまに笑ったりしていても、薄っすらとしか表情に反映されない。本当に凍っているのではないかと思うぐらいだ。


 今、馬に乗っている彼女、ニケ・クローデンスは敵国の交戦中の領の跡取りだ。


 結界魔法が得意で、後方支援のくせに戦場に出てきて治療と防御をする変わり者だが、その実力は本物で、彼女が前に出るようになってから、あちら側に死者も負傷者もいない。彼女が守り、治すからだ。

 特にその結界魔法は素晴らしく、我が国内でも彼女ほどの使い手はいないだろうと思う。

 争いが嫌いで、意外にお人好しで、おふざけ者で、飄々としたつかみどころのない人間で。

 ただ、領の守りだけは絶対に譲らないが、それ以外は不気味なほど寛容だ。


 初陣で、思った以上に負傷してしまい、しかもこちらの治療術師は交戦で重傷を負い魔法どころではなく、下手すれば拠点に戻るまでに死者が多数出て、指揮官である自分も片腕を失いかねない状況だった。

 さすがかの領、皆殺しはしないが全て生かしもしない、完璧な防衛だった。

 これで死ねば、指揮官である自分の采配が悪かったことになる。恨みは自分に向く。


 「……っ!」


 などと脳内で称賛しても、腕の痛みは治まらない。回復薬を飲んだが、焼け石に水だった。

 さすが国内で最も過酷な任地だ、と片腕と部下を失う喪失感に空を見上げていたら、──その声が聞こえた。


 「はい、お疲れ様でしたー。治った人から戦後処理お願いします。クレーターとか残ってたら、次回から戦いづらいですからねー」


 それは、無表情でのんびりとした少女だった。強固な結界を張り、誰よりも厄介だった敵兵だ。

 少女は魔法を唱え、負傷兵を癒やしていた。

 ……そういえば、前任者から、クローデンスには良い戦友が多い、と聞いていたな。


 「こっちも治してくれない? 流れ弾が当たったんだ」


 半ば自棄で、もう藁にもすがる気持ちで、彼女に話しかけた。

 彼女の周りの兵たちは当然僕を警戒したし、僕の部下たちも彼らを警戒し、僕を連れ戻そうとした。


 「あー、痛そうだねー」


 だがその前に、気が抜けそうなほど平和な声で彼女が言って、僕の傷を治していた。

 さすがクローデンス、僕の傷は一瞬で治り、痛みも後遺症らしきものも一切なかった。

 彼女は「それじゃ」と味方の治療に戻ろうとしたが、彼女の魔法に驚いたまま、僕は彼女を引き留めていた。


 「ついでに、部下の治療も頼めないか? 治癒術師だけでも……」

 「えー……」


 彼女はいかにも面倒そうに言って、ちらりと味方の兵を見て、


 「こっちのが終わった後でならいいよ。その代わり、整地とか手伝ってねー」


 緩い声で言った。

 僕たちは敵同士で、彼女たちは上手に僕たちの戦力を削いだはずだが、それを無にすると言った。

 その時は感謝しかなく、警戒もせずに治癒術師を始めとする重症の部下たちを治してもらい、代わりに「毎回大変なんだよねえ。でも整地しないと、お互い転んで怪我したりするし」と彼女が愚痴るのを聞きながら整地を手伝った。


 後で恒例行事となった治療と戦後処理をしながら、一体どういうつもりで自分を治療したのかと、彼女に聞いた。


 「人が争うのって、嫌いなんだよねえ」


 彼女は、戦争をしている身だというのに、そんなことを言い放った。


 「甘いのはわかってるけど、出来たら誰も死んで欲しくないし、大量に死んで責任をー、とかで叱られて欲しくないんだよねえ」

 「じゃあ、戦に参加しなければいいじゃないか。君はまだ若いし、女の子だろう? それに後方支援なんだから、前に出てくることはないじゃないか」


 敵国としてではなく、友人として彼女のことを考えて言ったのだが、彼女は「それはないねー」と笑い飛ばしてしまった。むろん、無表情で、だが。


 「前にいたほうが治療も防御も迅速にできるし、兵が身を張ってくれてるのに後ろで震えてたんじゃ、守られ甲斐がないってもんでしょ。戦後処理にしかでないから、安全ではあるしね」

 「…………」

 「それに」


 守るべき民に守られていては兵の意味がないのではないか、などと考えていたら、彼女は珍しいことに薄っすら微笑んで、


 「うちが負けることはありえないんだから、なあなあで損傷なしで終わる方が、次回から楽になるでしょ? ロキ少佐だって、私に攻撃はさせないし、情報落としてくれるし、──ね?」


 と言った。

 名乗った覚えもない名前と階級を知られていたが、部下が『ロキ少佐』と呼ぶからだろう、それに驚くことはなかった。


 虚を突かれたのは、彼女は負けないことを大前提に、どれだけ利益を得るか、を考えていたからだ。

 確かに、結界魔法に長けていて攻撃が通じない上、攻撃してこない回復役の彼女を攻撃させはしなかった。回復役など真っ先に叩くべき人間だが、自分たちも回復してもらえるからと見逃していた。

 恩もあるし、会えば話す。雑談のつもりだったが、改めて考えると、敵国に多少なりとも情報を流していることになる。

 回復させているが、この領の防戦の巧みさは並大抵ではなく、部下も徐々に死んでいる。それは戦である以上仕方ない。

 だが、あちらは死傷者はいない。──彼女が守り、治しているからだ。

 徐々に劣勢になっているのだが、あちらを恨む気持ちはない。僕たちが攻めることを止めれば治してくれるからだ。

 攻めるから防衛されるが、攻めなければ良い隣人。であれば、不満が向くのは戦場へと行かせる国であり、戦闘を切り上げてくれなかった指揮官へになる。


 まさかそこまで考えているのか、と彼女を見ると、彼女はまた薄っすら微笑んだ。


 「兵たちに、領民に死傷者が出ないなら、戦自体は望むところなんだ。国内での発言権が低下しても面倒だし、戦から離れすぎて勘が鈍るのも避けたいからね」


 クローデンス領は、全て承知の上の行動だった。

 争うのが嫌いなどと、どの口がほざく。

 それとも、『人が』争うのが嫌いなだけで、自分が争うのは好きなのか?

 そのうちに彼女が領主の娘であり次期領主であることを知り、自分が王族であることも話し、『ニケロン』『ロッキュン』と呼ぶ仲になったが、彼女の考えはわからないままだった。





 「お初御目にかかります、クローデンス領の魔術師です。ヘルとお呼びください」


 僕の母、つまり女王陛下に向かい、ニケは膝をついた。無表情なので、こういう時はとことん真面目に見える。……会えば『また自殺に来たの?』だとか『茶番が終わったら雪合戦でもしようよ。どうせうちが勝つけど』だとか挑発を繰り返す自称平和主義者だけど。


 この場にいるのは母とニケ、僕と同行してくれた部下四人の他に、上位の文官や武官がいる。引退したトール大将もいたので、『あの娘っ子……』とニケを見てはっとしていたが、黙ってくれていた。言われても、あのニケのことだ、『人違いじゃないですか? 私はヘルヘルヘルルン、地獄のヘルヘルダイエットでおなじみのヘルですよ?』とか、ふざけたことしか言わないだろう。

 ……予想できるあたり、僕もニケに毒されてるな。まあ、同陣営にいたら副官にしてるかなってるぐらい気が合うけど。


 「わざわざありがとうございます。私はヘルヘイムの王、オーディンです。……この度のことは、少佐から聞いているのでしょうか」


 母がちらりと僕を見た。話している、と頷くが、ニケも「はい、あらかた」と返事していた。

 母はよろしい、と頷く。


 「本来敵同士であるそちらに甘えてしまうこと、大変申し訳なく思います。我が国はクローデンス領の協力に──……」


 ──す、とニケが手を挙げた。

 母は言いかけていた言葉を噤み、「どうしましたか」と水を向ける。

 ニケは「そのことですが」と僕に視線を向け、跪いていた姿勢から立ち上がる。


 「我がクローデンス領は、貴国と同盟関係を結ぶことを拒否した」


 ざわり、と官吏たちが騒ぎ、武官は母への無礼に剣を抜きかけるが、僕とトール大将で鎮める。

 母も「構いません」と場を収めている。

 ニケは無表情で官吏たちに目も向けず、静まってから何もなかったように続きを話す。


 「理由は三つ。一つ、同盟を組む利より害が多いこと。二つ、貴国に派遣できるだけ余分な兵がいないこと。三つ、我が領は誰が来ようとも落ちぬこと。よって領主は貴国との同盟を拒否した」

 「……ロキ少佐、魔法具のことは?」


 母が『魔法具のことを知ってなお、落ちないと言っているのか』と僕に聞いてくる。

 僕は「彼女は魔法具の特殊文字を読み取ることが出来るそうです」と答えた。また官吏や母が驚き、トール大将が『さすがあいつの娘、やるじゃねえか!』というように感心していた。

 ニケはまた無表情で待ち、静かになってから話す。


 「しかし最悪の事態、貴国と東の者どもとタルタロスから攻められた場合、死傷者が多数出るであろうことも予想される。ロキ少佐の強い説得もあり、私が偵察に来ることとなった。『クローデンス領』はあくまでこの件に無干渉だ。私個人がロキ少佐個人と取引し、偵察する。そのことを訂正させていただく」

 「……」


 また母に見られたので、頷く。


 「その通りです、陛下。彼女は東の戦力や武器を偵察し、その情報を私にも共有させてくれます。戦闘には参加しないそうですが、護身は自らでするので必要ないと。私は陛下から委任された『クローデンス領への協力要請』の権限をもって、この度のヘルヘイム国内での行動に便宜を図ると約束しました」

 「この条件で問題ならば、私は帰らせてもらう。陛下の御身は心配しなくとも良い。我が領の理念は『専守防衛』だ、敵意なき者を屠ることはしない」


 ……ニケロン、格好つけてるけど、僕の知る限り君に戦闘能力はないよね? 防御はともかく、攻撃は出来ないよね? 魔術師のくせに、味方からも『ニケの攻撃魔法はないものと思え』って言われるぐらい後方支援に特化してるよね?

 しかも、ジョークのつもりかもしれないけど、それは『陛下も身も守れない無能』って護衛と武官たちに喧嘩売ってるからね? 僕はニケロンが場を和ませるために言ったってわかるけど、普通に聞いたらそれ、ただの挑発だよ?


 「がっははは! さすがクローデンス領の者だな!」


 そこで笑い声をあげて武官をとどめてくれたのは、トール大将だった。

 ニケに歩み寄り、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。


 「夏の忙しいときにこんな術師を寄越してくれただけ、儲けもんだ! あとで『個人的に』礼でもせんといかんなあ!」


 夏、というワードに、官吏たちが青ざめた。母もかすかに顔を青くしている。

 夏のクローデンス領には近づくな、ヘルヘイムの不文律だ。それを破ると……眠ってる竜を起こすことになる。トール大将のさらに前の指揮官の時のことだが、あの悪夢は繰り返してはならない。

 ニケはトール大将が離れてから、改めて母に跪く。


 「というわけですが、よろしいでしょうか。敵国から単独で帰還するに足る防御力と特殊な文字を読み取ることが出来る能力があるので選定されましたが、私は偵察の能がありません。場合によっては、それがもとで戦争が始まってしまうかもしれません。それでも協力してくださいますか?」

 「……はい。魔法具の効果が読み取れるだけでも十分な収穫です。ただ、国内にいる間は監視をつけさせていただきます。いかに『クローデンス領』と言えど、他国の人間であることに変わりはありませんので」


 防衛に優れ、北の地の防衛しかしないクローデンス領。

 実はヘルヘイムでも、タルタロスとアメンティの連合軍から攻められるなどということがないので、とても助かっている。『クローデンス領の守護』からは、ヘルヘイムも防波堤として恩恵を得ているのだ。何せあの領が防衛以外で攻撃に出ることはないし、落ちることは絶対にありえない。

 敵国であるがゆえにおかしなことをされないかの見張りは絶対に必要だが、相手がクローデンスなので、こちらも下手に出て、丁重に言うしかない。


 「ロキ少佐、彼女の監視と世話を。顔を知っているのあなたが傍にいたほうが、彼女も気が楽でしょう。必要ならば女中も使いなさい」

 「はっ、承知しました」


 母は僕を監視役にした。予想通りだ。僕がいなければトール大将が立候補していただろう。今までの対応から、クローデンス領のことを自分の目で見て知っている者でなければ、ニケに無礼を働く可能性がある。

 ニケもそのあたりはわかっているのか、知り合いの僕なら楽だと思ったのが、特に異を唱えずに受け入れ、その場は終わった。


 明日には出発なので、今日の宿代わりの客室に案内して、「ヘルルン、部屋の隅で寝させてもらってもいいかい?」「いいよー。結界で遮断とかすれば簡単に単独行動出来るけど、無駄な努力で無駄に苦労するロッキュンも素敵だからね」といつも通り話して、暇だからとカードゲームをしていたら、扉がノックされた。

 「どうぞ」と入ってもらえば母の側近で、……室内を見て顔を盛大にしかめられた。

 えっなんで?と一瞬疑問に思い、……すぐに思い当って慌てて立ち上がった。


 「違うんだ、彼女を見張るために同室にいるだけで、やましい気持ちは一切ないんだ。なあ?」

 「……恐れながら殿下、王族の方が敵国のものと同室というのは危険ではございませんか?」


 言い訳をしたら、何故かニケが無表情でふざけてきた。これも和ませるために言ってるんだろうなあ。僕が女性のニケの身の安全、という意味で言い訳したから、じゃあ王族である僕の身の安全、という側面も指摘して、『まあどっちもどっちだからいいか』ってことにしたいんだろうなあ。それが王宮の警備としてどうなのかっていう挑発になるとは思ってないのがニケだ。君が場を和ませることはほぼ不可能だから、悪化しかさせないから黙っていればいいのに。なんでニケの周りの人は誰も止めないんだろう?


 「ヘルルン、君が攻撃が下手なのはわかってる。非戦闘員の後方支援にやられるほど柔な鍛え方はしてない」ととりあえず取り繕って、「それで、何の用だ」と話を戻す。


 「陛下が、ロキ殿下と客人を茶会にとおっしゃっております」


 少佐としてではなく、王子としての会合か。じゃあここでニケのことを話せばいいか。


 「わかった。すぐ向かう。ご苦労だった」

 「はっ」


 まだ疑うような目の側近を返して、ニケに「行こうか」と声をかけて一緒に移動する。ニケは『少佐』と『殿下』の扱いの違いも指摘せず、僕が今、どっちの立場でニケの監視をしているのか聞かず、ついて来てくれた。

 ……気遣いとかじゃなくて、たぶん、『敵国の敵がどんな立場でもどうでもいい』って感情からだろうなあ。ニケロンらしい。


 「母上、ロキです。入ってもよろしいでしょうか」


 母の部屋をノックして、許可をもらって、周りの兵に見守られながら入室する。

 ここでもニケが使者でよかった、と思うところだ。専守防衛のクローデンス領の、後方支援特化のニケだから、女王陛下暗殺、なんてということは心配しなくていい。

 室内には護衛や女中もいたが、茶をいれさせた後は母が下がらせていた。渋る者には、「戦地に赴く息子との久しぶりの会話なのです」「クローデンス領の客人が、攻撃などなさるはずがありません」と言って下がらせていた。


 完全に三人になってから、まず母が頭を下げた。


 「この度は無理を言ってしまい、本当に申し訳ございません。他に頼れるところがなかったとはいえ、日ごろ攻めているそちらに頼るなど、大変ご無礼をいたしました。あなたのお心と、あなたの出奔を許してくれたクローデンス領に心からの感謝を」

 「もったいなきお言葉です。どうか、顔をお上げください。私には偵察として帰国後に領主へ報告する義務がありますが、陛下に頭を下げさせたなどと言うと、お叱りを受けてしまうかもしれません」


 ニケのジョークが、珍しく場を和ませた。ごめんね、不可能じゃなかったよ。

 母もくすりと笑い、「ありがとうございます」と顔を上げた。


 「ここからの会話は、どうぞご自由になさってください。私は王とはいえ、敵国のものです。お気遣いなさる必要はございません。ロキも、好きになさい」


 内輪だから不敬など気にせず話せ、と母に言われ、「はい、母上」「それでは失礼します」と僕とニケが返事をして、やっと話す機会が来た。


 「母上、一つ内密に報告することがあります。この魔術師なのですが…」

 一度ニケに視線で確認を取る。

 「本当の名前はニケ・クローデンス。クローデンス領の次期領主です」

 「偽名を使い失礼しました。また、このことはどうかご内密に」


 ニケが無礼を詫びるとともに口止めするが、母はそれどころではなく、目を見開いていた。


 「次期、領主……。クローデンス家の者……」

 「私が一番適任でしたので、父に我儘を言って参りました。弟もおりますので、駄目ならば弟を領主とするでしょう」


 ニケがいつもの状況を悪化させるだけのニケジョークを言う。『父』とか『我儘』とか言って冗談めかしたつもりだろうけど、無表情でそれ言ったら、娘の立場で心配する父を振り切ってきた、って感じにしか聞こえないからね? 最悪クローデンス領のお家騒動の原因になりますって皮肉言ってるようにしか聞こえないからね?

 母も、案の定ニケジョークは通じず、


 「大変ご迷惑をおかけしました!」


 その場で、即座に頭を下げた。

 机に額が付くほど頭を下げていて、それはとてもクローデンス領での自分の姿と重なった。やっぱり頭を下げるしかないよね。それだけのことだよね。


 「まさか次期領主様がいらっしゃってくださるとは思わずに……! ええ交渉の時点で無理は承知でしたが、少しでも助力を乞えればと藁にもすがる気持ちで……! それがこんなことになるとは……っロキ! あなたも頭を下げなさい! 次期領主様を敵国の戦争に巻き込むなんて、許されないことです!」


 母が僕を睨むので、一応僕もニケに頭を下げておいた。


 「ニケロン、ごめん。ありがとう」

 「良いってことよ、ロッキュン」

 「っロキ!」


 母に怒られた。うん、ごめんなさい母上。ニケロンのおふざけ体質がうつってました。ロキジョークは言わないから許してください。

 ニケは無表情のまま、まあまあ、とでも言うように間に入ってきた。


 「陛下、本当にお気になさらないでください。我が領にも利があることですので、個人的に来ているだけですから。知らぬ仲ではないロキ殿下も、手ぶらでは帰れないでしょうから。ロキ殿下の御身と釣り合うものではありませんが、敵国であり夏で人員が限られている我が領としては、嫡子が出奔するのを見ないふりをするぐらいが限界でして……」

 「……っ!」


 さーっと母が青ざめる。

 ニケロンや、それは『おたくの息子さん(王族)に頼まれて、仕方なく来てやった。あそこまで捨て身になられたら無視できないし、もはや強迫だよね? 脅されて、それでも情勢を考えて、最大限出来る協力が次期領主を差し出すことでしたが何か? ほら、私が人質だ。一国の王子をカタに一領を脅した結果がこれだ。これで満足か』と盛大に皮肉ってるよ。『もし私が戻らなければ、見過ごしただけだから、領からそっちに文句は行くけどね?』って脅しもさりげなく含めながら。

 いやあ、これで悪意も悪気もなく、ただ建前でお世辞を言ってるだけのつもりなんだからすごいよね。ニケロンは外交とかやらせたら、絶対恐怖弾圧しか出来ないよ。挑発して攻めて来たところをフルボッコにするとか、ある意味あの領にあったやり方とは言えるけど。


 「……ロキ」


 絶望の淵に立たされたような顔をしていた母が、低い声で僕を呼んだ。

 思わず、びしっと背筋を伸ばしていた。


 「彼女に指一本でも触れてみなさい……私はあなたを廃嫡して国外追放します。傷一つたりともつけることは許しません。あなたが盾になってでも彼女を来た時の姿で領に帰しなさい。これは命令です」


 ああ、男の僕が女性のニケと行動を共にするからっていう配慮か。男だらけの戦場にいるニケは慣れてると思うし、あの防御力なら歯も立たないだろうけど、婦人を迎えるのに男しかいない環境、男の監視下じゃあ、批判は避けられないからねぇ……。


 「はい、陛下。勿論です」

 「……ロッキュンって、しょっちゅう誘ってくるよね。今回は結婚まで迫られたし……」

 「ニケロン!?」


 真面目な話なのに、真面目な話なのに!

 ニケロンがいつも通りふざけてきたよ!


 「王族から求められたら、敵国でもないと断れないよねえ。敵国でも、和平のためとか言われちゃったら強制させられるわけだし……」

 「僕が誘ったのは、国に来ないかってことだし、結婚も僕とっていうより国の誰かとっていう引き抜きだよね? 自意識過剰に妄想するのは止めてくれないかな?」

 「妄想癖があるのはそっちだよね? 建国以来、クローデンス領に侵入は出来ても落とせたことはないのに、一体何年攻めてきてるの? まさか落とせるなんて思ってるの? うちは『クローデンス領』だよ?」

 「何度か侵入を許したくせに『落とされない』なんて大言壮語を叩いて、ニケロンは本当にふざけてるよねえ。それにこれでもうちは西方一の軍事国家を自負してるんだけど? タルタロスなんて弱小国の一領が、よくそこまで調子に乗ったもんだ」

 「ロッキュンって自虐癖でもあったの? その弱小国の一領すらも落とせない自称西方一の軍事国家を、そこまで貶めなくてもいいと思うよ? うち相手なら負けても仕方ないって。うち相手なら、全戦全敗の負け続けでも仕方ないって」

 「これでも年々戦力増強してるんだけどなあ。ニケロンだってまともにぶつかられたらただじゃ済まないから、こうやってある程度友好的に接してるんだろう? 国力じゃ負けてるから」

 「領相手に負ける国なんてありえないよ、ロッキュン。それに友好的で助かってるのはそっちでしょ? 本気で潰す気があるなら夏に来なよ。夏に戦争にかまけて冬支度が出来なかったらこっちは本気で困るんだから。夏に瞬殺されるのが怖くて来れないっていうなら何も言わないけどね?」

 「冬支度が出来ないのはこっちも同じだからね? その点そっちは隣の領にでも支援頼んだり、国に救援要請でもすればいいだけじゃないか。その手には乗らないよ」

 「つまり夏には怖いからこれませんってことだよね?」

 「攻撃できず引きこもってばかりのそっちと同じでね」


 僕はにこにこと笑顔で、ニケはいつもの無表情だが穏やかな雰囲気と口調で、いつものお話だ。

 そろそろ母に怒られるかと思ったが、その気配を察知して、自称平和主義のニケが「だからね」と話を変えた。


 「大国に『王子やるから領の戦力寄越せ』って言われたら、喧嘩上等で断るか唯々諾々と受けるかしかないじゃん。だから私はその逆なんだよ。『大事な次期領主派遣するから無傷で帰せ』って」


 ねえ、と無表情でニケが僕を通して母を見る。

 何の感情も浮かばず、何を考えているのかもわからない、いつもの無表情だ。


 「ロキ殿下の御身で、うちの世界一防衛に優れた兵をどのぐらい派遣してって言うつもりだったのかな? じゃあこっちも言うよ、次期領主の身柄でどのぐらいの兵を貸し出してくださいますか? 大国の、直系の王族だけど継承権もごく低い、たかが軍人というだけの若輩者で、どれだけ借りようとしたんですか? 一領の、決して落ちぬ領の次期領主で、特殊な文字を読み解け後方支援に優れた魔術師なら、どのぐらい貸してくださいますか?」


 雰囲気が硬化していく。柔らかなものから、固く、厳しいものに変化する。

 先ほどまでと何も変わらない無表情が、まるで責めているようにも見える。


 「戦歴で言えば、私のほうがロキ殿下よりも長いのですが、単純に軍人として、どちらのほうが価値があると思われますか。魔術師を名乗る私と『少佐』でしかないロキ殿下では? 私も回復魔法や防御魔法に特化していますが、今回はどちらのほうが優位ですか? 逆に、守りも出来ぬものが、我が領に必要だとお考えですか? 指揮官として悪いとは言いませんが、次期領主として教育を受けている私も、人並みには人を使うことは出来るのですが? さらに私は特殊な文字を読み解けます。それだけで有用性は揺るぎませんね。これらは王族という一点で覆すことが出来るものですか? ヘルヘイムにとって、我が領の名はそこまで低いと?」


 「……っ!」


 母はぐっと唇を引き結んで、


 「……大変な、ご支援、ありがとうございます。この御恩は、……」


 「母上」


 戦争を宣言しようとした。

 それはいけない。

 僕はすぐにニケの肩に腕を回して、仲良しアピールをする。


 「ニケロンは僕のお友達ですから。……そうだよね、ニケロン?」


 同意を求めてみると、ニケは「だよねえ」と呑気な声を出した。

 母が驚いたので、すぐにニケの肩をバンバンと叩く。


 「だから、つまりニケロンが言いたいのは、僕ごときで支援を頼むなんて無茶を押し付けたのは母上だと言う指摘と、領を馬鹿にするなという牽制と、それでもこうやって莫大なリターンを持って帰ったんだから僕を責めるな、という、親子喧嘩の仲裁です」

 「……はい?」


 母が聞き返してきた。

 ごめんなさい母上、でも、こんな人なんです……。ニケロンはこういう、良かれと思って火種に水をぶっかけて洪水にするような人なんです……。一人の女を巡って男たちが決闘していたら、その女を寝取って、争いの原因をなくしたと思うような人なんです……。争ってた男どもからぶっ殺されるよ……。


 ニケは予想通り、無表情ながら不思議そうに僕を見て、


 「むしろそれ以外に何があるの?」


 と、きょとん、としたような声で言った。

 母が動きを止めた。こういう人なんです……。


 「ロッキュンが身柄差し出して協力要請って、行かせる時点で無理なのわかりきってるじゃん。王族ってことでごり押ししようとしたなら、うち舐めてるってことでしょ? 駄目元の捨て駒でロッキュン派遣したなら、私を友情出演で釣り上げたロッキュンを褒めるべきだよね。私はうちの領の利益とかもあるけど、ロッキュンへの友情で、『ヘルヘイム第二王子』でも『ヘルヘイム軍少佐』でもなく、ロッキュンからの頼みで来てやってるんだから。私が来なきゃ、ロッキュン手ぶらだよ? 手ぶらで帰還したら、反対派に馬鹿にされたり馬鹿に舐められたり、ロッキュンも大変でしょ」


 それから、とニケが僕の腕を退ける。邪魔だったからだろう。僕もどけて、適切な距離を取る。


 「さっきのロッキュンとの言い合いも、敵国なんだから仕方ないよね。総評すると、ロッキュン頑張ったから叱らないでやってね、だよ。『ヘルヘイム女王陛下』としてでも、『ロキ・ヘルヘイムの母親』としてでも、臣下や息子の頑張りは褒めてやってよ。私はVIP待遇受けてるけど、所詮、殺されても仕方ない敵なんだし」

 「殺さないって。殺意はないから、挑発しないでくれよ」


 母はさっき、ニケを殺そうとしていた。

 ニケを派遣してもらったことで、貸しが莫大になった。ニケが懇切丁寧に、クローデンス領に舐めた真似をしたってことを説明してくれたから、返し切れない貸しを抱えるより、ここでこの強力な戦力を削ってしまう方がいいと思ったのだろう。

 クローデンス領がヘルヘイムに対抗出来ているのは、タルタロスとヘルヘイムの国境に横たわるガイア山のおかげだ。戦おうと思えば山中か、よく交戦する、ちょっと広い切り通しでしかできない。大軍を押し寄せさせることが出来ないのだ。

 だから防戦のみでいえば、クローデンス領はヘルヘイムに対抗できる。クローデンス領の者が良く言う、『我らの戦場は北にある』というのは、そういう意味でもある。自分たちに優位な場所から動かないから、負けないのだ。

 だからここでニケを殺しても、報復で攻められることはないだろう。攻めてきたら討ち取れる。東の問題があるときにクローデンス領、ひいてはタルタロスを敵に回すのは厳しい決断だが、ヘルヘイムなら出来ないでもない。

 おそらくニケの監視を強化して、捕虜か奴隷のように東のことにあたらせ、東の問題が終われば殺しただろう。飼い殺して逃げられないと思うほど、ヘルヘイムはクローデンスを、ニケを過小評価していないから。


 でも、本心では仲良くしたいのだ。

 伝統的に仲が良いし、クローデンスを潰すより、まるごと飲み込んだ方が南に対する防波堤になる。ニケを殺したら、徹底抗戦の道しか残されない。だから母もニケに傷一つつけず帰せ、と命じたのだ。

 あの連中を、『決して負けない』と豪語し体現する領と明確に敵対するのは、敵国であるヘルヘイムでも恐れる。

 勝てはするだろうが、どれほどの損害を被り、どれほどの泥沼になるか計り知れない。しかもその数十年後にクーデターを起こされ、国ごと壊滅させられそうな気もする。彼らを甘く見てはいけない。甘く見たら本当に滅ぼされる。


 「大丈夫大丈夫、父上がそのことも考えずに送り出すわけないからさー」


 が、ニケはのほほん、としている。

 どれほどの泥沼を産むのか、殺されそうになっていた自分の状況がわかっていながら、呑気にしている。


 「まず東の問題のことが終わるまで私を殺しはしないでしょ? 東の問題が終わるまでに怪しい素振りがあれば、私はちゃっちゃと逃げ出すよ。これでも防御は得意だからねえ。あるいはここを壊すよ。首都ごと壊滅させちゃうね。争い嫌いだし非公式だから、出来ればただ逃げるだけで終わらせたいけど、問題があれば仕方ないからねえ。ちゃんと出発前に兵とか父上とかにお願いはしてあるから。魔法封じとかも問題ないよ。敵国に来る以上、その辺の対策をしないわけがないから」

 「……だから敵対行動を起こさず平和に行こうって言いたいのかい?」

 「そうだけど?」


 ニケロン、それはね、『脅し』って言うよ?

 自分に何かあれば首都壊滅させるぞっていう脅しにしか聞こえないよ? 今の失点を、東の問題が片付くまでに取り返せって言ってるようにしか聞こえないからね? 君が『殺伐としないで、平和が一番だよー』って場を和やかにしようとしてるとは、誰も思わないよ? 君と長年付き合ってる家族とか友人とか、僕みたいに気が合う同類以外。


 「……母上、後で報告はしっかりします。ですので、今回の件は僕に任せてくれませんか? 『個人的』に彼女と取引して連れて来た功績で、今回の指揮は任せていただけないでしょうか。彼女には、本当に他意はなく、偵察したいだけですから。あえてあげるなら、将来亡命先になるかもしれない我が国を、次期領主として視察しておきたい、というぐらいですから」

 「むしろそれ以外にヘルヘイムに望むものはないでしょ。攻めて来られなくなってもこっちにはマイナスだし、こっちから攻めるわけもないし」


 自然に挑発するニケを指して、「こういう、場を和ませるために挑発するやつなんです」と母を説得し、なんとかニケの滞在中の東方への偵察の指揮を任せてもらうことが出来た。年頃の異性だから母も渋ったが、まずありえないとわかってくれたらしい。


 その後、また問題を起こさないうちに、とすぐ東のほうに出立した。

 僕の部下を連れて行ったので、当然ニケの正体もばれたが、「何も言うな」と言って押し通した。ニケ個人のことは嫌いじゃないけど、こうやって無意識に問題を引き起こすのは勘弁して欲しいよ……。


さすがにもう連投やめて寝ます

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