モブ子10 騒動の始まり
夏季休暇で実家に戻り、のんびり気楽に暮らしていたら、
「北25ポイントに人影あり! 人馬五、兵器なし、旗なし! 現在攻撃なし!」
そんな伝令が入った。
おかしい。
夏に来るなんて、しかも奇襲じゃなくて、五人しかいないとか、何があるの? 暗殺ならもっとひっそり来るよね? さすがにそこまで馬鹿じゃないよね?
じゃあ、何かがあって、『攻めた』っていうことにしておきたいのかな?
「偵察行って来るよ。テミス、何かあれば父上に報告してね」
上の立場の人間が行ったほうがいい。使い捨てにされないし、口止めで殺されることもないだろう。私を殺したらこの領に喧嘩を売ることになる。そうすれば、今までの小競り合いじゃなくて、本気の戦争がはじまる。それはあっちも避けたいはずだ。
「何言ってるんだよ姉貴! 偵察なら兵たちに行かせろよ! 危ないだろ!?」とか、弟のティタンが心配してくれたけど、迂闊に殺されて開戦モードになっても不味いし、平和的に治めるなら殺せない私が一人で行くのが一番だっての。
話途中で窓から逃げて、魔法で防護と足場作りをして、五人のほうにまっすぐ向かった。
逃げる様子も攻撃する様子もないので、やっぱり相談かなあ、と思っていると、見知った顔がいた。
「ロッキーじゃん。そんな少人数でこんなとこまで来て大丈夫? 殺されるために来たの?」
ロキこと、ヘルヘイムの王族だ。ヘルヘイムは女系国家だから、次男坊のロキが王位を継ぐことはない。だから危険度外視で軍に入ってぶいぶい言わせてる。確か今は少佐だったな。私より五つ年上で少佐って言うのは、コネも実力もある証拠だ。
ただの馬鹿ではない。タルタロスへの侵攻部隊の指揮を任されてるんだから、出世を期待されてるんだろう。ちなみに以前の指揮官の大将さんは引退して、たまに父と文通してる。お前ら仲良しか。妄想がはかどるわ。敵同士で芽生えた友情とか、萌えしかないわ。
ロキは私を確認して、爽やかな笑顔で片手を上げて、「やあ、ニッケン。会えて死にそうなほど嬉しいよ、人殺しめ」と言った。
後方支援の私と指揮官のロキが知り合いなのは、戦後の後始末と負傷者確認で戦場を走ってた時に、『こっちも治してくれない? 流れ弾が当たったんだ』と、肩からだらだら血を流したロキが話しかけてきたからだ。
戦いは終わっていたので、二つ返事で治してやったら、『ついでに部下も』とねだってきたので、こっちの兵の後に治してやり、代わりに戦場の片づけを手伝わせた。それから、戦後の治療と後始末は恒例行事だ。『最近どう? 元気いいけど、軍縮でもされるの?』『負傷兵がいないから調子に乗ってるみたいなんだ。新入りが多くて邪魔だから、近隣の村の手伝いさせてたら、お礼にご飯くれてね。そのせいだろ』とか、普通に世間話をしている。その時に『うちの国に来ない?』と、かなり誘いも受けている。
これで私が男なら、『国に誘ったのは、僕と結婚しないかってことだよ』とか妄想がはかどるのに……! くそっ、くそぉっ……!
結界の階段を降りきり、地面に立って、「それでロッキー、死にに来たんじゃないなら何しに来たの?」と会話を続ける。
北では夏は忙しいのだ。夏に戦に来るなんて、士気の低い味方に足を引っ張られ、殺気立った敵にぶっ殺されるだけだ。実際、この領の温厚さを勘違いした馬鹿が夏に来て、瞬殺されることもあったらしい。夏に近づくなんて自殺行為だ。だから、殺されないために、旗も掲げず目立った武器も持たず、五人という少人数で来たんだろう。上司に『殺されて来い』と命じられたから茶番のお誘いか、亡命か、あるいは内密に話があるか。どれにしたって不穏な話だ。
ロキは「君が直接来てくれて助かったよ」と笑って、
「我が国とそちらの領で、軍事同盟を組めないかい?」
と言った。
軍事同盟。
ぽん、と答えが頭に浮かんだ。
「東にはフリドスキャルヴがあるから、まず大丈夫だと思ってたけど」
ヘルヘイムは大陸の北端だ。北と西は海だが、冬には氷で海上が閉ざされるような場所なので、まず外敵は来ない。南はうちの領で、後は東の小国たちのみ。でも東も東で、険しい山脈が東の小国たちを隔てる国境になっている。ヘルヘイムの南に位置するうちの領であっても東側はフリドスキャルヴ山脈で交通が不可能な状況なのだから、もっと南の、タルタロスの王都のほうの領でないと東からは侵攻できないだろう。
「話が早くていいね。でも、その山に暮らすものもいるだろう? 本当に北端のほうなら、多少は山脈も途切れていて行き来は出来る場所はあるからね」
「でも、わざわざそんな北の狭くて細い場所から軍事国家ヘルヘイムに攻める理由はないでしょ」
ロキの返答も潰す。ヘルヘイムは、それこそ一国対一国ならまず負けなしというぐらいの軍事国家なのだ。うちの領さえなければ西方統一も出来ていただろうと言われている。そんな国を、防戦のみだが抑え込めているから、うちは特別扱いを認められているのだ。
ヘルヘイムの北端なんて極寒の地で、すなわちヘルヘイムのホームで戦うのなら、負ける道理がない。そんな強大過ぎる敵に挑むのは馬鹿だ。うちは防戦のみだから対抗出来ているに過ぎない。
そして奇跡が起きてヘルヘイムに勝てたとしても、得られるのは作物もろくに実らないような極寒の地。
しかも奪い盗った相手が──ヘルヘイムがすぐに侵攻してくる危険性を常にはらんでいる。
ヘルヘイムに喧嘩を売るのは馬鹿、これが西方の常識だ。なんだかんだで領がヘルヘイムを追い返してる我が国、タルタロスだってヘルヘイムを攻めるなんてことはしない。勝てない上に利益がないからだ。
「そうなんだけどね」とロキは顔をしかめて、
「地下資源、とかいうものがあるそうなんだ。それを奪うために侵攻しようとして来てるみたいでね」
地下資源。
石油、石炭、天然ガスに鉱石貴金属。
この世界ではまだ、鉱山をえっさほいさしている文明レベルだ。石炭がやっと使われ始めた程度。
地球では、何もないと思ったアラスカをロシアがアメリカに二束三文で売ったが、その後アラスカで地下資源が見つかり、アメリカがうはうはしたということがある。
ただの寒いだけの不毛な土地が宝の山に変わることが往々にしてある。
──でも、それに気づくのはもっともっと後のことだ。
まず浮かんだのは、公爵令嬢とデメテルさんだ。どちらかか不用意に情報を流したのでは、と思った。
でもデメテルさんは転生を自覚したのがほんの数か月前で、公爵令嬢は北に注意を払っていない。精々国内での活動にとどまり、例外が外遊に来ていた友好国のアメンティのセト皇子だ。ない、と思っていいだろう。
なら、この世界の人間で飛びぬけて賢いやつがいるか、同じような転生者がいるか、だ。
油断ならない。
「そのぐらい、ヘルヘイムで撃退出来るんじゃないの? 同盟組む理由はないよね?」
それはさておき、調子に乗った奴がいるようだが、だからどうしたって話だ。
ヘルヘイムは西方の軍事国家。
小国の集まりぐらい、余裕で蹴散らせる。
懇意にしているから我が領に警告に来たのだとしても、こっちも常時全方位に警戒してる、防戦特化の領だ。情報はありがたいが対処はたやすいし、うちの東側の山は全域かなり険しい。越えて戦争になんか来れる猛者はいないだろう。
本当に意図がわからずそう聞いたのだが、とたんにロキの顔が険しくなった。
「……そのことについて話をしたい。領主殿を呼んできてくれないかい? 一切の武装を放棄して拘束されて良い。砦で、いや、牢でもいい。話がしたい」
いつも、私と負けず劣らずふざけてるやつなのに珍しい。
他の四人を見るが、ロキに従うようで、こくりと頷かれた。
なら、あと聞くのは……。
「ロッキー、情報源は? いつ来るの? 誰の命令で来たの?」
ソースの確認と、冬の交戦時期でなく、わざわざ夏に来たことから近々だろうとあたりを付けつつ時期の確認、そして秘密裏に来たのか女王の命で来ているのかの確認だ。これがないと、領主にはそうそう会わせられない。代理人の私で我慢してもらう。
ロキは「細かいね、ニッケン」と苦笑して、
「冬支度で向こうに迷い込んだ子供が戦の準備をしている東国を発見した。その後、その村の大人と信用できる兵が確認した。ヘルヘイムに地下資源を求めて攻め込もうとしていることも聞いたそうだ。時期は雪に閉ざされる前。北端は本当に家から出られないほど雪で埋め尽くされるからね。女王陛下と上層部には報告が上がっている。クローデンス領に同盟を申し出ることに関しては女王陛下から許可が下りている。……これで君たちの領主に会わせてくれるかい?」
内情を教えてくれた。
だからどうしてうちの同盟が必要なのかってのは疑問だが、疑わしいところはないし、正式な使者として扱おうか。北の方では、さすがに山脈も緩やかになっている箇所もあるだろうし、木の実などを求めて欲張った子供が向こうに迷い込むのも不思議ではない。
「じゃあ準備してくるから待ってて」とロキに行って結界で階段を作って出て来た窓に戻る。作った端から壊しているから、後をついてこられることはない。
窓に入ると、出た時とほぼ変わらない様子のテミスと、攻撃態勢でロキたちに構えている兵士たちがいた。おやおや。
「ティタン様が、お嬢様に何かあれば攻撃を許可する、と。旦那様への報告もティタン様が行かれました」
テミスが知りたかったことをばっちり教えてくれた。さすがテミス。後は男同士の熱い友情に関心を持ってくれたら言うことはないよ。
「じゃあとりあえず構えを解いて。ロッキーが遊びに来てて、父上との会談を望むそうだから、しっかりした部屋を用意して。魔法封じの手錠の準備と、お茶と菓子ぐらいは出せるように。護衛っぽい四人を待機させる場所もよろしく。見張り係は付近の見張りを引き続き、それ以外に数名、ロッキーたちの監視。こっちに攻撃して来たら撃退していい」
兵たちに指示を出して、歩き出す。後ろには当然テミスが付いてくる。
「他言無用系の話だから、私は次期領主として、護衛として参加するけど、テミスは周囲の警戒をしてて。何かあれば呼ぶ」
「お嬢様」
「私の護衛はいらない。本拠地で仕掛ける馬鹿でもないだろうし、盗み聞きさせてばれたときのほうが面倒臭い。父上とロッキーは一筋縄じゃ行かないから、四人のほうを見てて」
「お嬢様、仮にも他国の王子に、『ロッキー』はないと思います」
テミスの咎める声が突き刺さる。
いいじゃんロッキー! ロッキーのテーマ格好良いし、ロッキー山脈でかいし、それとはまったく関係ないけど、ロッキーいいじゃん! あっちも『ニッケン』とか呼んでるよ!
「……ロッキュンなら良い?」
「お嬢様、ないです」
テミスの声は凍えそうなほど冷たかった。




