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防衛特化無表情腐女子モブ子の楽しい青春  作者: 一九三
起 序章!学園生活は戦いと共に!
19/77

侍女3 授業を終えて

 「さすがでした、お嬢様」

 「ありがとう。テミスはしっかり見てた?」

 「勿論ですわ」


 アルテミス様とデメテル様の戦いは、すごいものでした。

 アルテミス様は、お嬢様も上回るかというほどの魔法を使い、デメテル様はお伽話ですら出てこない『無詠唱』で、そのアルテミス様の魔法を防いでしまいました。

 デメテル様はやる気がないようで、そのままアルテミス様に負けてしまいましたが、あの無詠唱一つで、どちらのほうが上かははっきりしたことでしょう。


 無詠唱は出来る者はいないと言っていいほどに高度なもので、出来たとしても通常の魔法より威力が落ちてしまいます。

 その高度な無詠唱で魔法を使い、しかも通常の魔法を防いだのです。

 誰がどう見ても、デメテル様の才能はゆるぎないものでした。


 「お嬢様でも、負けてしまうかもしれませんね」


 軽口でくすりと笑えば、お嬢様は肩をすくめて、「かもね」と言いました。

 つい、おや、と顔をしかめてしまいました。いつでも柳のようにゆらゆらしていて闘争心のかけらも見えないのに、『負けない』ことだけはプライドを持っているお嬢様が負けるかもしれないことを認めるなんて……。

 が、お嬢様は「魔法で勝負したら、負けるに決まってるよ」と、言いました。

 ──ああ、でしょうね。


 「でも、うちの砦は破れないよ」


 お嬢様の戦場は、こんなぬるい場所ではありませんものね。

 極寒の地、常時戦時中の非日常が日常の領、負けることは死を意味する、北の要。

 『負けない』ことを誇ってはいますが、それは示威行為であり、大事なのは北の砦が落とされないこと。

 砦が、領が落とされないためなら、お嬢様は個人の負けも、死さえも受け入れるでしょう。

 それが、クローデンス領の領主というものです。


 お嬢様は「それにしても、公爵令嬢はすごかったねー」と呑気な声を出しました。

 やる気がなかったとはいえ、デメテル様に反撃を許さない猛攻と、あの迫力。憎悪すら感じさせる、見下す目。取り巻き様たちが近寄ることをためらう、絶対的存在感。

 同じ従者ながら、即座にデメテル様の安否確認し、主人であるアルテミス様の後始末をしたハデスさんは立派でした。あの時のアルテミス様の前に出て、視線の対象であるデメテル様を案じるなんて、そう出来ることではありません。幾分か、デメテル様への同情もあったでしょうけど。


 「アポロン様に願い出たのも、褒美なんかいりません、だしねえ」

 「お嬢様の真似にしては、下手でしたわね」


 勝ち抜いたアルテミス様はアポロン様に何か褒美をいただけることになりましたが、凄みのある笑みで「殿下のお褒めの言葉だけで十分ですわ」と固辞していました。

 お嬢様は、褒美には『国家安寧』以外いらないと言い、さらにさりげなく『北の地の守りがあるから引っ張り出すな』と要求していました。気持ちしかもらわなければ、逆に殿下からの気持ちをないがしろにすることになりかねません。言葉だけでも『これが』と欲して、『じゃあこうしよう』と采配できる状態にしないと、『褒美に何も取らせないケチな殿下』と思われる可能性もありますから。

 お嬢様の場合なら、『国家安寧』という名目で『北の地の専守』を要求しましたから、「かの地が国を守ることに対して」など理由をつけて領への軍事費を増やしたり、「これからも国が安泰であるよう」と逆に騎士団の軍事費を増やしたり、クローデンス領の兵たちを引っ張り出されないように便宜を図ったり、いろいろな『褒美』を与えることが出来ます。でなければ、陛下も身動きが取れなくなってしまいますし、勝ったお嬢様が何も受け取らなければ、負けた騎士団が必要以上に圧迫されて面倒なことになります。


 お嬢様の駆け引きに対して、アルテミス様はただ、脅して逃げただけです。あれでは『お前ごときに出来ることはない』という意味に取られたり、『言われなくても察しろ』という意味にとられたりします。親しい間柄だからこそ、虚心で言っているとは思われず深読みさせ、疲労を与えてしまうでしょう。


 いずれにせよ、緊張感を持った、張りつめたような空気になっていました。誰もが口を噤むぐらいぴりぴりとしていました。

 ……それを、うちの自称平和主義な草食系お嬢様が、


 「よかったですね、アフロディーテ様。真面目に相手をする気はないのに力だけ見せつける嫌味な真似をしたのに手打ちにされなくて。さすがお優しいミーア公爵令嬢です」


 とか言って、盛大に爆破したんですけどね!

 さすが、泣く子を驚かし泣く気を失せさせ、気まずいなら一度大爆破して喧嘩するのも馬鹿らしいと思わせてしまう、シリアスブレイカーなお嬢様です。

 だから旦那様にも奥様にも嫌われてるんですよ! 真面目な話してるところで親父ギャグとか言うから……!


 「……な、なん、なに、を……」


 恐怖に震えて泣いていたデメテル様も、アルテミス様やアポロン様やその他取り巻きの皆様も驚いてお嬢様を見ていました。

 お嬢様は、デメテル様の前に立ち、


 「殿下が命じられたのに、やる気はなく、怖がって怯えてばかりで、何を考えてるんですか? お相手を立てるつもりなら、なんで場外に逃げなかったんですか? ミーア公爵令嬢の真似をしてハーバー男爵を打ち破って、ミーア公爵令嬢の魔法を無詠唱で打ち消して、それでいて戦う気も逃げる気もなくて、何の自慢をしているつもりだったんですか?」


 と、無表情で言いました。

 怒っているように見えるでしょう? 違いますよ。これ、『場を和ませる』ためにあえて引っ掻き回してるんですよ。和むってなんなんでしょうね。


 「ち、ちがっ……! そんな、つもり、なくて……」

 「それほど出来るなら、相手方のプライドを傷つけないように負けることも勝つこともできたのでは? 怯えて逃げるあなたを退場させようとしたミーア公爵令嬢のどこが怖かったのですか? ハーバー男爵は荊で痛そうだったから逃げたのかもしれませんが、ミーア公爵令嬢様は無駄に抵抗して痛い思いをしないようにご配慮なさってましたよね。来るな来ないでと逃げていましたが、それでどうしようと? 敵に向かう気概もないのに、勝とうと思っていたんですか? ハーバー男爵はミーア公爵令嬢の真似に驚いて隙が出来ていましたが、ミーア公爵令嬢に傷つく覚悟もなしに勝てると? ここまでコケにされて、それでも怒りを抑えてくださってるミーア公爵令嬢の前で、いえ、殿下の前でいつまでぐすぐす泣いてるんですか? みっともない。そんな方に負けた者の気持ちは考えてないんですか? あなたがそう泣けば泣くほど、その程度のものに破られる程度の魔法しか使えない者のプライドが傷つくのですが、わかっていてやっているんですか?」


 もう一度言いますが、これ、全部無表情で言っています。軍仕込みのはきはきとしたよく通る声で、無表情で、これを言っています。そしてお嬢様は怒っているません。『泣き止ませる』ために言っています。

 だから、弟君様や妹君様から避けられるんですよ。私以外一人も従者がいないんですよ。


 「だって……だって……」


 デメテル様はぐしゅぐしゅとなおも泣いています。今日は厄日ですね。同情します。


 「だってじゃありません! 言いたいことがあるなら言いなさい!」


 お嬢様、だから、それじゃ泣き止むものも泣き止みませんって……。


 「だって、怖かったし、私、魔法とかわかんないし、『豊穣』なんて、悪役令嬢だって、出来るのに、もう、こんなのやだ! 私は、田舎で貧乏貴族として畑耕してたかったのに! なんでこうなったの!」


 デメテル様は「もうやだー!」とわんわん泣いています。アルテミス様はぎょっとしています。でしょうね。取り巻き様方も引いています。ハデスさんは『あちゃー』って感じの顔をしています。お疲れ様です。


 「誰が悪役令嬢ですか! 私は小言満載のオールド・ミスです!」


 はい、お嬢様のボケ入りましたー。私は婚期を逃してる女教師っぽく見えました。あるいは生活に疲れてる貧乏主婦。


 「あんたじゃないし! そこのだし!」


 デメテル様は当然キレてますが、……何故アルテミス様を指さすんですか? せっかくお嬢様が暴言を被ることで庇ってくれているというのに……。

 あ、お嬢様がさっと動いて指先に移動しました。


 「私ですか!」

 「ちーがーうーって! あんた、うざい!」

 「うざいって言う子がうざいんですよ。泣いて『魔法とかわかんなーい』とか言う、無詠唱使える人のほうがうざいと思います」

 「わかんないもんはわかんないじゃん! なんなの、魔法とかって! ただの漢字じゃん! こんなのがすごいとか、ばっかみたい!」

 「はい、馬鹿みたいなのは、子供みたいに駄々こねてるあなたですよ。おいくつですか?」

 「うっざ! あんた、マジうざい! どっか行ってよ!」

 「貴族のご令嬢が、そんな言葉づかいはいけませんよ。ほらほら、一人になりたいなら部屋に帰りなさい。教師には上手く言っておくか自信はありませんが努力はしますから」

 「駄目じゃん! いいから消えてって!」

 「私が消えても、近くにはまだ他の方がいらっしゃいますよ? 私を消すより、あなたが帰った方が楽じゃないですか?」

 「うっさい! もー! やだー!」


 デメテル様は立ち上がって、お嬢様を睨みつけました。

 お嬢様は、この間ずっと無表情です。煽ってるとしか思えないほど無表情です。これは、多分泣き止ませた達成感を浸ってますね。よくわかりませんが。


 「落ち着きましたか? 落ち着いたら、まずはミーア公爵令嬢に感謝を」

 「なんで私が殴られて感謝しなきゃなんないわけ?」

 「ミーア公爵令嬢は公爵令嬢です。あなたは男爵令嬢、手打ちにされなかったことに、まずは感謝してください」

 「嫌。あんた偉そー。嫌い」

 「偉そう、ではなく、偉いですから。私は辺境伯令嬢ですから、あなたと比べれば偉いですよ」

 「何それ自慢? 同じ人間なのに、そういう不公平してて恥ずかしくないの?」

 「いつまでも拗ねてて、恥ずかしくありませんか? 後で後悔しますよ」

 「偉ぶって、マジむかつく。後悔するって、あれ? 俺TUEEEってやつ? チートおーつ」

 「わかっていただけないようですので、もう結構です」


 お嬢様はデメテル様が泣き止んだので、デメテル様から離れ、アポロン様方の視線に今気づいたように「お騒がせしました」と礼をして授業に戻りました。

 あそこの方々は、恐ろしげだったアルテミス様を含めて、ぽかーん、としています。デメテル様のあの暴言にも、お嬢様の態度にも、唖然としています。

 と言いますか、デメテル様すら驚いているのはどういうことなんですか? なんで、見捨てられた子供みたいな顔してるんですか? あそこまで言っておいて、どうして被害者気取りなんでしょうか。これは、あそこまで言われて報復しないお嬢様が『腑抜け』の評価を受けるぐらい、甘すぎる温情処置ですよ? もうこの方、本当に貴族なんですか?


 その場はオルペウス様が上手く解散させ、その後、取り巻き様方とアルテミス様でひそひそ話していました。デメテル様のアレさとお嬢様のアレさにでしょう。ご心中お察しします。

 デメテル様はいつも通り一人ですが、いつも以上に遠巻きにされていますね。お嬢様があそこまでおどけてくださったから、そのぐらいで済んでいるんですが、絶対に感謝はしていないでしょうね。

 そしてお嬢様は何食わぬ顔で授業を続け、終わってから、こうして私とお話というわけです。


 デメテル様の魔法の才能は素晴らしいです。魔法がわからないなんて言うくせに、あそこまで使えるんですから。

 アルテミス様はすごいお方です。あんなデメテル様に無詠唱で魔法を破られて、お嬢様に引っ掻き回されても、怒りを抑えていますから。


 「ええ、アルテミス様はすごかったですわ」

 「すごかったねえ」


 デメテル様のことは、さすがにお嬢様もアレだと思ったようで、露骨に話題をそらしています。もう、ハデスさんの今後の活躍に期待するしかありません。こうなった以上、アルテミス様からの援助も望めないでしょうから。


 「……今後はあの方に関わるのはおやめください」

 「……うん、わかってる」


 シリアスな空気を見るとつい突撃してしまうお嬢様にも釘を刺し、デメテル様と今後関わりがないことを切に願いました。


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